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福岡地方裁判所小倉支部 昭和45年(わ)135号 判決

目  次

主文

理由

第一 罪となるべき事実

一 カネミ倉庫株式会社について

1 会社の概要、事業内容

2 カネミの会社組織

二 カネミの米ぬか油製造出荷販売の概略

1 製油工程の概要

2 脱臭工程について

3 ウインター並びに製品詰工程

4 品質検査について

5 出荷販売について

三 被告人森本義人の経歴、職務等

1 被告人森本義人の経歴、職歴

2 被告人森本義人の職務

四 事件の発生経緯並びに原因調査

1 油症患者の発生

2 油症の原因調査―原因物質がカネミライスオイルであること

五 カネミ油へのカネクロールの混入について

1 六号脱臭缶内のカネクロール循環用蛇管所在の貫通孔からカネクロールが漏出したものであることについて

2 貫通孔の生成について

(一) 貫通孔の態様と生成経緯

(二) 腐食原因物質―塩酸(塩素イオン)

(三) 塩酸の生成について

(四) 腐食生成の機序について

3 脱臭装置及びその運転操作とカネクロールの過熱分解

(一) はじめに

(二) 三和の脱臭装置の基本設計と脱臭操作方法

(三) カネミにおける三和装置、技術の導入

(四) カネミにおける脱臭装置の増設、改造、操作方法の変更等とその影響―熱負荷の増大

(イ) 脱臭装置の増設、改造

(ロ) 脱臭装置の運転状況

(ハ) カネミにおける脱臭装置の運転操作方法の変更

(1) 一炉二缶時代の脱臭サイクル

(2) 一炉三缶時代の脱臭サイクル及び昇温速度

(ニ) カネミ脱臭装置における熱負荷の増大

(1) 岩田基本設計並びに三和の作業標準における熱負荷

(2) カネミ装置の一炉三缶時一二〇分サイクルにおける熱負荷

(五) カネミにおける加熱炉の改造と局部過熱

(イ) 岩田設計の加熱炉の改造、増設並びにその使用状況

(ロ) 加熱管径の変更等と局部過熱

(1) 加熱管外壁からカネクロールへの伝導及び対流伝熱への影響

(2) 輻射伝熱に関する影響―最高熱分布度の増大

(3) 結び

(ハ) 加熱炉の内部構造の変更と局部過熱

(1) 岩田設計炉の構造原理とカネミにおける構造変更

(2) 第一輻射部の縮少とその影響

(3) 対流部の改造とその影響

(六) カネミの脱臭装置の運転操作によるその他の過熱原因

(イ) 加熱炉の焚き過ぎをもたらすカネミの運転操作

(1) 加熱炉バーナーの燃焼方法の変更

(2) 脱臭缶における伝熱効率の低下―攪拌用水蒸気吹込等について

(3) 加熱炉内加熱管の伝熱効率の低下―スケール付着

(ロ) その他局部加熱、過熱分解の原因となる操作方法

(七) カネミ加熱炉におけるカネクロール主流温度、最高境膜温度

(イ) はじめに

(ロ) カネミにおけるカネクロール主流温度

(ハ) カネミにおける最高境膜(管壁)温度

(八) 結び

4 腐食貫通孔からのカネクロール漏出の時期と量

(一) カネクロール混入油(事故油)製造時期

(二) 六号脱臭缶蛇管からのカネクロールの漏出時期

(三) 六号脱臭缶蛇管からのカネクロール漏れ量

5 腐食貫通孔の形成、孔状態の変動とカネクロール漏出の態様

(一) 腐食貫通孔形成の時期

(二) 腐食貫通孔の形成過程における同孔の状態

(三) 腐食貫通孔充填物の欠落等とその開孔

(イ) 六号脱臭缶外筒修理の経緯

(ロ) 六号脱臭缶の外筒修理に伴う各種衝撃と孔充填物の欠落等

(四) 開孔した腐食貫通孔の閉塞

(五) 結び

六 被害者らの症状―所謂「油症」―と因果関係について

1 所謂「油症」の症状について

2 被害者らはカネミライスオイルを摂取して「油症」に罹患していること

七 被告人森本義人の過失行為及びその結果(罪となるべき事実)

1 (被告人の業務等)

2 (結果回避義務について)

3 (過失行為)

4 (結果)

第二 証拠の標目

第三 弁護人の主張に対する判断

一 カネクロールの漏出混入に関する所論について

1 六号脱臭缶蛇管の腐食貫通孔は非開孔との所論について

2 カネミの脱臭装置からのカネクロールの異常な消失の事実は存在しなかつたとの所論について

二 予見可能性に関する所論について

1 カネクロールの毒性について予見可能性なしとの所論について

2 カネクロールの米ぬか油中への混入の予見可能性に関する所論について

(一) 脱臭缶蛇管の腐食貫通孔からのカネクロール漏出についての予見可能性

(イ) 脱臭缶蛇管の材質に関する所論について

(ロ) 蛇管の腐食貫通孔生成の機序に関する予見可能性について

(二) 脱臭缶蛇管の所謂「機械的損傷」によるカネクロールの漏出の予見可能性について

三 結果回避措置に関する所論について

1 適正な装置、適正な運転操作による結果回避措置について

(一) 本件六号脱臭缶蛇管の腐食貫通孔生成の原因は、三和油脂の設計製作上の欠陥に起因する旨の所論について

(イ) 六号脱臭缶蛇管の材質の欠陥に関する所論について

(ロ) 脱臭缶蛇管の構造設計上の欠陥に関する所論について

(ハ) 岩田設計には正常運転においてもカネクロール分解を生じる設計上の欠陥が存する旨の所論について

(ニ) 局部過熱に関する岩田設計装置の欠陥に関する所論について

(二) カネミにおける脱臭装置やその運転操作の変更等が適切であり、改良されたものであるとの所論について

(イ) 三基同時運転方式への変更及びこれによる熱負荷の増大

(ロ) 岩田設計加熱炉の構造変更及び加熱炉燃焼方法の変更

(三) 結び

2 脱臭缶蛇管の点検による結果回避措置について

(一) 脱臭缶蛇管の定期的日常的点検について

(イ) 定期的点検の必要性について

(ロ) 同業者ら実施の掃除点検方法

(ハ) カネミにおける脱臭缶及び蛇管の掃除点検

(ニ) 定期的ないし日常の蛇管点検による本件腐食孔発見の可能性

(二) 六号脱臭缶修理後の点検について

3 カネクロール管理による結果回避措置について

第四 量刑事由

第五 法令の適用

第六 被告人加藤三之輔の無罪理由

一 被告人加藤に対する公訴事実

二 当裁判所の判断

1 序

2 被告人加藤の経歴、職歴

3 被告人加藤の地位、職務内容

4 被告人加藤の米ぬか油製造業務への関与の実態

(一) 製油装置の新設、増設、改造等への関与

(イ) 三和式精製装置の導入とその操作技術等への関与

(ロ) 製油装置の増設、改造並びに運転操作等への関与

(二) 製油装置の保守管理、修理等への関与

(三) 副資材(カネクロール)の管理への関与

(四) その他の製油業務への関与

(五) 結び

5 被告人加藤の注意義務の存否について

(一) 適正な装置、適正な運転操作義務について

(二) 脱臭缶蛇管の点検義務について

(三) カネクロール管理義務について

6 結び

被害者一覧表

図表

1 カネミ倉庫株式会社組織図

2 脱臭、ウインター工程略図

3の1 脱臭工程略図

3の2 カネクロール循環径路図(1)

3の3 同(2)(6缶当時)

3の4 同(3)(3缶当時)

4 ウインター工程及び製品詰工程略図

5 脱臭缶構造図

6の1 六号脱臭缶蛇管内巻第一段図、同第二段図

6の2 蛇管内エアポケツト図

7 腐食貫通孔略図

8 蛇管孔食発生状況図

9の1 脱臭缶蛇管サイズ等表

9の2 ステンレスパイプのJIS規格及び各脱臭缶のステンレスパイプの組成表

10の1 カネミ加熱炉略図

10の2 三和(岩田設計)炉略図

10の3 加熱炉対比表

10の4 カネミ炉における火焔の伸び

11の1 脱臭油量A重油使用量関係表(昭和37年度)

11の2 同(昭和38年度)

11の3 同(昭和39年度)

11の4 同(昭和40年度)

11の5 同(昭和41年度)

11の6 同(昭和42年度)

12の1 三和の作業標準サイクル表―脱臭缶2基

12の2 カネミの脱臭缶2基100分サイクル表

12の3 カネミの脱臭缶3基165分サイクル表

12の4 カネミの脱臭缶3基120分サイクル表

13 コロナバーナー燃焼実験による火焔の長さ

14 昭和四二年二月におけるカネミ油製造、出荷一覧表

15 結晶タンクの受入、払出状況図

16 弁護人主張のカネクロール流出量

17 検察官主張の推算カネクロール漏出量

計算書

資料―証拠関係

記号表

カネクロール400物性値表

第1 加熱炉における伝熱

(一) 伝熱理論

(二) 岩田設計加熱炉における伝熱量

(三) カネミ加熱炉(新築炉)における伝熱能力

(四) 岩田設計炉とカネミ(新)炉の対比表

第2 脱臭装置における熱負荷(必要伝熱量)

(一) 熱交換における伝熱理論

(二) 岩田設計装置における熱負荷

(三) カネミ脱臭装置における熱負荷―一炉三基時

第3 最高境膜(管壁)温度の推算

(一) カネミ炉における最高境膜(管壁)温度

(二) 岩田設計炉における最高境膜温度

(三) カネミにおける主流温度の推算

第4 他の計算書、鑑定書について

(一) 栗脇計算書について

(二) 田中鑑定書について

(三) 弁護人主張の試算について

第5 加熱炉における燃料消費量等の試算

第6 余剰補給されたカネクロール量試算

被告人 加藤三之輔

大三・一・三一生 会社役員

森本義人

大一三・七・一二生 会社員

主文

被告人森本義人を禁錮一年六月に処する。

訴訟費用中、証人梅田新蔵、同福西良蔵に各支給した分を除くその余の費用全部につき、その各二分の一を被告人森本義人の負担とする。

被告人加藤三之輔は無罪。

理由

第一罪となるべき事実

一  カネミ倉庫株式会社について

1  会社の概要、事業内容

カネミ倉庫株式会社(以下カネミと略称する)は、北九州市小倉北区東港町六番地に本店を設置する資本金五千万円、従業員四五〇名位(以上いずれも事件発生当時)の株式会社であり、倉庫業、米ぬか油の搾油並びに精製等を主たる事業内容とするもので、食用油の精製は業界で中位の部類に属するものの、米ぬか油精製に関しては業界のトツプレベルの生産量があつたものである。

同社は、被告人加藤三之輔の実父加藤平太郎が昭和一三年設立した九州精米株式会社をその前身とし、度々の社名変更を経て同三三年五月現社名に変更されたもので、その重役の過半数以上並びに株式の大部分が右加藤一族に保有されている所謂同族会社である。

製油事業中米ぬか油の搾油に関しては、九州精米時代以来ほぼ一貫して事業継続してきたのであるが、精製に関しては右搾油により生産保有する豊富な米ぬか油原油を自ら精製し、商品化する経済的利点から、同三六年一一月一七日福岡県知事より食品衛生法に基づくかん詰びん詰食品製造業の営業許可を受け、その頃から後に判示のとおり三和油脂株式会社(以下三和と略称する)より同社の精製技術を導入し、爾来精製業務を開始し、その製品に「カネミライスオイル」と名付けて市販するに至つたもので、以降生産量を伸ばして本件発生当時の昭和四三年頃は年産約四〇〇〇トン、月産約三三〇トン余のライスオイルを精製販売していたものである。そうして右月産量は一斗缶にすると二万本位となるが、これを九州四国中国関西一円にて広く市販していたものである。

2  カネミの会社組織

カネミは前示本店のほか支店を大阪市に、製造工場として本社工場のほか広島工場、大村工場、多度津工場、松山工場を右各該当市に有するほか五個所に営業所、出張所を配置していた。右工場中本社工場のみが米ぬか油の精製をするほかは、他工場はすべて当該工場付近より集荷した米ぬかの搾油(油抽出)作業のみを実施していたものである。

会社組織の概要は別紙図表1のカネミ倉庫株式会社組織図に明らかなように、事件発生当時は総務、倉庫、製油、営業、事業の各部及び管理室の五部一室で構成されていた。そのうち本社工場を担当する製油部は被告人森本義人が工場長の肩書でそのトツプに位し、従業員総数約八〇名余りを擁した。同部は搾油担当の抽出課、精製担当の精製課及び研究室に分けられ、精製課には六係一室が設けられ、そのうち第三係(係長樋口広次)が脱色及び脱臭の各工程を担当するもので、同係員は更に右両工程に区分され、脱臭担当は右樋口係長の外、川野英一、三田次男、平林雅秋の四名で、二名二交替を原則に昼夜連続操業の脱臭作業に従事していた。

尚取締役の各分担は、代表取締役で社長である被告人加藤三之輔が製油部、事業部、出先の各工場を担当し、同じく代表取締役加藤四郎が大阪支店を、専務梅田新蔵が倉庫部、営業部を、常務野口勉が総務部、管理室を、それぞれ主として担当する状況にあり、他は非常勤者であつた。

二  カネミの米ぬか油製造出荷販売の概略

1  製油工程の概要

(1) 前処理工程

原料の米ぬかから異物除去し蒸気加熱する等油分抽出の準備工程

(2) 抽出工程

原料米ぬかに有機溶剤を添加し蒸気加熱して油脂成分のみを抽出する工程。原油となる。

(3) 脱ガム工程

原油にメタポリリン酸ナトリウム水溶液を添加し油中の樹脂質を分離する工程。脱ガム油となる。

(4) 脱酸工程

脱ガム油に苛性ソーダを添加し油中の遊離脂肪酸を分離する工程。脱酸油となる。

(5) 湯洗工程

脱酸油を湯洗いして未分離のフーツ(油の残滓)、未反応の苛性ソーダ等を洗い流す工程。湯洗油となる。

(6) 粗脱ろう工程

湯洗油を冷却ろ過し粗ろう分を分離する工程。粗脱ろう油となる。

(7) 脱色工程

粗脱ろう油に活性白土を添加し油中の色素等を除去する工程。脱色油となる。

(8) 脱臭工程

脱色油を熱謀体により加熱し、蒸気を吹込んで攪拌して有臭成分を除去する工程(次項に詳述)。脱臭油となる。

(9) ウインター工程

脱臭油を冷却ろ過して油中の結晶成分を除去する工程(3に詳述)。

(10) 製品詰工程

ウインター工程を経た油に泡立防止剤のシリコン、アンチコール等溶剤を添加して加熱攪拌後各種製品毎に種別して容器に詰める工程。製品油となり、各容器毎にロツト番号が打たれる。

2  脱臭工程について

脱臭工程の大略は別紙図表2、同3の1、2に図表化のとおりである。脱色工程を経た脱色油は脱色油受タンクに送られ、更にここから計量缶に入れられて一脱臭工程当り脱臭すべき油量二ドラム(三六三キログラム。但し原油の多少によつて若干増減がなされる)が計量される。計量を終えた脱色油は、これに油中の鉄分等の狭雑物を凝集させる目的でメタポリリン酸ナトリユウム溶液を添加しつつ予熱缶に送られ、同缶内で水蒸気加熱された後、予熱缶同様水銀柱三乃至四ミリメートルまで減圧された脱臭缶に送り込まれる。脱臭缶は外筒(セル)と内槽(トレイ)との二重構造となつており、内槽内にはステンレス製の肉厚二乃至三ミリメートル、外径三二ないし三八ミリメートルのパイプが二重にコイル状となつて巻き上り(以下蛇管と称する)同管内に熱謀体としてカネクロール四〇〇が循環している。同カネクロールは加熱炉にて摂氏二〇〇度(以下温度は摂氏での数値である)以上に加熱されて内槽内に張り込んだ米ぬか油を加熱する。

他方内槽下部から吹き込んだ水蒸気によつて油を攪拌飛躍させて油中の有臭成分を飛散させるものである(飛散して外筒下部に溜つたものを飛沫油と称する)。右有臭成分の除去を終えた脱臭油は減圧下の冷却缶に送られて海水で冷却された後耐真空ポンプで常圧下の攪拌タンク(容量〇・四トン)に送られ、続いて一〇トン容量の脱臭油受タンクに送られて貯溜され脱臭工程を終える。尚カネクロールはポリ塩化ジフエニール(P・C・B又はP・C・D)という芳香族ジフエニールの塩素化合物の商品名で、鐘淵化学工業株式会社製品で、そのうちのカネクロール四〇〇という四塩化ジフエニールを主たる組成分とする化学合成物質をカネミ脱臭装置にて使用していたものである。このカネクロールは脱臭作業開始時、地下タンクから循環タンクへ汲み上げて渦巻ポンプで加熱炉に送られ、前示脱臭缶蛇管を貫流しながら油と熱交換した後、循環タンクへ戻り、更に右ポンプへと循環を続けることとなる。(別紙図表3の1、2参照)

3  ウインター並びに製品詰工程

右各工程の概要は別紙図表2脱臭、ウインター工程略図及び同4ウインター及び製品詰工程略図に記載のとおりである。前示脱臭油受一〇トンタンクに貯溜された脱臭油は一日に朝夕二回ポンプで冷却室に揚げられて、同室内にある各結晶タンク(容量一トン)に張り込まれて概ね七二時間以上、五度まで冷却させて結晶成分を結晶させた後、同タンクのコツクを開けて同室階下ろ過室に設置された綿布円筒袋に落してろ過し、油中の結晶成分をとる。そうしてろ過された油は右各綿布円筒袋の下に設置された受舟(容量一・六トン)に落ちて貯溜される。右落し作業(又は払出しともいう)は最初のみ結晶タンク三個のコツクを同時に開き三タンク一緒に落すこととなるが、その後は一タンクずつ落していくもので、その落し作業に一五分間を要する。

なお、各タンクや綿布袋、受舟との関係は、二室ある冷却室中一号冷却室へ張り込んだ油は一号ろ過室の綿布袋へ落され、同室にある受舟(一号室四基、二号室五基)に貯溜されるのが通常である。唯同室内にある数個の受舟のいずれにも落すことは可能で、その直下の受舟が満杯となると同室内の他の受舟に落すこともあつた。一日当り平均落し量は一一乃至一二タンク分(六〇乃至六六ドラム)であつた。

そうして製品詰工程における製品種別は次のとおりである。

(一) 天ぷら油

綿布袋でろ過されて落ち出した油のうち、落ち始めて三〇分間内に受舟に落ちる濁りある油、並びにろ過開始三日目に綿布袋を吊つている場所から取り外しこれを受舟にそのまま乗せて一日放置するのであるが、その間右綿布袋より滲み出た油はいずれも天ぷら油として直接加熱混合タンクに送られ、前示シリコン等添加のうえ加熱攪拌された後、製品詰される。従つて天ぷら油は脱臭油受タンクから結晶タンクに張り込んで早くても四日目以降に製品化されることとなる。

(二) 白絞油並びにサラダ油

綿布袋より落ち始めて三〇分経過後の油は以後二日間にわたり比較的澄んだ油であり、これが特定の受舟に約一トン溜る毎に仕上タンク(容量一トン)にポンプで汲み揚げるのであるが、特定の受舟に一トン溜つていない場合は他の舟の油と同時に上げることもある。仕上タンクに揚げられた油はフイルタープレスで再度ろ過され(所要時間三〇分乃至四〇分)、仕上用受け舟に溜められ、更に前同様シリコン等添加のうえ加熱混合タンクに送られ三〇分乃至四〇分間に三〇度乃至四〇度に加熱攪拌された後、製品検査(酸価)の結果によつてサラダ油と白絞油との分類されて別紙図表4のとおりの各製品タンクに送られ、製品詰されることとなる。前同様張込後四日目以降製品となる。

(三) フライ油

前示のとおり取り外されて一日受舟に放置された綿布袋を受舟より取り出しフライ用加熱タンクに入れて加熱し、絞り器にかけて得られる油がフライ油である。これに脱臭工程を終えて四トンの脱臭受タンク(前示同タンクとは別。中性油タンクともいう)に貯溜された脱臭油を、ウインター工程を経ずに直接混合し、フライ油溶解タンクに入れ、フイルタープレスを通した後フライ油として製品詰をする。

以上のとおりである。

なお、各種油の全製品油量に対する比率並びに油落し後、各製品化される各日別割合は次のとおりである。

(1) 白絞及びサラダ油の出来高は全体の七割、内八割が油落し第一日目、残が第二日目に製品化しうる。

(2) 天ぷら油は全体の二割を占め、内六割が同第一日目、残が第三日目に製品化されうる。

(3) フライ油は全体の一割を占めすべて第四日目以降に製品化される。

4  品質検査について

カネミでは油の品質につき社内規格を設けて試験室で各工程毎に品質検査を実施している。脱臭工程における同検査には「抜取検査」と「平均値検査」の二種あり、前者は脱臭操作の状況を把握するための検査で、通常各脱臭係員が自ら作業にとりかかりの最初の脱臭操作によりできた一回目の脱臭油、あるいは作業交替後最初にできた同油を冷却缶後の油送りパイプ中より採取し直ちに試験室に持参して主として酸価の検査を行つてもらうもので、その結果如何、即ち酸価によつて運転条件を決定したり、再脱臭することとなる。右結果は試験室備え付の試験日報(証第一〇号等)の摘要欄にその都度記載される。なお、この検査は右同様の目的で新設脱臭缶や運休後に再開する缶の試運転時にも実施される。

「平均値検査」は各脱臭操作毎に前同様の場所から同一缶毎、各容器に採取して貯溜し、翌朝夜勤明けに試験室の検査係に持参し、右酸価のほかに色相、発煙点(加熱により油が発煙する時の温度)、曇点(冷却により油が曇り始める時の温度)等を検査するもので、その結果は前示試験日報の当該検査日の平均値欄に記載される。

ウインター及び製品工程においても同様油の色相、酸価等の各品質検査が実施される。

なお、以上の各検査をもつてしても、米ぬか油中に本件程度のP・C・Bが混入していることを発見することは困難であつたし、それを目的とする検査も特段なされていなかつた。

5  出荷販売について

前示3によりビン詰又は缶詰にされたカネミライスオイルは、種別毎に或は一般市販用、農協用、製菓業者等の営業用などに区分されたレツテルが貼付され、各種別等毎にロツト番号が打ち込まれた後、本社工場から出荷される。

その販売は本社営業部、各工場や出張所等を通じて食糧販売店、農業協同組合等を経て各消費者に販売される。一般小売店等では一斗缶入り油を各店にて一升ビンに小分けして販売することもあつた。

三  被告人森本義人の経歴、職務等

1  被告人森本義人の経歴、職歴

被告人森本は大正一三年七月一二日頭書の本籍地に出生し、昭和一七年旧満州大連市の官立甲種工業学校(旧制工業学校に相当する)応用化学科を卒業後満州石油株式会社に入社し、半年間は同社の試験係に入つて石油の分溜等に関与した後製ろう課に移つて潤滑油の製造や鉱物油の精製に関係した。昭和一九年応召し、同二三年復員後は前示九州精米株式会社に入社して米ぬか油の抽出、精製に従事したが、同社の精製部門閉鎖に伴つて同二六年五月果実油、大豆油等を精製していた日華油脂株式会社に移り、ここでも数か月間食用油の脱臭、脱色工程等を経験した。同二六年七月頃丸善石油株式会社に更に移籍し、同社戸畑工場試験室に所属して石油等の一般的性状検査を担当していたが、同三〇年三月頃再びカネミの前身であつたカネミ糧穀株式会社に戻つた。そうして当初は鉱物油の再生(再精製)の仕事に従事し、肩書は同社製油部工場課長補佐兼実験室長であつた。然るに同三六年四月頃、当時三和から導入された米ぬか油精製装置を動かして精製開始するに先立ち、肩書は製油部精製工場主任であつたが、カネミにおける米ぬか油精製の現場における最高責任者に任じられた。その後、同部精製課長、同部々長代理等の肩書に変つた後、同四〇年一一月二一日本社工場長兼製油部精製課長に任じられ、名実ともにカネミの米ぬか油製造の現場最高責任者たる地位につき、同四三年六月右課長の兼務を、事件発覚後の同年一二月工場長の肩書をそれぞれ外されるまで右地位にあつたものである。

2  被告人森本の職務

(一) 被告人森本は前示のとおりカネミの米ぬか油精製の開始と同時にこれに関与してきた。しかもその肩書は変遷し、職名や地位は形式的に上昇したけれども、右精製関係においては実質的に終始現場の最高責任者たる地位にあつた。同被告人が当初からかかる地位に任じられたのは、その頃カネミ社内に他に油の精製技術や経験を有する者がいなかつたこと、社外に人材を求めようとも当時米ぬか油の精製技術は新しい技術であり困難であつたこと等のため、結局カネミとしては精製装置導入先の三和の技術指導を受けつつ社内の者を育成するという方針をとり、若干の基本的素養や経験のあつた被告人森本をこれに当てたという事情によつたものである。唯当初から同被告人にその実質に相応した工場長等の名称肩書を付さなかつたのは、それまで同被告人は鉱物油(廃油)の再生工場担当というカネミ社内では傍系的且つ小部門の業務に従事する課長補佐に過ぎず、また入社後日も浅かつたこと、本社工場は当時抽出部門が中心であつて、精製部門のウエイトは未だ小さく、しかも抽出にも責任者がいるなど他の社員との均衡も考慮せざるを得なかつたこと、それに被告人森本の精製等に関する能力自体いまだ予測しがたい時期であつたこと、等の事情にあつたため実質精製部門の現場の技術的責任者に任じられながら精製工場主任という肩書から出発せざるを得なかつたに過ぎない。

(二) 故に被告人森本は、その前示肩書の変遷に拘らずカネミの精製部門の現場最高責任者たることは一貫して不変であつた。しかも精製部門に限つてみると、カネミの職制上被告人森本の上司的立場にあつたのは工場長ないし製油部担当取締役たる地位にもあつた被告人加藤であり、右両者間の中間に介在するものは存在しないという関係にあつた。なお、昭和四〇年一一月二一日被告人森本が本社工場長となり、名実ともに工場長となるまでの間は被告人加藤が工場長をも兼務していたが、これはむしろ人材がなく、その欠員をその担当取締役として補充する形での兼務であり、被告人加藤において精製工場における具体的操作や装置の保守管理等を担当実施していたわけではない。これらは被告人森本が当初から担当してきた職務であつた。

(三) カネミにおいては工場長等の職務内容を具体的且つ明確にした分掌規程等は存在しない。総括責任者として一般的指示監督ないしは配下部門の統轄等の職務権限が窺われるのみである。ここで被告人森本の具体的職務内容をみるに、工場長、製油部々長代理等の地位にあり、従つて抽出部門をも総括する職務にあつた点は除くとして、米ぬか油の精製部門に限つては、前示のとおり終始一貫変らず、次のとおりであつた。即ち直接の上司であつた被告人加藤の指揮監督を受けて、米ぬか油の精製、同装置の保守管理、同装置の増設改造修理、資材の購入管理等の職務を担当し、自らこれを立案、決定、実行し、或は部下係員をして行なわしめる等の業務をその職務内容としていたものである。特に被告人森本は前示カネミにおける精製工場現場の責任者として選任されて後、三和の精製装置の導入後その装置の操作、管理等につき三和から直接指導を受け、或は、その後の三和の技術指導も自ら直接受ける立場にあつたこと、更には、自ら研究工夫するなどによつて、カネミ社内で右精製に関する唯一の専門家的立場となり、技術的にも最高責任者たる立場を確立するに至つた。故に被告人加藤が工場長の肩書を有していた時代にあつても、右精製技術、方法、同装置の運転操作、同装置の修理点検、保守管理等につきほゞ全面的にこれを掌理し、自ら或は、部下係員を指揮してこれに従事せしめていたものである。これに反し、被告人森本を指揮監督すべき立場にあつた同加藤は、右精製技術、装置等に関する知識能力に乏しく、同加藤の同森本に対する指揮監督も極めて一般的抽象的或は精神訓話的内容のものに止まらざるを得ず、具体的技術的或は現場に即応した指揮監督は期待できない状態にあつた。精製装置の新設、増設、改造等に関しても、その技術的面からの要否等の判断は、偶々これら装置導入先の三和社長や、装置設計者岩田文男の意見を聞くこともあつたが、カネミ社内では殆んど被告人森本の判断に委ねられていた実情にあつた。まして被告人森本が工場長に就任して以降は、生産計画等会社の基本的決定事項に関するものや、多額の金銭的出捐を伴う施設の増設改造修理等については、その経理財政的側面からそれぞれ社長たる被告人加藤の決裁を受けることを要した以外は、その精製工場内の事柄は殆んど被告人森本の責任において決定、実施されていたもので、同工場内の係員すら同被告人の縁故入社によるものが多数存在するに至つたほどであつた。

(四) なお、精製工場における作業状況全般を統計的に表にして記入する様式となつている精製日報(証八号の一乃至七)は、昭和四二年一月頃までは被告人森本自ら記帳していたものである。その後は精製課々長補佐となつた二摩初によつて記帳されることとなつたが、同被告人は必ずこれを閲読していた。

四  事件の発生経緯並びに原因調査

1  油症患者の発生

昭和四三年六月頃から福岡市所在の九州大学附属病院(以下九大病院と略称する)皮膚科に顔面その他ににきび様吹出物を主たる症状とする患者の来診が続いた。同科の担当医師らは当初原因不明の奇病とみたが、その後その症状が過去の症例にみられた塩素挫瘡と類似していること、患部から脂肪の分泌あること、家族発症の形態をとつていること等から、食品中に含まれた有機塩素系物質による症状と推認し、患者摂取の食品調査を行つているうち、カネミライスオイルがその共通摂取にかかる食品であることが判明し、右各症状がカネミライスオイルに基因するのではないかとの疑念をいだくに至つた。

そうして同年一〇月四日福岡県大牟田市在住の患者である国武信子より大牟田保健所にカネミライスオイルによる食中毒の届出がなされたことにより、福岡県衛生部が知るところとなり、同部公衆保健課食品衛生係の係員が九大病院皮膚科医師五島応安から事情聴取する一方、疫学的調査も実施した結果、カネミライスオイルによる食品中毒の疑いが増々強まることとなつた。

そこで同年一〇月一四日九大医学部では、右症状を「油症」と名付け、同学部を中心として同薬学部、農学部等の関係者も参加し、右油症の究明とその治療研究をも兼ねて「油症研究班」を結成し、その下部組織として臨床、疫学、分析の各専門部会を設けて活動を開始すると共に、油症患者の一応の診断基準を作つて集団検診等の診断に当ることとなつた。時を同じくして厚生省、福岡県、北九州市にもそれぞれ油症対策本部が設置され、その頃北九州市長ないしは福岡県知事によつて、カネミに対し食品衛生法四条四号違反によりカネミライスオイルの販売移動禁止命令等が発せられ、また各保健所長によりカネミライスオイルの大口使用業者等に対する使用禁止命令が出される一方、同オイルの収去、収集処分が実行された。同時に各管轄下の保健所に対する油症患者の実態把握の指示が出されるなど対応措置がとられた。

前示油症研究班の油症診断基準に上げられた油症々状としては、挫瘡様皮疹、上眼瞼の浮腫、眼脂の増加、視力低下、食思不振、嘔気、嘔吐、四肢の脱力感、爪の変色、脱毛、両肢の浮腫、しびれ感、関節痛、発汗過多等であり、これら基準により「確症」と「疑症」とに区分することとしていた。右の油症診断基準は各関係府県に伝達され、各地の大学医学部医師らが中心となつて保健所等で患者の検診が実施された結果、その患者は広島、高知、長崎等西日本一帯の八県にも及んでいることが判明し、患者数も相当数に達し、老若男女を問わず、しかも家族発症が大部分であることが明らかにされた。

2  油症の原因調査―原因物質がカネミライスオイルであること

(一) 患者使用残油や回収油からポリ塩化ビフエニール(P・C・B)が検出されたこと。

前示のとおり油症患者から提出のあつたカネミライスオイル(以下カネミ油と略称する)の使用残油やその小売販売業者より収去回収されたカネミ油につき、国立衛生試験所、福岡県衛生研究所、北九州市衛生研究所、九大の油症研究班分析部会関係者等によつて、螢光X線分析、中性子X線分析等による砒素などの重金属、有機塩素の定性分析検査が行われ、いずれの検査によつても有機塩素の含有が確認された。他方物質の機器分析法たるガスクロマトグラフイー(その機器をガスクロマトグラムと称する。)による分析の結果右使用残油等のクロマトグラムは、カネクロール四〇〇のそれと同一パターンのチヤートが得られた。以上によつて患者の使用残油や回収カネミ油には、有機塩素化合物たるポリ塩化ジフエニール(カネクロール四〇〇)が含有していることが明白となつた。他方同時になされた砒素等の重金属、農薬等の有害物質の分析結果からは、いずれも右検査油にその混入が認められず、その他本件の原因物質と疑われるべき物質の混入も発見されなかつた。また同時に油症研究班分析部会や福岡県衛生研究所の行つた有機塩素の定量分析によると、患者使用残油には一〇二〇PPMないし一一七〇PPMもの有機塩素が検量されたものもあつた。規格品たるカネクロール四〇〇中有機塩素量が占める重量比は四八パーセント程度である。従つて事故油中検量された有機塩素量の約二倍の量が同油中に混入したカネクロール量に相当し、故に右使用残油中には、二〇〇〇PPM前後のカネクロール四〇〇が含有されていたこととなる。

なお、事故油の製造年月日解明のため、九大の油症研究班や北九州市油症対策本部にて多数の検体につき塩素化合物の定性分析、或は総塩素量の定量分析がなされた(総塩素量には有機、無機の各塩素を含有する。唯本件の場合有機塩素がその大部分を占めている)。その結果、昭和四三年二月五日から同月一九日迄の間に製造分のカネミ油については、ガスクロマトグラフによる定性反応があるほか、カネミ油以外の食用油等にもみられる自然含有量六乃至一五PPMの総塩素量をはるかに超える量が検量されたのに対し、右期間の前後の時期の製造分については、右ガスクロによる定性分析はマイナスとなり、総塩素量も右自然値の範囲内であることが検査結果として表われた。

(二) カネミ脱臭工程においてカネクロールが事故油に混入したものであること

カネミの抽出、精製等の製油全工程を通じ、カネクロールを使用するのは脱臭工程においてのみであつた。特にそこで使用のカネクロール四〇〇は有機塩素化合物たる四塩化ビフエニールを主成分とするほか、三塩化、五塩化等の各ビフエニールをもその組成分とする混合物であるところ、患者使用残油等の前示ガスクロ分析の結果によると、未使用(新品)のカネクロール四〇〇に比して高沸点部分(結合塩素数の多いほど、即ち三塩化ビフエニールより五塩化ビフエニールの方が高沸点となる。)の含有率が高く、その組成上若干の相違があることが判明した。このことは事故油中のカネクロール四〇〇が脱臭工程において脱臭操作の影響を受け、その低沸点部分が蒸留作用により減少したものと推測された。つまり、患者使用残油中に検出されたポリ塩化ビフエニールは、カネミの製油工程の一つである脱臭工程において、そこで熱媒体として使用されるカネクロール四〇〇が脱臭中の米ぬか油中に混入し、それ自体も米ぬか油と共に脱臭操作を受けて低沸点成分を揮発蒸留させ、残つた比較的高沸点部分のポリ塩化ビフエニールであることが推論される。

(三) 油症患者の身体等からカネクロールが検出されたこと

九大の油症研究班によつて、死亡した患者から採取した身体組織、患者が死産した胎児、患者の喀痰、血清等を前示ガスクロによつて分析がなされた結果、皮下脂肪、皮脂、腸間膜脂肪織、胸骨々髄、気管、小腸、心臓、痰、胎児の皮膚組織、分べん後産の胎盤等からカネクロールが検出された。これらはクロマトグラム上前示使用残油のパターンと一致するものであつた。

(四) 被害者らが油症に罹患した時期が、カネミ油の摂取時期と合致していること

即ち、本件被害者らの油症発症の時期は昭和四三年三月頃から始り、同年夏を頂点としていることからすると、前示家庭発症と相俟つて、食品中毒特有の形態をとつており、特定時期に発売されたカネミ油による罹患の事実を示唆するものである。

(五) 以上の諸事実を総合するとき、本件油症はカネミ油摂取による食品中毒であり、その原因物質は昭和四三年二月五日から同月一九日頃までの間に製造されたカネミ油中に含まれた有機塩素化合物の四塩化ビフエニールを主成分とするカネクロール四〇〇であることが十分推認できる。

五  カネミ油へのカネクロールの混入について

1  六号脱臭缶内のカネクロール循環用蛇管所在の貫通孔からカネクロールが漏出したものであることについて

(一) 貫通孔の発見

九州大学工学部篠崎久教授、宗像健助教授らは、北九州市長の依頼によりカネミ油へのPCB混入経路の調査を行つた。昭和四三年一一月一六日カネミの本社工場に赴いた右調査団は、偶々六個の脱臭缶中六号脱臭缶が外筒腐食により取替え修理された後、前示のカネクロール漏出混入時期とされる同年二月上旬頃その運転再開された事実等を知り、同号缶をその調査対象に選び、空気圧テストによつて蛇管の欠管個所を点検した結果、同号缶の内巻蛇管最上段(一段目)の蛇管下側部分に三個所、空気漏れ個所を発見した。更に右九大の調査団は同年一二月二六日小倉警察署長の鑑定嘱託に基づき、前同様カネミの六号脱臭缶に実施した空気圧テストによつて前示三個の空気漏れ個所を確認した。同四四年四月一一日九大工学部徳永洋一郎助教授により、右空気漏れ個所付近の蛇管を三個に分けて切断採取し(別紙図表6の試料1の部分)、それぞれ外観検査、X線透過撮影による非破壊検査、顕微鏡検査等による蛇管の欠陥検査を実施した結果、多数の貫通孔の存在を認めた。特にそのうち六個の孔は外観検査程度によつても発見しうる比較的大きな孔であり、同別紙図表7に記載のとおり最大孔は二×五ミリメートルと一・七×四ミリメートルの二孔の連結した孔で、そのほか一・四×六・八ミリメートルの孔等であつた。これらが蛇管々壁を貫通している事実は前示顕微鏡検査により確認された。

(二) 発見された貫通孔から本件事故油混入のカネクロール相当量の漏出が可能であることについて

篠崎教授らの行つた前示各空気圧テストにおける右蛇管の欠陥個所からの空気漏れ量は三分五五秒間で一〇〇CC測定されたのが最大で、あとはいずれもそれ以下か微量で、この程度の空気漏れ量から推算されるカネクロール漏出量もまた極めて微量なものと考えざるを得なかつた。しかし、前示徳永助教授の採取パイプの点検の結果、右各貫通孔はその孔内部をタール状の物質により充填されており、その孔の大部分がこの充填物によつて閉塞された状態にあつたこと、この充填物は一部強固なものもあり管壁や孔内壁から除去するに容易でない部分もあつたが、爪楊枝や西洋紙片を折つたもの等で除去しうる程度の軟弱な部分もあつて、これらの全部又は一部の欠落ないしは海綿状に多孔質化することによつて、相当大量のカネクロールの漏出が可能であることが明らかとなつた。

(三) 六号脱臭缶以外の五基の脱臭缶蛇管等からのカネクロールの漏出なきことについて

前判示の昭和四三年一二月二六日の調査時には、同時にカネミの他の脱臭缶についても空気圧テストを実施してそれらの蛇管の欠陥が調査された。そのうち一、二、五各号の脱臭缶についても、蛇管からの空気漏れが認められている。特に一号缶のそれは、二分間に四六CCの空気漏れが確認され、六号缶同様充填物の存在及びその欠落等による相当量のカネクロールの漏出も考えられるところである。しかし右の一号缶については、第一に後に六号缶につき判示するように、その貫通孔の充填物の欠落、多孔質化等の生じるような缶の修理、その他の特段の事情が存しないし、第二に、後に判示のカネクロールの漏出時期である昭和四三年一月三一日から同年二月中旬頃にかけては、右一号缶は運転休止中であり、同缶の右貫通孔からの漏出は考えられない(なお、証第一五号の試験日報綴中には、右漏出期間に相当する同年二月五日、六日、七日等の日附の試験日報摘要欄には、一号脱臭缶を表示する〈1〉の記号が記入されているが、証第五一号の同日報綴、第八乃至一〇回の各公判調書中の証人二摩初の供述部分などに照すと、右は本件発覚後、右日報の記帳者二摩初によつて〈6〉を〈1〉に改ざんされたものであることが明らかに認められるものである。)。また他の二缶に関しても、その空気漏れテストによる漏れ量は極めて微量であり、X線透過による欠陥検査によつては、X線写真に顕出されなかつた程であり、また孔充填物に変化をきたす如き衝撃等の加わつた事実なきこと一号缶と同様であり、これらからのカネクロールの漏出は考えられない。

その他脱臭缶内にて右蛇管以外の個所からカネクロールが漏出した形跡は発見されていない。

(四) カネクロールが蒸留作用を受けるプロセスとしては、脱臭工程のみであることについて

事故油であるカネミ油から検出されたカネクロールはいずれも蒸溜作用を受けたものであること前示のとおりであるが、カネミの製油全工程でかかる蒸留を伴うプロセスは脱臭工程しか考えられない。

(五) 以上の諸事実に照らすと、本件事故油中に含有するカネクロールは、六号脱臭缶内のカネクロール循環用(加熱用)蛇管の内巻第一段蛇管に存在した貫通孔より漏出したものと推認される。

2  貫通孔の生成について

(一) 貫通孔の態様と生成経緯

本件六号脱臭缶蛇管はオーステナイト系ステンレス鋼管でSUS三二規格に相応する素材により作られた溶接管(電縫管又は縫合管ともいう)である。右溶接管は平板のステンレス鋼材を曲げて円周方向に圧接しながらステンレス板の両端を半溶解状態にしてくつつけるTIG溶接といわれる方法で溶接されてできるもので、その結果管の長手方向に一線となつた溶接線を形成することとなり、これをTIG溶接線という。右溶接管に対しステンレス鋼棒より中をくり抜いて管とする引抜管(シームレス管)といわれるものがあり、この管では当然管外面には溶接線は現われない。

前示蛇管に発見された多数の各貫通孔は、二、三の例外を除き、右TIG溶接線から約五ミリメートル離れた所謂熱影響部といわれる場所に並んで存在していた。このことは右貫通孔の生成原因が、オーステナイト系ステンレス鋼を熱加工することにより生ずるオーステナイト組織(別紙図表8にみられる石垣状の組織)の崩壊に起因する粒界腐食(溶接衰弱)にあることを意味する。この粒界腐食とは金属腐食の一形態で、所謂電解腐食によつて生ずる。即ち、後に判示のとおりカネクロールより分解生成した炭素がステンレス中の鉄、クロム等の組成金属と炭化物を形成し、これを陰極とし、その周辺の金属を陽極として局部電池を作り、これに電流(塩素イオン)が通ずることによつて腐食反応を促進せしめる形態をとるものである。元来ステンレスの耐食性はクロムに依存するものであるところ、熱処理によつて炭素が析出し、これにクロムが吸い寄せられて炭化物を形成し、クロムの減少した付近から耐食性を喪失して腐食進行を始めることとなる。

そうして、本件貫通孔の生成経緯をみると、別図表8に記載のとおり、ステンレス蛇管内面の粒界腐食に侵されやすい熱影響部より腐食が始まり、粒界腐食特有の糸状侵食を呈して進行し、管外面まで進行後は水分の豊富な管表面、即ち油側から急激な腐食が起り、これが相重つて貫通孔を形成するという経緯をたどつたものである。

(二) 腐食原因物質―塩酸(塩素イオン)

ステンレス鋼はそれ自体耐食性ある鋼材として開発製造されたもので、一般的に腐食しにくい鋼材ではあるが、酸や塩素臭素等のハロゲン系物質には耐食性弱く、塩酸、硫酸あるいは海水等により容易に腐食される。その腐食形態には全面腐食、孔食、加工時の残留応力に腐食が加わつて生ずる応力腐食割れ等があるが、いずれもその腐食はハロゲンイオンの反応によつて生ずるものである。特に応力腐食割れは、塩素イオンと水分の存在下では比較的高温ですみやかに腐食を起す危険性があることが知られている。

しこうして本件腐食環境と対比してみるとき、前示のとおり本件蛇管の腐食は、カネクロールの貫流する蛇管内面より先行している事実、本件蛇管の入口導管部(別紙図表6参照)に応力腐食割れが発見されたこと、孔食も存在した事実等に加え、その環境条件として化合物分解によるハロゲンイオンの存在しか考えられないこと等から、後に判示のカネクロールの過熱分解により生じた塩化水素ガスが水に溶けて塩酸となり、その塩素イオンが作用して本件腐食を生ぜしめたものと認めるのが相当である。右蛇管の腐食環境を検討するも、右以外に蛇管を腐食せしめた原因物質は他に考えられない。

(三) 塩酸の生成について

ポリ塩化ビフエニール(又はポリ塩化ジフエニール)は芳香族の塩素化合物であり、炭素により形成されるベンゼン核及びこれに付着する水素によつて構成されるビフエニールに塩素が結合するという物質組成を有する。その結合塩素数により三塩化或は四塩化ビフエニールと呼ばれる。カネクロール四〇〇が、右の四塩化ビフエニールを主たる組成とし、他の塩化ビフエニールを混在した化学合成物質で、鐘淵化学開発の商品名であること前示のとおりである。右のポリ塩化ビフエニールは過熱されると化学分解を生じて炭素を析出する一方、ビフエニール中の水素と前示ビフエニールに結合した塩素とが合体して塩化水素ガスを発生する。右分解はカネクロール四〇〇で摂氏二五〇度(以下特に記載なき限り摂氏温度を表わす)前後に始まるとされる。同種化合物である米国モンサント社のアクロールは、その文献によると、同一八〇度から痕跡づつ分解が始まる旨説明してある。一方九州大学薬学部吉村英敏教授の昭和四五年四月二七日付鑑定書作成のための実験結果によると、開放加熱容器中にて同二六〇乃至二六五度にてカネクロールの徐々の分解が始まり、同二七〇度付近から塩化水素ガスの発生が観察でき、同三〇〇度付近になるとその検出が容易となる程の発生をみるという結果を得ている。従つてカネクロールも少なくとも摂氏二六〇度付近から分解を始めて塩化水素ガスを生成するものであることが推測される。

他方蛇管の腐食物質として塩化水素ガスが作用しうるためには、これが水溶液化して塩酸となる必要がある。何故なら本件腐食形態たる粒界腐食を生じせしめるためには、前示のように局部電池を形成する必要があるため、水分の存在が不可欠であるからである。そうして発生した塩化水素ガスは蛇管内のカネクロールが管外に落された段階等に蛇管内に入り込んできた空気中に含まれる水分(水蒸気が露点を結んでできたもの)や、カネクロール循環系の地下タンクやポンプ等から同環境系路内に混入した微量の水分で、カネクロールに溶解循環しているもの等によつて塩酸化したものと推測される。従つて、本件蛇管の腐食には、ハロゲンイオンとして右塩酸を組成する塩素イオンが作用したものと考えるのが合理的である。

(四) 腐食生成の機序について

腐食生成の機序に関しては宗像健ら作成の昭和四五年二月三日付鑑定書(以下宗像鑑定と略称する)と菊田米男ら作成の鑑定書(以下菊田鑑定と略称する)とが存する。

宗像鑑定の内容は次のとおりである。即ち、カネクロールの過熱分解により生成した塩化水素ガスは、カネクロールと共に循環し、循環タンク上部に設置されているエアー抜きパイプ(別図表3の2参照)から大部分が大気中に放出されるが、一部分はなを右循環系内に残留する。他方前示のとおり右循環系内に混入した水分も、脱臭装置運転中は右系内も摂氏二〇〇度を超える高温の環境下にあるため、殆んど気化して水蒸気となり、塩化水素ガス同様エア抜きパイプから大気中に放出されることとなる。しかし、小さな気泡となつてカネクロール中に混在し、或は溶解している塩化水素ガスや水分は、カネクロールの粘度、比重差、流速、気泡の浮力等の関係で、その一部はなを右循環系内に残留し、カネクロールと共に循環を続けることとなる。このようにして一部排出されず残溜した塩化水素ガスや水蒸気泡のうち、運転停止中、脱臭缶蛇管内から地下タンクに落ちきれずに右蛇管内に残留したカネクロール中に混在、溶解したものは、右運転停止の間カネクロールから分離浮上して蛇管の位置的に高い個所に集まり、脱臭缶内の温度低下と共に水蒸気が露点を結んで液相の水となり、塩化水素ガスを吸収して塩酸を生成する。この塩酸が付近の蛇管管壁に付着して腐食を生ぜしめるという機序である。

菊田鑑定は次のとおりである。即ち、本件六号脱臭缶の運転中は同蛇管へのカネクロールの流入、流量条件によつては、右蛇管頂上部付近(別紙図表5、6の2各参照。蛇管が脱臭缶に入つて立ち上り、その頂点即ちエルボからコイル状で巻き下る頭初の部分で、概ね内巻蛇管の第一段から第二段目程度までを考える)にカネクロールの流れによつて充填されない、いいかえるとカネクロールの貫流しない空間が形成される。別紙図表6の2「蛇管エアポケツト図」のとおりである。右空間をエアポケツトと称するが、これはカネクロールの流量の変化に伴つて大小にその広がりを変化させるが決して消失することはない。そうして運転の休停止中、蛇管内に流入した空気は運転開始と共にカネクロールの蛇管内循環によつて入れ替り、大部分は管外へ排出されるが、一部は右エアポケツト内に残留する。この残留空気中に湿気として存在した水蒸気や地下タンク中のカネクロールに混入した水分等が、右エアポケツト内で気化し、他方カネクロールの過熱分解により生成した塩化水素ガスも、同ポケツト内にガス状で貯溜する。そうして脱臭装置の連続運転(毎週月曜日朝から日曜日朝までの六日間昼夜連続運転)が進むに従つてエアポケツト内のガス濃度や水蒸気圧が高まり、週の後半になると一定温度(摂氏二〇〇度乃至二三〇度を想定する)における雰囲気内での飽和状態に達して水蒸気が液化して水滴となり、塩化水素ガスを吸収して塩酸を作り腐食循環を生成するというものである。

なお、本件腐食孔の場所は前示のとおり蛇管下側に属しているため、カネクロールが当該蛇管内に流入し続けている間は、右腐食場所はカネクロールの流れに被われて右生成した塩酸が作用できないこととなる。従つて右塩酸が作用して腐食進行せしめる時期は、エアポケツトが形成され、且つ、当該腐食場所にカネクロールが存在しない時点である必要が生じる。即ち、連続運転中、カネクロール流入バルブを締めてカネクロールの循環を止めた時点(この時は脱臭缶蛇管内のカネクロール量が減少し、エアポケツトが拡大して蛇管第一段目下(底)部までも同ポケツトの範囲内となり、そこにカネクロールが滞留しなくなる)、即ち脱臭サイクルに照してみると脱臭缶に油を出し入れする時間帯(この間は右バルブを締めてカネクロールを循環させないとの前提に立つ)に相当することになる。唯、エアポケツトの存在の可能性の最も強い蛇管頂上部(エルボ、別紙図表6の2参照)付近や、これに続く蛇管第一段目上方部分(別紙図表6の1、試料No.2の部分)に腐食貫通孔が存在せず、これらより低部にある同第一段目下方部分(同試料No.1部分)に発見されたのは、蛇管の素材たるステンレスパイプに、前示のとおり熱加工後の溶接衰弱によつて起る粒界腐食防止のためになさるべき固溶化熱処理がなされたか否か、またその処理の良し悪しの相異によるものとする。

以上の各鑑定は、いずれも実証的に検証された上での結論ではなく、あくまでもその可能性が強いとの推論による鑑定結果であり、本件蛇管等が調査、鑑定等のため切断、取外し等なされた現時点では、その鑑定の真実性を検証することも困難であり、いずれも鑑定が実際の腐食孔生成の機序に符合するかを判断することは容易ではない。唯、腐食生成場所、蛇管内の液相水分の存在等に照し、あるいは脱臭工程の実際を考慮するとき、菊田鑑定の説明がより合理的内容と考えられる。しかしながら、加熱炉内におけるカネクロールの過熱によつて生じた塩化水素ガスと、何らかの原因により蛇管内に存在する液相の水分とによつて本件腐食個所付近に塩酸が生成し、これが蛇管々壁に作用して本件腐食貫通孔を作つたものとする機序は、いずれの鑑定もその結論とするところであり、本件腐食貫通孔の生成に関する機序、即ち因果経過としては、右結論で十分であり、より以上の詳細までも必ずしも確定せずとも、本件判断に支障はきたさない。即ち、本件腐食貫通孔生成の機序は、本件脱臭工程にて使用するカネクロールの加熱炉内での過熱分解により生成した塩化水素ガスと、本件蛇管内に存在する液相の水分とにより生成した塩酸が、蛇管々壁に付着して腐食貫通孔を形成したものであり、これが右機序の本質的部分と解される。

3  脱臭装置及びその運転操作とカネクロールの過熱分解

(一) はじめに

前判示のとおり、本件におけるカネクロールの米ぬか油への混入は、六号脱臭缶蛇管にあつた腐食貫通孔からのカネクロール漏出によるもので、右貫通孔はカネクロールの過熱分解により生じた塩化水素ガスと同蛇管内の水分とにより生成した塩酸の作用によるものであつた。ここで判示するのは右塩化水素ガス発生の原因となるカネクロールの過熱分解についてである。本件脱臭装置についてみるに、右過熱分解を生ずるようなカネクロールの過熱が起る個所は、カネクロール循環径路中カネクロールが最高温度となるカネクロール加熱炉内のカネクロール加熱管内であり、別紙計算書第一図に明らかなように特にその管内側管壁付近の境膜と称せられる部分で、この境膜中でも同管壁に密着する部分ほど高温となる。この付近の管内流体温度の最高となる個所の温度を最高境膜温度または管壁温度(正確には管内側最高管壁温度である)と呼ばれ、カネクロールの過熱分解に直接影響を与える要因となる。以下に判示することは結局、脱臭装置における装置自体或いは運転操作の方法如何によつて、右管壁温度がカネクロールを過熱分解させる程度の温度に達していたか否かの問題である。そうしてこの問題は第一に米ぬか油脱臭に要する必要熱量、即ち、熱負荷の値と関連する。何故なら、脱臭に必要な熱量は加熱炉において供給されるのであるが、この所要熱量如何によつて加熱炉の燃焼状態、従つてカネクロールへの熱供給が左右されることとなるからである。いいかえると、脱臭の熱負荷の増大はより多量の熱供給を要求するため、加熱炉内のバーナー燃焼を強くし、従つて炉内加熱管々壁を強く熱してカネクロールへの熱供給を増大させる必要がでてくる。このことは必然的にカネクロールの管壁温度を高める結果となる。このようにカネクロールの過熱分解に直接関係のある最高境膜(管壁)温度は、脱臭缶における所要熱量(熱負荷)の値に左右されることとなる。第二に、加熱炉の構造に準拠する能力、その操作方法等に影響される。即ち加熱炉内の構造、スケール、加熱管の配列、長さ、管径、更にはカネクロールの流量、流速等によつて加熱炉のカネクロールへの伝熱能力が左右される。特にカネミでは三和油脂から導入した三和方式の基本設計者岩田文男設計にかかる加熱炉を著しく改造変更しており、これに伴う伝熱能力の消長、ひいては管壁温度の変化の有無が問題となる。更にまた炉内における伝熱の方法、バーナーの燃焼の仕方如何も右管壁温度、カネクロールの過熱分解に影響を与える要因となる。以上の視点から以下に検討を加える。

(二) 三和の脱臭装置の基本設計と脱臭操作方法

カネミは前示のとおり昭和三六年四月頃、かねて米ぬか油の抽出装置を導入していた三和油脂から同精製装置をも導入したのであるが、就中右装置中本件の問題とされる脱臭装置については三和の取締役岩田文男の設計考案にかかる熱謀体循環方式の装置であつた。その基本構造ないし設計条件は、前示二の2に記載のほか、次のとおりであつた。

(イ) 基本設計条件について

右岩田文男が脱臭装置の設計に際し基本条件として予め設定したのは次の事柄である。即ち、

〈1〉 月間、二五日操業として、一〇〇〇ドラム(一ドラムが約一八一・五キログラム)の脱色油の脱臭を処理すること。

〈2〉 油の脱臭加熱温度を摂氏二二〇度乃至二三〇度とすること。

〈3〉 脱臭装置内の真空度を水銀柱三ミリメートルまで引かせること。

〈4〉 熱謀体としてカネクロールを使用し、その分解温度を三〇〇度に設定する。これを加熱炉内加熱管の最高境膜温度とし、その主流(使用)温度を二五〇度とすること。

〈5〉 脱臭による油の酸価を〇・〇三以下とすること。

等であつた。

(ロ) 基本装置について

ところで岩田設計の右装置は回分(バツチ)操作、即ち大量のものを少量に何回にも分けて同じことを繰り返す操作方法(これに対応するものとして連続操作がある)によつて脱臭処理するものであるところ、右基本設計条件は一日当り四〇ドラムの脱色油処理量となるため、一バツチ、即ち一脱臭工程における脱色油の仕込量を二ドラム(三六三キログラム、四〇〇リツトル)とし、右一工程当りの脱臭所要時間を一四〇分、予熱及び冷却各時間をそれぞれ五〇分という処理サイクルを設定した。以上の一日当り処理量と処理サイクルから、脱臭装置として脱臭缶二基を要することとなり、ここに同缶二基、予熱缶、冷却缶、加熱炉、カネクロール地下タンク、同循環タンク、同循環ポンプを各一基、脱臭缶二基用の真空装置一式の以上を一セツトとする脱臭装置が設計された。

(ハ) 予熱缶について

計量缶を出た脱色油は前示のとおり、加熱炉の熱負荷の軽減という目的もあつて、いきなり脱臭缶に落さず、いつたん予熱缶に入れてボイラーから送られる水蒸気によつて所定温度まで予め加熱される。岩田基本設計では加熱用スチームの到達圧力を六・五キログラム(平方センチメートル当り)、その飽和温度を一六八度とし、計量缶より入つた同七〇度の脱色油を五〇分間で一五〇度まで加熱する能力を有する予熱缶が設計された。なお、岩田文男の設計々算書である「脱臭装置設計」と題する書面によると、予熱終末油温は一四七度と計算されているか、同書二頁で「一四七度≒一五〇度、∴OK」とされており、別紙計算書第2の(二)、(1)、(ロ)における計算によると、一四八・九度となりほぼ岩田の設計条件の一五〇度に近似値となる。また三和の実際の作業準則を書面化した「作業標準」と題する書面(証五二号)によれば、四五分間で一四七度に加熱するよう記載されている(同書八二、八三頁)。しかしながら実際の予熱工程は、一脱臭工程の所要時間を脱臭缶々数で除した時間が予熱時間とは予熱缶への油の出入時間の和と等しくなるという関係式が成り立ち、これに該当数値を当てはめて計算すると、予熱時間四五分乃至五〇分で、予熱缶への油の出入りに要する時間二〇分乃至二五分となり、この出入りの時間帯も実際には加熱用スチームが送り続けられているため油の加熱も続けられることとなる。従つていずれにしても岩田の基本設定条件たる予熱終末油温一五〇度は十分確保される。

(ニ) 脱臭缶について

岩田設計の脱臭缶の構造、スケール等は別紙図表5及び9の1を参照。同設計は油を右予熱終末油温の一五〇度から二二〇度乃至二三〇度に加熱する所謂加熱時間、及び脱臭缶内に水蒸気を吹き込んで脱臭操作を行う所謂脱臭時間をいずれも各一時間とし(故に油の脱臭缶内滞留時間は一二〇分となる)、油の脱臭缶内への出し入れを各一〇分とし、合計一四〇分を一脱臭工程の所要時間としている。これは前示の一日当り四〇ドラムの油処理量、従つて一日一缶当りのバツチ数一〇回によつて算出される一バツチ当りの所要時間一四四分とほぼ符合することとなる。循環ポンプより吐出されるカネクロールの総流量(炉内流量にも相当する)を毎時三立方メートル、そのうち加熱中の脱臭缶への送量を二・五平方メートル、脱臭中の缶へのそれを〇・五平方メートルとし、設計々算により算出した総熱負荷毎時二六、一六〇キロカロリー(実際のより正しい計算では別紙計算書第2の(二)にて試算のとおり三三、三〇〇キロカロリーと増大する)を供給しうるよう設計されている。三和の実際の作業においては、加熱昇温時間を七〇分、恒温を保持しての脱臭時間を五〇分とし、脱臭開始は加熱昇温の途中の油温二〇〇度となつた時点からなされるので、脱臭時間そのものは七〇分間に延長される(別紙図表一二の1参照)。このサイクルでは岩田設計のサイクルの場合より、油の昇温速度が緩やかになるので必然的に熱負荷も軽くなる。

更に脱臭操作は脱臭缶の底部より水蒸気を吹き込んで油を攪拌飛躍させ、油中の有臭成分を飛散させるものであるが、右岩田設計ではこの水蒸気吹込量を毎時一〇キログラムと設計されている。また脱臭中でなく単に加熱のみを行つている時間帯においても、油の昇温効果を良くするため毎時二キログラムの水蒸気を吹き込み油を攪拌している。この加熱時間帯における水蒸気吹込みの有無による伝熱効果の相異は別紙計算書第7表、第8表に明らかなとおり、カネクロールの油への伝熱係数、ひいてはカネクロールの主流温度を左右する極めて大きな影響をもたらすものである。

(ホ) 冷却缶について

冷却缶では脱臭を終えた脱臭油を冷却水によつて八〇度以下に冷却するのである。そのため二〇度の冷却水を毎時三トン冷却缶中の冷却管に通し、五〇分間で脱臭終末油温二三〇度から八〇度以下(設計々算上は右条件で六五・五度まで冷却される計算となる)に冷却する能力を有するよう設計された。実際の三和の操業では、冷却時間四五分、油の出し入れに二五分とする冷却サイクルを組み、右二〇度の冷却水で八〇度まで冷却するには毎時一・五トンの冷却水を通すことで十分であるため、缶製作費節約のため作業標準の仕様書部分では右一・五トンの値がとられている。

(ヘ) 加熱炉について

岩田設計の加熱炉の構造及び各スケールは別紙図表一〇の2、3に各記載のとおりであり、炉内で七〇×一八〇×一三一各センチメートルの箱型水平燃焼方式の小型炉である。炉内中央に橋壁(火橋)が設けられ、これによつて第一輻射部(燃焼室を兼ねる)と第二輻射部、対流部(回収部)とに区分される。熱源はバーナーでA重油を使用燃料とする。カネクロール加熱管(受熱管)は所謂呼び径一インチパイプ(外径三四センチメートル)で、炉内天井に沿つて蛇行して火源からの輻射伝熱を、炉内後室の対流部内でも同様蛇行して巻き上り、ここで対流伝熱を、それぞれ受熱する管式加熱炉の構造を有する。

岩田設計における加熱炉の設計に関しては次のことに特に注意が払われて装置設計された。即ち、本件加熱炉の被加熱物質が、ボイラーの様に単なる水蒸気ではなく、加熱によつて分解反応を生ずる可能性の大きい有機化合物であるカネクロールであるため、右の分解回避を図る必要がある。そのため、岩田設計では前示カネクロールの炉内流量毎時三立方メートルを前提として実際操業におけるカネクロールの分解温度を三〇〇度と設定し、管壁温度を右分解温度以下に押えるため、その主流温度を二五〇度とした場合の管壁温度三〇〇度における許容輻射熱率(分解を起さずに安全にバーナー輻射熱を加熱管に伝熱しうる単位時間、単位面積当りの伝熱量)を試算し、これから導き出される炉内全体のいわば安全伝熱量ともいうべき値を試算し、これが脱臭操作に必要な熱量(熱負荷)を十分供給しうる値であるか否かが確認され、これに副つて加熱炉内各部の容積、広さ、加熱管の長さ、径、配列等が設計され、安全に伝熱しうるよう配慮のうえ設計されたものである(別紙計算書第1の(二)参照)。岩田設計装置においては、その熱負荷から逆算した最高境膜温度は、別紙計算書第3の(二)に判示のとおり、主流温度二五〇度で二八七度、主流温度二六〇度で二九七度となる。従つて岩田設計装置ではおよそ二六〇度迄の温度でカネクロールを使用しうることとなる。故に三和における実際の脱臭操作においては「作業標準」(証五二号)ではカネクロール主流温度を二六〇度以上とすることを禁じ(同書八〇頁の9)、二五五度に昇温するとバーナーを停止する(同書七七頁)操作方法をとつて、カネクロールの過熱分解に特段の配慮をしている。しかも岩田設計は、右のようにカネクロール主流温度が二六〇度を超えることなきよう、右バーナーの調整に自動調整式バーナーを使用することを条件づけている。尤もこれは脱臭缶二基の月間処理量に相当する一〇〇〇ドラムの脱臭処理を実施する場合であり、五〇〇ドラム(即ち脱臭缶一基の処理量相当)の場合は「手動調整でも可なり」としている。このことは要するに脱臭缶二基以上となると、バーナーの調節をカネクロール温度に応じて実施することが困難ないしは繁雑化すること、故にやゝもすると右二六〇度を超える温度で運転することも起りうることを懸念してのことと考えられる。三和では脱臭装置を二セツト(即ち脱臭缶四基)時にプラスマイナス五度のサーモスタツト(温度調節器)による自動制御方式のバーナーに切替えている。

(ト) 真空装置について

岩田設計では、ブースター、バリコン、エジエクター各二基その他を一セツトとし、脱臭缶二基に吹き込まれるべき水蒸気量毎時合計一二キログラムを超える毎時一五キログラムの水蒸気を吸引し、かつ脱臭缶内の真空度を水銀柱三ミリメートルに維持しうる能力を有するよう設計されている。

(三) カネミにおける三和装置、技術の導入

前示のとおり、抽出装置を三和より導入して米ぬか油の抽出即ち米ぬか油の原油のみの生産を行つてきたカネミは、精製工場をも設置して米ぬか油の一貫工場とする企画のもとにその導入先を検討した結果、前同様三和の精製装置が優秀であると判断し、これを導入することとした。昭和三五年末頃、脱臭油量月間五〇〇ドラムを処理しうる装置とすること、装置の据付、操作運転の指導は三和の指導員派遣によつて行うこと等を条件に右の導入を三和に依頼した。翌三六年一月、三和の脱臭装置一セツト(但し脱臭缶は右五〇〇ドラム処理から一基のみ、真空装置も同一基用)、その他関連装置を導入し、三和社員の指導によりカネミ本社工場に据付け、同じく三和社員の指導を受けて同年四月二九日から運転開始された。右運転の指導は被告人森本をその責任者とするカネミの各担当係員に対し、テキスト(作業指導書 証三四号)等を使用して本社工場において一週間位にわたり実施された。

三和の指導員によりカネミ係員になされた指導内容は、概ね右テキストの通りであり、主たる内容は〈1〉水蒸気を吹込み脱臭するのは一時間とすること、〈2〉カネクロール主流温度は二三〇度乃至二五〇度とし、境膜温度が三〇〇度以上となると分解するので、それ以上に加熱しないこと、〈3〉油温は二三〇度以上としないこと、〈4〉油温が二〇〇度から脱臭生水蒸気を吹き込むこと等であつた。

据付けられた装置中、脱臭缶、予熱缶及び冷却缶はいずれも岩田設計に基づき三和が自ら三紅製作所に発注製作させたもの、真空装置は同様岩田の基本設計により大東製作所に製作させたもの、カネクロール循環ポンプは大東工業株式会社より購入したギヤロータリーポンプ(歯車ポンプ。二馬力)、その他加熱炉、地下タンク、循環タンク等は岩田設計に従いカネミで現地製作したもの、以上を岩田作成にかかる「米油精製工場配置図」(検証二四七九号)に基づきカネミ本社精製工場に据付けたものである。右脱臭缶については三紅製作所で完成後岩田文男立会のもとに装置テストが実施され、異常なきことが確認されている。この際、缶内蛇管の空気圧テストも行われた。右据付後も脱臭缶の真空テストを行つたのち試運転がなされている。

更にカネミは、昭和三七年五月頃、脱臭缶二基目の設置を三和に依頼し、脱臭缶二基用に取り替えた真空装置(一基用にブースター、エジエクター各一基を加えたもの)とともに増設し、ここに三和の一セツトと同じ脱臭装置の完成をみ、同年一〇月一一日頃から脱臭缶二基の運転を開始した。

(四) カネミにおける脱臭装置の増設、改造、操作方法の変更等とその影響―熱負荷の増大―

(イ) 脱臭装置の増設、改造

脱臭缶一基で米ぬか油の精製を開始したカネミは、良質の米ぬかの集荷状況が良かつたうえ、広島工場等他工場の増設に伴う米ぬか油原油の本社工場入荷量の増大に従つて、精製処理すべき原油量が増大したが、精製工程中脱臭工程が処理能力上隘路となり、精製全工程との均衡維持ができず、右原油処理が困難となつたこと、他方原油処理目標を年々拡大させたこと等により、前示脱臭缶二基目の増設によつてもなお原油処理が困難をきたし、次々と脱臭缶をはじめとする脱臭装置の増設を行つた。その装置増設の状況は次のとおりであり、特に脱臭缶三基目以降の装置は、被告人森本において岩田設計を基本としてこれに若干の改造を加えて作成した設計に基づき、三和の手を通さずカネミ自ら北九州市若松区所在の西村工業株式会社に発注製作させたものである。

カネミにおける脱臭装置増設、改造等の時期は次のとおりである。( )内は運転開始時期を示す。

イ 昭和三八年一一月(同三九年一月)  三号脱臭缶増設、真空装置も二基用へ

ロ 右同時頃(右同)  地下タンク改造(容量三〇〇リツターを一〇〇〇リツターへ)、循環タンク改造(同二〇〇リツターから一〇〇〇リツターへ)

ハ 同三九年一月二〇日頃  旧炉焼付事故による修理改造

ニ 同年一月頃  循環ポンプ取替(大東の歯車ポンプから、六王の渦巻ポンプへ)

ホ 同年三月頃(同年六月) 加熱炉増設(以下新炉という)

ヘ 同四〇年八月二〇日頃(同日頃) 新冷却缶一基目設置

ト 同年九月二八日頃(同四二年九月) 新冷却缶二基目設置

チ 同年一一月三〇日頃(同四二年九月頃) 予熱缶二基目増設(腐食した旧冷却缶を改造したもの)

リ 同四一年一一月末頃(同四二年九月) 四号脱臭缶増設

ヌ 同四二年一月 循環ポンプ(横田ポンプ)増設

ル 同年一一月三〇日頃(同年一二月) 新二号脱臭缶(五基目)増設

ヲ 右同(同四三年一月) 五号脱臭缶(六基目)増設

ワ 同年一二月一六日頃(同四三年一月) 六号脱臭缶(外筒腐食のため修理した旧二号缶を据付けたもの(据付)

(ロ) 脱臭装置の運転状況

前示の脱臭各装置の増設、修理、改造等に伴う運転使用装置の組合せは次のとおりである。タイトルは炉数及び脱臭缶数により要約したものである。

〈1〉 一炉一缶時代

昭和三六年四月二九日から同三七年一〇月一〇日頃までの間で、関連装置もすべて一基使用である。

〈2〉 一炉二缶時代

同三七年一〇月一一日頃から同三九年一月二二日頃迄の間で、脱臭缶二基のほかはすべて一基使用である。

〈3〉 一炉三缶時代

同三九年一月二三日頃から同四二年九月五日頃までの間、及び同年一一月二七日頃から同年一二月二五日頃迄の、約三年八月の間である。脱臭缶のみ三基で他はすべて一基、但し真空装置は脱臭缶二基用にブースター一基を付け加えたほか、循環タンク、地下タンクの容量拡大、循環ポンプを六王の渦巻ポンプへ等の変更がある。なお、加熱炉は一基のみ使用し、途中より新炉に切替え大部分これを使用している。

〈4〉 一炉四缶時代

同四二年九月五日頃から同年一一月二七日頃迄の間、及び同年一二月二六日頃から同四三年一月一四日頃迄の間、約三月余り。予熱缶冷却缶は各二基となつたが加熱炉他はすべて一基。

〈5〉 二炉五缶時代

同四三年一月一五日頃から同月末日迄の半月間。加熱炉二基使用開始する。

〈6〉 二炉六缶時代

同四三年二月一日から同年一〇月一六日運転停止までの間で、炉一基に脱臭缶三基、予熱缶冷却缶各一基が一セツトになつていて一炉三缶時代のセツトと類似するが、地下タンク、循環タンク、循環ポンプ等は二炉で各一基にすぎず、一炉三基時代のセツトとは必ずしも同一ではない。

(ハ) カネミにおける脱臭装置の運転操作方法の変更

以上に判示のとおり、カネミでは一炉二缶一セツトとする三和の脱臭方式に順次変更を加えてきた。ところで前段にみるとおり、カネミでは右三和方式を変更した操作方法のうち、三年八月間操業を続けた一炉三缶方式の時代が最も長期間とられた操業形態であり、他は数ヶ月間程度の極めて短期間であつた。そこで本件腐食貫通孔との関連では右一炉三缶の方式が最も有意的と考えられるので、以下これを中心に検討することとする。

ところで脱臭装置における運転方法につき中心的な要点となるのは、脱臭時間、油の昇温速度、熱媒体(カネクロール)温度である。本項では前二者即ち脱臭サイクルにつき判示することとなるが、この脱臭サイクルに関しては、被告人森本をはじめとして、樋口広次、川野英一、三田次男らカネミの脱臭係員の捜査官に対する供述、公判廷における証言等が必ずしも一致せず、しかも同一人の供述すら絶えず変転して供述矛盾が随所に散見される。これは、カネミの脱臭現場において、脱臭サイクルが明瞭に決められるなど作業の準則となるものがないこと、各供述者の記憶の誤りや記憶喪失もさることながら、カネミの作業状況を記帳した精製日報(証八号の一乃至七)等の精査により明らかなように、例え同一脱臭缶数により運転していた時期でも、その初期の頃と、当該方式に習熟したとみられる時期とで、或いは、処理すべき原油の多少(特に季節によつて差異が出る)、原油の品質(酸価)の良し悪し、等によつて脱臭所要時間が変化し、脱臭サイクルが絶えず変更されたこともその一因とみられる。これらは、「冷却時間や油温度は脱臭油の分析結果等に応じてその都度決めていた」(樋口広次の検察官に対する昭和四四年一二月一四日付供述調書第五項)、「脱臭油の多い時は脱臭時間を切りつめてやつていた」(川野英一の検察官に対する同四五年一月二二日付供述調書)、「脱臭油につき(作業)目標など別に聞いたことなく、その日に出来るだけやつていた」(第五回公判調書中の証人川野英一の供述部分)等の各供述に照しても明らかである。故にカネミにおいていつの時期にどれだけの脱臭時間をかけて脱臭操作をしていたかを、右各供述等により確定することは容易ではなく、むしろ日常業務として記帳されていた前示精製日報の記載から一日の脱臭回数を読み取る方法が客観的事実に符合する。即ち、同日報の「脱臭油」「欄の受入」欄に記載のドラム数を二で徐した値が一日当りの脱臭回数となり、これから一脱臭サイクル所要時間を算出することができる。この「受入」欄の数値から脱臭回数を正確に知りうることは次のことから明らかである。前掲精製日報によると、同日報の脱色油出来高欄をみると、従来記載されていた同出来高が昭和四〇年九月九日以降中止されて空白となり、同四一年五月以降は当該欄すら削除されていること、これは脱色油欄の出来高の値は脱臭油欄の受入欄の値と全く同一であるため無益な記載として省略されるに至つたものと考えられること、かかる一致をみるのは、脱色油の出来高は脱色油受タンク等において特段計量されておらず(カネミではその日に出来た脱色油をすべて脱臭する方式をとつていたもので別途計量は不必要となる)、脱臭工程の計量缶(一回二ドラム計量)における一バツチ計量をそのまま流用し、ここで計量された脱色油量を脱臭油欄の受入数として計上する一方、これをそのまま脱色油の出来高ともしたものであることが窺われること、その値は計量缶における計量回数に二(ドラム)を乗じた値であること、カネミの計量缶における計量は必ずしも正確に二ドラム(三六三キログラム)計量されておらず、脱色油量の多少に応じて一〇数キログラム増減させていたため、脱色油量は右記載からはその重量の点において不正確であるが、脱臭回数は正確に出るためであること、他方「脱臭油」欄の「ウインター払出」の欄記載の数値は、実際に脱臭油受タンクからウインター工程の結晶タンク(容量一トン)に送られた数値を記載するもので、重量はほぼ正確な値に近くなるが、脱臭回数とは無関係となること、等の事実に照らすと、「脱臭油」欄の「受入」欄の数値から脱臭回数ひいては一脱臭サイクル所要時間を推算することが正しい方法と考えられる(特に被告人森本義人の当公判廷における供述、樋口広次の昭和四四年一二月一四日付、同月三〇日付、川野英一の同年一二月二六日付の各検察官に対する供述調書、第五回公判調書中の証人川野英一の、第四一回公判調書中の証人樋口広次の、各供述部分に徴し、右事実を認定しうる)、従つて、以下の一脱臭サイクル所要時間(以下一サイクル時間と略称する)は右の方法に従つて、脱色油受入ドラム数を一バツチのドラム数(2)、及び脱臭缶々数で徐した値でさらに一日即ち一、四四〇分を徐するという計算式に当てはめて算出したものである。

※用語例 サイクルを構成する各時間の用語例を予め記する。(別紙図表一二の各図参照)

加熱時間 予熱缶より脱臭缶に落された油を二〇〇度乃至二三〇度まで加熱する時間、この間は脱臭を行わず専ら油の加熱昇温のみに専念される。

昇温時間 右同様脱臭缶に入つてきた油を加熱昇温させる時間であるが、その油温は二二〇度乃至二三〇度まで昇温させ、且つその一部に脱臭時間帯も含まれる点に加熱時間との相異がある。

昇温脱臭時間 油の加熱昇温を続けてはいるが、同時に水蒸気を吹き込んで脱臭操作を行つている時間である。通常油温が二〇〇度から二二〇度乃至二三〇度に加熱される間である。

脱臭時間 水蒸気吹込みにより脱臭操作をする時間で、通常油温が二〇〇度乃至二二〇度に達して実施され、油が冷却缶に落されるまで続く。この時間には油の昇温時間帯と恒温時間帯とを含んでいる。

恒温時間 油温が一定に保持される時間帯であり、通常二二〇度乃至二三〇度の終末油温で保持されている。すべてが脱臭時間と重なる。

脱臭缶滞留時間 油が予熱缶から脱臭缶に落された時点から冷却缶に落されるまでの時間であり、一サイクル時間から脱臭缶への油の出し入れに要する時間を控除した時間に相当する。

※なお脱臭サイクルは予熱時間(予熱缶における予熱時間)、冷却時間(冷却缶にて冷却する時間)、脱臭缶滞留時間並びに右各缶相互の油の出し入れに要する時間が互に関連し合つて構成されているものである。

(1) 一炉二缶時代の脱臭サイクル

〈1〉 脱臭缶二基目を増設して一炉二缶となつた当初の昭和三七年一〇月から翌三八年二月頃までの間は、別紙図表一一の1、2にみるとおり一日当り三六ドラムが通常の脱臭処理量とみられるので、前示計算式に当てはめて計算すると、一日九バツチ、一脱臭サイクル所要時間一六〇分となり、これが通常の作業における脱臭サイクルとなつている。

〈2〉 その後同時代の中期というべき同三八年五月頃から八月頃までをみると、一日当り四八乃至五〇ドラム程度脱臭処理された日が増えており、これによると概ね一脱臭サイクル所要時間は一二〇分程度になつている。これは三和の一セツトの脱臭サイクル一四〇分(別紙図表一二の1)より若干短い程度である。

〈3〉 然るに同時代の終期に当る同年九月乃至一二月頃となると、一日当り五八ドラム程度の割合で脱臭処理された日が最も多くなり、これによると、前同様の計算により、一日一四乃至一五バツチ、一脱臭サイクル所要時間約一〇〇分弱(別紙図表一二の2)にまで短縮されていることが明らかである。特に二缶時代の最終月である同年一二月は月間平均にしてすら一サイクル一〇五分まで短縮されている。

以上のとおり、カネミの二缶時の脱臭サイクル所要時間は、二缶同時運転を始めて半年余りで一四〇分の三和サイクルを二〇分以上も短縮しているうえ、その終期に至つては一〇〇分にもなり、油の出し入れ時間を除外すると油の脱臭缶内滞留時間は八〇分乃至九〇分程度となり、三和の指導にかかる最低脱臭所要時間六〇分の確保も限界ぎりぎりか、それを割る程度にまで達している。(この点、第六一回公判調書中の証人三田次男の供述部分、同人の検察官に対する昭和四四年一二月六日付供述調書によると、脱臭時間は四〇分ないし五〇分、あるいは五〇分ないし六〇分であつた旨の供述内容と符合する)。即ち、カネミにおいては二缶同時運転の時代から脱臭時間をかなり切り詰めた無理な運転を実施していたことが明らかである。

(2) 一炉三缶時代の脱臭サイクル及び昇温速度

〈1〉 一脱臭サイクル時間

前同様別紙図表一一の3乃至6にみるとおり、脱臭缶三基同時運転開始当初の昭和三九年二月から九月頃までの間は、一日の脱臭受入量は三〇乃至七〇ドラムの間でかなりばらつきがあり、概ね一日当り四〇から六〇ドラムの間であつたことが窺われる。しかしこの時点でも既に一日七二ドラム処理の日もあり、同年一〇月になると一日七二ドラム処理が月間一二日間も占めるようになり、以後四缶同時運転の時期に入るまでの間、右一日当り七二ドラムの脱臭処理というのが各月とも最も多い日数となつている(原油の少ない時期を除く、月間一〇日乃至二二日位ある)。七二ドラム処理した日数の全操業日数に対する割合をみると、昭和四〇年度で二七パーセント、同四一年度で四六パーセント、同四二年度(八月迄)で五七パーセントとなつている。このことは一日フル運転した場合の三缶合計の脱臭処理量が七二ドラムであること、即ち一日一缶当り一二回の脱臭作業を実施していることを示す。これによると一脱臭サイクルに要する時間は、前示計算式により求めると、一二〇分となる。従つてカネミの三缶同時運転の時代は、一脱臭サイクル所要時間一二〇分の作業が常態であつたものと推測される。なお精製日報より毎月の一日当り平均処理量からサイクルの平均時間を求めると、昭和四二年四月が一一八分にもなるのを別として、他は一二〇分以上の所要時間となつている。これは原油処理量に増減があつて、常にフル運転できないこと、脱臭作業開始日(月)や同終了時はカネクロールの加熱、冷却、作業準備等にかなりのロス時間を要し、フル運転が不可能であること、等によるものとみられる。なお右に記載した同年四月分については右の事情を考えると、実際は一脱臭サイクル一一〇分近くまでにも短縮されて運転されていたことが窺われる。

〈2〉 油の昇温方法

(カネクロールバルブの操作方法と昇温)

このバルブ操作に関しては、第一に、各脱臭缶における伝熱量は、別紙計算書(2・5)の式にみられるとおり、加熱管の総括伝熱係数U、加熱管表面積A等に比例する関係にあるところ、右U及びAは、同計算書(2・2)ないし(2・4)式に照すと、加熱管、即ち脱臭缶蛇管の内外径、肉厚に左右されるものである。そうして、三缶当時のカネミ脱臭缶の蛇管の各サイズは別紙図表九の1にみられるとおり、各缶それぞれ相異があり、特に一号缶と旧二号缶とでは内外径ともに五乃至六ミリもの違いがある。従つて当然三缶それぞれのカネクロールバルブを同じように操作しても、その圧力損失、流量等に相異をもたらすのみならず、熱負荷ないし伝熱量も異なつてきて、各缶毎に昇温速度が違つてくるはずである。例えば同一流量とすると二号缶は一号缶に対比して、その伝熱量は七五パーセントと少くなる。故に各缶につき所定の二〇〇度或いは二三〇度に油温を昇温するための所要時間は異なるはずであり、その度毎にバルブ操作をしていたのでは、右の三缶が相互に干渉し合つてかなり複雑煩さな操作をやらざるを得なくなる。これは実際上不可能なことであり、結局実際は右昇温の相異に目をつぶり、より単純化した方法で右操作を行つていたと考えられること、第二に、カネミの脱臭現場係員らは、右バルブ操作につき、バルブ全開缶を絞ると同時に他缶のバルブを全開する等概ね三缶の右各バルブを同時に操作し、各缶とも全開時、半開時及び最少に絞つた時と三段階の操作を行つていた旨供述していること、第三に、カネミの脱臭作業現場には黒板が置かれ、これに各脱臭缶毎に油温が二〇〇度或は二二〇度に昇温する予定時刻、冷却缶に油を落す予定時刻等の記載欄が設けられ、各係員は各自決めた時刻をそれぞれ記入し、脱臭作業の予定や目途を立てていたこと、等の事実が存し、これらに照すと、カネミの脱臭作業の実際は、一定時刻毎にカネクロールバルブの操作をして各脱臭缶への流量ひいては供給熱量を調整していたものと考えられる(この点三和の作業方法も加熱昇温中の脱臭缶の同バルブを全開とし、他缶を恒温保持できる程度に絞るというバルブの二段操作方法をとつていたのと変りはないこととなる)。右に従うと、別紙図表一二の4にみるとおり、カネミの三缶同時運転時の右バルブ操作は、三缶同じ伝熱を行うためには、一二〇分間を三分割し、バルブの開き具合を大、中、小の三段階に区分して流量を調整する必要が生ずる。故に、四〇分を一分割区分としてこれを目途に右バルブの切替操作を行うという運転方法をとつていたものと推測される。関係証拠中、特に被告人森本義人の供述等によると所定温度に達したか否かを基準に、即ち油の温度を目途に右バルブ操作を行つていたかの如き供述も存するが、前示のとおり三基の脱臭缶サイズの異なるカネミ装置ではかかる油温基準のバルブ操作は極めて複雑になるはずで実際の作業上繁雑な操作を強いられることとなり、実際と合致しない供述と考えられる。

(脱臭開始油温と脱臭開始時点)

カネミにおける脱臭開始即ち加熱時間が終り水蒸気を吹き込んで脱臭を開始する時点及びその時の油温に関して、カネミの脱臭現場係員の各供述を要約すると次のとおりである。

先ず脱臭係長樋口広次は、加熱開始後三〇分で油温は二〇〇度となり、この時点で脱臭を開始し、一時間水蒸気を吹き込んで脱臭する旨供述し(第四一回、五七回、六一回各公判調書中の同人の供述部分)、次に右樋口の裏番、即ち二交替制の他方の責任者であつた川野英一は、油温二二〇度まで三〇分ないし四〇分で加熱し、この時点から水蒸気を吹き込み六〇分ないし九〇分間脱臭する旨供述し(同人の供述はほぼ一貫している)、更に三田次男は、水蒸気の吹き込みは油温が所定温度に達した時ではなく、予め吹込時刻を決めておき、その時刻になると吹込開始して脱臭した、その時の油温は、昇温の良し悪しにより二〇〇度から二二〇度までの幅ができ、それから五〇分ないし六〇分脱臭する旨供述している(第六一回公判調書中の同人の供述部分、同人の昭和四四年一二月六日付検察官に対する供述調書)。右三者の供述には若干の相異がみられる如きであるが、樋口の供述内容「三〇分で二〇〇度に加熱する」を「四〇分で二二〇度に加熱昇温する」という内容に読み替えれば、右三者の供述内容は昇温速度に関する限りさして相異なきこととなる(唯脱臭用水蒸気の吹込時点が油温二〇〇度のときか二二〇度の時点かの相異及び脱臭時間の相異は依然残ることとなる)。そうして別紙計算書(2・5)、(2・7)の各式に当てはめて、計算するとき、一〇分間で二〇度の油温の上昇は十分可能であつて、右読み替えもまた決して不当なものではない。例えば、二〇〇度から脱臭を開始し水蒸気を吹き込んで強制攪拌状態とすると、その総括伝熱係数は、別紙計算書第7表のとおり、流量八〇リツター前後で約一八〇となり、これにより試算すると右カネクロールの主流温度二六〇度で右昇温は十分行われることとなる。特に同計算書第3の(三)に試算のとおりカネミのカネクロール主流温度の最高は二六〇度をはるかに超えている事実に照らせば右昇温は優に可能といえる。それに右三田の供述内容即ち、油の昇温が良い時は二二〇度から脱臭を開始した旨の供述を吟味しても、生産性向上のため常に高能率化を指向する製造工場の立場からは、当然常に昇温を良くする努力が払われるはずであり、二二〇度からの脱臭開始が常態であつたとも考えられる、即ち所定時間(同人はこれを明瞭に供述していないが)内に二二〇度に昇温していたものと考えてよい。これらに照すと、右川野の供述のように四〇分で二二〇度に昇温するという昇温速度がカネミにおける実際の操業方法ではなかつたかと推認される。また脱臭開始、即ち脱臭用水蒸気吹込の開始時の油温については、設計者岩田文男は二〇〇度からとし、三和のカネミに対する当初の指導も同温度からであつたから、カネミにおいても二〇〇度から脱臭を開始する立前であつたとみられる。しかし右川野は一貫して二二〇度での開始を供述しており、脱臭作業の内容の実際、例えば前記黒板への記載は二二〇度の欄のみ行つた事実や操作内容の簡略化、省略化されやすいカネミの体質、三田の前記供述等に照すとき、川野の右供述は記憶違いとすることは出来ず、信用性あるものと考えられる。従つてカネミの脱臭現場では原則どおりの二〇〇度からの脱臭開始と、二二〇度からのそれとの異なる二方法がとられていたものと考えることができる。このことは工場長たる被告人森本の脱臭係員に対する脱臭方法についての指示が、予熱時間と最低脱臭時間(六〇分)のみであつて、一脱臭サイクルの具体的構成や区分まで指示していなかつたこと、右川野と樋口の各供述が一貫して異なつていること、右両名は二交替制の脱臭作業においてそれぞれの脱臭責任者となつており、両名は常に別々に作業していたこと、カネクロールバルブの絞り方や調整方法につき特に基準はなく、各人がそれぞれ操作しながら経験上習得していつたものであること、等に照しても右二方法の併存を裏付けることができる。

なお、別紙計算書では、四〇分間で二〇〇度に昇温し、その時点から脱臭を開始するという方法を「樋口サイクル」と名付け、最も昇温速度のゆるやかな脱臭サイクルとして試算したが、同樋口の供述により認定される同人運転の加熱時間は前示のように三〇分間であり、実際は右樋口サイクルより厳しくなる。他方四〇分間で二二〇度に昇温のうえ脱臭開始する方法を「川野サイクル」と名付け、その昇温速度、カネクロール温度等を同書で試算している。

〈3〉 脱臭サイクルを構成する各操作時間

(加熱時間)

右判示のとおり、樋口の方法では三〇分であり、この時油温二〇〇度となり脱臭を開始する。川野の方法では四〇分間であり、この時の油温は二二〇度に達する。

(脱臭時間)

脱臭時間は別図表一二の4にみるとおり六〇分ないし七〇分(樋口の方法で加熱三〇分後から脱臭開始したときは七〇分とれる)しかとれず、これが常態であつたとみられる。即ち、三和から最低六〇分の脱臭時間をとる旨の指導を受けているうえ、工場長である被告人森本の指示もまた同様の内容であつたこと、脱色油が多く脱臭処理量が多い時には脱臭時間を切り詰めて操業しており、三缶時代も米ぬか油原油の集荷良好で脱臭工程がネツクとなつていたことに徴すると、常に最低に近い時間内での脱臭処理を迫られる状態にあつたものと考えられること、等に照すと、一二〇分サイクルでは脱臭時間は六〇分ないし七〇分しかとれなかつたことが明らかである(ちなみに、前示一炉二缶時代の終期頃も脱臭時間は五〇分ないし六〇分しかとつていなかつた前歴を有する)。この脱臭時間に関し、被告人森本の供述も必ずしも一貫しないが、右の認定と著しく異なる一〇五分ないし一一五分もの脱臭時間であつた旨当公判廷では供述している(別紙図表一二の3、一六五分サイクル参照)。しかしこれは、同被告人の捜査官に対する供述をみると、加熱時間も含めた趣旨で九〇分、即ち脱臭時間は六〇分ととれる内容の供述をしていること(同被告人の昭和四四年六月五日付司法警察員、同年一二月三〇日付検察官に対する各供述調書)、脱臭係員への同被告人の指示も前示のように脱臭最低時間を六〇分とするほか、予熱時間を指示するのみでそれ以上に具体的なサイクル構成まで指示していないこと、右一〇五分脱臭は予熱時間を三〇分としてこれを所与の要件として、これに缶数から理論的に計算される脱臭時間を述べているにすぎず、現実のサイクルを知つた上での供述とは考え難いこと、即ち、予熱時間と予熱缶への油の出入時間(二五分)の和に脱臭缶数を乗じた値が、加熱時間、脱臭時間及び脱臭缶への油の出入時間(二〇分)の和に等しいという理論式に当てはめて供述しているに過ぎず、右予熱時間の三〇分、予熱缶の油の出入り時間二五分を動かし難い数値として供述しているが、後に判示のとおり右各時間はかなり流動的なものであること、右供述は現場係員らの前示供述と異なつていること、同被告人供述の脱臭サイクルによれば一脱臭工程に一六五分を要し、一日一基当りのバツチ数八・七にしかならず、従つて三缶全部での一日当りの脱臭処理量は五二ドラム余りとなり、精製日報記載の処理量よりはるかに少い量しか脱臭処理できなくなつて矛盾を生ずること、等に照すと、被告人森本の右脱臭時間に関する供述はとうてい信用し難いものである。

以上に照すと、カネミにおける三缶同時運転時の脱臭サイクルは、油の脱臭缶滞留時間は九〇分ないし一一〇分、これに油の出入り時間を加えた一一〇分ないし一三〇分が一脱臭サイクル時間と考えられ、右のサイクルは前示の精製日報から推算されたサイクルとほぼ一致する。従つてその標準サイクルは油の脱臭缶滞留時間一〇〇分、一脱臭所要時間一二〇分とみるのが正しいものと解される。

〈4〉 一脱臭サイクル一二〇分のサイクル構成

(脱臭缶のサイクル)

前示〈1〉ないし〈3〉に認定した各事実により、カネミにおける一炉三缶時の三缶同時運転における一脱臭サイクル所要時間の標準は一二〇分であることが判明した。これによる脱臭工程サイクルを図化したものが別紙図表一二の4である。同図にみるとおり脱臭時間六〇分、加熱時間四〇分、油の出入時間二〇分となる。但し、樋口の供述する方法で加熱三〇分であるとすれば、脱臭時間七〇分となる。従つて加熱三〇分ないし四〇分、脱臭六〇分ないし七〇分と解すると妥当である。しかしこの場合いずれにしても熱負荷の面からは、別紙計算書第2(三)(1)〈3〉にも記載のとおり、変りはない、何故なら同サイクルは三分割区分、即ち各四〇分単位を一区分とする三区分から成り立つており、前示のとおり各区分点にくるとカネクロールバルブが調整されることとなる。そうして同図表でみて明らかなように、特定の脱臭缶の一脱臭サイクルの構成は、丁度一分割区分(例えば〇分から四〇分までの間)における三基の脱臭缶のサイクル構成と同じである。つまり、このことは特定の一脱臭缶の一サイクルに要する熱負荷は、特定の一分割区分における三基の脱臭缶の熱負荷の合計と同じであることを意味する。故に昇温速度に相異があつても、単位時間における脱臭缶全体の熱負荷は不変であり、特定の予熱終末油温から所定の脱臭終末油温まで油を昇温させる点で同じこととなる。

(予熱缶、冷却缶のサイクル)

予熱時間三〇分、冷却時間二〇分である。

予熱、冷却の各サイクルは、予熱又は冷却時間(Aとする)と、これら各缶での油の出し入れに要する時間(Bとする)とから構成される。この予熱缶等のサイクルと脱臭缶のサイクルとの関係は、前示のとおり、一脱臭サイクル所要時間を脱臭缶数で除した値がAの時間とBの時間の和に等しいということになる。ところで、右の予熱工程における所要時間(A+B)と冷却工程におけるそれとは、サイクル上相対応して表裏の関係があり、通常一致するものである。しかしこれらへの油の出し入れに要する時間(B)は必ずしも一致させる必然性はなく、従つて右Aの時間も常に同一とする必要はない。何故なら予熱缶の油出しとこれに対応する冷却缶の油仕込みとは、いずれも真空圧下にある装置相互間の操作であるのでその各時間はほゞ一致するとしても、予熱缶への油の仕込みと冷却缶からの油の排出とは、前者が常圧下にある計量缶から真空圧下の予熱缶への油送りであつて、油が真空圧側の予熱缶に吸引されるため容易に且つ迅速に操作されやすいのに対し、後者の場合は逆に真空圧下の冷却缶より耐真空ポンプを用いて常圧下にある攪拌タンクへ油を引き出す作業であるため、当然抵抗(サンクシヨン抵抗)が伴い時間を要することとなるから、両者間に所要時間の相異が出てくるのは否定し難いこととなる。多くの経験データーから作成された三和の作業標準によれば、予熱缶への油の仕込時間は七分、列却缶からの油の排出は一五分、また脱臭缶から冷却缶への油払い出し所要時間は「余裕を見て一〇分間」と定められている(作業標準七八頁参照)。右の一〇分間でさえ短縮の余地が窺われる。

以上から、予熱缶において実際に予熱が行われている時間をみると、予熱工程における全所要時間(A+B)四〇分、そのうち油の出し入れ時間(B)一七分であるから、予熱時間(A)は二三分間となる。併しながら、右一七分間の油の出し入れ時間中も実際には加熱用水蒸気は絶えず予熱缶に送られており、この間も予熱が継続されているので、この分を右Aに加えた値が真の予熱時間ということになり、従つて、予熱缶への仕入油量の出し入れ中の増減を考慮し、一七分の半分、約八分間が予熱時間(A)に組入れうるとすれば、真の予熱時間は約三〇分と解することができる。以上の点は岩田文男が三和の装置に関し三和の脱臭サイクルでは予熱時間(A)は四五分であるが、その出し入れの時間(B)の二五分中一五分間は前示同じ理由により(A)に組み込みうる旨、また右Bの二五分はこれを五分間短縮することが可能である旨それぞれ供述していること(同人に対する昭和四六年四月五日及び同月七日の当裁判所の各尋問調書)、カネミでも一炉四缶の時代には予熱時間(A)を二〇分ないし二五分で操業していること(被告人森本の昭和四四年一二月三〇日付検察官に対する供述調書)、カネミ現場脱臭係員には予熱二〇分で油落ししたことがある旨供述する者もあること(第五回公判調書中の証人川野英一の供述部分)、予熱が十分でなくとも、より高温の熱媒体で油の加熱がなされる脱臭缶での加熱により予熱不足より短時間でこれを補いうること(但し、加熱炉の熱負荷の問題を度外視してのことであり、被告人森本がこれを問題とした事実はないことに照しても、右のように予熱不足を脱臭缶で補うということはありえたものと考えられる)、等の事実に徴しても十分首肯しうるところである。

他方冷却時間を検討するに、冷却缶への油の出し入れ時間(B)を入れ一〇分、出し一五分の計二五分とすれば、冷却時間(A)は一五分間しかないこととなる。しかし予熱缶同様冷却缶においても右Bの時間帯でもなお冷却缶内の冷却水用パイプに冷却水を貫流し続けているため、この間も冷却効果があがつていることとなる。唯、予熱の場合と異なり、冷却缶では所定温度に冷却するのは、常圧下への引き出しによる油の品質への影響(油温八〇度以上では空気酸化を受けやすくなる)や引き出し易さ等に油温が影響を与えるため、冷却缶では冷却缶から油を排出する当初から、その油温を問題とすべきこととなるから、排出時間の一五分中のいくらかを右Aの冷却時間に組み入れることは相当でなく、冷却缶への仕入時間一〇分間についてのみ右組込を考慮できることとなる。前同様仕込中の油の増減を考え右一〇分中五分間を組込みうるものとして、実際の真の冷却時間は二〇分間とみるのが相当である。

尤も、被告人森本は、冷却缶における油の冷却は、油温五〇度プラスマイナス五度までしなければ一五分間で油を排出し攪拌タンクへ送油することも良品質の油を製造することもできず、右温度に冷却するのに最低三〇分間の冷却時間を要する旨当公判廷で供述する(第一三〇回、一三一回、一三七回各公判期日)。しかし右供述は前示耐真空ポンプが古くなりその性能が低下した場合を前提とする供述であること(第一三八回公判調書四二〇項)、岩田の基本設計たる脱臭装置設計や作業標準(証五二号)によると、冷却温度は八〇度と設計されかつ実施されており、しかも当初の岩田設計では五〇分間で八〇度まで冷却する意図で冷却水量時間当たり三トンで設計々算された結果、右八〇度を下廻る六五・五度まで冷却される結果がでたので、装置製造経済の観点から、実際の作業標準の仕様では、丁度八〇度にするに相当な水量時間当たり一・五トンの冷却水量に訂正されていること、つまり三トンの冷却水では冷し過ぎて不経済であつたためこれを訂正していること(岩田文男に対する昭和四六年四月五日の当裁判所の尋問調書七九三項以下)、右のように冷却水量の増減により冷却時間並びに冷却温度を調整できるものであり、被告人森本もこれを認識したうえ、カネミの実際の操作では、右岩田設計の三トンを超える冷却水量を用いて作業していたこと(第一三七回公判廷における被告人森本の供述、三五八項以下)、しかも被告人森本は岩田設計の冷却缶に外槽を付け加えて二重構造に改造し、脱臭油を内外双方から冷却する二重冷却方式に改良しているため、冷却時間はより短縮できたこと、カネミの現実の作業現場においては、通常冷却時間三〇分で六〇度位に冷却していたが、これを二〇分に切り上げて油を送り出していたこともあり、特に事件発生による操業停止前二、三ヶ月間は、二〇分の冷却時間で操業していた旨の現場係員らの供述があること(樋口広次の昭和四四年一一月五日付、川野英一の同年一二月二五日付、同月二六日付、三田次男の同年一二月六日付の検察官に対する各供述調書、第五回公判調書中の証人川野英一の、第四一回公判調書中の証人樋口広次の、第六一回公判調書中の証人三田次男の、各供述部分)、被告人森本も一炉四缶時代には二〇分ないし二五分の冷却時間で操作した旨供述していること(同人の昭和四四年一二月三〇日付検察官に対する供述調書)、等の事実が存し、これらに照らすと、脱臭処理量が増大して脱臭工程がネツクとなつた時点においては、当然冷却時間を前判示のとおり三〇分以下、即ち二〇分前後に短縮して操作し、かつ所定の冷却温度も十分確保されたものと考えられる。更に被告人森本は、その主張する一六五分脱臭サイクルの根拠として、冷却正味時間が三〇分必要であることから、前記計算式により一脱臭サイクル所要時間が右一六五分たらざるを得ない旨、即ち冷却時間からの制約によつて右サイクル時間が一六五分もの長時間を要することとなつた旨供述する。しかしながら、冷却時間三〇分が必ずしも動かし難い時間でないことについては既に判示のとおりであるうえ、右主張は冷却缶一基を前提とするものであるところ、一炉三缶時代の中頃に当たる昭和四〇年九月二八日頃には、カネミに二缶目の新冷却缶が納入されており、同日以降は冷却缶の二缶同時運転も可能となつたはずで、冷却缶が脱臭工程のネツクとなつたならばその解消は容易であり、冷却時間からの制約によつて非能率的な長時間のサイクルをとらざるを得なかつたことなどは、生産第一主義をとつていたカネミの体勢上ありえなかつたものと認めるのが相当である。被告人森本の右サイクルに関する供述は、既述のとおり理想的ないし理論的なそれを述べるに過ぎず、現実のそれとは到底解し難い。弁護人の所論すら最低所要時間を一三五分、最大で一六〇分と設定し、主張している。

(結び)

以上にみたとおり、カネミの一炉三缶時は一脱臭サイクル一二〇分、そのうち油の脱臭缶内滞留時間一〇〇分、内加熱三〇分ないし四〇分、脱臭六〇分ないし七〇分、真の予熱時間三〇分、同冷却時間二〇分というサイクル構成であり、かかる構成での操業が現実に採用されていたものであることが認められる。

〈5〉 熱量の供給方式―バーナー操作方法―

(三和の方式)

岩田設計及びこれに基づく三和の作業標準によると(別紙計算書第3表参照)、脱臭缶における熱負荷の増減に対応して炉におけるカネクロールへの熱供給を行うことを建前とするが、他方カネクロールの過熱分解の防止という見地からカネクロール主流温度が二六〇度を超えることのないよう配慮すべきことの二つの要請を勘案し、加熱炉のバーナーの燃焼操作につき、前示のように、〈1〉、カネクロールの加熱炉出口の主流温度が二五五度を超えるとバーナーを停止し消火すること、〈2〉、同温度が二四〇度に下がると再びバーナーを点火すること、という操作方法をとり、通常同温度を二五〇度前後にして使用し、二六〇度を超えることのないよう配慮している。この三和の方式は、言わば脱臭缶における所要熱量に対応しての熱量供給方式であり、また二四〇度から二六〇度(二五五度でバーナーを消火してもなお炉の余熱で若干昇温するため二六〇度近くになる)の範囲内ではあるが熱媒体定温維持方式に近いものとみてよい。

(カネミの方式)

カネミでは、脱臭開始当初の一缶の時代や二缶時代の初め頃は、右三和の方式と同じくバーナーの点火、消火を繰返す方法をとつていたが、前示のとおり一炉二缶時代に脱臭サイクル時間を短縮したのに対応してバーナーを消火することも少なくなり、一炉三缶時代に入ると、作業開始後バーナーの油量調整目盛を一定(通常一〇の目盛にする)に固定し、油の昇温が悪い時や作業開始時に三缶同時に昇温させるような時に例外的に右目盛を調整(一二または一五目盛に上げる)するという方法をとつていた。これは脱臭缶の時間的変化に見合う所要熱量の増減とは無関係に、熱媒体に対して一定熱量を供給する方式、即ち、熱媒体への定熱量供給方式ともいうべき方法である。故に、脱臭缶の所要熱量の変化に伴つてカネクロールに余剰熱量の蓄熱が生じ、あるいは不足熱量をカネクロールからの放熱によつて補うという状態が反復されることとなる。従つて、加熱炉出口のカネクロールの主流温度は脱臭サイクルの時間的経緯に応じて常に変化することとなる。つまり所要熱量が少ない時点ではカネクロールの蓄熱が生じて高温となるが、多い時点ではカネクロールへの供給熱量が所要熱量より不足してカネクロール自体の放熱によりこれを補うため、右カネクロール温度は低下することとなる。右方法は三和の方式に比してバーナー操作が殆んど不要となる点で極めて単純化され、作業の省力化に合つた簡便な方法といえる。併しながら、前示〈2〉に述べたようにカネミの脱臭缶三缶の伝熱面積や蛇管内のカネクロール流量、流速、伝熱係数等に相異があるため、全缶同一に操作しても必ずしも同品質の油の精製が可能であるかは疑問であり、右各相異によつて各缶の油の昇温速度にも違いが生じ、油の昇温に速い遅いが現われて例外的にバーナーを大きくする等の操作をすべき場面が度々生ずるのではないかと推測される。それにバーナー目盛を一定に放置するため三和のようにカネクロール主流温度が二六〇度を超えないという配慮に乏しくなり、この温度管理が疎かとなつてカネクロールの分解を生じやすいという危険性をはらんでいるものと思われる。特に三和の場合には二五五度でバーナー消火という温度管理により二六〇度以下にカネクロール温度を押えることが可能となるが、カネミではせいぜい二六〇度以上にしない旨の温度指示があつたのみであるから(後示のとおりこの指示の存在も明瞭ではないが)、炉の余熱や温度計の遅れ、誤差等によつて温度計が二六〇度を示した時点でバーナーを絞つたり、消火しても実際には二六〇度をはるかに超えていることが推測される。

(ニ) カネミ脱臭装置における熱負荷の増大

(1) 岩田基本設計並びに三和の作業標準における熱負荷

岩田の基本設計における熱負荷は、同人の「脱臭装置設計」における設計々算によると、「脱臭缶への給熱量」として毎時二六、一六〇キロカロリーとしている。しかし、右計算においては、脱臭缶自体からの放熱等が過少に見積られており、若干の修正を要することは別紙計算書第2の(二)、(2)に記載のとおりであり、これに加熱炉と脱臭缶との間の所謂外部配管からの放熱も考慮に入れると、岩田の基本設計装置における全所要熱量は右計算書第2の(二)、(3)に記載のとおり最大熱負荷時で毎時三三、三〇〇キロカロリー、平均熱負荷で毎時二七、三〇〇キロカロリーとなる。

他方三和の作業標準における熱負荷は、その脱臭サイクルが昇温時間七〇分、恒温時間五〇分として七〇分をかけて油温を終末温度にまでもつてゆく関係上、これを六〇分で設計した岩田の右基本設計の場合に対比して、時間当りの伝熱量が緩和されている。故にこの場合の平均熱負荷は同計算書に記載のとおり毎時二四、八〇〇キロカロリーと減少する。これは岩田設計が当然のことながら基本設計として安全をみて厳しい限界条件下でなされている事情によるものである。

(2) カネミ装置の一炉三缶時一二〇分サイクルにおける熱負荷

右一二〇分サイクルにおける熱負荷は別紙計算書第2、(三)に試算のとおり毎時四六、二〇〇キロカロリーである(ちなみに弁護人主張の一三五分サイクルにおいては毎時四一、〇六〇キロカロリーとなる)。これは岩田基本設計の最大熱負荷時の値に比して約一・四倍、同平均熱負荷の約一・七倍、さらに三和の作業標準の平均熱負荷の約一・九倍にも増大していることとなる。

右のとおりカネミの脱臭装置は一炉三缶方式による三缶同時運転により、その熱負荷がかなり増大する結果となり、加熱炉の負担も増大し、加熱炉における伝熱量を多くする必要を生じたものとみられる。このことは即ちバーナーの燃焼を強くすることとなり、ひいてはカネクロールの過熱分解の要因となるものである。尤も右熱負荷の増大に対応する加熱炉の改造改良の実施があり、その能力が増大すれば右の過熱防止も十分可能となる。よつて次項にはこの加熱炉の能力につき検討することとする。

(五) カネミにおける加熱炉の改造と局部過熱

(イ) 岩田設計の加熱炉の改造、増設並びにその使用状況

加熱炉の増設、改造の概略は前判示のとおりである。

(1) 旧加熱炉の第一回目の改造

カネミでは前後三回の加熱炉の焼付事故を起しているが、その第一回の焼付事故による加熱炉修理の際、岩田設計にかかる加熱炉のカネクロール加熱管をそれまで呼び径一インチ(内径二七・三ミリメートル)であつたものから呼び径一・二インチのものに取り替えて改造している。ただこの事故発生及び右修理時期に関しては、関係者の各供述がまちまちであり容易には確認し難いが、この時期には後示の新加熱炉はいまだ増設されておらず旧炉一基のみであつたから、右事故によつて加熱炉の使用は不能となり、その修理期間の約三日間位は脱臭作業を中止せざるを得なかつたこと、昭和三九年度の精製日報(証第八号の四)には、同年一月一七日(金)から同月一九日(日)までの間は脱色油受入欄、ウインターへの脱臭油の払出欄、脱臭を実施すれば必ず記載される冷却水温度欄等への記入が一切なく、右の間脱臭作業が停止されていたものと考えられること、翌二〇日(月)の脱臭油受入れもわずか八ドラムで一基当り二回の脱臭作業しかなされていないこと、他に右時期の前後や、昭和三八年、同三九年等を通して、日祭日を除き脱臭工程のみ二日以上作業を休止している事実はないこと、カネミの経理明細表(証第四四四号)によると、同年一月三一日「カネクロールレンガ積」という支出項目があること等に照すと、右第一回目の焼付事故による修理、右一・二インチパイプへの変更等は概ね同三九年一月一六日頃になされたものであることが窺われる。

(2) 旧加熱炉の第二回目の改造

旧炉は三基同時運転に入つて数ヶ月後の昭和三九年五月末頃再び焼付事故を起し、その修理の際、前示一・二インチの加熱管を更に呼び径一・五インチ(内径四一・六ミリメートル)に取り替えると共に、これに伴う同管長の短縮、配列の変更をしたほか炉の内部構造やスケールをも岩田設計とかなり相異するものに変更している。その状態及び岩田設計炉のそれとの対比は別紙図表一〇の1ないし3に記載のとおりであり、その変更は次に述べる新炉よりなお極端である。またカネクロール加熱管の上部に蒸気加熱用パイプを設置している。

(3) 新加熱炉の築構

カネミは前示のとおり昭和三九年三月頃、旧炉に隣接して新たに加熱炉を築構している。この時期については、右経理明細表の記載内容、新炉築構の動機が旧炉の第一回目の焼付事故による脱臭作業停止という経験に基因するものであるという経緯、同年六月には右新炉を使用している事実等に照し明らかに認めうるところである。その内部構造やサイズ等は前掲別紙図表一〇の1、3のとおりである。この炉も旧炉と同様、岩田設計炉にかなり変更を加えている。即ち、ほぼ右(2)の旧炉の第二回目改造と類似するが、第一に加熱缶を呼び径一・五インチとし、第二に前同様蒸気用加熱パイプを二段にわたりカネクロール加熱管上部に設置し、第三に最も熱量供給の期待できる炉内第一輻射部を縮少し、対流部を拡大し、第四に、バーナー口から第一輻射部の加熱管までの間隔を狭めている(即ち、バーナー火焔が同管に届きやすくなる)。

(4) 新旧加熱炉の使用状況

旧炉の使用は、三基同時運転時は、昭和三九年一月末から第二回目の焼付事故が発生した同年五月末頃までの間と、同四二年六月に爆発事故を起した新炉の修理期間相当の一月間、合計五月程度にしかすぎない。

新炉の三基同時運転時の使用期間は、右旧炉の使用期間を除く全期間、約三年余りである。従つて一炉三缶時代においては、殆んど新炉が使用されたものと考えてよく、別紙計算書等におけるカネミ脱臭装置の熱負荷、最高境膜温度等の計算では、右新炉を前提としている。旧炉によるならば、カネミの右数値等は一層増大し厳しい値となる。

(ロ) 加熱管径の変更等と局部過熱

ここでは炉内における受熱側、即ちバーナー火焔からの熱量を受熱する加熱管側、そのうちの最高受熱個所であり且つ最高管壁温度の出る第一輻射部での局部過熱に関する問題点を検討する。

本件加熱炉におけるカネクロールへの伝熱形態は別紙計算書第1の(一)に記載のとおり、バーナー火焔から加熱管外壁への「輻射伝熱」(但し第一輻射部におけるもの、対流部においては燃焼ガスによる対流伝熱となる)、加熱管外壁から同内壁への管壁又は金属間伝熱たる「伝導伝熱」、同内壁から熱媒体(カネクロール)への「対流伝熱」、の各形態をとつて行なわれる。これらの各形態に応じて、カネミにおける加熱管径の変更、これによつて生じた同管長の短縮、配管の変更等が右伝熱に如何なる影響を与えたかを次にみる。

(1) 加熱管外壁からカネクロールへの伝導及び対流伝熱への影響

右の伝熱量に関しては別紙計算書(1・2)式の関係式が存する。即ち、伝熱量Qは伝熱係数h、加熱管の受熱面積A並びに管内管壁温度T1と流体温度T2との温度差△Tを各乗じて求められる。カネミ装置におけるこれらの数値を検討する。

まず、受熱面積Aは加熱管の熱量を吸収しうる表面積を意味し、同管径の太さ並びに同管の長さに比例し、従つて伝熱量もまたこれらに比例することとなるところ、カネミの右管径の一・五インチへの変更は管径を太くした点では伝熱量の増大に寄与するかのようであるが、別紙図表一〇の3にみるとおり、第一輻射部加熱管の管長が若干短縮されているため右Aの値は一・九五平方メートルとなり、二・〇四平方メートルの岩田設計炉よりも若干(約五パーセント)ながら逆に縮少している。しかし右のとおりその差はさしてなく、伝熱面積に関しては右変更による影響はさしてなく、四、五パーセント減少程度のものである。

そうすると、他の伝熱係数hと温度差△Tとが相互に反比例の関係として残る。即ち伝熱係数の値が小さくなると温度差を大きくしなければ所要伝熱量の授受ができなくなる。この温度差を大にすることは、カネクロール主流温度が脱臭缶での油への伝熱のために所定温度以下に下げえないため、必然的に管壁温度を高めることを意味する。これは結局、加熱管の局部過熱、カネクロールの過熱分解に結びつき危険をもたらす。従つて、右温度差を大きくすることは回避せざるを得ないものであるから、炉における所定の伝熱量が確保できるか否かは伝熱係数hに依存することとなる。

よつて、カネミ炉における右伝熱係数hを吟味するに、この伝熱係数は、伝熱に対する管壁抵抗、管内境膜抵抗、汚れ抵抗の各要因によつて定まるところ(計算書1・7式参照)、右管内境膜伝熱係数は、岩田設計装置に比して別紙計算書第1表にみるとおり、カネミ炉内のカネクロール流量が約二・五倍にも増加しているに拘らず、殆んど増大していない(一三六八に対する一三七二)。そうして同計算書(1・8)式を用いて右伝熱係数を算出して比較すると、同書第1の(四)末尾に試算のとおり約五パーセント程度増している(八〇五に対する八四三)に過ぎない。

以上に照すと、岩田炉に比して、改造変更されたカネミ炉(新炉)は、最も多くの伝熱を行う第一輻射部のみの対比においてであるが、右にみたとおりその加熱管の伝熱表面積Aにおいて約五パーセントの縮少、伝熱係数hにおいて約五パーセントの増大であるから、その伝熱量の対比において殆んど変りはないこととなる。そうするとカネミ装置においては前示のとおり脱臭缶等の熱負荷が四〇パーセント近く増大しているに拘らず、これに対応する加熱炉の伝熱能力の増大が図られず、相対的に炉の能力を低下させる結果をもたらしている。そうして右熱負荷に対応する伝熱量を確保するためには、前示回避しなければならなかつた管壁温度の高温化、主流温度との温度差拡大、ひいてはバーナー火焔温度を高めること、即ち加熱管の局部過熱を生じやすいバーナー燃焼方法をとらざるを得ない結果を必然的に招来している。右がカネクロールの過熱分解の一主要因となつていることはもとよりのことである。

(2) 輻射伝熱に関する影響―最高熱分布度の増大―

輻射伝熱は、熱源たるバーナーの火焔から放射された輻射熱線が直進して加熱管に当つて伝熱する直射伝熱と、炉天井や周囲の壁等に到達、反射して加熱管に戻る反射伝熱の二形態で構成される。その熱線の進行は光線の性質と同じで、伝熱ないし受熱も熱線の強さ、管に当たる角度、距離等により規定される。右輻射熱線の性質、伝熱形態から、加熱管がパイプ等の管状である場合には、その管の円周方向において各個所により入熱量(正確には有効面積率の相異によるものである)に相異が出てくる。即ち、別紙計算書第1の(二)、(1)にも記載のとおり、円周方向での伝熱分布に大小差が現われ、火焔側に面した部分とその裏側(天井側)に面した部分とでは輻射伝熱即ち輻射熱線の到達度にかなり差異が出てくるし、火焔直面部分と側面とでは受熱する有効面積率も異つてくる。その最大の入熱個所は輻射(火焔)面側に直角に面したパイプ最下部であり、同計算書第1の(二)、(1)、(イ)に記載のとおりこの最高入熱個所の入熱量(最高熱分布度)のパイプ円周平均入熱量に対する割合、即ち最高熱分布度の係数(計算書1・9式、ここでKrで表示)が大きいほど加熱管への輻射伝熱に片寄りを生じ、局部過熱を生じやすくなる。

ところで、前示のとおり、カネクロールの加熱は、これに所要伝熱量相当の熱量を供給して熱交換をさせる必要性と同時に、その過熱分解を回避するという要請があり、そのため、加熱管々壁温度をカネクロールの分解温度以下に押えねばならず、この分解を生ずる限界での単位時間、単位面積当たりの伝熱量を、岩田作成の「脱臭装置設計」では「許容輻射熱率」(安全入熱量ともいうべきか)として設計々算の基本の一つとしている。この許容輻射熱率が高いほどカネクロールの過熱分解を起さないでそれに多量の伝熱が可能となる。そうして右許容輻射熱率と前示最高熱分布度の間には、同計算書(1・11)式の関係が成り立つ。即ち両者の間には反比例の関係があり、最高熱分布度の値が小さくなるほど許容輻射熱率が大きくなる。従つて局部過熱の生起は右最高熱分布度に依存するところ、その値は同計算書第1の(二)、(1)、(ロ)に記載のとおり加熱管径の太さと同管の配列間隔(管ピツチ)との比率、所謂管間隔比並びに管段(列)数に規定される。そうして同計算書第1表に記載のとおり、第一輻射部加熱管の二列平均で岩田炉の二・八九に対し、カネミ新炉は三・四二と高い値を示しており、これがカネミの許容輻射熱率を低下させる主な要因となつている。即ち、同計算書第1表のとおり、二列平均で、岩田炉の一五、〇八五キロカロリーに対しカネミ炉は一三、四七〇キロカロリーと約一〇パーセント減少している。このことはカネミ装置の熱負荷が増大している事実を勘案すれば、カネミ炉の安全伝熱能力がかなり低下し、カネクロールの過熱分解を起しやすい状態と化していることを意味する。右カネミ炉における最高熱分布度の値が大きくなつている原因についてみるに、宗像健作成の前掲鑑定書末尾添付図2・2図によると、管間隔比が大なるほど右分布度は低くなつているところ、カネミ炉の同比は岩田炉より大となり、むしろ改良されたとも受けとれる。従つて、右原因は結局加熱管の段数にあつたものと解される。即ち、別紙図表一〇の1、2のとおり、岩田炉の加熱管は二段千鳥配管であるのに対し、カネミ炉は輻射部上部のカネクロール加熱管の上に更に同管と碁盤目に計二段の水蒸気加熱管を設置し、四段配列とした点にある。何故なら、前示輻射伝熱中の反射伝熱は、大部分が炉天井壁で反射して加熱管の裏面に入熱するものであるところ、右水蒸気加熱用パイプ二段の設置により、管間隔を抜けて天井に向つた輻射熱線は、本来ならば天井で反射してカネクロール管裏面に入熱すべきはずであるのを、右スチームパイプに吸収され、反射熱線による伝熱を殆ど期待できなくなり、カネクロール管裏面の熱分布が殆んどなくなる結果、同管の輻射面と反射面側の熱分布差が極端になり、最高熱分布度の値を高くすることとなつたものと認められるからである。

しこうして、加熱管の裏側からの反射伝熱が期待できなくなると、管表側からの伝熱のみとなり、縮少した伝熱面積で従来以上の伝熱量を確保しようとすれば、必然的に過熱を生じやすい炉の運転へと連なるものと考えられる。

(3) 結び

以上の事実に照すと、カネミにおける岩田設計炉の改造変更に伴うカネクロールの過熱分解への寄与は、結局第一に熱負荷の増大に見合う加熱炉の安全伝熱能力を増加させていないこと、第二に、これがむしろ主因ともいえるが、輻射部上部に水蒸気加熱用パイプの設置により、許容輻射熱率、ひいては安全伝熱量をむしろ低下させる結果をもたらしたこと、の二点にあつたと推認される。後者については、最高熱分布度の値の増大に拘らず、炉内のカネクロール流量を安全相当量以上とれていれば過熱も回避しえたはずである(別紙計算書1・10式、1・14式参照)。そのために必要な流量は、カネミの総熱負荷四六、二〇〇キロカロリーを安全伝熱量として同計算書第1の(二)の計算手順と逆の手順で求めることができるのであるが、その計算結果は同計算書第3(一)〈10〉のとおりである。これによるとカネクロールの主流温度二五〇度運転の場合では炉内流量毎分約一六〇リツター、流速毎秒二メートル以上、同主流温度二六〇度ならば流量二二〇リツター、流速二・七メートルとれば安全であつたこととなるが、カネミのカネクロール循環ポンプにこれだけの流量、流速を出す能力がなかつたことは明らかである。

(ハ) 加熱炉の内部構造の変更と局部過熱

(1) 岩田設計炉の構造原理とカネミにおける構造変更

岩田設計炉は、一般の小型箱型炉と同様、まず輻射部におけるバーナー火焔からの輻射伝熱によつて大部分の伝熱量を得(全伝熱量の六九パーセント)、輻射部を通過した燃焼ガスを対流(回収)部に送つて、ここで対流伝熱により回収可能な熱量を捕捉しようという構造である。特に第一輻射部においてその大半の伝熱を得る構造となつている。何故なら、第二輻射部は同部の反射壁面が狭いうえ、輻射伝熱に影響を及ぼす燃焼ガス層の厚みが小さく、且つその温度も低下するため、さしたる伝熱を期待できない。また対流部における伝熱も、本来燃焼ガスが同部加熱管に直接接触して通過する際に生ずる対流伝熱であるところ、ガス(気)体の伝熱係数は小さく、また燃焼ガス温度も輻射部での放熱によりかなり低下しており、通常の水蒸気程度のさして高温加熱する必要のない被加熱物体であれば別として、高温加熱を要するカネクロールの加熱、伝熱としてはさして期待できず、これを十二分に確保するためには右ガス温度を高める以外になく、これは結局バーナーを強く焚き、場合によつては局部加熱を生ずる結果をもたらすこととなるからである。

しかるに、カネミは前示のとおり従前から使用の岩田設計炉を変更改造し、あるいは構造変更した新たな炉を築構したが、その変更内容は、第一に別紙図表一〇の3に記載のとおり、第一輻射部の容積を岩田炉の六八パーセントに当る〇・六三立方メートルに(改造した旧炉においては実に五二パーセント)に縮少し、逆にさして伝熱を期待し難い対流部のそれを五七パーセント拡張するという、箱型炉の伝熱構造原理を無視した変更を加えた。

(2) 第一輻射部の縮少とその影響

〈1〉 伝熱能力の低下

カネミでは、第一輻射部の天井面積を岩田炉のそれより約一二パーセント狭くし、更に周囲の反射壁面も二五%縮少し、第一輻射部の受熱面(天井)や反射面を狭くして第一輻射部における伝熱能力を低下させた(別紙計算書1・1式参照―理論的には輻射熱の総括到達率の低下、管配列壁面々積の縮少に伴う輻射伝熱の減少となる)。

〈2〉 バーナー火焔の加熱管への接触

カネミ炉もまた岩田設計炉と同様バーナー火焔からの輻射伝熱を主体とするが、小型炉であるためバーナー燃焼室と同じ部屋(第一輻射部)で伝熱も行うという構造であり、しかもバーナー火焔は水平燃焼式で、バーナー口から前面に設置されている橋壁方向に水平に噴射されている。ところが別紙図表一〇の4にみられるとおり、橋壁上部には燃焼ガスの通路となる空間が設けられているため、バーナー火焔が伸びたり、或いはバーナー口と橋壁間の間隔が短かいと、火焔は右橋壁手前から立ち上り、橋壁上部をなめるようにして右空間を通過し、火焔の伸びや勢等によつては、火焔が右空間の上部にある加熱管に直接触れ、局部過熱を生ぜしめる原因ともなる。従つて加熱炉の設計、築構にあたつては右の点に十分配慮し、慎重を期さねばならないところ、別紙図表一〇の1、2、4のように、右の見地から火焔の伸びを最大一メートルとみてバーナー口と橋壁との間隔を一・二メートルとつた岩田設計炉に対し、何の考慮もなくこれを九五センチメートルに(旧炉にあつては八六センチメートルに)短縮したうえ、バーナー口から火焔の最も触れやすい第一輻射部加熱管下段までの距離を岩田炉より約二五センチメートル短くして約六八センチメートルに変え、いずれもバーナー火焔がパイプに接触する可能性を増大させるような変更、改造を実施している。

第二に、前示のとおり燃焼室をも兼ねる第一輻射部の容積縮少により、同部内に占める火焔の容積比率も当然増大するのみならず、カネミの熱負荷の増大等に伴う燃料(A重油)使用量も増加したことも相重なり、別紙計算書第5の第9表に記載のとおり、第一輻射部における単位容積当りのA重油の発熱量は岩田炉の二・八ないし三・五倍にも達している。このことはカネミの第一輻射部内の大部分は火焔あるいはこれに近い温度の燃焼ガスで充満し、同部上部にある加熱管付近までも同様の状態となり局部過熱を生じさせる可能性を高めたものと推認することができる。

そうして、第三に、カネミ炉におけるこのバーナー火焔長をみるに、精製日報の記載から検討したカネミ炉におけるA重油の一日当りの消費量は、別紙図表一一の1ないし6にみるとおり、一炉三缶時代には夏場を除き、毎日三〇〇リツター、毎時一二・五リツターが標準的消費量であつた。ところで、カネミが使用したバーナーと同型のコロナバーナーデラツクスについてその製造元であるコロナ電業社の火焔長についての実験データーは別紙図表一三に記載のとおりであり、空気調整目盛及び油量目盛によつて火焔長が変化する。しこうして、三和の作業標準には連続運転中の油量調整目盛は一〇、空調目盛は二で運転するよう明確に定められているが、カネミにおいては、かかる明瞭な文書化した運転方法準則がないのみならず、脱臭係員のこれに関する供述もまちまちである(このことは即ちカネミの装置運転につき確たる指導等がなされず、従業員らがそれぞれ経験等に頼つて、あるいは目盛をいちいちみることなく日常の勘でめくら運転していたものとも推測される)。特に空調目盛については一目盛から四目盛までそれぞれの供述があり確定しがたい。油量調整目盛については、右供述を綜合すると、概ね最大目盛二〇の半分、一〇目盛程度であつたことが窺われる。併しながら、この油量調整目盛と燃料消費量との関係につき右実験データーをみると、五目盛で毎時一二リツターの、六目盛で毎時一四リツターの各燃料消費量であり、一〇目盛で毎時一二・五リツターとするカネミの実績とははるかに相異がある。ちなみに右データー上は一〇目盛では毎時二二リツターにもなる。結局カネミ炉では、通常の炉に設置されており、岩田設計炉にもあつた通風調整用のダンバーを取り外しているため通風が多くなつていること、そのため空調目盛を小さく絞る必要が生ずることその他により、右実験データーと異なる燃焼の仕方をしたものとも考えられる。実際火焔長は、バーナー構造、操業条件、二次空気の取入れ方、ダンバー、煙突の高さ等に左右される。そこで田中楠弥太作成の鑑定書の判断方法(同書二三頁以下)に従つて、燃焼が安定している場合の火焔長を右データーから読みとると、毎時一二リツターで九〇ないし一〇〇センチメートル、同一四リツターで一二〇ないし一三〇センチメートルとなつている。そうして、本来火焔は未燃焼物を含有し、それゆえ焔として視ることのできる可視部分と、その先端にあつて肉眼ではあまり視えない不可視部分(可視部分と同様の火焔温度を有する)とから構成されており、そのため実際の火焔長は右可視部分以上の長さを有するものである(右データーやカネミにおける従業員らの火焔長に関する供述も、右可視部分のみにつき述べたものと考えられる)。以上の諸事実を併せ考えると、前示のとおりバーナー焚口から橋壁までの間隔が九五センチメートル(旧炉では八六センチメートル)に過ぎないカネミ炉においては、そのバーナー火焔は通常の平均的燃焼量たる毎時一二・五リツターの燃焼時においてすら、その長さは一メートルを超え、別紙図表一〇の4のとおり、橋壁手前から立ち上つて上部の加熱管に触れる余地があること、ましてカネミでは油の昇温の悪い時等には右バーナーを吹かして前示のように油量調整目盛を一二ないし一五目盛に上げていた事実があり、かかる場合には殆んど火焔が右加熱管に触れていたものと考えられる。他方カネミの脱臭係員らにおいても、加熱炉運転時火焔が伸びて橋壁に当たつて立ち上り、上部加熱管に触れたり、橋壁の真上にあつて、その上部の加熱管を支えるアングル(チヤンネルともいう)に当たつたり、あるいはまた橋壁の上部を超えて対流部へ流入する等の事実を目撃していたこと(右アングルに当たればこれに密着する加熱管にも火焔が触れることは当然考えられる。特に火焔の不可視部分の接触は避け難い)、カネミでは加熱管に火焔が触れるのを回避すべき旨の注意や指導がなされた事実はなく、この点に注意が払われたことがないこと等も認められる。これらを綜合するとき、カネミ炉においてはしばしばバーナー火焔が伸びて橋壁手前で立ち上り、その上部にあるカネクロール加熱管に触れて同所に局部過熱を生じさせていたものと推認される。

以上のとおり、カネミにおける加熱炉の第一輻射部の縮少は、カネクロール加熱管にしばしば局部過熱を生じさせ、ひいてはカネクロールの過熱分解を惹起したものと解される。特にカネミにおける第一回と第二回の前示加熱炉の焼付事故は、カネクロールの過熱分解により析出した炭素が加熱管内壁に付着して長期の間堆積し、ついに同管を閉塞したため生じた現象と考えられ、カネミ炉においてしばしば加熱管の局部過熱を生じさせていた証左とみられる。

(3) 対流部の改造とその影響

前示のとおり対流部の伝熱は燃焼ガスが対流部の加熱管に直接触れることによつて生ずる伝熱であり、同ガスが同管表面をなめるような状態で通過できる構造が理想的であるところ、カネミでは右加熱管径を太く変えたため、管間隔が拡大し、しかも対流部内を蛇行する加熱管の両脇とその側壁との間を広くしその空間が広がり、右ガスの通過がスムーズになり、かえつて加熱管への右ガスの接触を少なくして対流伝熱を生じにくい構造にしていること、更に、対流部容積自体を前示のとおり五七パーセント拡大したに拘らず、対流部加熱管の表面積、即ち受熱面積(その値が対流伝熱量と比例関係にあることは前示した)は、同管の配列段数及び本数が従前の一二段計五〇本から六段計三六本に減少したため、却つて同面積を縮少する結果となつていること(別紙図表一〇の3参照)等に徴すると、対流部の容積拡大は必ずしも対流部での伝熱量増大に寄与していないことが窺われる。結局前示第一輻射部の輻射伝熱量の縮少を対流部で補わんとすると、燃焼ガス温度を高めることを要し、これはバーナーを強く焚きひいては局部過熱を惹起する要因となる。

(六) カネミの脱臭装置の運転操作によるその他の過熱原因

(イ) 加熱炉の焚き過ぎをもたらすカネミの運転操作

(1) 加熱炉バーナーの燃焼方法の変更

前示のとおり、カネミは、カネクロールの過熱防止の見地から、運転中バーナーを一時消火停止し、継続的な燃焼方法をとつていた三和のバーナー操作方法を、一炉二缶時の後半頃から、連続してバーナーを燃焼させる方法に変えた。この方法は原則としてバーナーの油量や空気目盛を一定に固定して週六日間の昼夜連続運転を行うもので、例外的に油の昇温の悪いとき(遅いとき)のみ右目盛を調整するものである。併し、カネミの実際の操業は、原料米ぬかの集荷が良く、常に多くの原油が確保されていたため、常時、脱臭工程が隘路となり、その拡張、多量処理が要求される常態にあつた。そのため熱量収支に関する確たる計算や装置能力を確認することもなく、脱臭時間を切りつめて脱臭処理する方針をとつていた。故に、短時間で油温を所定温度まで昇温させる必要に迫られ、また油の昇温が悪い場合でも、より時間をかけて昇温を待つという方法よりも、バーナーを強く焚いて右昇温の遅れを回復しようとする方法が選択されることとなつた。従つて、右バーナーの固定目盛も必然的に高められ、或いは目盛固定の方法にも拘らず、しばしばこれを調整する例外的なバーナー操作をとる必要が生じていたことが窺われる。

三和では、カネクロールが所定温度に達すればバーナーを停止するというカネクロール温度中心のバーナー制御方法がとられ、しかもその二セツト時にはサーモスタツトによる自動温度方式に切り替えていたため、カネクロールの温度管理がより十分に行き届き、その過熱分解の防止に効果的であつたとみられる。これに対比して、右のカネミの方法は、油温が所定温度に昇温することのみを目安に、バーナーの燃焼は原則として一定にして放置するという方法であつたうえ、その所定油温も、二二〇度ないし二四〇度の間で度々変更された事実も存するため、必然的に油温中心にバーナーの制御がなされることとなり、カネクロール温度が分解危険温度付近に達してもこれが見逃され、あるいは生産優先のためこれに目をつぶるという操作がとられ易い傾向にあつたものと考えられる。

被告人森本は脱臭現場の係員に対して、カネクロール主流温度を二六〇度以上にしないよう指示した旨当公判廷で供述するが、関係証拠によれば、脱臭現場でカネクロール温度が二六〇度を超えたことを係員自ら認めてバーナーを絞る等の処置をとつた旨の供述等は存しないし、同被告人自身、設計者岩田文雄から、真実は境膜温度の趣旨で聞かされた「カネクロールは三〇〇度まで使用できる」旨の話しを、同主流温度での意味にとり違え、同主流温度二七〇度位での使用では大丈夫であると認識していた旨供述している事実、更に、脱臭缶三基同時運転開始の頃、同被告人は脱臭係員に油の昇温が悪い時は二七〇度位に上げてみるよう指示していること、更にまた、同被告人はカネクロールの焚き過ぎ、高温化が運転上何故支障があり、回避されるべきかの具体的理由を説明していないこと等に照すと、同被告人のカネクロール温度に関する右の指示も、二六〇度という具体的数値を示してのものではなく、むしろ加熱炉における焼付事故防止等の見地から、単にバーナーの焚き過ぎがないよう指示した程度に過ぎないものと推測される。仮に、右指示が二六〇度という具体的なものとしてなされていたとしても、前示のとおり、三和では安全確保の立場から同温度二五五度という余裕をもたせた温度でバーナーを停止するという温度制御方法をとつているのに対比して、カネミの二六〇度の右指示では、前示加熱炉の余熱、温度計の遅れ等により実際の同温度は二六〇度を超えることとなるし、暫くは二六〇度以下に降温しないものと推測される。三和の方法をとつても、一脱臭サイクルに二回程度、即ち、一時間に一回位バーナーを停止すればよく、これだけの操作で、カネクロール温度への関心が行き届き、過熱の防止に寄与しえた筈である。然るにカネミの方法は、バーナー目盛を固定して放置するという極めて便宜な方法ではあるが、カネクロールの温度管理等の見地からは遊離した安易な操作方法であつたものと思われる。

以上のとおり、カネミのバーナー燃焼方式の変更は必然的に油温中心の操作となり、カネクロールの温度制御が疎かとなつてカネクロールの過熱分解を防止しえなくなつたものと推認される。現実にカネミのカネクロール主流温度が右の二六〇度を超えていたことは、後に判示のとおりである。

(2) 脱臭缶における伝熱効率の低下―攪拌用水蒸気吹込等について

脱臭缶における伝熱(熱交換)は、別紙計算書(2・0)式にみられるように、単位時間当たりの伝熱量は脱臭缶蛇管内外の総括伝熱係数Uに比例する関係にあり、このUは更に、同計算書(2・2)式から判るとおり、蛇管の管外側、即ち、被熱物(油)側の伝熱係数が大きいほど、また管の内外の汚れ係数(伝熱係数の逆数をとつているもので実際は汚れによる伝熱抵抗である)が小さいほど、大きな値となる。右の関係に照しカネミの場合を検討すると、第一に、油側伝熱係数については、岩田設計にかかる三和の装置では、右係数を高めて伝熱効果を良くするため、脱臭サイクル中の加熱時間帯においても、本来脱臭用に吹き込む水蒸気を若干吹き込んで油を攪拌する操作をとつていたのに対し、カネミでは右攪拌用水蒸気の吹込は実施していなかつたため、右管外側伝熱係数が低い値となつている。右攪拌用水蒸気吹込による強制対流の場合の右伝熱係数は二五〇乃至三〇〇であるのに対し、同吹込をしない自然対流の場合のそれは一五〇程度とかなり低くなり、伝熱量も半分近くに低下する。なお、岩田設計々算では右の平均値とみられる二〇〇を使用して設計々算している。第二は、汚れ係数についてである。後に判示のとおり、カネミでは脱臭缶の清掃や手入れは十分行き届いておらず、殊に同業の製油業者らが実施していた右蛇管表面に付着する油の重合物を金属ベラ等で取除く作業を行つておらず、故に同表面への油かす等の付着が多く、そのため管外側汚れによる伝熱抵抗が増大するという結果をもたらした。以上の二点は結局、右総括伝熱係数の低下、従つて、伝熱量の減少という結果に帰着する。このようにカネミでは伝熱効率を低下させるような装置操作ないし装置管理を行つたことにより、所要の熱量供給のため、カネクロール温度を高めざるを得ないこととなり(別紙計算書の2・0式参照)、そのため加熱炉内加熱管を強く熱することとなり、ひいては局部過熱、カネクロールの分解という諸現象を惹起する一要因となつていることが窺われる。

(3) 加熱炉内加熱管の伝熱効率の低下―スケール付着

カネクロールの分解により析出した炭素の一部は加熱炉内加熱管の内壁に付着堆積して炭素の層(所謂スケールと称される)を形成する。同層は前(2)と同様に対流伝熱における伝熱抵抗となり、カネクロールへの伝熱効果を低下させる要因となる。通常この管内側汚れ係数は有機化合物質につき〇・〇〇〇二という値がとられており(岩田の設計々算、栗脇美文の計算も同値がとられている)、これが標準値とみられるところ、この汚れの存在によつて炉内加熱管々壁温度は汚れの存在しない清浄な管の場合に比して一〇度前後高温を保持しなければならなくなる(別紙計算書1・12式より試算できる)。即ち、通常存在するものとみられる程度の厚さの標準的汚れ層の存在によつても、加熱管々壁温度を一〇度前後もより加熱しなければならないこととなり、カネクロールの過熱分解に直接作用するカネクロールの炉内加熱管々内管壁温度が高温化され、その分解を生じやすくなる関係にあるところ、カネミの加熱炉においては、これまで判示のとおりの諸々の局部過熱の原因が存し、カネクロールの分解が起つて右炭素の析出がしばしば生じ、これが加熱管内壁に付着してスケールを形成し、その累乗作用により増々右汚れ層の厚みをまして伝熱抵抗を高め、局部過熱を促すという悪循環を繰返したものと推認される。カネミにおける加熱炉加熱管の焼付事故の原因が右のような因果経過によるものであること、即ち、長期間でのスケールの堆積による管の閉塞にあつたことは前に判示したとおりである。

(ロ) その他局部過熱、過熱分解の原因となる操作方法

第一に、カネクロール加熱炉では、一週間六日の連続運転終了時や脱臭作業中止時にバーナーを消火しても、炉内余熱によりカネクロールを過熱分解させ、あるいは気化してガスを発生させるため、これを防止する見地から、右終了時等において、直ちにカネクロール地下タンクにこれを落すことなく、なおポンプを動かし暫時カネクロールをその循環径路内で循環させて冷却したのち、落すという手順をとるべきところ、カネミでは時たま現場係員の怠慢により、次週の作業開始の便宜や早く帰りたい一心で、右冷却を十分しないまま、しかも地下タンクに落さずに作業を終了していたこと、また第二に、精製工場内では時たま停電が起きるが、その際には電動式の循環ポンプが作動しなくなり、そのままこれを放置すると、前同様炉の余熱によつて滞留したカネクロールを過熱することとなるため、かかる時には、他の動力で作動させるか或いは炉内にスチームを吹き込んだり送風したりすることにより炉内を冷す措置をとるべきところ(同業者はこれを実施している。なお、証第三七号カネクロールカタログ一六頁にも同様措置をとることが要請されている。)カネミでは何らの措置もとらないのみか、停電が二〇分以上も続く場合に初めてカネクロールを地下タンクに落す措置をとつており、その間にカネクロールの過熱が生じているとみられること、等の事実も存し、これらもカネミにおけるカネクロールの過熱分解を惹起する原因の一つとなつたものと考えられる。唯これらは偶々、時たま生ずる程度のことに過ぎないが、前段判示の炭素析出による汚れ層形成ないし拡大の契機を作り、恒常的に局部過熱を生じさせる原因となつたことは十分考えられることである。

最後に、後示のとおり、カネミではカネクロールの現在量を計算して、その脱臭装置運転に必要な量を常に補充し、十分なカネクロール量で運転するような体勢をとつておらず、その補充は、油の昇温悪化時とか、ポンプが空気を吸い込むようになり、所謂キヤビテーシヨン現象を起したような場合になされた。故に、その運転に必要な限界ぎりぎりのカネクロール量でなされることもありえたわけであり、この場合、カネクロール量の減少に応じて、その蓄熱量も少なくなり(カネミの熱交換が三和の場合以上にカネクロールの蓄熱に依存することは、前示バーナー操作方法に記載のとおりである)、真実は右蓄熱量の減少故に、油の昇温が悪化遅滞した場合であつても、前判示同様まずバーナーを強く焚いて昇温の遅れを回復する手段がとられたことが推測される(第四一回公判調書中の証人樋口広次の供述部分八二八項以下、油温の上りが悪い時はバーナーを強く焚くかカネクロールバルブ調整をする。それでも昇温しない時にカネクロールを補給する旨の供述あり)。この場合に局部過熱や、カネクロールの過熱分解を惹起する可能性を生ずることはこれまでに述べたことと同様である。

(七) カネミ加熱炉におけるカネクロール主流温度、最高境膜温度

(イ) はじめに

流体が管(パイプ)内を流れる場合、別紙計算書第1図に記載のとおり、管壁の内壁に密着する付近の流体は、境膜という流れの比較的緩やかな層流域を形成して伝熱も比較的悪く、むしろ伝熱抵抗となり、他方管中央部分を流れる流体即ち主流部分は、その流れも速くかつ四方に乱動しながら流れるもので、所謂乱流域を形成する(化学工学上は、別紙計算書第1(二)(1)(ロ)に記載のとおり、レイノルズ数一万以上を乱流と呼ぶ)。同域は流体が四方に乱流するため攪拌的状態となつて管壁付近との接触もよくなり伝熱が良好となる。

加熱炉における伝熱は前同図記載のとおり、バーナー火焔から出る輻射熱線から受けた熱量を管壁、境膜を通じて管内流体の主流へと伝熱する型態をとるものであるが、第一に、境膜、或いは前示汚れ層の存在により、これが伝熱抵抗となるため、管内流体の温度は管壁温度が境膜温度よりも、また境膜温度が主流温度より高温となる。ただ管壁に近い部分の境膜温度は管内管壁温度と殆んど差はない。

第二に、加熱炉加熱管は輻射熱線の到達度、有効面積率(別紙計算書第1(二)(2)(イ)参照)の差違により、管円周方向、長手方向、上下段等により輻射熱線の入熱量も異なり、管壁加熱の度合も異なつてくる。そうして右管壁温度の最高を示す個所は、前示のとおり、炉内第一輻射部輻射面側で輻射線が直角に入熱する円周方向最下部となる。以上の個所における管内管壁温度を最高境膜温度ないしは最高管壁温度と称する。そうして管内を流れるカネクロールは右管内壁付近が最も加熱せられるため、カネクロール分解の問題は、右温度に最も左右されることとなる。従つて、同温度を検討することに意味がある。なお、栗脇美文作成の「熱媒体の最高温度の推算」と題する計算書においては、右第一の条件を充足する意味での最高温度、即ち、円周方向に平均化された通常の境膜温度の運転操作中最高となる場合の温度をもつてその最高温度としているに過ぎない(別紙計算書第4(一)参照)。

(ロ) カネミにおけるカネクロール主流温度

カネクロール主流温度は、前示のとおり、カネクロール循環パイプの中央付近、乱流域を流れるカネクロール温度を意味し、特に加熱炉から送られたカネクロールの脱臭缶入口の主流温度がほぼ主流温度の最高値となり、これをカネクロールの使用温度と考えてもよい。厳密には同温度の最高となるのは加熱炉出口付近であり、同温度で脱臭缶に送られて油と熱交換し、温度降下して再び炉へ送られるという循環をする。

ところで、三和はカネミに対し装置導入当初、右主流温度を二五〇度前後で使用し、二六〇度を超えないよう指導した。併し、カネミでは、前示のとおりその加熱炉の燃焼方式等から、カネクロールの温度管理が必ずしも十分行き届いていなかつたこと、特に三缶同時運転という複雑な運転方法をとりながら、なお誤差が出やすく、繁雑で手数のかかる手動式によるバーナー制御方法をとつていたこと、原油量の増大に伴い脱臭操作時間を切りつめて操作していたこと、被告人森本をも含めて右二六〇度を超えた時の影響を十分理解していなかつたこと等の諸事情に照らすと、右二六〇度の温度限界を遵守することは到底できなかつたものと認められる。現実にも、被告人森本自身三基同時運転を開始した当初の頃、現場係員に対し、油の昇温が悪い時にはカネクロール(主流)温度を二七〇度に上げて運転してみるよう指示しているし、その頃、早く油温を上げるために同温度を二六〇度で運転する方法もとつている。そのため二六〇度を基準として五度ないし一〇度の昇温があることは通常であるから、二七〇度まで昇温することもしばしばあつたものと考えられる。また時には二八〇度になつたり、停電時等には三〇〇度に昇温していた事実も確認されている。現場係員にはさして限界温度に関心がなかつた事実や、右の各事実を併せ考えると、カネミのカネクロール主流温度の最高(炉出口付近温度)は、しばしば右二六〇度を超えて運転されていたものと推認される。

ところで、別紙計算書第3(三)において、伝熱理論や栗脇美文作成の「熱媒体の最高温度の推算」と題する書面に記載の手法により、カネミのカネクロール主流温度につき単純計算をなした結果を記載しているのであるが、同計算書第8表により明らかなとおり、「川野サイクル」の作業方法では、その最高主流温度は約三〇〇度にも達する。仮に攪拌用水蒸気を吹き込んでいた場合でも二七五度を超えている。他方「樋口サイクル」であつても、二六〇度前後となつている。特に同サイクルは前示のとおり、実際の加熱時間、即ち、油温を二〇〇度までにする時間は三〇分ないし四〇分であるところ、より昇温速度の緩やかな四〇分の場合をとつての計算結果であり、これを最短時間の三〇分により試算すると、同サイクルでも二八五度を超え、強制攪拌でも二六〇度を超えることとなる。

(ハ) カネミにおける最高境膜(管壁)温度

最高境膜温度算出の方法は、別紙計算書第3の(一)、(二)の手順のとおりである。カネミ炉における前示一二〇分サイクルにおける右計算結果は同書第6表に記載している。同表ならびに前示主流温度に関する計算結果たる第8表とを併せ検討すると、「川野サイクル」では主流温度三〇〇度で最高境膜温度(第6表T3をみる)は約三四九度となる。強制攪拌、即ち、攪拌用水蒸気吹込みの場合は主流温度二七五度、最高境膜温度約三二五度程度となる。「樋口サイクル」でも主流温度二六五度で同境膜温度は約三二〇度程度に達する。のみならず、特に重視すべきは、いずれのサイクルであれ、カネミ装置では主流温度が二四〇度を超えればその最高境膜温度がカネクロールの分解温度である三〇〇度を超えるという結果がでていることである。三和との対比において同じ主流温度二五〇度でみても、岩田設計の脱臭装置では最高境膜温度は二八七度で分解温度内に押えられているのに対し、カネミのそれは三〇七度にも達する。なお、最高境膜温度がカネクロールの蒸留温度域である三四九度となる前示の場合であつても、カネクロール分解による危険を別とすれば、脱臭装置の運転が可能であることは、後の第三の三、1、(三)に判示のとおりである。

以上のとおり、カネミ炉における最高境膜温度はその理論計算からも、実際の操業状況からも、カネクロール分解温度の三〇〇度をかなり超える温度に達していたことが認められ、これによつてカネクロールの分解がかなり発生したことが窺われるのである。なお、カネクロールの最高温度を試算した前掲栗脇美文の計算書並びに田中楠弥太作成の鑑定書に対する批評は別紙計算書第4の(一)、(二)に各記載のとおりである。

(八) 結び

以上にみたとおり、カネミでは、脱臭処理量の逐次の増加に対応して脱臭缶を増缶して熱負荷を増大させ、炉の負担を高めたにも拘らず、これに応じた伝熱能力ある加熱炉等の関連装置の改善整備を十分なさず、却つて、右能力を低下させるような加熱炉の改造をし、或いは、脱臭装置の伝熱効果を低下させるような装置管理や、局部過熱を生じやすい運転操作の方法を採るなどした。その結果そのカネクロール主流温度を高めて運転する必要が生じ、そのためその最高境膜温度はカネクロールの分解温度である三〇〇度をかなり超過することとなり、カネクロールの分解、これによる塩化水素ガスの発生を促進させたものと認められる。

4  腐食貫通孔からのカネクロール漏出の時期と量

(一) カネクロール混入油(事故油)製造時期

前判示の各衛生研究所や九大油症研究班によつて実施された油症患者の使用残油や収去収集にかかるカネミの米ぬか油(いずれも一升ビン入り又は一斗缶入りのサラダ油並びに白絞油の二種類についてのみである)につき、そのロツト番号により製造年月日を確認のうえ、前示ガスクロマトグラムによる定性、定量分析の結果によると、昭和四三年二月五日から同月一九日迄の間に製品詰されたカネミ油からPCBが検出されている(カネクロールの検出限界五PPMの分析条件による)。他方前示螢光分析法により行われた同油の総塩素量の定量分析によると、同月三日から六日までの検体につき不実施のためこの間は不明であるが、同月七日から一五日までの間の総塩素量が、それ以外の期間の同量に比して有意的差があることが明らかとなつた。

右事実によると、カネミのカネクロール混入油の製品詰時期は、昭和四三年二月五日から同月一九日までの間であつたことが認められる。右期間に製造、製品詰されたカネミの米ぬか油の出来高、出荷量等については別紙図表一四のとおりであり、カネミ油の製造総高は約七〇〇ドラム(一二六トン)に達する。

(二) 六号脱臭缶蛇管からのカネクロールの漏出時期

カネミの油精製装置においては、前示精製工程に照すと、脱臭油はウインター工程を経て製品詰されるわけであるから、前段に判示の事故油製造日時から、右脱臭終了後製品詰終了までに要する日時を控除することによつて、脱臭缶蛇管からカネクロールが漏出した時点をほぼ決定しうる。そうして、脱臭を終え、脱臭油受タンクに貯留された油は、一二時間以内にウインター工程の結晶タンクへ送られ、同タンクで通常三、四日、長くて五、六日間冷却されるほか、ろ過用の綿布円筒袋からの油の落ちが前後三日間続くなどのため、サラダ油及び白絞油が製品詰されるのは、脱臭後四日ないし五日目から以後二日間続くこととなる。従つて脱臭後最も早くて四日目、遅くて七日目までには、右各油の製品詰が終了することとなる。

ところで、カネミの現場作業日誌の一つである「精製課ウインター日誌」(証四二号)の結晶タンク欄には、各結晶タンク毎の脱臭油の張込み、払出し等が記入されるようになつており、これにより特定の日に結晶タンクに張込まれた油が、何日に払出されたか、従つて何時製品詰されたかの概略を知ることができる。事故前後の脱臭油の結晶タンクへの張込み、払出し状況を右の方法で図表化したものが別紙図表一五である。これによると、事故油の最初の製造日たる前示の昭和四三年二月五日に結晶タンクより払出され、同日から製品詰されたとみられる油の、同タンクへの張込みは、同年一月三一日、同年二月一日、同月二日の三日間であることが推認できる。しこうして、外筒取替修理のための運転停止をしていた六号脱臭缶は、同年一月三一日夕方ないし夜にかけて試運転され、少くとも二バツチ分(四ドラム)の脱臭油を脱臭油受タンクに送り出しており、右四ドラムのウインター工程への払出し、即ち、冷却タンクへの張込みは、翌日の同年二月一日であることが、前示のカネミの精製工程上明らかとなる(結晶タンクへの脱臭油の張込みは、毎日朝に夜間製造分を、夕方に昼間製造分をそれぞれ行う。一日に計二回である)。以上に照すと、最初に製品詰めされた事故油たる同年二月五日製品の油は、同年一月三一日ないし同年二月二日までの間に脱臭され、同月一日及び二日に結晶タンクに張込まれた油であると認められる。同年二月二日以降も六号脱臭缶は断続的ではあるが運転が続けられているので、右と同様にして、最後の事故油製品とみられる同月一九日の製品油の結晶タンクへの張込み日を別紙図表一五でみると、すべて同月一四日ということになり、従つて同月一三日ないし一四日に脱臭工程を経た油であることが認められる。

よつて、六号脱臭缶蛇管からカネクロールが漏出して米ぬか油中に混入した時期は昭和四三年一月三一日から同年二月一四日頃までの間であると認められる。

(三) 六号脱臭缶蛇管からのカネクロール漏出量

右漏出量の正確な値は不明である。何故なら、漏出期間における事故油に含有するカネクロール量と、その日の製品出来高とから算定可能であるが、右含有カネクロール量が同日製品であつてもかなりまちまちであるため、右方法では量定できないし、また、カネクロールの過剰の補給量からの推算方法の場合でも、カネクロール循環系からその漏出はポンプ等からも存し、過剰補給分が即ち、蛇管からの漏出分となしえない。等々の理由による。唯、別紙計算書第6の第10表に試算のカネクロール余剰補給量が同年一月から一〇月の操業停止までの間、累計一九七キログラムとなつていること、並びに後の第三の一、2に判断のとおり、ポンプからの漏れ量も右期間におけるそれは、大きく見積つても一〇〇キログラムを超えることはなかつたとみられること、等に照すと、カネクロールの同蛇管からの漏出量は、少くとも一〇〇キログラム以上二〇〇キログラム未満の範囲内にあつたことが推認される。

5  腐食貫通孔の形成、孔状態の変動とカネクロール漏出の態様

(一) 腐食貫通孔形成の時期

発見されたカネミの六号脱臭缶蛇管の所謂大きな腐食貫通孔は、それが形成され始めて同スケールとなるまで進展するには、年単位の長期の年月を要するとされる。

カネミの六号脱臭缶は、昭和三七年一〇月に運転開始後、本件発覚による操業停止を受けた同四三年一〇月までの間、その外筒取替修理による運転停止期間二月余りを除き、約六年足らずの間使用運転されたものであるところ、一炉二缶時代たる昭和三八年の後半頃の前示一〇〇分サイクルによる脱臭操作を始めた頃から、熱負荷が増大して炉への負担も過重となりカネクロールの過熱分解を生じ、腐食の進行が始まつたものではないかと考えられる余地が十分あるが、遅くとも岩田設計炉を構造変更してその能力を低下させ、しかも三缶同時運転を開始した同三九年一月以降、本格的に腐食が進行し始め、一二〇分サイクルをほぼ定着させた同四〇年頃からは一層右過熱分解を強め、腐食を促進せしめたものと推測される。従つて、右腐食の進行期間は、本件発覚後確認された孔では同三九年初め頃から同四三年一〇月までの約四年間、カネクロール漏出時点の孔では約三年余りの各期間となり、この間に本件各腐食貫通孔が形成されたものと考えられる。

(二) 腐食貫通孔の形成過程における同孔の状態

前示のとおり、カネミの六号脱臭缶蛇管の腐食は同三九年頃より進行し、発見時の孔の大きさからみても、前示のカネクロール漏出時期以前に蛇管を貫通し、カネクロールが漏出しうる程度の孔に生成していたと認められるし、漏出期間経過後も同孔が存在していたに拘らず、右漏出期間たる約一五日間のみの漏出に限られ、同四三年二月四日以前及び同月二〇日以降のカネミ油製品からカネクロールは検出されていない。

他方前判示五、1の(一)に記載の篠原久教授をはじめ宗像健助教授ら九州大学のカネミ装置調査班の行つた六号脱臭缶蛇管についての二度にわたる空気漏れテストや、同人らが篠原久外作成の鑑定書、また木下禾大外作成の鑑定書等の作成過程で実施した同蛇管からの各種の漏れテストにより確認された空気或いはカネクロールの漏れ量は、本件で漏出されたと考えられるカネクロール量に比して極めて微量であつた。しかし同蛇管を切断して調査した結果によると、右腐食貫通孔は、PCB、ライスオイル並びにこれらの重合物とみられる多量の有機化合物及び鉄分等の無機物を含有する樹脂状物質により充填閉塞されていた。この充填物質は、爪楊枝様のもの或いは西洋紙片で容易に除去しうる部分もあつた。これらの事実から、カネクロールの漏出しうる程度の大きさの腐食貫通孔が存在するに拘らず現実にその漏出がなかつた期間は、その貫通孔は右充填物によつて閉塞されていたものと推測される。そうして、この充填の機序は、腐食孔生成の過程において、蛇管内面からは、前示絹糸状の侵食によつて腐食生成した微細な孔中にカネクロールやこれと共に循環している金属粒子(鉄サビ等)が侵入して、また同外面からは、蛇管貫通後脱臭油が同孔に侵入し、腐食により孔壁から遊離した蛇管組成の金属粒子とともに重合物を形成し、その後腐食貫通孔の拡大に応じて逐次これを同様にして充填していつたものと考えられる。

(三) 腐食貫通孔充填物の欠落等とその開孔

(イ) 六号脱臭缶外筒修理の経緯

右腐食貫通孔は前示のようにその生成の都度充填物により閉塞されていたが、カネクロールの蛇管からの漏出時期に相当する昭和四三年一月三一日から同年二月一四日までの間は、右充填物が変動し同孔に異常が生じて、これからカネクロールが漏出しうる状況が出現したものとみられる。そうして右一月三一日は、丁度外筒腐食による取替修理のため外注修理に出していた六号脱臭缶が戻り、運転再開のため試運転を実施した日に該当する。従つて、右貫通孔の状態変化と右修理との間に何らかの因果関係あることが推測されるところ、右修理に随伴する次の各事象が存在した。即ち六号脱臭缶は従前二号缶と称されていたが、昭和四二年一一月にその外筒が腐食して数個の小孔ができ、これから空気漏れがあつて真空が引かず、脱臭作業不能となつたため、同月二七日頃運転を停止し、同年一二月二日カネミ本社工場の据付位置から北九州市若松区所在の西村工業へ修理のため搬出し、修理後の同月一四日頃納入され、同月一六日従前と別の場所に据付けられたものである(以後六号缶と呼ばれる)。その間、

〈1〉 同缶を据付位置から取外すに際し、その各種の外部配管(カネクロール用、油用、真空用、飛抹油取出用の計七本)や同缶を固定する架台との間のボルト、ナツトを取外し、チエーンブロツクで缶全体を宙吊りにしたうえ横倒しにし、れん台と呼ばれる台に乗せ、丸太棒のコロで脱臭工場の入口まで運び出し、リフト車を用いて貨物自動車に積み替えて本社工場内車庫室前広場に運び、同所に横倒しにして置いた。

〈2〉 これを西村工業から引き取りにきた三輪貨物自動車に積んで約七キロメートル離れた西村工業まで運搬した。途中道路は概ね平坦な舗装道路であつたが、途中の約三〇〇メートルは電車軌道の敷石や舗装の状態が悪く凹凸のある道であつた。

〈3〉 西村工業では、搬入後まず同缶外筒から内槽を取外すため、両者間に通ずる配管や内槽表面にこびりついて付着している油かすを鉄片等で取除きにかかつたが、右油かすの推積が多いため同内槽を叩いたり、こすつて落したりして取除き作業をした。特に、油かすの付着が甚だしいため、これをあぶつて取除くことを考え、アセチレンガスで内槽の取付足部(外筒との間を固定するための部分)の油かすをあぶると、同油かすに着火して燃え上り、一、二分後に消火器で消し止めた。また、油取出口の管の取替え作業時には、電気溶接器や金切鋸を用いて切断している。次にボルト等を取外し、ワイヤロープ、バール、ホイスト等を用いて内槽を吊り上げて外筒より取出した。

〈4〉 同缶外筒の修理完了後、外筒全体からの空気漏れの有無をみるため、一平方センチメートル当り五キログラムの空気圧を外筒内に送つて検査したが異常はなく、修理を完了した。唯、運転中の脱臭缶は真空状態にあり、蛇管内部は常圧以上の圧力が加わつているため、蛇管々壁においては通常蛇管内部から外部(油側)方向に圧力が加わるのに対し、右空気漏れ検査はこれと逆方向の圧力がかかつていることとなる。

〈5〉 修理完了後の同脱臭缶は、同年一二月一四日、〈2〉と逆の径路でカネミ本社工場に搬入され、〈1〉の逆順序で六号缶の据付予定場所に据付けられた。

以上の経過をたどつている。

(ロ) 六号脱臭缶の外筒修理に伴う各種衝撃と孔充填物の欠落等

前掲篠原久外作成の鑑定書(昭和四四年八月二〇日付)は、右六号缶外筒修理に伴つて本件貫通孔が開孔した可能性のある事項として次の点を掲記する。即ち、同孔充填物が爪楊枝で除去される程度の樹脂状のものであることから、

第一は修理改造工事中の各種衝撃による充填物の欠落、亀裂等の可能性

第二は修理終了後の西村工業における外筒空気圧テストにより充填物の吹き飛ばされた可能性

第三は修理中の内槽外部の油かす燃焼時、孔充填物も燃焼したとするならば、充填物の多孔質化(海綿状化)する可能性

以上を挙げているところ、これらの各可能性は十分首肯しうるところである。これをなお詳述するに、第一の点に関する各種衝撃は前項〈1〉、〈2〉、〈3〉、〈5〉に記載の各事実を指すが、特に、外筒や内槽からは前示のように計七本もの各種パイプが突出しており、狭い工場内、特に据付場所では、脱臭缶固定用に四方に鉄骨の柱を立て、柱相互の間にははすかいに各二本の補強用鉄骨がかけられている架台が、脱臭缶に密着して設置されており、かかる状況下で脱臭缶の据付や取外し等の作業をし、これを縦、横にするうちに、前示脱臭缶外筒より出ている七本の各パイプの先端が右架台の鉄骨等に衝突する可能性はかなり強い(尤も、これら作業時には右架台の鉄骨の一部は取除いて作業されている)。右は昭和四三年一月三一日の試運転前の真空テストにより、同缶外筒底部から出ている飛抹油取出パイプの付根付近に亀裂が発見されている事実に照しても肯認しうるところである。即ち同パイプは同缶据付前未だ横倒しの状態にあつた段階の昭和四二年一二月一六日頃、カネミの営繕係員坂本亀太郎により一・五インチパイプに取り替えられ、溶接による取付後に架台に立てられて据付けられたものであるが、その際、同パイプが架台等に衝突し、そのために前示亀裂が生じた可能性が強く、右事実は本蛇管にも同様の衝撃が加わり、開孔等するに至つたと推認する証左となるものと考えられる。

第二の点に関しても、孔詰りがあり、これに一定方向から力を加えても容易に除去されない場合に、反対方向から力を加えることによつて簡単に除去しうる場合があることは我々の日常経験するところである。そうして前項〈4〉に記載のとおり、西村工業における空気圧テストの孔充填物に対する加圧方向が、脱臭缶運転中に日常加わる圧力方向とは逆の加圧方向となつていること、また前示試運転前の真空テストによる空気漏れ個所を発見するため、脱臭缶内に七キロ圧の水蒸気を吹き込んだ結果、飛抹油取出口パイプの亀裂を確認しているのであるが、その際の水蒸気圧も前同様孔充填物に対し通常と逆方向の圧力が加わつていること、等によりこれらの際、孔充填物が吹き飛ばされる等して取除かれ、或は孔内壁から分離しやすい状態になつたことも十分考えられる。

第三に関しては、その燃焼位置(内槽取付足部又は外筒固定用爪と称する)と腐食孔の存在位置との間の距離は五〇センチメートルないし一メートル程度とみられ(別紙図表五参照)、右の燃焼火焔の影響を全く否定することはできない。また同様多孔質化をもたらす事象として、六号脱臭缶はその運転停止の約二月間、大気中に放置されていた事実も採り上げることができる。即ち、カネクロールや米ぬか油の重合物である孔充填物中の揮発性物質が乾燥し、揮発して多孔質化を助長し、或いは乾燥により亀裂を生じやすい状態に変じたことも十分考えられる。かかる状態下で、運転休止二月後、突然再び高温高圧の環境下に置かれたことによつて、孔充填物に何らかの変動が生ずるであろうことは十分推測されることである。

右のほか、本件貫通孔内部には孔壁から完全に遊離してない未溶解の金属粒子が常に若干残存しているが、腐食の深化につれこれが孔壁から完全に分離して孔充填物中に分散した状態となると考えられるところ、かかる状態下にある場合には孔充填物の欠落は比較的容易となるものとみられる。

なお右開孔等の点に関しては後の第三の一、1、(二)等にも判示するが、以上の事実を綜合し、且つまた、他の脱臭缶や関連装置からのカネクロール混入原因も別段存しない事実、同漏出の始期が六号缶の修理後試運転実施時と符合する事実等をも併せ勘案すると、前示各種衝撃等のいずれかにより、多数発見された六号缶蛇管の腐食貫通孔のうちのいずれかの孔の充填物、しかもその全部又は一部に欠落、亀裂、又は多孔質化が生じ、カネクロール漏出孔となつたものと推認できる。唯、右のとおり孔充填物がどの、いかなる衝撃等によつて、またいかなる物理的、化学的作用を受けて開孔等するに至つたかを確定することは困難である(本件においてこの確定までは不要と考える)。しかし、以上を綜合するとき、前述の各事象、衝撃等のうちのいずれか、或いは複数のものが輻そうしてまず孔充填物に欠落等を生じやすい状態に、更に他の衝撃が加わることによつて欠落等による開孔に至つたか、或いは当初からいきなり欠落し、開孔するに至つたかのいずれかであることを推測することができる。

(四) 開孔した腐食貫通孔の閉塞

前判示のとおり、昭和四三年二月二〇日以降のカネミの製品油中にはカネクロールが検出されておらず、従つて同月一五日頃には、前示のようにいつたん開孔した腐食貫通孔は、再び前同様閉塞されたものと考えられる。この閉塞は前示(二)と同様に同孔内が油の重合物等の樹脂状物質によつて充填されたことによつて生じたものと推認される。即ち、腐食孔の進行がステンレスパイプの素材を侵食し、未溶解の金属粒子が素材から次々に分離欠落する形態をとるため、貫通孔内壁には著しい凹凸があつて、油やカネクロールが同所に保持されやすいこと、カネクロールの循環径路内に多量に混在することが確認されている鉄サビ等の酸化鉄その他の異物も、カネクロールと共に循環し、右貫通孔内に入り込む可能性が強いこと、米ぬか油は二五〇度以上になるとその粘度を増して固化する傾向があり、脱臭缶の運転停止時に同缶の余熱により蛇管が二五〇度ないし二七〇度に保持される時間があれば、同孔が数日間のうちに閉塞されるとする前掲鑑定書の結果に照し考えると、同四三年一月三一日から、同年二月一四日までの間、〈1〉同月一日、三日、一一日等少くとも三回以上の全缶運転停止があり、その際、前示のようにカネクロールを冷却するため作業終了後も各脱臭缶(その内槽は空となつている)になおカネクロールを循環し続けるため、炉の余熱によりカネミの主流温度(二六〇度以上)を更に超える温度に蛇管が熱せられる機会が存したし、〈2〉右期間中は六号缶の水蒸気吹込状態が不安定で吹込孔の調子が正常でなかつたため、その取替などにより六号缶は昼間のみ断続運転するなど度々運転停止されているが、かかる場合にも、蛇管に循環中であつたカネクロールの一部がなお残存し、内槽内が空であることもあつて、残存カネクロールや同缶の余熱により前同様カネクロール主流温度相当の二六〇度以上に蛇管が熱せられた状態が暫時継続する機会も度々存したことなどから、前示貫通孔内に滞留した油を次第に固化する可能性があつたこと、脱臭缶の水蒸気吹込孔も微細な多数の孔よりできているが、同孔も油の重合物により度々孔詰りを起していること、等の諸事実によれば、貫通孔中に滞留した油が高温下で粘度を高めて加熱重合物となり、これに鉄サビ等鉄化合物の微粒子その他のカネクロール中の異物が混入付加し、更にこれらがカネクロールにより膨潤される等によつて、短期間のうちに右貫通孔を閉塞したものと推認される。蛇管の開孔形態が充填物の亀裂ないしは多孔質化である場合には、その閉塞は一層容易である。

(五) 結び

以上のとおり、本件カネクロールの六号脱臭缶蛇管からの漏出形態は、遅くとも昭和三九年一月頃から同蛇管の腐食が始まり、その後貫通孔にまで進行したが、その都度油の重合物等の充填物により該腐食貫通孔内が閉塞されて殆んどカネクロールを漏出することはなかつたものの、同四二年一一月二七日の同缶の外筒腐食による外筒取替修理から同四三年一月三一日同缶の試運転時までの間、その間に加わつた各種の衝撃その他により、右孔充填物が欠落、亀裂ないしは多孔質化して開孔し、カネクロールを漏出せしめるという機序であつた。しかし、右開孔した腐食貫通孔は、その後の運転継続中、再び油の重合物等により充填され、二週間経過後には閉塞されてもはやカネクロールを漏出するような状態はなくなつたものである。

六  被害者らの症状―所謂「油症」―と因果関係について

1  所謂「油症」の症状について

本件は、米ぬか油中に混入したPCBの経口摂取による過去に例をみない有機塩素中毒であり、一般家庭で日常使用される食用油による食品中毒であるため、家族発症の形態が大部分を占め、かつ老若男女を問わず罹患し、その地域的範囲も広域にわたつている。

所謂「油症」(以下油症と称する)の症状は、少くとも本件発生当初の段階では皮膚症状及び眼症状に顕著に現われ、その他呼吸器系やそのほかの内科的症状にもみられる。特に他症状に類をみられない油症の決定的所見というべき特異な症状は、〈1〉、マイボーム氏腺(瞼板腺)からのチーズ様眼脂の分泌排泄、〈2〉、全身の毛孔の著明化、即ち同毛孔が角化(表皮の角質層が剥離していく現象)してくつきりと浮き出した様な症状、〈3〉、均一状態の挫瘡様皮疹、即ち、ニキビ様皮疹が毒物の同時的作用により均一的に現われている状態、の三症状であつた。以下各症状の特徴的なものを列挙する。

(1) 皮膚症状

同症状は、過去にみられた塩素挫瘡に一致する所見がみられる。これは塩素化合物たるPCBが生体内で主として皮下脂脂組織に分布し、或いは皮脂下に排泄されることによつて、皮膚に直接触れることによつて生ずる塩素挫瘡と類似した状況となるためとみられる。特徴的所見は前示ニキビ様皮疹といわれる挫瘡様皮疹である。これは大きなものでえんどう豆大の嚢腫で、面皰(ニキビ初期の段階、毛孔に角質が詰つた状態、コメドとも呼ばれる)、膿疱(限局性に化濃した状態にあるもの)、丘疹(皮膚から隆起したもの)等から形成される。発症部位は、顔面、背中、前胸部にみられるほか、耳後にも発症があるのがニキビと異なる特質となつている。これらの皮疹は、ニキビと異なり、同時的、均一的所見や進展がみられ、毒物の同時的作用による発症であることを示している。次に前示全身の毛孔の著明化である。これは右皮疹と同様皮膚の角化異常により生じた症状で、毛孔の角層が肥厚して毛孔を閉塞するなどして起るもので、腋窩部、肘窩部、膝[月固]に最も多く、そのほか臀部、前頸部、前胸部等に現われる。重症者では全身にみられるようになる。特に一〇歳代から二〇歳代の所謂ニキビ好発年令者のそれは強い症状を呈している。その次に、色素沈着も特徴的である。手足の爪、眼球、結膜、口腟粘膜、歯茎等が黒褐色を呈する。これは表皮胚芽層にメラミン色素が多量に沈着して生ずるもので、人体の色素処理過程に障害を生じ、その処理能力を低下、遅延されることによるものとみられる。所謂「黒い赤ちやん」と呼ばれた全身が異常に黒い新生児も右色素沈着が著明化した事例である。成人の場合は外陰部、乳房の脂腺部に一致した嚢腫の形成もみられる。

(2) 眼症状

まず前示マイボーム氏腺(瞼板腺)の分泌亢進が特徴的である。これは患者の上下眼瞼をひつくり返してみると瞼板腺に沿つてチーズ様分泌物の異常な蓄積があり、指で押すとそれが押し出されてくる。右分泌は、皮膚症状の場合と同様、体内からの脂肪類の排出作用によるもので、分泌亢進により瞼に凹凸の隆起が生じ、眼脂(めやに)の増大により上下瞼がくつついて眼が開かなくなつたり、結膜の充血、眼のかすみ、一過性の視力障害、眼中の異物感、等の所見、症状がみられる。

(3) その他の症状

肝所見に特質がある。まず肝臓の物質代謝特に脂肪代謝や解毒作用の機能を負担する滑面小胞体の異常な増加がみられる。同小胞体は薬物等体内に異物の吸収をすることにより増加するもので、患者の同小胞体による解毒機能が異常に高まつたことを示すもので、肝の適応現象とみられる。しかし、そのことが却つて治療のため薬剤を投与しても、右解毒分解が盛んなため、薬剤の効果を消滅させる原因ともなつている。また右滑面小胞体の解毒作用のエネルギーを作る器官たるミトコンドリアにもかなりの変化がみられる。通常同じ大きさの形態を有するそれが、大小不同となる形態異常を起している。次に、肝の星細胞の腫大化の所見がある。この器官は外からの異物を取り込み食べてしまうという異物処理機能のあるものであるが、この腫大は全身に何らかの異常、障害を受けていることを意味する。

内科的所見として、頭痛、頭重、食事時の腹痛、嫌怠感、疲れ、四肢のしびれ感、等が患者の共通所見としてみられ、特に頭痛を訴える患者は七乃至八割にも及び長年月経過した現在でもなおこれを訴える患者は多い。その他食思不振、吐き気、嘔吐、体重の減少、関節部の疼痛、性欲減退、等を訴える患者も多い。また検査所見として血液中の中性脂肪の異常な増大という希有な所見もみられる。女性では生理異常を訴える患者もみられる。呼吸器に関しては、慢性気管支炎類似の症状がみられ、気道感染を起しやすい傾向がみられる。

(4) 所謂「油症患者の診断基準」について

以上にみた各症状、所見は九州大学の油症研究班による各動物実験の結果によつても裏付けられた。

以上の諸症状を中心に、昭和四三年一〇月頃同研究班によつて油症診断の手がかりとして油症の診断基準が作られた。その「確症」とされた基準として、上眼瞼の浮腫、脂肪の増加、視力低下、食思不振、嘔吐、嘔気、四肢の脱力感、体重の減少、爪の変色、脱毛、両肢の浮腫、挫瘡様皮疹、しびれ感、関節痛等の諸症状をとりあげ、その他発汗過多、爪の変色、眼脂の分泌増加、頬骨部の面皰形成、及び自覚症状などの綜合により「凝症」とする判断基準を示している。

(5) 療法、その後の経過等

油症の療法として、断食療法やビタミンAの外用等による効果が若干存することを評価する医師も存するが、決定的ともいえる療法はいまだ確立されていない。

発症後七、八年を経過した時点において、重症といわれた患者もいくらか軽快したことが認められるが、なお色素沈着、チーズ様眼脂の分泌、血液中の中性脂肪の増加等は残存し、特に頭痛その他神経的症状は多く残つている。ニキビ様皮疹は軽快してもなお痕跡が残ると思われる。右油症にはどの程度で完治したかの判断が困難で、治癒という言葉は用いられず軽快という判断がなされるに過ぎない。向後も軽快に向うと思われるものの、全快の時期については予測できないとされている。

2  被害者らはカネミライスオイルを摂取して「油症」に罹患していること

カネミライスオイル即ちカネミの米ぬか油を食用に供して摂取し、その結果油症に罹患したと認められる被害者、並びにその発症年月日、その発症場所等は、別紙被害者一覧表に記載のとおりである。被害者総数は八九一名にのぼり、昭和四三年三月頃から同四四年一〇月頃までの間、福岡県を中心として長崎、佐賀、山口、広島、岡山、高知、愛媛の各県で発症している。これらの被害者は前示のとおり、カネミ本社工場において昭和四三年二月五日頃から同月一九日頃までの間に製品詰された本件事故油が、カネミ本社営業部から、同社自ら又は同社の大村、広島、多度津、松山の各工場やカネミの佐賀県駐在員、山口県防府出張所等を通じて、右各県下およびその周辺の食糧等販売に関する各種協同組合、会社、小売店等を経て販売されたものを購入して食用として経口摂取し、その結果前示のとおり所謂「油症」に罹患したものである。被害者の多くは、罹患当初、挫瘡様皮疹、色素沈着等の皮膚症状や眼症状としてマイボーム氏腺の分泌亢進等の所見について開業医に診察を求め治療を受けたり薬剤を服用したりしたが、当該医師において適切な診断、治療が出来ず、また薬剤の効用もなく徒らに日時を経過した。そのうち前示四の1に記載のとおり、九大医学部において「油症研究班」が結成されて研究がなされた結果、カネミライスオイルによる食品中毒症であることが判明し、前示症状のある者の住む各県の保健所等で患者の検診が実施された結果、本件被害者八九一名は所謂「油症」に罹患していることが判明したものである。

七  被告人森本義人の過失行為及びその結果(罪となるべき事実)

1  (被告人の業務等)

被告人森本義人は、米ぬか油の製造販売を一業務とするカネミ倉庫株式会社の社員であり、昭和三六年四月一日以来、同社製油部工場課長補佐兼精製工場主任、同部精製課長、同部々長代理等を歴任し、同四〇年一一月二一日同社の本社工場長に任ぜられ製油部精製課長も兼務し、同四三年六月から本件発覚後の同年一二月迄の間は同工場長に専務していた。そうして右の全期間を通し同本社工場における米ぬか油の精製製造、同精製装置の保守管理、その増設、改造及び修理の実施、資材等の購入並びにその管理などの業務に自ら従事し、或いはその従業員を指揮してこれらの業務を遂行してきたものである。

同社は、その米ぬか油精製工程において行う脱臭工程については、昭和三六年四月、三和油脂株式会社(以下三和と称する)から、同社取締役技術部長岩田文男設計にかかる所謂三和式脱臭装置をプラントで導入してカネミ本社工場に設置し、その際カネミの製油部工場課長補佐兼実験室長であつた被告人森本義人を同部精製工場主任に任じて、カネミにおける右装置の運転及び管理の現場最高責任者とし、その担当係員らと共に、三和より派遣された運転技術指導員らからその装置の構造、性能、運転操作その他に関する技術指導を受けさせたうえ、同被告人の指揮のもとにその頃右装置の運転使用を開始したものである。この三和式装置の脱臭操作の方法は、真空圧となつた脱臭缶内槽内に、脱色工程を経て予熱缶で摂氏(以下温度はすべて摂氏温度)一五〇度に予熱された米ぬか油の半加工品である脱色油を張り込み、他方同内槽内に二重のコイル状に巻いて設置されているステンレス製加熱管(蛇管、管壁肉厚約二ミリメートル前後)内に、加熱炉で二五〇度前後に高温加熱された熱媒体カネクロール四〇〇(四塩化ジフエニールを主成分とする各種のポリ塩化ジフエニール即ちPCB又はPCDの混合物質)を循環させ、右脱色油と熱交換をしてこれを加熱し、同油を右一五〇度から二三〇度位まで加熱するのであるが、同温度が二〇〇度に達すると同時に脱臭缶内槽の底部から一平方センチメートル当たり七キログラム程度のボイラー圧のある水蒸気を吹き込み、内槽に張つてある油を攪拌飛躍させ、もつて米ぬか油中の有臭成分を蒸散させて除去するという方法であつた。

ところで、被告人森本は、右導入に際し前記岩田文男から、三和式の右装置に使用される熱媒体のカネクロールが塩素化合物であり、これを三〇〇度以上の高温まで過熱すると分解を起こして有害な塩素ガスを発生させる旨説明を受けていたし、右装置導入後の昭和三七年頃及び同三九年頃、カネクロールの作業環境面からの有害性の指摘のあるカネクロールカタログ(弁証第一〇号、証三七号)を入手してその頃それぞれ閲読していることや数年間にわたるカネクロールの使用経験から、カネクロールが芳香族ジフエニールの塩素化物である四塩化ジフエニールを主成分とする各種PCBの混合物質で、四八パーセントの有機塩素を含有する化学合成物質であり、もとより食品添加物には指定されてもいない工業用品であつて若干の毒性もあること、脱臭作業中カネクロールより発生するガスを吸引した現場従業員らが喉の痛みその他を訴える等その生理機能に障害を生じることがあること等を知悉していたものであるから、カネクロールがその用途に反し人体に経口摂取されるようなことがあれば、少なくとも人の健康状態に不良な影響を及ぼし或いはその生理機能に何らかの障害を与えることになるであろうことを十分予測できたものといわなければならない。

2  (結果回避義務について)

(一) そうして、右三和式脱臭装置は、前述のようにその蛇管内をカネクロールが貫流しており、その外面には精製すべき米ぬか油が張られているから、右カネクロールは人体に摂取される米ぬか油と僅か二ミリメートル前後の管壁を挾んで接近しており、右カネクロールは、その加熱条件に不適切となるような改造や変更が同装置に加えられ、またその運転操作の適正を欠くような場合には、加熱炉内において三〇〇度以上に過熱されて激しい分解を起こして炭素を析出するほか塩化水素ガスをも発生し、カネクロール循環径路内に水分の存在をみるとこれとと結合して塩酸となり、これが右蛇管のステンレス製管壁に作用してこれを腐食し、ついには同管壁を腐食貫通して開孔し、そこから米ぬか油中にカネクロールを漏出混入させる危険があつた。そうして被告人森本は、前記各カタログに同様記載されているカネクロールの分解による右塩化水素ガスの発生やその他カネクロールの物性、金属腐食の機序、水分に関する事項等について、これらを閲覧して知つており、またカネミ製油工場における海水によるステンレス製パイプの腐食事例など職務経験上知りえた具体的事実等から、右のような場合に本件蛇管に腐食貫通孔を生じ開孔する虞があることを予見することも可能であつたものである。

従つて前記のような職務に従事し、右装置構造に精通する被告人森本としては、本件脱臭工程において右のような腐食孔の貫通開孔によりカネクロールが米ぬか油に漏出混入する様な事態を未然に防止するため、右腐食孔生成の原因であるカネクロールの過熱をもたらすような脱臭装置の不適切な改造、変更を避け、万一改造変更が避けられないならばそのメーカーの三和や設計者岩田文男に照会するなどしてその危険性につき慎重な検討を加えるなどして適切な改造変更をなし、或いはカネクロールの過熱をもたらさないような安全適切な運転操作の方法を採用し、よつて適正に設計された基本条件に従つた適正な脱臭装置により、適正な運転操作を行い、或いは部下従業員に対しても右に従つた運転操作を実行するよう指示指導し、もつて本件蛇管を腐食してカネクロールを米ぬか油中に漏出混入させる様な事態を回避すべき業務上の注意義務があつたものである。

(二) 加えて、被告人森本は、昭和三九年一月以降、右岩田らに十分な指導や助言を受けることなく独断で、しかも前記のカネクロールの加熱条件について設計計算するなどの十分な検討を加えないまま、カネミの加熱炉などに改造を加え、また脱臭缶のみ三基に増設してこれを同時に運転するなど三和方式と異なる運転操作をするに至つたため、加熱炉の能力や脱臭缶の熱負荷に変化をもたらし、そのため加熱炉バーナーの燃焼方法も変更するなどカネクロールの加熱条件にかなりの変更を生じていることを認識しており、その結果、場合によつてはカネクロールの過熱分解を生じ、よつて発生する塩酸による腐食作用により本件蛇管に欠陥が生成している可能性があることを認識しうる状況にあつたうえ、本件六号脱臭缶は約五年余り継続使用されてきた古い缶であり、その外筒に度々腐食を起こしたため、昭和四二年一二月初め頃、その腐食した外筒の取替えその他の修理改造を外注しており、その際、据付場所からの取り外し、本社工場外への搬出入、修理改造の各種工事、修理後の圧力検査、据付等各種の作業が加えられ、またその間二ヶ月余り大気下に放置されたこともあつて、この間右脱臭缶、特に同蛇管にも右作業による各種の衝撃等物理的作用が加わつてこれに欠陥ないしは異常を生じている可能性があり、被告人森本は前記のように自ら本件脱臭装置及び運転操作の方法を敢えて変更したものであり、且また六号缶の右修理を直接指示してこれに関与したものであるから、前記腐食による欠陥生成作用と右修理時の衝撃等が相俟つて、その際には特に同脱臭缶内部即ち蛇管にカネクロールを漏出しうる程度の欠陥或いは異常を生じる可能性あることを予見することができたものである。従つて右の予見が可能であり、また前記のように精製装置の保守管理や製品管理の職務に従事していた被告人森本には、右のような欠陥個所からカネクロールが米ぬか油に漏出混入することを未然に防止するため、右脱臭缶の修理後その運転再開に当たつては、同缶内部を点検するのはもとより、同缶内蛇管自体の点検検査をも行つて同蛇管からカネクロールが漏出することがないかどうかを確認するなどし、もつて同蛇管の欠陥を発見すべき業務上の注意義務があつたものといえる。

(三) また右点検によつて本件蛇管の欠陥を発見せず、カネクロールが米ぬか油中に混入する事態が生じても、本来カネクロールの脱臭缶内における相当量の漏出ひいては米ぬか油中への混入の事実は、カネクロールの日常の使用量等を十分管理掌握し、その異常減量の有無を絶えず点検することによつて容易に発見可能であるところ、前述のように製品管理や資材管理の職責にあつた被告人森本には、昭和三九年一月になした本件脱臭装置や運転操作の前記変更によつて、その頃から本件蛇管に腐食が生じ、これが進行して遅くとも本件漏出が生ずる以前には、カネクロールが漏出しうる程度の腐食孔に生成している虞があることにつき予見可能であつたし、特に前述の六号脱臭缶修理の際には同様右蛇管に欠陥を生じている虞があることが予見できたから、その製品の安全性に万全を期すべき食品製造業務に従事する者として、カネクロールの米ぬか油中への漏出混入が万が一にも生じることを慮り、これが万一生じた場合には、直ちにその米ぬか油の出荷販売を停止し、一般の購入者がこれを摂取するのを未然に防止するために、遅くとも右の予見が可能となつた時から、カネクロールの使用状況を容易に知りうるような帳簿や日報を現場に備え、担当従業員をしてこれに正確な記帳をするよう指示監督し、特に三和式脱臭装置では、その運転終了後は同装置内のカネクロールを殆ど地下タンクに落す作業方法をとらねばならず、カネミの作業もこれに従つていたから、これを利用して担当作業員をして右作業終了後或いは次の作業開始前に地下タンク内のカネクロールを計量し、その現在使用量や減量状況を常に把握するよう指示監督し、就中右六号缶修理の際には一層これに留意し、もつてその異常減量の有無を確認してカネクロールの漏出混入の事実を発見すべき業務上の注意義務があつたのである。

3  (過失行為)

然るに、被告人森本は不注意にもその注意義務のいずれをも怠り、まず第一にカネミが導入した岩田文男設計にかかる三和式脱臭装置は、本来加熱炉一基に対し脱臭缶二基を一セツトとし、これを基本にしてカネクロールが過熱によつて分解を起こすことがないよう詳細な設計々算を経て作られた装置であり、その運転操作も右同様の趣旨からカネクロールの加熱限界をその主流(使用)温度で二六〇度とし、もつて同脱臭装置内でそれが最高に加熱される炉内加熱管々壁温度(最高境膜温度)がその分解が増大する三〇〇度を超えてカネクロールを過熱させ、その分解を高めることのないようその安全に配慮されたものであるに拘らず、被告人森本は、設計者岩田文男がカネミの嘱託であり、同人から容易にその意見を聴取しうる立場にあつたのに、右装置等の変更につき、その意見を十分聞き、或いは検討を依頼するようなこともなく、また右カネクロールの加熱条件等につきさしたる設計々算も行わず、その確たる裏付けもないまま独自の判断で、加熱炉等の関連装置の個数は従前のままにして脱臭缶数のみ一基増し、昭和三九年一月以降、一炉で三基の脱臭缶を同時運転するという操作方法に変更し、もつて熱負荷(同装置に必要な伝熱量)を増大させる一方、岩田設計にかかる加熱炉についても、右同様設計々算を行うなどしてその安全性の検討確認をしないまま改造し、却つてその安全伝熱能力を低下させ、炉内加熱管の局部過熱ひいてはカネクロールを過熱させてその分解を生じやすい構造の炉に変更するなど、カネクロールの過熱分解に対する配慮を欠いた炉の改造変更をなし、また更に、脱臭担当の係員らに対してカネクロールの加熱限度や局部過熱回避のための加熱炉バーナーの操作方法などにつき適切な指示を欠くなどし、もつて、カネクロールの多量の過熱分解を生ずる虞のある装置に変更し、且同様の操作方法により約三年九ヶ月の間右脱臭缶を運転操作した過失により、カネクロールの過熱分解により発生した塩化水素ガスと脱臭装置内に存在した水分とが結合して出来た塩酸が、六号脱臭缶の内巻第一段(最上段)付近の蛇管々内に滞留して同所付近の蛇管々壁に作用して腐食孔を多数生成させ、これが次第に拡大進展し、そのうちの幾つかは同蛇管々壁を貫通する所謂腐食貫通孔を生成するに至らしめた。次に、同貫通孔は、その生成貫通の過程で、同蛇管表面に存在する米ぬか油や内面を流れるカネクロール並びにこれと共に循環している金属粒子等の不純物などによつて逐次充填され、同孔からカネクロールを蛇管外部へ漏出させることはなかつたものの、前示のとおり、昭和四二年一二月二日頃、同六号脱臭缶の外筒腐食に伴う外筒取替えその他の修理に出し、翌四三年一月三一日これを据付けて運転再開するまでの間、右修理やこれに伴う各種作業により生ずる各種の衝撃等によつて、同号缶の多数ある腐食貫通孔のうちのいずれかの孔の右充填物につき、その全部又は一部の欠落、亀裂の発生、多孔質(海綿状)化等のいずれかを生じ、同所からカネクロールが漏出しうる所謂開孔状態となつた。然るに同四三年一月三一日の同缶の運転再開に先立ち、同蛇管の点検、検査等を実施せず、開孔した右蛇管の腐食貫通孔の発見をしないまま運転を再開した過失により、同日から、右開孔した貫通孔が前同様に充填物で閉塞されるまでの同年二月一四日までの間、同脱臭缶の脱臭作業に際し、右蛇管の開孔個所から内槽内の米ぬか油中に少なくとも一〇〇キログラムを優に超えるカネクロールを漏出混入させるに至らしめた。更にまた本件発生に至るまで、日常からその指揮下にあつた脱臭係員その他の担当者らをしてカネミ脱臭装置内でのカネクロールの使用状況を正確に記帳させ、或いは計量等を実施するように指示することなく、従つてカネクロールの使用状況の正確な把握もその減量の発見も殆んどなしえない状態のまま右管理を放置し、特にその漏出の予測された六号脱臭缶修理後の運転再開に際しても、地下タンクにおけるカネクロールの計量等を別段実施することなく、その異常減量の事態を看過するなどの過失により、前記のような多量のカネクロールが漏出混入していることに気付かず、同四三年二月五日から同月一九日までの間カネクロールの混入した米ぬか油を製品詰し、その頃出荷せしめたものである。

4  (結果)

よつて、これらカネクロール混入の米ぬか油を購入摂取した別紙被害者一覧表の被害者名欄記載の水俣由紀子外八九〇名に対し、同表発症年月日欄記載のとおり昭和四三年三月頃から同四四年一〇月頃までの間、同表発症場所欄各記載の場所において、それぞれポリ塩化ジフエニール(PCB)による有機塩素中毒症―所謂油症―に罹患させ、もつて同人らに対して各傷害を与えたものである。

第二証拠の標目(略)

第三弁護人の主張に対する判断

一  カネクロールの漏出混入に関する所論について

1  六号脱臭缶蛇管の腐食貫通孔は非開孔との所論について

(一) まず所論は、カネミにおいては、昭和四三年一月三一日頃の六号(旧二号)脱臭缶の修理後の運転再開のための試運転に先立ち、同缶の真空の効きの有無のテスト、所謂真空テストを実施した。もしその際、同缶蛇管の腐食貫通孔が充填物の欠落等により、本件で漏出したとされる量相当のカネクロールが漏出しうる程度に開孔していれば、同蛇管は戻りパイプを通じて大気中に開放される装置構造となつているから、右真空テストのため真空操作を行つても真空が引かず、真空保持も勿論困難となるはずであるのに、その際の右テストの結果、所定の水銀柱三mmまで真空が引き、かつ三〇分間の真空保持もできたのであるから、当時右貫通孔は右の如き開孔をしていなかつたことは明白である。よつて同缶蛇管の腐食貫通孔からのカネクロールの油中への漏出混入はない旨主張する。

よつて検討するに、なるほど、関係各証拠によれば、カネミ使用の三和式脱臭装置はガードラー方式といわれる方法を利用したもので、カネクロールの流れる加熱パイプは脱臭缶より出た後は循環タンクに戻るのであるが、同タンクにある空気抜きパイプで大気に通じているため、右加熱管(蛇管)に熱媒体が循環していない限り同蛇管内は常圧となり、他方蛇管外部の脱臭缶内を真空に引かせた場合、右蛇管に孔等の欠陥がありそこから空気漏れなど起しうる状況にあれば、右蛇管内部と脱臭缶内部との気圧差により右欠陥部分から脱臭缶内に空気が吸い込まれて流入し、真空作業に影響を与えることとなるし、真空が例え引いても、その真空保持が困難となる装置構造であること、カネミにおいては、新しい脱臭缶の試運転時には、真空テストと称して先ず脱臭缶の真空作業をし、真空が所定の真空度(通常水銀柱三ないし四mm、到達真空度ともいう)まで引いたことを確認した後試運転にとりかかつていたこと、昭和四三年一月三一日修理を終えた六号脱臭缶の運転再開に先立ち実施した最初の真空テストにおいては水銀柱五〇mmからなかなか引かないため、同缶外周のボルト、ナツト等の締めつけ等の点検をしたのち、同缶の真空バルブを締めて同缶内に前示水蒸気吹込孔から水蒸気を吹き込んで同缶からの水蒸気の漏れの有無をみたところ、同缶底部に取付けてある飛沫油(ロス)取出用パイプの付根付近からの漏れに気付き、同所の保温材をはぐつてみると、同所付近の同パイプと同缶外筒との溶接個所に三ないし四cmの亀裂を発見したこと、そこで同個所を溶接修理後再度右同様の水蒸気を吹き込んで検査を行つた結果同個所からの漏れが止つたことを確認したのち、再び同缶のみの真空テストを行つたところ、今度は所定真空度まで引いたのを確かめ、引続き同缶の試運転を行つたこと等が認められ、蛇管が開孔してカネクロールを漏出するような欠陥ある場合に、右真空テストによりそれを発見しうる可能性がある場合もあることは窺い知ることができる(なお、右ロス取出パイプの亀裂が肉眼で見えないほどの微少なものであつた旨の主張は当たらない。何故なら右認定のとおりその亀裂は三、四cmにも達し、しかも三cm程度の厚さの保温用材で付近がすべて覆われているため肉眼でその亀裂をみることが容易でなかつたに過ぎない)。

併しながら、証人岩田文男に対する昭和四六年一一月一六日付の、同坂倉信雄に対する同月一七日付の、当裁判所の各尋問調書、第三五回及び第三七回公判調書中の証人宗像健の、第八六回公判調書中の証人竹下安日児の各供述部分、篠原久外作成の鑑定書、宗像健作成の鑑定書被告人森本の当公判廷(第一二〇回)における供述によれば、岩田設計の脱臭装置で脱臭缶に真空を効かせる本来の目的は、脱臭作業中に同缶内に吹き込まれる毎時一〇kgの生水蒸気の排気のためであるところ、その排気能力は右吹込量相当の排気量にさらに安全分を加えて余裕をもたせた設計となつており、ある程度の気体、液体等の脱臭缶内への漏入があつても右排気能力の範囲内であれば、同缶内の真空の引きにさして影響はないように設計製造されていること、特にカネミの真空装置は脱臭缶二基用として発注されたものであるが、その製作が優れ、実際はその一・六倍もの能力があつたうえ、カネミにおいて三缶同時運転方法をとるに際してこれに更にブースター一基を加えてその能力を増強し、六缶同時運転をするに至つた時期(この場合は脱臭中の缶が同時に四缶となり、この四缶に吹き込まれる水蒸気を同時に排気させる必要を生ずる)まで、右真空装置のままで真空作業が可能であつたほどの能力があつたこと、従つて右は少なくとも毎時三〇kgを超える水蒸気排気能力であつたこと、宗像鑑定人の試算によれば、八〇分を一脱臭サイクル、蛇管の内外差圧約一・三四kg/cm2として一バツチ当り一一七kg(カネミ装置から想定しうる最大漏れ量であり、実際は後示のとおりかかる多量の漏出はありえない)のカネクロールが蛇管から漏出しうるに要する蛇管貫通孔は、最大径一・七mmの孔一個(これに対し同じく想定しうる最少漏れ量八・九二kgの場合は同じく径〇・四七mm孔一個)で充分であり、同程度の孔から空気が漏れるとした場合の空気漏れ量と右真空装置の排気能力との比は三・八%(右最少漏れ量の場合は〇・三%)程度であり、これは所定時間内で真空を引かせるとき所定真空度より若干引きが悪い程度の影響を与えるに過ぎないこと、右試算に従つて、実際の一脱臭サイクル一二〇分、一バツチにおける漏れ量を後示の全漏出量と対比して最大五〇kg程度にみると、これに必要な貫通孔は最大径約〇・九mm孔一個で足り、排気能力比の一%程度の空気漏れ量にしかならないこと等が認められ、これによると真空テストによる脱臭缶からの空気等の漏れ発見の可能性は、真空装置の能力、その漏れ量などの条件に左右される関係にあることが判明するところ、右最初の真空テストの際は、ロス取出パイプ付根付近の亀裂もあつて、開孔した腐食貫通孔との相乗作用によつて右真空能力を超える空気漏れ量となつたため所定真空度まで達せず、再度の真空テスト時には、右ロス取出口の亀裂補修によりその漏れ量が右能力範囲内に止つたため、右所定の真空度に近い程度にまで一応真空が引いたものとの推認が可能である(このことは右ロス取出口の亀裂と本件漏出量相当のカネクロールが漏出するに要する貫通孔の大きさとの対比上も明らかである)。特に、被告人森本の昭和四五年一月三日付検面調書、第一三回公判調書中の証人川野英一の、第六〇回公判調書中の証人樋口広次の、各供述部分によると、再度の真空テストの時には、その直前に前示再度の水蒸気吹込みによる漏れ点検を行つており、従つて多量の水蒸気が同缶内に充満していたところ、かかる場合には到達真空度にするのに通常時(缶内に水蒸気がない場合)に比してかなり時間を要すること、即ち通常は脱臭缶一基で一時間を要するところを、一時間半位もかかること、右到達真空度も実際は水銀柱三ないし五mmとその許容度に若干の幅があるうえ、真空ゲージの目盛は見る人により同〇・五mm程度の誤差が通常存することが認められ、これらによると、再度の真空テスト時には真空到達時間やその真空度につき厳格な配慮がなされず、或いはまた、そのテスト前に脱臭缶のボルト締め等の点検も実施しており、そのうえロス取出口パイプ付根の前示亀裂の補修がされ、再度の水蒸気吹込みによつて、同個所からの漏れが止つていることを確認していることもあつて、右再度の真空テスト時においては安易感も生じ、細心の注意を払つての点検を怠つた可能性が十分考えられる。所論は、再度の真空テスト時には、真空到達度をみたほか更に同到達後六号脱臭缶の真空バルブを止めて三〇分間右真空の保持状態をもみたが異常はなかつた旨主張し、第一四回公判調書中の証人川野英一の供述部分、被告人森本の当公判廷(第一二二回、一二六回、一三〇回)における供述中には、右に副う供述も存する。併し、右認定の再度の真空テストに至るまでの経緯、特に再度の真空テスト時にはその到達真空度に達するだけでも一時間半以上かかるうえ、これから更に真空保持をみるためには三〇分を要すること、右二度の真空テスト時は当日の他の脱臭缶全缶の作業を中止していた事実等に加え、証人川野英一は第一三回公判調書中四九六項以下において、脱臭缶の増缶時の真空テストにつき、「真空が完全に引いたら(真空)バルブを締めることはしない」、「真空テスト時真空バルブを締めて真空の落ち具合を見るということをやつたことはない」、「増缶時の真空テストと毎週の作業開始時の真空作業とは大して変りはない」等の各供述をしており、また証人樋口広次(第四三回公判調書二一九項以下)も、真空が所定の三mmに引けば合格とし、引続き試運転に入る旨供述し、さらにまた、被告人森本も当公判廷(第一二六回一一四項以下、一三〇回二一一項以下)において、(六号)脱臭缶修理後は、真空バルブを締めて真空保持をもみるのが普通だが、これでは非常に時間がかかるので、修理個所に石けんをぬり、生蒸気を吹き込んで修理の出来具合及び脱臭缶からの漏れをみてその後真空を引かした旨供述(同供述はさらに真空保持もみたと供述を続けるが、これは右供述の脈絡等に照し極めて不自然な矛盾ある内容であり、この点は措信し難い)している事実等も併せ勘案すると、むしろ通常の脱臭缶増缶時さえ右真空保持テストは実施してなかつたと推測され、前示経緯により長時間を要した後の再度の真空テストに際し、更に時間のかかる真空保持テストまでも実施したことはなかつたものと認めるのが相当であり、これに反する前掲各供述は真空テストの本来の方法、建前を供述したに過ぎないものと解され措信しがたい。結局再度の真空テストの内容は、右認定の諸事実に照らすと、同テスト前真空保持テストに代えて行つたとみてよい生蒸気吹込みによる修理個所からの漏れテストで異常のないことを確認し、これにより最初の真空テスト時にあつた空気漏れが解消されたものと判断したため、その後の再度の真空テストは六号缶の試運転開始のために必要な通常の真空作業と同じ操作を行つたに過ぎないものと解するのが相当である。そうしてカネミにおける所謂真空テストは、後にも判示するとおりその蛇管の欠陥を発見する方法としては間接的で不十分な方法と考えられる。

以上のとおり、カネミが実施した六号脱臭缶修理後試運転前の同缶の再度の真空テストによつてその真空に異常がなかつたことをもつて、同缶蛇管の腐食貫通孔の所謂開孔が存しなかつたこと、従つてカネクロールの米ぬか油中への混入がなかつたことを主張する本件所論は、右認定の諸事実に照らし、失当といわなければならない。

(二) 次に所論は、六号脱臭缶蛇管の腐食貫通孔の充填物に欠落、亀裂、多孔質化等を生じたことはなく、従つて同孔が開孔したこともない。何故なら、同缶の外筒修理に伴う各作業すべてを通して、右充填物が欠落等を生ずるような衝撃等を同缶ないし同蛇管に加えたことはなく、特に、検察官が右欠落等発生の衝撃が存する有力な論拠とする飛沫油取出パイプ付根付近の亀裂の存在は、同缶の据付直前頃カネミ営繕係員のなした同パイプの取替えの際の溶接ミスによるものであつて、その据付時等の衝撃によるものではない。それに、本件発生後、宗像健外九州大学のカネミ事故調査班によつてなされた調査、鑑定等のための各種作業、即ち同脱臭缶に対する度々の加圧テスト、蛇管採取のための脱臭缶の据付場所からの取外し、電気溶接器や金切鋸などによる内槽内の蛇管及び取付金具の切断、採取蛇管の切断や縦割り等の各作業においても、右外筒修理時以上の各種の衝撃等が加えられているにも拘らず、同蛇管の腐食貫通孔の充填物の欠落等が生じていなかつた事実に徴しても、注意深くなされたカネミの右修理時の各種作業によつて、右欠落等が生ずることはなかつた旨主張する。

先ず、飛沫油取出用パイプ付根の亀裂につき検討するに、第九七回公判調書中の証人坂本亀太郎の、第九六回公判調書中の証人石田久雄の、各供述部分並びに被告人森本の当公判廷(第一一四回)の供述中には、右所論の溶接ミス説に副う部分もあるが、その主張のように、修理を終えた六号脱臭缶の据付前の右ロス取出し用パイプの取替えの事実が、直ちに右溶接ミス説につながるわけではない。何故なら、前掲坂本亀太郎の供述部分によれば、同脱臭缶の据付前その架台に乗せる前に、架台横、カネミ本社工場の車庫前に同缶が横倒しにされた状態で右取替え作業を行つたことが認められるから、その据付時に架台等に同パイプを衝突させる等、衝撃を受ける可能性は依然消失したわけではない。しかも、前掲証拠並びに石田久雄の検面調書、第二鉄工係日誌(証一八号)によれば、実際に右ロス取用パイプの溶接を担当したとされる坂本亀太郎自身、同人の上司であるカネミ事業部営繕課長石田久雄から、右修理後七年も過ぎて、しかも本件発覚後右坂本が本件証人として当裁判所で証言する直前頃に、右亀裂のあつたことを教えられたうえ同人の誘導的な言動によりやつと修理したことのみ記憶喚起するに至つたに過ぎず、それまで溶接ミスの存在を知らされたり、その責任を問われたりしたことは全くないこと、その他カネミ社内で右溶接ミスが話題とされたことも一切なかつたこと、右石田はその検面調書では右パイプの亀裂は同脱臭缶の運搬時又は据付時にどこかにぶつつけて生じたと思う旨供述していること、にも拘らず、前示証人としての供述では、その供述直前、カネミの各種現場作業日誌を検討した結果前掲第二鉄工係日誌の昭和四二年一二月一六日(六号脱臭缶を据付けた日)の同日誌に「脱臭缶一部補修」との記載があるのを発見し、これを根拠に、突然、これが右ロス取用パイプの取替えであり、真空テスト時の同パイプ付根の亀裂は右補修時の溶接ミスによる旨証言するに至つたこと、等が認められ、これらの事実に照らすと、右溶接ミス説はいかにも不自然たる感を免かれず、本件発覚後、右石田において考え付いた単なる思い付き的な判断ではないかと疑う余地も十分にあり、容易に信用し難い。以上に照しても同パイプ付根の亀裂は同缶据付け時の衝撃等により生じたものと考えるのが相当であり、右亀裂の存在は、これと同様同種の衝撃を同缶の他の部分も受けている可能性あることを推測しうる十分な事象となりうると解する。

次に鑑定等の作業時の各種衝撃との対比につき案ずるに、その際所論のような各種衝撃が加えられたが、その孔充填物が欠落しなかつたことは関係各証拠により充分認められる。これによればなるほど右は同充填物の強固さ、欠落等の生じにくさ等の有力な裏付けとなるものであろうが、右充填物の欠落等の生起は、それに加わる力の方向、態様、強さの程度、当時の充填物の状態、環境等に左右されるものであり、特に同脱臭缶蛇管は外筒腐食による運転停止から再開までの間約二月放置されていたため、その充填物中の揮発性物質の揮発などによつて充填物が乾燥し、欠落や亀裂、多孔質化を生じ易い状態にあつた事情にもあつたから、全く同じ衝撃が加わつたり、同じ環境下にあつたのではなく他の鑑定作業時等において孔充填物が欠落等しなかつたことをもつて、本件修理時の同充填物の不欠落等を決定づけることは必ずしも相当とはいえず、結局は可能性の問題に止まることになるから他の諸般の事情をも考慮して判断せざるを得ない。

結局、第一、五の4及び5で判示のとおり、本件のカネクロールの米ぬか油中への混入時期が、六号脱臭缶の外筒修理後運転を再開した日から短期間に限られているうえ、同缶に右運転再開後特段の衝撃が加わつた事跡もなく、また同缶以外の脱臭缶蛇管には貫通した腐食孔もないし、他にカネクロールを油中に混入させるような欠陥も存しなかつたこと、同缶蛇管にのみ多数の腐食貫通孔が存在したという重大な事実、さらに同孔を閉塞していた充填物も西洋紙片、爪楊枝などで容易に除去できる軟かな部分も存し、また同孔が閉塞状態にあつた場合でも全く閉塞されていたわけではなく若干の空気が漏れる余地が残つており、しかも流動的で不安定な状態にあつたし、前示のとおり想定しうる一バツチ当りの最大漏れ量一一七kgの際でも、直径一・七mmの貫通孔一個が開孔すれば足りたものであること、被害者らの使用残油の米ぬか油中のカネクロールは脱臭操作を受けていること、等を綜合すると、本件カネクロールの米ぬか油中への混入は、六号脱臭缶蛇管の腐食貫通孔から漏出混入したもので、故に同孔の生成過程で遂次これを閉塞してきた孔充填物が右修理の機会に欠落、亀裂、多孔質化のいずれかを生起したものと推認するのが合理的と考えられる。これに反し本件カネクロールの漏出、混入につき六号脱臭缶内にあるカネクロールパイプのフランジ(継ぎ手)部分から漏出したものとする所謂フランジ説や人為投入説等も証拠上存するが、その内容自体及び前示蛇管漏出説の対比において不合理であり、採用し難いものと解される。

よつて、この点に関する所論も相当ではない。

2  カネミの脱臭装置からのカネクロールの異常な消失の事実は存在しなかつたとの所論について

(一) まず所論は、本件カネクロールが漏出したとされる時期に近接する昭和四三年一月及び二月のカネミにおけるカネクロールの補給は、その頃なした脱臭缶及び加熱炉の増設ないし運転基数の増加に伴つて必要とされる量、並びにその後カネミが操業停止を受けて脱臭装置の運転を中止するまでの間の自然消耗量(脱臭缶一基につき月一〇ないし一五kgである)に見合う量の補給であつて、前期時期におけるカネクロールの異常消失はなく、従つて、その頃六号脱臭缶蛇管からのカネクロールの漏出もなかつた旨主張する。よつて検討するに、

(1) 増設等に伴うカネクロールの必要量について

被告人森本の当公判廷(第一一五回)における供述、関係各証拠により認定した別紙図表三の3、同九の1、同一〇の3に記載のカネミ加熱炉加熱管、脱臭缶蛇管、外部配管等の各サイズ等によれば、別紙計算書第6の〈3〉、〈4〉に記載のとおり、加熱炉一基増加運転に要するカネクロール量はカネミ旧炉で八〇キログラム、脱臭缶の一基増設使用の場合の右量は五号脱臭缶で約三七kg、六号脱臭缶で約四一kgであることが認められる。また、第五回公判調書中の証人川野英一の供述部分、宮城朝雄(二通)、白石薫の司法警察員に対する各供述調書、被告人森本の当公判廷(第一一四、一一五回)における供述、精製日報(証第八号の6、7)によれば、同計算書第6の〈5〉に記載のとおり、昭和四三年二月末頃、カネクロールの漏れの激しかつた六王ポンプを、修理を終えた横田ポンプに取り替えたが、そのポンプの一基取り替えに要するカネクロール補給量として三〇kg程度必要なことが認められ、以上の事実に第一の五、3、(四)、(イ)に判示の装置増設等に照らすと、同年一月から操業停止の同年一〇月に至るまでの間の自然消費量以外の、装置の増設変更等に伴うカネクロールの補給必要量は、同年一月の加熱炉(旧炉)一基増加使用開始及び脱臭缶二基増設に伴う合計約一六〇kg、同年二月末のポンプ取替えに伴う三〇kg、同年三月上旬の旧炉の焼付事故(事故発生及びその時期については、被告人森本の当公判廷―一四四回―における供述により認める)による補給必要量八〇kg、以上合計二七〇kgとなる。

(2) 自然消耗量について

関係証拠によれば、カネミの脱臭装置において、これを循環するカネクロールは、正常運転時においても、循環ポンプやカネクロールパイプのフランジ、バルブ等からの漏出は避け難く、また空気抜きパイプから蒸発によつて減少するなどその自然消耗は常に存する。カネミではカネクロールの計量や使用状況の記帳等により右消耗量を掌握することをしなかつたため、右自然消耗量に見合つてカネクロールを定期的に補給することをしてきたわけでないので、カネミにおける右消耗量を直接知る方法はない。ただ、昭和四二年度の精製日報(証第八号の6)によると、カネミにおけるカネクロールの使用、購入等につき同年二月以降右日報に記帳が始められていることが認められ、同日報記載のカネクロールの使用量を手掛りに右消耗量を検討することができるところ、同日報に記帳の同年二月から一二月までのカネミにおけるカネクロールの使用量から求められる自然消耗量は、別紙計算書第6、〈2〉に計算のとおりであり、脱臭缶一基につき毎月六・二五kgとなる。尤も関係証拠上、循環ポンプの故障等がなく脱臭装置が極めて順調に運転されていたとみられる同年三月から九月までの間でみると、総使用量一六五kg、これから九月四日四号脱臭缶運転開始に必要な量四〇kgを控除し、これをその間の脱臭缶の延缶数二二缶(九月分のみ四缶、他は三缶で計算)で除した値五・七kgが右自然消耗量となる。所論は、右自然消耗量の計算につき、同年一〇月頃の循環ポンプの故障による漏出に伴う補給とみられる同月分一二〇kg、その他四号脱臭缶増缶分に応じた補給量をも合せた値を総使用量として計算の基礎とすべきで、右計算上これを控除すべきでないと主張するが、かかる異常消失等を所謂自然消耗量の計算資料より除外すべきことは当然である。

他方三和における自然消費量につき、萩生田徳四郎(昭和四四年五月二六日付)、居鶴庄三郎の司法警察員に対する各供述調書によると、脱臭缶二缶一セツトで月一〇kg弱、或いは、二セツト四缶で月二五kgである旨各供述しており、これによると一缶につき月約五、六kgに相当し、右認定とほぼ符合する。なお同じく三和社員花輪久夫(証人)の当公判廷における供述には、右消費量につき三和では毎月一缶一個(二五kg相当)であつた旨供述しているが、それが一セツトについてであるのか二セツトについてなのか趣旨不明であるも、右二名の各供述に照らすと二セツトについてとみるのが相当であり、そうすると前示カネミの認定量と全く一致する。カネミの社員たる被告人森本(当公判廷での供述、司法警察員に対する昭和四四年六月四日付供述調書)、樋口広次(第四一回、第六〇回各公判調書中の同証人の各供述部分)は、カネミの右消耗量につき一缶当り月一〇ないし一五kgと述べ、所論もその旨主張するが、右供述は実際の使用量や使用状況により割り出された値ではなく、三和社員からそう聞かされた旨の供述に過ぎないものであり、しかもその割合でカネミでカネクロールを補給していた事跡も窺いえず、前認定の各事実に徴しても信用し難い。

以上認定のカネミの脱臭装置運転に必要なカネクロール量に、昭和四三年度精製日報(証第八号の7)、同年一月、二月、三月分の各試験日報(証第一四、一五、一六号)、被告人森本の当公判廷(第一一五回)における供述によつて認められる、同年度のカネクロールの使用状況及びその量、脱臭缶の運転状況及びその缶数等を併せ考慮すると、別紙計算書第6の第10表記載のとおり、同年一月初めから一〇月一五日(操業停止日)までの間のカネクロールの自然消耗量約三三三kg、増設等による必要量約二七〇kg、合計約六〇〇kgに対し、右期間における補給カネクロール量約八〇〇kg、その差約二〇〇kgが必要以上に補給された量となる。尤も、右値は同年一月当初の使用中のカネクロールの過不足や循環ポンプから現実に漏出したカネクロール量に左右されるものであり、特に同年二月にも同ポンプの故障によりその漏れが激しかつた事実が存するのであるから、右過剰補給量から直ちに漏出量を推算することは困難であるが、第四一回、第四二回、第六〇回の各公判調書中の証人樋口広次の、第五回公判調書中の同川野英一の、各供述部分によれば、ポンプから漏れたカネクロールは、通常はポンプ下の受皿に樋を付けて地下タンクへ流入するよう誘導したり、空缶を置いて漏れを受けるなどしてそれを回収していたし、特に漏れの激しかつた同年二月中旬頃から横田ポンプに切り替えた同月二六日頃までの約一〇日間は右樋と空缶との双方を用いて漏れを回収していたことが認められるから、蒸発、飛散、あふれ出し等によりなお回収不能の部分もあるとはいえ、その大部分は回収できたものと推認されるから、循環ポンプからの漏出による損失がさほど大量とも考えられず、また前掲証拠その他関係証拠によれば、修理から戻つてきた横田ポンプに切り替えた右二月二六日以降は、ポンプはほぼ順調に運転されていたことが認められ、これをも考慮すると、右期間における循環ポンプの故障等による異常なカネクロールの漏出量は、大きく見積つても一〇〇kgを超えことはないものと推測されるので(右数値は、一斗缶四杯分もの多量のカネクロール量であり、右短期間にかかる多量の漏出は考えられないが、同四二年一〇月の同ポンプグランド故障に伴う一二〇kgの補給を一応の目安としたもの、唯この場合はポンプの取り替えを二度にわたり実施しているので、それに必要な約五〇ないし六〇kgを控除する必要がある)、従つて、これを考慮に入れるとカネミのカネクロール過剰補給量は少くとも一〇〇kg以上で二〇〇kgは超えない値となり、概ね一五〇kg前後と推認される。他方、司法警察員作成の昭和四三年一二月三日付捜索差押調書、被告人森本の当公判廷(第一一五回)における供述によれば、カネミの操業停止後捜査官により地下タンク内で計量されたカネクロール残量は六八〇kg、これに地下タンクに落ちきれず脱臭装置内に残留した量をも加算すると、その当時カネミの脱臭装置内残留のカネクロール量は約八三〇kgであること、この量は加熱炉二基、脱臭缶六基その他当時カネミが運転していた脱臭装置を正常運転するに相当な量であつて、同装置内に余剰のカネクロールは存しなかつたことが認められ、この事実に照らすと、右過剰補給量(約一五〇kg)相当のカネクロールが、前示の漏出期間内に六号脱臭缶蛇管より漏出消失したものと推認することができる。

ちなみに、被告人森本の当公判廷(第一一五回、一二六回)における供述によれば、本件発生当時のカネミの加熱炉二基、脱臭缶六基その他による脱臭装置で、その運転のために循環タンクに要するカネクロール量は最低一〇〇kgで三〇〇kgもあれば順調に運転できることが認められ、同装置上装置内の余剰カネクロールは同タンクに貯留するものであるところ、昭和四三年二月中旬頃における前示過剰補給量は、同月一八日までに二月補給分二五〇kg全部が補給されている(被告人森本の当公判廷における供述及び精製日報証第八号の7により認める)から、約二六五kgとなり、これは右循環タンク総容量(摂氏二〇〇度のカネクロール約八〇〇kgを容れうる)に対比して、その約三〇%にも達する量に相当し、これは最低運転可能な同タンク内必要量の二・六倍にもなるのであつて、同年一月一五日から三一日まで同様加熱炉二基同時運転したにも拘らず、さして大量補給せず一応順調に運転できていたことに照らしても、かなり過剰な補給であつたと考えざるを得ない。所論は、右過剰補給量に相当する分は、同年五月から七月までの間、補給を全くしておらず、その間の自然消耗量に見合う量である旨述べるが、その主張にかかる自然消耗量自体失当であること前示のとおりであるのみならず、同年三月と四月にもカネクロールが補給されている事実に照らしても、前後矛盾する。即ち、二月時点でその後の三ヶ月分まで予め補給されていたとするならば、その後の三月、四月に装置運転不調(カネクロールの不足を原因とする)を理由に更に別途補給する必要はないはずである。しかも被告人森本の当公判廷(第一一五回)における供述、前掲の昭和四三年度精製日報、その他関係各証拠によると、本件発覚後カネミの現場各帳簿(例えば試験日報、ウインター作業日誌等)は同係員らにおいて諸所改ざんされており、同様に右精製日報上の同年八月三〇kg、九月二〇kgの各カネクロール使用欄の各記載も書替えられていること、同日報のカネクロールの使用欄の記載は現実の使用の都度しかも正確に計量されて記帳されていたものではなく、棚卸的に各月末その他帳簿の集計日等に、その購入量とドラム缶等の中の残量を目分量でみたその大まかな数値との差を使用量として記帳するなどしていたもので、杜撰な方法であつたことが認められるから、同日報及び前掲捜索差押調書上同年四月末から一〇月一五日までの間五〇kg使用されたことは明らかであるものの、右八、九月分の使用合計五〇kgについて果してこれが右八、九月に真実そのとおり補給がなされたのか、また同年五月から七月まで全く補給がなされなかつたかどうかについても疑問の存するところであり、右所論も措信し難い。

以上のとおり、昭和四三年一月三一日から二月中旬にかけて異常に多量のカネクロールが補給されたことは明らかであり、しかもこれが本件脱臭装置内に残留してなかつたのであるから、その大量の異常消失が存在したことも充分推認できる以上、この点に関する右所論も失当である。

(二) 次に所論は、カネミにおける本件カネクロールの米ぬか油への混入が検察官主張のとおり本件蛇管からの漏出によるものとすれば、その漏出量は、カネクロールの混入している患者使用(事故油)残油から検出されたカネクロールの含有量(PPM)と漏出期間中のカネミの製品出来高とから算定しうるので、これにより計算すると別紙図表一六のとおり、総漏出量七〇〇kg余りとなる。かかる多量の漏出があるとすれば、正常運転のため装置内に必要とされる約八三〇kgの大部分が漏出し運転不能となるに拘らず、右期間は勿論、本件発覚時まで約八ヶ月間正常な運転を継続したこと、しかも操業停止時同装置内になお八四〇kgものカネクロール残量があつたことと全く矛盾する。従つて検察官の右所論は失当であり、本件事故油中のカネクロールは、本件蛇管から漏出混入したものではない旨主張する。

よつて検討するに、

(1) 右所論の混入量の計算は、ある特定の漏出日の製品にはすべて均等に同比率のカネクロールを含有しているとの前提をとるものであるが、この点で既に失当である。即ち、第一五回、一六回、三八回、三九回各公判調書中の証人角谷正義の各供述部分、被告人森本の当公判廷(第一二一回)における供述、その他脱臭、ウインター各工程に関する関係証拠によれば、脱臭を終えた米ぬか油が製品詰されるまでの間、白絞油及びサラダ油であれば脱臭油受一〇トンタンク、結晶タンク(一トン)、綿布円筒袋下の受舟(容量八ドラム)、仕上タンク(一トン)、その下の受舟、加熱混合タンク(一トン)さらに各種製品タンク等で他の脱臭缶の脱臭油等と混和されることが認められ、六号脱臭缶でできたカネクロール混入油が希釈されることは明白である。しかし他方、吉村英敏作成の昭和四五年四月二七日付鑑定書によれば、カネクロール混入の事故油(患者使用残油)と正常な米ぬか油とを同一ビーカーに入れて実験した結果では、ウインター工程の結晶タンクにおける冷却油温である摂氏五度では、一週間経過後も事故油はビーカー底部に層をなして存し混和しないこと、同じく加熱混合タンクにおける加熱油温に相当する同四〇度では、五分経過後位からその混和が開始することが認められ、これに、カネクロールの密度(摂氏三〇度で一・四五kg/m3)が米ぬか油の密度(常温で約〇・九二kg/m3―JIS規格)よりはるかに重いこと、ウインター工程や製品詰工程における作業方法等を勘案すると、六号缶でできたカネクロール混入油が他缶の脱臭油と一律に混和されるものとは考えられない。この点については更に、塚元久雄作成の昭和四四年六月二五日付回答書抄本、同人外作成の同年九月四日付鑑定書、司法警察員作成の「鑑定物件の採取について」と題する書面、「カネミビン入油総塩素量」と題する書面(証第一四五号)、第四七回公判調書中の証人吉村健清、同柳ヶ瀬健次郎の各供述部分によれば、事故油中、同じ日に作られた同種の米ぬか油製品であつても、その含有するカネクロール量は、同一検査方法によるも誤差以上のばらつきがあり、必ずしも同一ではないこと(例えば二月五日、同月八日、同月一〇日、同月一一日の各製品)が認められ、この事実に照らしても、右カネクロール混入油が一律に平均して混和されるものでないことが明白である。

(2) また、所論の同計算は、漏出カネクロールが脱臭操作による蒸留作用を受けることによつて生ずる減少量比を11/12、従つてその残留量を1/12として行つているが、この点も正しくない。即ち、右1/12の値は篠原久外作成の鑑定書作成のため、宗像健らにより鑑定作業の一つとして行われた水蒸気蒸留によるカネクロール減少量テストの結果による値であるが、同鑑定書、塚元久雄作成の昭和四五年一月一二日付回答書、第四九回公判調書中の証人吉村英敏の、第九三回公判調書中の同竹下安日児の各供述部分によれば、右減少量テストは、予め四〇〇lの米ぬか油に未使用の新しいカネクロールを混合した油(混入油)を準備し、これを当初から脱臭缶内槽に張り込んで通常の工程どおりの脱臭作業を行つて結果をみたものであり、実際の脱臭工程におけるカネクロールの混入は右工程の全時間帯を通して徐々に起つているものである(従つて漏出後殆んど脱臭操作を受けずに冷却缶へ落されてゆくカネクロールもあることとなる)のと異なり、脱臭工程の全時間蒸留作用を受けることとなるから、右現実の混入カネクロールに比しかなり長時間の蒸留を受けたこととなること、右テスト使用のカネクロールは前示のとおり未使用の新しいものであるのに対し、実際漏出したとみられるカネクロールの大部分は長期間使用済の古いものであること、カネミ使用のカネクロール四〇〇は塩化ジフエニールの混合物であつて、塩素結合数の少ない三塩化ジフエニール等の低沸点のそれと、五、六塩化ジフエニール等高沸点のそれとが混在し、カネクロール四〇〇が蒸留作用を受けたり、過熱されると当然のことながら低沸点部分のそれから蒸留されて減少し、高沸点のそれが残留することとなること、従つて、長年使用し、それを一定期間毎にすべて取替えることをしなかつたうえ、常時過熱していたカネミ使用の古いカネクロール四〇〇は、その低沸点部分につきかなり蒸発作用等により減少し、高沸点部分の占める割合が新しいカネクロールに比しかなり大きくなつており、従つて蒸留作用を受けにくくなり、それによる減少量も少なくなつていること等が認められるから、カネミの事故油については右テスト結果の残留量1/12より多い割合のカネクロールが蒸留されずに米ぬか油中に残留していたものと推認される。

(3) 更に、所論の計算はその算定資料たる製品出来高につき過大な数値を用い、その結果カネクロール漏出量が必要以上に多量に計算されている。即ち、第一五回及び第一六回公判調書中の証人角谷正義の各供述部分、精製課ウインター日誌(証第四二号)によれば、昭和四三年二月五日(カネクロール混入油が初めて冷却タンクから払い出され、製品詰された日)の製品油中のフライ油は、そのすべて一〇・四D/mが、同日より前に結晶タンクから払い出された分(従つてカネクロールを混入してない)、或いは、同年一月三一日より前に中性油タンクに仕込まれた分の脱臭油であること(同日夜からカネクロールが蛇管より漏出を始めたのであるが、中性油の夜間仕込分は通常その翌日の日報に計上するシステムがとられていたから、同日のウインター日誌に計上してある中性油一五D/mの受入は、同日の昼間の作業分か前日の夜間分ということになり、二月五日製品に使用の中性油へのカネクロールの混入はありえないこととなる)、また二月五日製品の天ぷら油についても、同日冷却タンクから払い出された四四D/mの総油量中一二%即ち約五・三D/mがその日に得られる天ぷら油であるから、同日の天ぷら油の出来高二三D/mから右を控除した一七・七D/mは同日より前に払い出された、カネクロールを含まない天ぷら油ということになること、従つて、同日製品の天ぷら油中のカネクロールの混入は極めて希薄となること、そうしてこれらフライ油及び天ぷら油は白絞、サラダ油等とは大部分異なる製品詰工程を経るから、当日これら全部の油が混和することは殆んどないこと、等が認められ、同二月五日の製品出来高から右フライ油一〇・四D/m及びカネクロールの混入していない分の天ぷら油一七・七D/mを控除して、所論の手法による漏出カネクロール量を試算してみると、二月五日分のみでも所論の計算値と一五〇kg以上もの相異が出てくる。

以上の諸事実に照しても、所論主張のカネクロール漏出量の計算は妥当ではなく、これを前提とする本件所論も採用の限りではない。結局本件六号脱臭缶からのカネクロールの漏出量は前項(一)及び別紙計算書第6に各記載の方法により、その概数を推算する以外にはない。

二  予見可能性に関する所論について

1  カネクロールの毒性について予見可能性なしとの所論について

所論は、本件発生当時頃は、いまだPCBの毒性については、国の内外を通じ極く限られた専門家や研究者によつて調査研究が行われていたに過ぎず、かつその研究内容等も一般への紹介、或いはPCBの使用者等への紹介、警告等一切なされていないという時代的背景にあつて、油脂化学工業に従事する者は勿論油脂化学の研究者にあつても当時はその有害性を知つていなかつた。却つてPCBの使用範囲は極めて拡大され、多くの用途にわたり、特に優秀な熱媒体として推奨されもし、国においてもこれに何らの規制をも加えず野放しの状態にあつた。被告人森本は、三和式脱臭装置がカネミに導入されるに際し、同装置の設計者岩田文男や三和社員らからカネクロールの有害性につき心配ない旨の説明を受けていたし、その後取り寄せて閲読した製造元鐘淵化学発行のカネクロールカタログも、その安全性を強調する記載のみで、実質的に無害で安全であるように受け取られるような説明がなされていた。従つて、かかる程度の情報しか受けていない被告人森本にとつては、カネクロールが有害であることの認識を持ちえなかつたのはしごく当然であり、また右のとおりの当時のPCBの研究解明の段階では、同被告人ないしカネミにおいて、自らその有害性に関する情報の収集を行うことも困難で、これを知ることは客観的にも不可能であつた。よつて、被告人森本には、カネクロールが人体に有害な物質であることの認識はなかつたし、その認識の可能性もなかつたものであり、従つて本件結果の発生の予見可能性は全くなかつた旨主張する。よつて検討するに、

(1) 他に情報の提供なき限り、五官の作用によつて食品の有害性を判別する以外に有害食品に対する防備手段をもたない一般消費者に対して、その製品を提供する食品製造業者としては、その製造にかかる食品の安全性を保障して提供すべきであることは論をまたないところである。故に、食品製造に従事する者としては、その提供する食品または食品添加物につき、単にそれに毒性ないし有害性がないというに止まらず、それが摂取されても安全であるという積極的保障のもとに製造販売すべきものとしても決して過酷な義務や要求を押しつけるものとはいえないであろう。まして本件においては、後記のとおり、食品に混入したカネクロールを有害な物質と解釈すべき手掛りとなる諸々の資料が存在したのみならず、このカネクロールは食品添加物ですらないのは勿論、偶々食品製造工程に使用されてはいるものの、熱媒体に使用される工業用品でかつ化学合成物質である。食品衛生法六条によれば、この化学合成物質を食品添加物として使用できるのは、国において特に安全性を確認されて指定されたものに限定し、それ以外の「化学的合成品」を食品添加物とする目的で製造販売したり、これを含む食品の製造販売を禁じている。即ち、同法は化学合成物質は、自然醸造物質(岩田文男は、昭和四九年五月一六日の当裁判所における尋問にて、この両者は区別して認識すべきことを述べている)と異なつて、原則として人体に何らかの不良な影響を与えるものとの立場から、特に国によつてその安全性を確認されたもののみを例外として食品添加物とすることを許容するという建前に立つているものと解釈される。従つて、被告人森本らのように食品製造業に従事する者にとつては、その安全性が確認、保障されて食品添加物として国から指定されたもの以外の化学合成物質を食品に添加混入させないようにするのは当然の責務であり、かつ食品業者の基本法的ともいえる食品衛生法に定められた事柄として当然知悉すべき内容のものである。まして食品添加物ですらなく、工業用品にしかすぎない化学合成物質を食品に混入させてはならないことは以上に照らしても明らかである。萩生田徳四郎(昭和四四年五月二六日付)、居鶴庄三郎及び被告人森本(昭和四四年六月三日付)の司法警察員に対する各供述調書に照らしても、人体に不適合で異質な物質であるかかる化学合成物質を経口摂取すれば人体に何らかの影響をもたらすかもしれないという認識、詳述すれば、その具体的な理化学的経緯、理由、態様等は不明であつても人の健康状態に不良な影響をもたらし、或いはその生理的機能に障害を与えるかもしれないという認識は、特段の事情なき限り、容易にもちうるものと考えられるし、かかる結果発生の可能性は決して希有なものとして否定し去ることはできないものと思われる。尤も、証人中山貞雄の当公判廷における供述にもあるとおり、一般的に工業薬(用)品即ち有害とする上位概念は存しないこともまたいいうることであるが、しかし、それは工業薬品すべてが有害であるとはいえないことをいうに止まる。日常、食品ないしその添加物として一般に摂取される物質以外の、しかもその安全性の明瞭でない工業薬品に対して、これを摂取すれば人体に何らかの好ましからざる影響を及ぼすであろうという一抹の不安を持つのが一般人の通常の感覚であろうと思われる。従つて、食品製造に従事する者としては、工業薬品中その安全性が確認されたもの以外の物質については、人体に有害であるとの認識をもつてその業務に従事すべきものであり、これは一般人の認識や社会通念に照らしても、決して飛躍した論理でも、それらに過酷な立場を要求するものでもないと思われる。

(2) 本件についてみるに、被告人森本の当公判廷(第一二二回、一二六回)の供述により、同被告人において本件発生前の昭和三七年頃及び同三九年頃にそれぞれ入手して閲覧していることが認められるカネクロールカタログ(証第三七号、弁証第一〇号)によれば、次のような記載があることが認められる。

(証第三七号証のカタログの記載)

「カネクロールはヂフエニールの塩素化物で……(カネクロール四〇〇は四八%の塩素を含有しており……」(四頁)

「カネクロールの沸点は三二〇度C以上ですが、高温になりますと蒸気圧も高くなり、カネクロールの揮発ロスも大きく、又蒸気は刺戟臭を有し、他の有機化合物と同様多少の毒性もありますので、蒸気を大量に吸うことは避けなければならない……」(六頁)

「カネクロールは芳香族ヂフエニールの塩素化物でありますので、若干の毒性を持つていますが、実用上ほとんど問題になりません。しかし、下記の点に注意していただく必要があります。

〈1〉 皮膚に附着した時は石鹸で洗えば完全に落ちます。

〈2〉 熱いカネクロールに触れ、火傷した時は普通の火傷の手当で結構です。

〈3〉 カネクロールの大量の蒸気に長時間さらされ、吸気することは有害です。

カネクロールの熱媒装置は普通密閉型で、従業員がカネクロールの蒸気に触れる機会は殆どなく、全く安全であります。もし匂いがする時は、装置の欠陥を早急に補修することが必要であります。」(一六頁、取扱の安全の項)

(弁証第一〇号のカタログの記載)

「新しい不燃性熱媒体カネクロール四〇〇はヂフエニールを塩素化し、精製して得られた製品で不燃性……」(一頁)

「カネクロールは脂肪炭化水素の誘導体と異なり、芳香族炭化水素の誘導体である為に……」(一〇頁)

「カネクロールは不活性、非反応性の液体でありますが、芳香族の塩化物である為、若干の毒性はありますが、実用上殆ど問題にならず、この点他の有機熱媒体と大凡似て居ります。併しながら皮膚に液が附着した場合には石鹸洗剤等で洗えば宜しいが、若し附着した液がとれ難い場合には鉱物油、食物油の如き油で先ず洗い、その後石鹸洗剤等にて洗えば完全に落ちます。

若し熱いカネクロールで火傷した場合には普通の油に依る火傷の手当で充分であり、火傷後附着したカネクロールはそのままでも宜しいが、取除く必要があれば石鹸洗剤等と水又は植物油で繰返し洗滌すれば結構です。

装置の欠陥に依りカネクロールの大量の蒸気に長時間さらされることは有害でありますから速かに処置する必要があります。最大安全許容量は二mg/m3でありますが、実際にはこの程度になると匂が強くて作業は出来ません。併しカネクロールの熱媒装置は密閉型の装置でありますし、仮りにエキスパンシヨンタンクより蒸発するとしても低温の為蒸気圧は極めて少ないので問題はなく、従業員がカネクロールの蒸気に接触する機会は殆どなく、匂がする様であれば、装置上の欠陥が……ありますから、速かに修理改造する必要があります。」(一一頁、取扱の安全の項)

以上の各カタログの記載から、これを閲読する者には、カネクロールが熱媒体として使用すべき工業用品であつて、ジフエニールを塩素化した化学合成物質であることは十分理解できるところである。特にカネクロールは芳香族の塩素化物で若干の毒性があることは、右いずれのカタログにも明記されている。そうして、証人岩田文男に対する当裁判所の昭和四九年五月一六日の尋問調書、同榊原寅雄の当公判廷における供述、被告人森本の当公判廷(第一一五回)における供述等によれば、一般に芳香族の物質は毒性が強いといわれ、特に同族のベンゾールは昔から毒性が強いとされていたこと、塩素ガスは戦争中毒ガスにも使われ、産業衛生上人体に不良であることは一般産業界に知られていたことが認められ、これに前記カタログの記載内容とを併せ判断すると、芳香族の塩素化物であるカネクロールが全く安全でないことを認識することは可能であり、右カタログはかかる認識可能な情報ないしその手掛となる資料を提供しているものと解するに十分である。

特に、被告人森本は第一の三1に判示のとおり、旧制工業学校の応用化学科を出て石油会社に通算五、六年の勤務歴を有し、この間主として石油の一般性状その他の検査分析等の職務に従事していたもので、石油の化学的物理的諸性質、或いは人体への影響等につき人並以上の専門的知識を有していたもので、従つて石油系物質が芳香族の物質であるから、芳香族の諸性質についても十分な知識を有していたものと解される。

被告人森本の当公判廷(第一一五回、一二二回、一二六回、一二八回等)における供述によれば、カネミが三和式脱臭装置を導入するに際し、同被告人はカネクロールが塩素化物であり、軍隊時代の経験から塩素ガスは毒ガスに使われた有毒なものであることを知つていたので、その毒性の有無を同装置の設計者である岩田文男に尋ねていること、そうして岩田から人体に影響がない旨の一応の説明は受けたものの、同被告人がこの点につき岩田にあまり執ように尋ねるので、同人からカネクロールカタログを取寄せて閲読するよう奨められ、その後、前掲弁証一〇号のカタログを取寄せ、閲読するに至つたことが認められる。従つて、たとえ岩田に安全であると聞かされても、同被告人において右閲読によつてその毒性に関する疑念を一層持つて、その製造元たる鐘淵化学に問合せる等、その毒性を究明すべき機会も存したのである。

以上の被告人森本の経歴、知識、経験の程度に照らすと、同被告人において、右各カタログの記載内容から、その安全性につき保障がなされているわけではなく、従つて他の有毒な芳香族塩素化物同様人体に有害ではないかとの疑いを持ちうる可能性は十分に存し、カネクロールが人体に無害なものでなく、人の健康に対する安全性の保障された物質ではないことを十分認識しえたものと考えられる。被告人森本は当公判廷(第一一五回)において、被告人ら油脂製造に従事する者は、塩素化物であつても、毒性に関する動物実験等のデーターが存しない限り当該物質の毒性云々はいわない旨供述するが、これまでに述べてきたように、食品製造に従事する者としては、その製造工程に使用される諸種の工業薬品については、その安全性こそ問題とさるべきであり、毒性のデータなき以上安全であるとの解釈をとりえないことは、それが一般消費者との関係で問題となるものである以上、当然のことと思われる。逆説的に述べれば、同被告人のいうかかる毒性概念で結論付けられた無毒性の判断によつて、人体への安全性が決められるとする解釈こそ極めて危険なものであると考えられる。

また更に、樋口広次(昭和四四年一一月五日付、同年一二月一五日付)、川野英一(同年一〇月八日付)、三田次雄(同年一二月六日付)、坂本亀太郎(同月四日付)の各検面調書、第四三回及び六〇回各公判調書中の証人樋口広次の、第六一回公判調書中の同三田次雄の、各供述部分によれば、カネミにおいて三和式脱臭装置の運転を開始し、カネクロールを使用するようになつてから、カネミの脱臭現場の従業員らは、循環タンクに取付けてある空気抜きパイプから出るカネクロールのガスや、地下タンクにカネクロールを落した際に立ち登る同ガス等を吸うと、鼻につく刺戟があつたり、咽が痛くなる、咳込む、頭痛を覚える、手につくとかゆみを感じる等の経験をしており、カネクロールが人体に好ましからざる影響を与えることを概ね感じていたこと、従つて、当初工場の屋内で開放されていた右空気抜きパイプを、その後屋外まで延長し、従業員らが右ガスを吸気するのを防止していること、現場の脱臭係長樋口広次は右従業員らに対し、地下タンクにカネクロールを落す際にはこれに近寄らない様、常日頃注意していたこと、また循環タンクが腐食により小孔が開くなどしたため、これを修理する際も、電気溶接等を用いて修理するとカネクロールガスが出て、修理作業員が息苦しくなつて作業ができないため、同タンク全体を新品に取り替えたこと、等の事実が認められ、また被告人自身も、その当公判廷(第一一五回)における供述において、カネクロールのガスを吸つた時は咽や目に刺戟があつた旨供述していることも併せ考えると、日常これらカネミの現場従業員らと接触し、その指揮監督に当つている被告人森本において、右カネクロールを使用するうち、その使用経験からもまたそれが人体に決して安全な物質ではないことを認識していたことが認められる。証人岩田文男に対する当裁判所の昭和四六年四月七日の尋問調書、居鶴庄三郎の検面調書、萩生田徳四郎の司法警察員に対する昭和四四年五月二六日付供述調書によれば、三和の社員らも右同様のカネクロールの有毒性についての認識を有していたことが認められる。

(3) 被告人森本は、当公判廷(第一二二回)において、前掲の各カタログの「……若干の毒性がありますが、実用上殆ど問題にならず……」の記載やその取扱に関する注意事項も、あたかも無害な物質の取扱い方と同様の仕方であり、むしろその安全性を強調した記載であることからしても、これを安全なものと受けとるのが正常であり常識的である旨供述し、所論もその旨主張する。なるほど、右各カタログは、その販売増進の観点から、カネクロールが如何に優秀な熱媒体であるかを強調するあまり、その毒性は実用上支障がない等安全性を強調し、それが手に付着してもそのまま放置してもよい等その安易な取扱いであつても安全であると解釈されるような記載内容となつており、現実に生起したカネクロールによる中毒症状に対比するとき、結果的にみて極めて妥当性を欠く表現の仕方をしていることは否み難いところである。

しかし、右各カタログの記載は、いずれも「取扱の安全」の項における記載であり、右記載に引続き「しかし下記の点に注意していただく必要があります」として前記〈1〉、〈2〉、〈3〉の各注意事項が列挙されている(証第三七号)ことからも、その注意事項の遵守をまつて始めて安全であると解釈するのが当然であり、従つて全く安全なものとは解されないはずである。しかも、右「実用上問題はない……」との記載文言やその記載個所、記載内容がその取扱に従事する従業員に向けられていること等に照らすと、「実用上問題とならない」のは、正に作業環境の面における言及であることは明白である。即ち右各カタログの取扱の安全等における記載は、あくまでもカネクロールを熱媒体(工業用品)として使用する際の作業環境、当該従業員の労働衛生上の観点からの記載に止まるものであつて、主として作業上生じることあるカネクロールの経皮的、経気的摂取、接触による労働災害防止に主眼が置かれたものである。従つて、右が人の食用に供され人体に摂取されることまでも配慮して作られ、文案が練られたものとは考えられない。要するに、右各記載は作業環境面におけるカネクロールの経皮的、経気的摂取に関する有害性の記載である。しかるに本件ではその経口摂取による安全性が問題とされているのであつて、右カタログの各記載から、かかるカネクロールの経口摂取も安全であるとの解釈をする余地はなく、むしろ「若干の毒性……」の記載に照らしても、これが食用油に混入して一般消費者の食用に供されるに及んでは、安全性の確認されていない工業用品以上に人の健康に不良な影響を及ぼし、生理機能に障害をもたらす虞れがあるものと認識されるに相当な情報が提供、記載されているものと解するのが相当である。よつて、被告人森本の右供述ならびに右所論も正当とは解されない。証人岩田文男は当裁判所における昭和四九年五月一六日の尋問調書において、右カタログの記載内容につき、経口摂取の場合も含めて解釈した旨供述するが、右認定事実に照らし措信しがたい。

被告人森本は、さらに当公判廷(第一二二回)において、右各カタログ中の「若干の毒性……」につき、砂糖やアルコール等も使い方によつてはすべて若干の毒性はあるもので、右の記載からはカネクロールが有害なものとは解されない旨供述するが、同じく若干の毒性の問題であつても、食品ないし食品添加物たる砂糖など天然物やその醸成物の毒性と、工業用の用途目的に化学的に合成された物質の注意書としての毒性を同じ毒性のレベルで論じること自体相当であるとは考えられない。まして一般消費者に安全性を保障した製品を提供する食品製造業者として、右程度のカタログの記載からはカネクロールが特に有害とは読みとれないという被告人森本の感覚は極めて穏当を欠ぐものといわざるを得ない。本件脱臭装置の基本設計者でカネクロールをその熱媒体として採用した岩田文男も、同証人に対する当裁判所の昭和四六年一一月一七日、同四七年三月二一日の各尋問調書では、右カタログには「若干の毒性があり……」と記載されている以上、それが全く無害だとは思わなかつたが、ただ「若干の」という意味であるが、農薬(殺虫剤)よりも弱いという風に解釈していた。普通化学薬品が有している程度の毒性と思つた。多少の毒性は私(同人)らが取扱う溶剤関係の化学薬品にはすべてあるのでその程度に理解していた。食べてよいものとは思わないので、……食用油に異物として混入しないよう諸々注意していた旨供述しており、同人もカネクロールが人体に無害で安全なものとは決して解釈していないことが認められ、これに照らしても、カネクロールの安全性について被告人森本の前示の受け取り方は相当とは思われない。

(4) なお、関係証拠によれば、所論のとおり、カネミがその脱臭装置にカネクロールを使用していた当時頃は、PCBの毒性に関する認識は、油脂業界の人々のみならず、油脂化学を研究する人達にも殆ど存せず、国もこれを劇毒物に指定していないことは勿論、これに対する何らの規制も加えていなかつたこと、PCBの毒性が広く一般に認識され研究されるようになつたのは、本件発覚以降のことであることが認められる。しかし右事実は、本件発生後、その被害者らに現われた油症の症状をもたらすほどのPCBの強い毒性が明瞭となり、その毒性の危険性が人々の意識に顕在化したにすぎず、本件発生以前、その安全性に対する認識を持ちうる可能性までも否定するものではない。そうしてさらに右事実は、その頃は工業薬品や工場廃棄物等が人体に直接、間接摂取されて人の健康を害するという所謂公害的問題がいまだ人々に十分な関心をもたれていない時期であり、しかもPCBは熱媒体で食品ではないということから、その毒性につき一般的に無関心であつた(証人中山貞雄の当公判廷における供述により認める)という背景もあつて、PCBのその経口摂取により人体に及ぼす影響という観点からは、PCBは人類に未知の物資であつたということを示すに過ぎず、その安全性が一般に認識されていたわけではないことは勿論である。却つて、その安全性につき未知の芳香族の塩素化物として警戒さるべき物質であつたとも考えられる。即ち、右のとおりPCBは工業用品であり食品等ではないため、人体に摂取された場合の影響まで関心が払われず、その科学的解明が十分なされるような段階でなかつたにすぎず、従つて化学合成物質たる工業用品であることから、むしろ人に摂取された場合には人体に何らかの不良な影響を及ぼす物質かもしれないと考えてその取扱いに慎重を期するのが社会的にも通常のことと考えられる。PCBに対する国の規制についても、食品添加物であれば格別として、工業用品として製造販売された物質であり、劇毒物に指定された物質類似の急性毒性もなく、その蓄積毒性がさほど明瞭とされていない時に、特段の事情なき限り国の規制がなされるものとは必ずしもいえないと思われる。また、関係証拠上、カネクロールが多方面にわたり、多くの用途に利用されていたこともまた認められるところであるが、これが食品ないし食品添加物として、あるいは直接人体に少なからざる量摂取されるような用途に用いられたことはない。

(5) してみれば、被告人森本は、これまで度々判示のとおり、その製品に人体に有害な物質が混入すれば直ちに人の健康に重大な結果をもたらすような危険な業務に従事する者であるから、その安全性の保障のない物質をその製品たる食品に混入させることを極力回避すべき立場にあつたことをも考慮するとき、所論主張の各事実をもつて、同被告人にカネクロールの有害性に対する客観的予見可能性が存しなかつたと解することはできない。右所論は失当である。

2  カネクロールの米ぬか油中への混入の予見可能性に関する所論について

(一) 脱臭缶蛇管の腐食貫通孔からのカネクロール漏出についての予見可能性

(イ) 脱臭缶蛇管の材質に関する所論について

所論は、被告人森本は、本件脱臭装置の設計者岩田文男から、右装置をカネミに導入する際、右脱臭缶の蛇管にはSUS33(JIS規格上ステンレス鋼の製品につけられた品質別記号である。別表図九の2参照)引抜管の最高級ステンレス鋼の規格品が使用されており、耐食性が極めて強いと聞かされていたので、右蛇管の材質に大きな信頼を置いていたし、本件発生時まで油脂業界で脱臭缶内の装置にそれらステンレス鋼管が用いられて腐食した事例を聞いたこともなく、本件のような腐食貫通孔が生じるなど全く予見不可能であつた旨主張する。よつて検討する。

証人岩田文男に対する当裁判所の昭和四六年四月六日、同年一一月一五日及び同月一六日の、同徳永洋一に対する当裁判所の、各尋問調書、第三三回及び五五回公判調書中の証人徳永洋一の供述部分、証人向井喜彦の当公判廷における供述、被告人森本の当公判廷(第一一二回、一一九回、一二三回)における供述、同被告人の同四五年一月二八日付検面調書、木下禾大外作成の鑑定書、証第三二号、第三三号の各脱臭缶設計図等によれば、岩田文男は三和式脱臭缶の設計図面において同缶蛇管にSUS13のステンレス鋼管を使用するよう指定していること、その設計図中にはその旨の注意書までしてあるものもあること(証第三三号)、岩田文男の右蛇管にステンレスを使用した理由は、通常の鉄管の場合等にみられる油中への金属溶解による油の着色防止の目的によるものであつたこと、しかし着色回避のためのみならば敢えてSUS13(その後SUS33に記号変更、別紙図表九の2参照)である必要はなく、結局SUS13を指定したのは、後(三、1、(一)、(イ))にも判示のとおり当時のステンレス鋼の品質に関して若干の危惧もあつたので、耐食性を考慮した結果によるものであること、SUS32、33のステンレスは、同じオーステナイト系のSUS27、28に比してニツケルの含有量が増えるほか、後者には含まれていないモリブテン(腐食防止、高温に対する強化の働きをする)が入れられて耐食性が強められていること、更に後(三、1、(一)、(イ))にも判示のとおりSUS33は同32より粒界腐食により強いものとして作られたもので、粒界腐食の原因となる析出炭化物を組成する炭素の含有量も少なく、従つて耐食性がより優れていること、被告人森本は、カネミに三和式脱臭装置の導入当時、岩田文男から、同脱臭缶蛇管の材質は設計図上旧規格でSUS13と記載されているが、現規格ではSUS33に当り最高の品質であり、腐食に強いものと聞かされていること、しかるに、後述のとおり本件発生後の六号缶蛇管の金属組成の分析結果ではSUS32にほぼ一致する組成を示したこと、固溶化熱処理(後の三、1、(一)、(イ)に説明)も施されてないこと、なお岩田文男はJISの旧規格SUS13が必ずしも新規格のSUS33と一致するものではなく、品質の向上もあつてSUS32と33との中間程度の品質に相当するものと理解しており、炭素含有量に照らすと必ずしも不当な理解とはいえないこと、以上の事実が認められる。右認定事実に照らせば、岩田文男はその設計で同蛇管等の耐食性を十分考慮して良品質のステンレス鋼を敢て選定使用しており、同人からこれを聞かされた被告人森本において、右蛇管の耐食性にある程度の信頼をおき腐食しにくいものとの認識を持つたのも尤もなことと思われる。

併しながら、被告人森本は当公判廷(第一一二回五六〇項以下)において次のとおり供述している。

問 (SUS)33は腐食しないものと思つていたわけですか

答 はい当時油会社で使つているので、そういう腐食をしたというのは、その当時まで聞いたことがなかつた

問 そうするとあなたは、32と33の違いはどういうふうに考えていたわけですか

答 当時はよく知りませんでした

問 いつ知つたわけ

答 それは事件後に知りました

問 33とか32は、27、28に比べると腐食しにくいものであるが、全く腐食しないものとは考えなかつたのでは

答 はい、それは、常識的に、その腐食させる相手側ですね。たとえば水であるとか油であるとかいうものに対してであれば、32と33とかいうのは腐食はしないというのは、私は知つておりました

問 たとえば酸であるとか塩基であるとか、そういうものによる腐食はどうですか

答 その場合は腐食は起るというのは、詳しくは知らんけれども大体、塩酸とか、そういう塩基であれば、腐食はいくらか起きるということは知つていました

問 それは事件前からね

答 はい事件前からです

問 先程の話しだと、32と33でずい分違いがあるんだというように考えていたということなんですがね

答 いや32と33のあれは、32というのは事件後知つたんです

そうして、右供述に加え、被告人の当公判廷(第一一二回)における右供述のその余の部分、検面調書(昭和四四年一〇月九日付)、司法警察員に対する供述調書(同年六月三〇日付)における各供述も併せ考えると、被告人森本は、要するにSUS33という高級なステンレス鋼は水や油に対しては他の同鋼よりも耐食性に優れ、殆ど腐食を起こさないものであると認識していたこと、しかし他方カネミの本社工場内抽出工程のコンデンサーや脱臭工程の冷却缶等のステンレス製パイプが、そこで海水を使用していたために腐食を繰り返えすのを経験していたこと、ステンレス鋼は海水に弱いため舟のシヤフトにはこれを使用しないことを知つていたこと等の知識をも有していたことなどからも、ステンレス鋼が塩酸や塩基に弱く、これらには腐食され易いことを認識していたこと、更にSUS32と33の相違を具体的に知つていたわけではなく、三号脱臭缶以降の缶製作を発注した西村工業の社長高木善次郎から、その両者の耐食性にはさして差異はない旨教えられてその旨信じ、爾後発注の脱臭缶蛇管にSUS32を使用することを許容していること、以上の事実を認めることができる。以上認定の被告人森本のステンレス鋼に対する認識は、SUS32と33の耐食性の相違に関する点を除けば概ね客観的事実とも合致した正しい認識といわなければならない。そうすると、被告人森本としては、ステンレス鋼であつても塩酸により腐食されることがあること、ただ高級なステンレスの場合は耐食性がより優れるものという認識を有していたものと解される。従つて、右の認識を基準として判断すると、同被告人において本件蛇管が塩酸によつて腐食を生ずる虞れがあることは充分予見しえたものと解されるから、右の所論は相当ではない。

なお、被告人森本は当公判廷(第一一九回、一二三回)において、三和で発注してもらつたカネミの脱臭缶蛇管にはいずれも前掲の引抜管(シームレス管、これに対応するものとして、本件蛇管に用いられた電縫管がある。引抜管は電縫管のように管長手方向に溶接線が存しないため粒界腐食を生じにくいもの)を使用している旨教えられたと述べるが、証人岩田文男に対する昭和四六年四月六日及び同年一一月一五日の、同堺一郎に対する同年四月九日及び同年一一月一七日の、当裁判所の各尋問調書によると、カネミの一号及び六号脱臭缶製作当時は一般には引抜管の存在さえさほど知られず、注文品であり生産量も少ないため入手が困難で且つ値段も電縫管の二・五倍もする高価なものであつたこと、同脱臭缶を製作した三紅製作所としては設計図上特に指定なき限り電縫管を用いるのが通常で、本件に関する同図面(証第三二号、三三号等)にもかかる指定は特にないことが認められ、これらの事実に照らしても、被告人森本の前記供述は措信しがたい。同被告人自ら発注製作させた三号缶以降のカネミの脱臭缶もすべて電縫管が使用されており、これらに徴しても、同被告人自身右両パイプの品質上の相異、特にその耐食性の違いについての知識を全く有していなかつたことは明らかである。

更にまた、右所論には、被告人森本は本件蛇管がJISの規格に適合した、即ちJIS規格上要求される諸条件、品質、各種処理等を充足するステンレス鋼管が使用されていると信頼していたのでその腐食の予見は出来なかつたとする主張も含まれている。なるほど、本件蛇管に設計図表示のとおりの材質が使われておれば、当然JIS規格上要求される諸条件を具備した材質であるとの信頼を抱くのが通常であるから、被告人森本の認識はさておき、右信頼は客観的には同蛇管にJIS規格上要求される固溶化熱処理(後の三、1、(一)、(イ)に説示)が施されているということにも及ぶものといえるのであり、しかもこの熱処理の不実施が本件蛇管の腐食に寄与したことは後に判示のとおりである。しかし、その不実施の有無が右腐食の生成に寄与する程度も相対的なものに過ぎないことも後の三、1、(一)、(イ)に詳述するとおりである。加えて被告人森本自身右固溶化熱処理の機能、内容等の知識を有しないことは勿論、JIS規格でそれを要求されていることも全く知らなかつたものである。却つて、同被告人はステンレス鋼も塩酸等により腐食されることについての認識を有していたことに照らすと、右規格品であるとの信頼ある故をもつて、蛇管の腐食生成の予見可能性を否定することは相当でない。

(ロ) 蛇管の腐食貫通孔生成の機序に関する予見可能性について

所論は、被告人森本が本件脱臭装置内でのカネクロールの分解及びその消長につき知つていたのは、右装置の設計者岩田文男から聞かされた情報によるものと製造元鐘淵化学発行のカネクロールカタログの閲読によつて知るに至つた事実のみであつたが、これらによると、カネクロールは過熱により分解し塩化水素ガスを発生(脱塩酸)するが、脱臭装置内は高温のため水分が存在しえず、カネクロールの使用温度域内で発生した塩化水素ガスは塩酸となる機会がないまま空気抜きパイプから外部へ殆ど排出されるというのであり、化学装置の専門家でもなく、開発されて間もないカネクロールの物性等につき右カタログの記載内容以上の知識を有するはずがない被告人森本においては、右岩田から教えられた事実やカタログの記載を信用する以外になく、従つて、その過熱分解により生じた塩化水素ガスが右のように排出されることなく脱臭缶内に滞留して腐食雰囲気を形成し、本件蛇管を腐食貫通させることまでを予見することは不可能であつた旨主張するので検討する。

(1) 装置操作の変更前の予見可能性について

前示のとおり、被告人森本が本件三和式脱臭装置導入後間もなく入手して閲読したカネクロールカタログ中の「安定性」の項には次の記載がある。

(弁証第一〇号のカタログの記載)

「カネクロールは沸点近くになりますと微量ではありますが脱塩酸する傾向があります。しかし若し局部過熱等の事故で、このような脱塩酸が行われ、塩化水素ガスが発生しても、装置内に水分の存在が考えられないため塩化水素ガスは乾燥状態にあり、装置を全然腐食する事なく排気口から外部へ流れ出る訳であります。この場合普通はエキスパンジヨンタンクに誘導されて初めて外気に触れることになります。ここで外気中の水分に接触して塩化水素ガスは腐食の原因となりますから、エキスパンジヨンタンクはモイスチユアートラツプを附する等湿気が入らないようにすると完全であります。そのためにエキスパンジヨンタンク以外の熱媒装置全体を完全にカネクロールで満す必要があることはいうまでもありません。」(一〇頁)

(証第三七号のカタログの記載)

「唯、沸点近くで長く加熱しますとごく微量ですが脱塩酸する傾向があります。」、「局部加熱により、液が強制分解されたときは、塩素を分離せず塩化水素ガスを生じますが、カネクロールの循環系内は高温で無水状態でありますので、塩化水素ガスは乾燥状態のまま排気口から外部に流れ出て、装置が腐食される心配はありません。」(四頁)

以上の記載内容に加え、証人岩田文男に対する昭和四六年四月六日、同年一一月一六日の当裁判所の各尋問調書、被告人森本の当公判廷(第一一二回)における供述及び同四五年一月二八日付検面調書によれば、カネミの三和式脱臭装置の導入当初、被告人森本は、その設計者でありかつ同装置の運転操作、保守管理、性能等につきカネミの本社工場に技術指導にきた岩田文男から、その際、カネクロール温度を三〇〇度以上にすると分解を生じるので同温度以上に過熱しないこと、その使用(主流)温度は二五〇度とすべきことの説明を受けたこと、右三〇〇度云々はカネクロールの境膜温度の趣旨で語られたものであり、油脂関係の仕事に携わる者にとつては当然そう理解されるものであること(被告人森本は当公判廷―第一一一回―で右三〇〇度は主流温度の意味に受け取つた旨述べるが、前掲岩田の各供述や、カネミの六王ポンプ試験成績表―弁証第五号―では、カネミ発注のポンプ仕様が流体温度二八〇度でなされている事実に照らし、措信しがたい)が認められる。これら岩田文男の説明や前掲各カタログの記載内容からすれば、被告人森本はカネクロールが過熱分解により塩化水素ガスを生成し、水分があれば塩酸となつて装置内の金属等を腐食させることを認識していたことが十分認められる。

ただ、前掲カタログの「……塩化水素ガスが発生しても、装置内に水分の存在が考えられないため塩化水素ガスは乾燥状態にあり、装置を全然腐食することなく排気口から外部へ流れ出る……」(弁証一〇号)、或いは「……カネクロールの循環系内は高温で無水状態でありますので、塩化水素ガスは乾燥状態のまま排気口から外部に流れ出て、装置が腐食される心配はありません。」(証三七号)との記載により、これを慢然と読む者には右記載のとおり、塩化水素ガスが発生しても装置を腐食するに至らないものと理解されるのが通常と思われる。従つて、第五五回公判調書中の証人徳永洋一の、第五八回公判調書中の同宗像健の、各供述部分に照らし明らかなように、右のように理解され易いカタログの文面は、千差万別の化学的素養を有する、或いは多様な使用の仕方をすることが予測されるカネクロールのユーザー(需要者)に対しての説明としては、使用条件の設定等に若干の具体性を欠く一般的説明に止まつており、本件のように金属腐食の危険性ある脱塩酸の問題の取扱い方として十分慎重な説明態度がとられたかは疑問の存するところと思われる。

併しながら、翻つて考えるに、食品製造業務に従事する被告人森本としては、前示のとおり人体に対する安全性の保障のないカネクロールが、僅か二mm前後の肉厚の蛇管々壁を挾んで、一般消費者に食用として摂取される米ぬか油と接しているという本件脱臭装置の構造を十分熟知しているのみならず、カネクロールもその使用如何によつては、その分解により生成した塩化水素ガスひいては塩酸によつて、右装置が腐食される可能性あることを認識していたのであるから、かかる認識を有しかつ前記職務にある被告人森本においては、前掲の塩化水素ガスの排出に関する右各カタログの記載を、その文面のみにとらわれ、文字どおりその旨理解するのは必ずしも相当なものとはいえず、そのカタログの他の部分も併せ、その全体から右記載の趣旨を理解する努力をする等慎重な態度で臨むべきが当然であると思われる(第五六回公判調書中の証人宗像健の供述部分によつて認める)。そうして、前掲各カタログを検討すると、

〈1〉右カタログ想定のカネクロール使用熱媒装置には、カネクロールの膨張に対する緩衝体として膨張タンク(エキスパンジヨンタンク)が設置され、同所が装置内カネクロールの外気と接する唯一の場所となるところ、右カタログでは前掲のとおり同タンクに脱湿器(モイスチユアートラップ)を設置すると湿気の装置内侵入を防ぎえて万全である旨記載されていること、〈2〉そのうえ同タンクをカネクロール循環径路と別の個所に、しかも途中配管をループ状にし、装置内カネクロールと外気との接触を回避できるような構造が示され、その旨の記載もあること(証第三七号六頁、一四頁)、〈3〉さらに膨張タンクは右循環系内の最も高い個所に設けて、前掲のとおり同タンク以外の循環径路内全体を完全にカネクロールで充満して湿気が右装置内に混入しないようすべき旨記載されていること、〈4〉カネクロール循環系配管につき、水圧テスト等を実施した後に同管内に残留した水分を完全に排出する目的で、水の抜けにくい個所にはドレン抜きを設けることが適切である旨の記載があること(証三七号一四頁)等が認められ、これらによれば右各カタログが熱媒装置内に水分が混入することを極力防止すべきことを種々警告していることが窺われる(尤も、右〈2〉の構造は塩化水素ガスの排気を却つて少くするものともなる)。

更にまた、右各カタログには、「カネクロールは前述の如く塩化ジフエニールでありますから、局部過熱を嫌いますのでカネクロールが入つて居るパイプ又はその他の部分に直接焔が当る様な設計は絶対に避ける必要があります。」(弁証第一〇号一二頁)、「カネクロール加熱炉の設計で注意すべき点はカネクロールの分解を避けるため、カネクロール四〇〇の最高境膜温度を三四〇度以下に抑えることであります」(証第三七号一二頁)、さらには、運転停止する時バーナーを消しても、炉の蓄(余)熱によるカネクロール過熱防止のため、循環ポンプは直ちに止めることなく、ある程度残熱がなくなるまで動かしてその循環を続けるべきこと(同号一六頁)、停電時も同様炉の余熱による過熱防止のため、スチームを吹きこんで炉を冷す等適切な措置をとるべきこと(同号一五頁)等、カネクロール使用熱媒装置の設計上或いは運転上の問題点が掲記され、また、本件装置と若干異なるジヤケツト方式といわれる熱媒装置についてではあるが、「悪い例では、自然循環直接加熱の場合でジヤケツト内に八〇%程度カネクロールを満し、排気口を細いパイプで接続しユーザー内を真空にした装置でありましたが、局部過熱によりカネクロールが分解し塩化水素がジヤケツト内の空気に溶解して塩酸となり、更にユーザーの鉄と化合して塩化鉄の結晶を生じ排気口に満ちて内圧がかかり、ユーザー内が真空であつたため内部に亀裂を生じ……」(弁証第一〇号一七頁)の記載がなされ、カネクロール分解による塩酸生成及びそれによる装置金属への影響、危険性を警告した事例説明があり、カネクロールの過熱を極力回避すべきことが警告されている。

これらカタログの記載等を勘案すると、前掲の塩化水素ガスの排出と装置の腐食可能性を否定するカタログの各説明も、慎重にこれを読めば、そのカタログで想定された熱媒装置、即ち同装置内を完全に無水状態とした設計装置及び操作、並びにカネクロールの過熱分解を生じない温度域での運転という設定条件の下での説明であることを読みとることが可能である。従つて如何なる装置を使用しても装置内は無水状態であるため、カネクロールを少々過熱させても、塩化水素ガスは殆ど排気されて装置を腐食することなく安全である、と理解することは、言葉の表面のみにとらわれた安易な解釈との誹りも免れない(第五六回公判調書中の証人宗像健の供述部分に照らしても認められる)。しこうして、関係証拠によれば、カネミの三和式脱臭装置における循環タンクは、装置内の不要ガス等を排気する機能のほか、右カタログにいうエキスパンジヨン(膨張)タンクと同様カネクロールの増減に伴う緩衝体としての機能を兼ね備えるものであるが、カタログの要請する密閉型の同タンクと異なり、右循環タンクは別紙図表三の2にみるとおり、空気抜きパイプで大気に通じた開放型のものである。そのため右膨張タンクに比して塩化水素ガス、水蒸気等の気体が排出されやすいという利点がある反面、同図表にみるとおり、同タンクが右膨張タンクのように装置内の最高所でなく、各脱臭缶等より低く設置され、同缶から同タンクへの戻りパイプも低位置にあるため、脱臭缶内等右戻りパイプより高い所にある装置内の水蒸気等の気体が排出されない可能性があり、更に運転停止時や装置内のカネクロール流量が少ない時等には、大気中の湿気が空気と共に右装置内に入りやすい構造となつていることが認められる(そうしてこのことにつき、被告人森本の昭和四五年三月六日付検面調書によれば、同被告人においても、本件装置が右のような構造にあつて脱臭装置内に水分が混入しやすく、逃げきれずに残つた水分が塩化水素ガスと結合する可能性あることを認識しえたことを肯認していることが認められる)。また第四二回及び第五七回公判調書中の証人樋口広次の各供述部分、川野英一の昭和四四年一〇月八日付、三田次男の同四五年一月二三日付、被告人森本の同年一月二八日付の各検面調書、被告人森本の当公判廷(第一一二回)における供述を綜合すると、カネミの地下タンク内に水分が存在していたことが度々確認されており、被告人森本もそのことを知つていた事実が認められる。これらの事実に照らすと、カネミの脱臭装置内には水分が少なからず混入していたものと推測され、これらの事情を被告人森本において認識していたと思われる。そうして右水分も装置運転中は高温のため大部分気相のまま空気抜きパイプから放出されるであろうが、複雑で完全な脱湿処置のとられていない本件脱臭装置の構造から、同被告人においても右水分がカタログ記載同様完全に抜けるものとまでは必ずしも認識していなかつたと考えられる。要するに、被告人森本としては、より防湿や水分混入防止に配慮した装置を前提として無水状態である旨記載されたカタログの説明を、そのまま、右と異なるカネミの熱媒装置に置き替え、右同様カネミの場合も無水状態であると認識するのは相当とは思えず、右両装置の相違に思いをいたせば、カネミ装置内での水分の存在を認識することは同被告人の知識能力をもつても十分可能であつたと解される。

更にまた、右カタログを検討するに、同カタログで発生塩化水素ガスが殆ど排気される旨の説明も、「局部過熱等の事故で、この様な脱塩酸が行われ、塩化水素ガスが発生しましても……」(弁証第一〇号、一〇頁)とか「局部加(過の誤記であることは明らかである)熱により、液が強制分解されたときは、……塩化水素ガスを生じますが……」(証第三七号、四頁)との記載によつても明らかなように、右排気の説明は、局部的一時的に、または事故によつて生じた塩化水素ガスの排気につき述べるものと解される(本来装置工業においては文字どおり過熱は正常運転で生じることのない、それ自体回避さるべきものとの意味合いをもつものである)。

しこうしてカネミの本件脱臭装置におけるように、多量の分解を生じる温度域付近まで常時カネクロールを加熱するなど、その過熱状態がほぼ恒常的であり、また必ずしも局部的に過熱されているとはいえない態様の過熱形態から発生する無視できない程度の多量の塩化水素ガスまでが、右カタログの排気の説明のとおり殆ど排気をされるものと判断するのは、右カタログの記載内容から逸脱した解釈といわざるをえず、かかる場合まで右カタログが明確に言及しているものとみるのは相当でない。却つて、一般に液相の化学物資は高温加熱するほど化学反応が活発となり分解等の化学変化が生じることは前示の職歴や学歴を有する被告人森本において当然知悉していたものと推測されるうえ、弁証第一〇号のカネクロールカタログ(カネクロール四〇〇の安定性と題して、加熱温度、加熱時間に応じてカネクロールの分解による塩化水素ガスの発生量が図表化されている)によれば、岩田文男が、装置設計上炉内カネクロールの境膜温度として設定した温度二八〇度と、その分解に対する安全限界温度として設定した三〇〇度ないしはそれ以上の高温の場合との間の各塩化水素ガス発生量に三ないし五倍もの大差があり、また高温でかつ長時間になるほど累加的に右発生量が増大することが判明すること、被告人森本はカネミの脱臭装置の構造や運転状況に精通していたことその他前掲のカタログの各記載等に照らすと、同被告人としては、本件脱臭装置内に水分が混入し、少なくとも岩田文男が当該装置や運転の実際的状況、カネクロールの分解テスト等から判断して設定したカネクロール境膜温度限界三〇〇度以上にカネクロールを過熱昇温させれば、右分解等により生成した塩酸により、同装置内が腐食されることを十分予測できたものと考えられる。(なお、前掲カネクロールカタログでは、カネクロールが三二〇度まで使用できる。最高境膜温度は三四〇度以下に押えれば足りる趣旨の説明がなされているが、それが熱媒装置につき具体的条件設定もないまま一般的になされている点や、その後に判明したカネクロールの分解状況等に照らすと、高温熱媒体としてのカネクロールの特性の強調に重心を傾けすぎた嫌いがあると解される)。

以上要するに、被告人森本としては、その知識能力、十分知悉しているカネミの脱臭装置の構造や運転状況、岩田文男の指導や説明等をその前提として、前掲各カタログを、その全体を通して危険を伴う食品製造に従事する者としてのある程度の注意深さをもつて検討すれば、カネクロールに過熱を生じるような装置の使用や運転操作を行つた場合には、カネクロールが分解して塩化水素ガスを多量に発生し、該装置内に水分が存在すれば(本件につきその存在を認識しえたことは前示のとおりである)、これと結合して塩酸となり装置腐食の原因となることを十分理解できたものである。そうして、岩田文男も本件脱臭装置を設計するに際し、その必要上右カタログに指摘されている装置設計上の留意点やカネクロールの分解による影響程度のことは、メーカーの鐘淵化学の技術者らに丹念に質問し、それによる弊害等が除去できるよう十分考慮して本件装置の設計を行つたであろうことは、装置工業に従事する者の通常の知識経験をもつてしても容易に判断しえたことと解されるから、同様の知識経験のある被告人森本においても右程度のことは認識しえたと思われる。

そうして以上の認識や能力を有する被告人森本には、右岩田設計により製作されたカネミの脱臭装置につき、これを設計者の意図に無関係に勝手な改造を加え、或いはその設計条件に反するような運転操作を行えば、岩田がその設計上配慮してその防止をはかつた加熱管の局部過熱を生じて、カネクロールを分解させるような装置運転がなされる状況となり、その結果右のようにして生成した塩酸がカネクロール蛇管に作用して腐食を起こし、これが進行すると蛇管々壁を穿つて同所からカネクロールを漏出させる虞れあることを予見することが可能であつたものと解される。

(2) 装置操作の変更後の予見可能性

以上の状況にあつたにも拘らず、被告人森本はカネミにおける脱臭装置の技術的責任として、前判示のとおりカネミで使用していた岩田基本設計にかかる三和式脱臭装置(一炉二缶一セツト)を右基本設計に反し、カネクロールの過熱を招来するような装置の増設、変更改造、運転操作方法の変更等をなした結果右の予見可能性は一層強く存在するようになつたものである。即ち、岩田文男の右基本設計は、証人岩田文男に対する昭和四六年四月五日の当裁判所の尋問調書及び同人作成の「脱臭装置設計」と題する書面によると、化学工学の諸原理に従つて、一炉につき脱臭缶二缶を一セツトとする前提のもとに、有機化合物の熱媒体であるカネクロールを使用することに留意し、その過熱分解を回避するべく精密に設計々算されたうえ設計されたものであることが認められる。然るにこのような化学工学的素養や設計知識、能力において劣ることは客観的に明らかであり、かつ自らもこれを認識していたとみられる被告人森本において、後にも判示のとおり脱臭缶々数、加熱時間、加熱炉加熱管の表面積についてのみの全く単純な計算を行つたのみで、さしたる設計々算もなさず(同被告人の当公判廷―第一一一回―における供述により認める)、これに一炉二缶時代の経験とをもつて右岩田の右基本設計を変更して一炉につき三缶を一セツトとする装置、運転方法に変更したものである。しかも、証人岩田文男に対する昭和四六年四月六日、及び同年一一月一六日の当裁判所の尋問調書、被告人森本の当公判廷(第一一一回、一一二回、一二〇回)における各供述及び昭和四四年一二月三〇日付、同四五年二月二七日付各検面調書によれば、カネミにおける右一炉三缶方式採用時、被告人森本は、岩田文男から、その三和式装置が一炉二缶一セツトを基本として設計されたもので、その設計条件で三缶を同時に運転することは無理であること、特に右岩田設計にかかる加熱炉も脱臭缶二基用であるため三基では油温が上らず、バーナーを強く焚くようになり加熱炉に無理がきてオーバーヒートすることになること、カネクロールを三〇〇度以上に熱してはいけないこと等の忠告を聞かされていること、然るに、同被告人はカネミの脱臭装置中の真空装置に若干手を加えたのみで、真空も引き、油の昇温もできたことから、三缶同時運転が可能であると判断し、右岩田の忠告に拘らずこれを実施するに至つたこと、岩田の右忠告は、設計者として自ら設計した装置を勝手に変更改造されるのを嫌う心理から出たものか、単に設計者としての自尊心から出たものと安易な理解をし、これを無視したものであることが認められる。そうして岩田設計のカネミの加熱炉も同様無造作な改造が加えられていることも前に判示のとおりである。右のとおり、被告人森本は、岩田設計にかかるカネミの脱臭装置の変更改造や運転操作の変更に伴う危険性につき岩田文男から十分聞かされており、しかも同人が右変更などにつき憂慮して忠告したのも、加熱炉におけるバーナーの焚き過ぎ、従つて炉内の局部過熱ひいてはカネクロールの過熱分解であり、同分解による炭素析出に対する危惧は勿論のこと、塩化水素ガスの発生に伴う循環系内の腐食生成についてであることを十分理解しえたものと解される。にも拘らず右警告に反して岩田設計を逸脱する様な装置(缶)の増設をし、或いは確たる設計々算もなさないまま装置(炉)の改造を行つた被告人森本としては、場合によつては、右岩田の忠告どおり加熱炉に無理がきてカネクロールを過熱分解させ、多量の塩化水素ガスを生成して装置を腐食させる事態が起こる可能性があることをより一層認識し、本件結果の発生を予見しうる立場にあつたものと解される。しかも、前示のとおり、カネミで一炉三缶方式をとり、それが軌道に乗り出して一脱臭工程一二〇分のサイクルで運転するようになつてからは、その主流温度の最高は常に二六〇度を超え、炉内最高境膜温度も三〇〇度をはるかに超えるということがほぼ常態となり、従つて加熱炉バーナーを強く焚く必要を生じたカネミの装置や運転方法のもとで、現場の最高責任者であり、脱臭係員をして右のような運転をとらせていた被告人森本としては、右の事態を十分掌握し、カネクロール温度が高めて使用されていることを認識していたと解されるから、前記カタログや岩田から得た知識及びその経験に照らし、カネミの右装置において多量の塩化水素ガスが発生し、これにより生成した塩酸による装置腐食の可能性をより強く予見しえたものといわなければならない。

なお所論は、本件脱臭装置設計者であり、十分な化学工学的素養を有する岩田文男においてすら、カネクロールの分解による同装置内の蛇管に腐食が生じることを予見していなかつたのであるから、同人よりその素養や知識能力に劣る被告人森本が、これを予見しえないのは当然である旨主張する。なるほど証人岩田文男に対する昭和四六年四月五日、同月七日、同年一一月一五日、同一六日、同月一七日の当裁判所の各尋問調書、証第三八号証のカネクロールカタログによれば、岩田文男が本件脱臭装置設計当時、カネクロールが分解して塩化水素ガスを発生しても、排気されて同装置を腐食するようなことはまず起らないであろうとの認識をもつていたことが認められる。しかしながら、右各証拠によれば、同人の右認識はあくまでも同人の設計条件に従つた装置、運転方法をとつた場合でのもので、例えば境膜温度三〇〇度以上にするなどの場合まで同じ認識をもつたわけではないこと、また同人は、その設計当時は、カネクロールメーカーの鐘淵化学社員からは、その分解につき腐食の問題よりもカーボンの析出による加熱管閉塞や伝熱効率の低下の問題を中心に説明を受けており、またその頃同人が目を通した証第三八号のカネクロールカタログも熱媒用のものでなく、単に一般的に、その物性、用途範囲等が記載されたもので、被告人森本が事件前閲読していた前掲各カタログと異なり、その分解による塩化水素ガスの発生や、これによる装置腐食の問題については全く触れられていないことが認められ、これらの事実に照らせば、岩田がこの腐食問題につき、炭素析出のそれについてほど慎重に考えなかつたであろうと推認されるが、他方同人は、前示のとおり粒界腐食を考え敢えてSUS13鋼という品質のよい蛇管材質を選んでいることや、後に判示のとおり、蛇管から万一漏れる場合あることを想定し、三和において蛇管の漏れテストを実施させていたこと、その分解回避のため設計上その最高境膜温度を低く抑えるよう設定していること、後述の被告人森本同様、その後実際の運転経験を重ね右分解に関する認識を新たにしているものと推測されること等に照らすと、装置過熱等によりカネクロールを高温過熱状態で使用する場合まで、右岩田において腐食による蛇管からのカネクロールの漏出を全く予見せず、或いは予見できなかつたものとまでは考えられない。しかもなお、被告人森本においては、右腐食等についても明瞭に言及している前掲(証第三七号、弁証一〇号)の熱媒用カネクロールカタログを入手閲読しており、これによつて得られた情報、或いは実際の脱臭装置の運転において、意外にカネクロールのガス発生量が多いこと(カネクロールを地下タンクに落す時に発生する量、循環タンクの微少孔からの漏出ガス量等)、空気抜きパイプの腐食事実、カネクロール循環系内の水分の存在等自ら重ねた経験などを勘案するとき、本件発生前の同被告人のカネクロール腐食に関する知識や経験は、右設計当時の岩田のそれより豊富であつて、そのおかれた情況は同人とは異なるものであるから、たとえ同人がその当時右予見がなかつたとしても、これをもつて、同被告人の本件の予見可能性を否定する証拠とはならない。右所論も失当である。

(二) 脱臭缶蛇管の所謂「機械的損傷」によるカネクロールの漏出の予見可能性について

所論は、検察官は公訴事実において、本件米ぬか油中へのカネクロールの混入につき、本件六号脱臭缶蛇管の腐食により生成した貫通孔からの漏出による混入という因果経過を、現実に生起した経過として主張するにも拘らず、本件過失における予見可能性の対象として、右経過と全く無関係の、しかも現実に生起しなかつた「機械的損傷」による蛇管の開孔の可能性を主張するが、これは客観的事実と符合しない誤つた予見の可能性を論ずるものであつて無意味であるのみならず、実際にはたどらなかつた別個の予測可能な因果系列を、実際に生じた別の因果系列の予見可能性の代替物として主張立証するに等しく、論理的に許容しがたいのみならず、これを許容するときは無過失責任という帰結を招来する結果となり不都合である旨主張する。よつて検討するに、

(1) 本件公訴事実ならびに第一回公判調書中の検察官の釈明記載部分に照らすと、公訴事実にいう「これ(蛇管)に与えられる各種の衝撃(による)……その他の損傷……」即ち機械的損傷は(その記述に先立つ装置の過熱により生じる腐食による蛇管の欠陥生成という化学的損傷と対置されたものと考えられる)、そこにいう所謂本件蛇管の点検義務という結果回避措置義務の前提としての予見可能な事実として主張されていることが明らかである。従つて右機械的損傷が所謂適正な装置、操作義務の前提たる予見可能な事実とされてはいないことは勿論のことである。そうして検察官の右釈明によれば、右「各種の衝撃」とは脱臭作業時及び脱臭缶修理時等に加えられる衝撃を、「その他の損傷」とは蛇管に生ずる亀裂、摩耗等、腐食孔以外の欠陥を、それぞれ意味するものである。

ところで、本件において客観的に生起した具体的因果経過の主要部分は、第一に、カネクロールの過熱分解により生じた塩酸による六号脱臭缶蛇管の腐食貫通孔の生成であり、第二に、同脱臭缶外筒取替修理に伴う各種作業等において同蛇管に加わつた各種の衝撃等によつて、偶々孔充填物により閉塞されていた右貫通孔の同充填物欠落等による開孔であり、以上の複合によつて循環中のカネクロールが右蛇管の貫通孔から同脱臭缶内槽内の米ぬか油中に漏出混入したことにあつた。そうして右の経過に照らし、右因果経過を遮断し又は本件結果の発生を未然に防止する結果回避の措置としては、右の第一の因果経過に対応する措置として、所謂適正な装置、操作による使用運転、即ちカネクロールの過熱分解を起こさない運転の実施であり、これを回避義務として義務づける前提となる予見の対象としては、右のような経過で生ずる蛇管の腐食貫通孔の生成であるが、第二の因果経過に対応する措置としては、前記修理の際に右腐食及び各種の衝撃等によつて生ずることのある同蛇管の欠陥の発見等に努めるいわば装置の保守管理を全うすることである。この際の右回避措置義務を根拠づける予見の可能性こそが、本件蛇管の腐食による損傷に加えて、まさに右公訴事実にいう所謂機械的損傷に関する予見可能性を指称し、公訴事実記載の「その(修理の)間に各種衝撃が加えられていたばかりか蛇管に欠陥を生じている疑いもあつた……」ということになる。従つて、検察官の主張する機械的損傷による蛇管の欠陥の生成という予見可能な事実は、それに包含されている六号脱臭缶修理時の各種の衝撃による蛇管の欠陥生成(充填物の欠落)という形で、前示のカネクロール漏出に至る因果系列の中に含まれているものであつて、必しも本件因果系列と無縁のものとは解されない。ただ、客観的な結果回避の義務ありとして行為者にこれを負担させるためには、その前提となる結果や因果経過の予見可能性についても、当該事件において具体的に生起した因果経過や結果についてのそれであるべきで、右の具体的事実と離れて、実際にはそのような経過をたどらずまた結果も生じなかつた一般的抽象的に考えられる予見可能な事実をもつて、その結果回避義務の前提とすることはできないものと考える。そうして本件にては前掲釈明にもあるように、訴因にいう機械的損傷の原因たる各種の衝撃には脱臭缶運転中に加わることある各種の衝撃と、その修理中に加わるそれとに大別することができ、これらはそれぞれ加わる衝撃の場面、態様等を異にするものである。即ち運転中の衝撃は、右蛇管内では高温の熱媒体を加圧して毎秒一・五m前後の速度で流動させ、その管外では周期的に温度変化する米ぬか油が真空圧下で出入する状況下にあり、かかる内外差圧によつて薄肉管(肉厚二mm)々壁上に生ずる応力の繰り返えしが加わるほか、管外の著しい温度変化や内外温度差等による膨張収縮の繰り返し(検察事務官作成の昭和四四年一一月二五日付捜査報告書により認定しうる)、さらには、前示のとおり真空下の同内槽内に七kg/c2のボイラー圧で一〇kg/時も吹込まれる脱臭用水蒸気によつて生ずる脱臭缶全体の継続的で激しい振動(特に右吹き込みの圧力をまともに受けて蛇管の振動は激しい)等の機械的物理的衝撃を意味する。検察官はその具体例として支え金具との接触による摩耗や溶接不備による溶接部の亀裂を挙げる。これに対し、修理中の衝撃は、後に具体的に判示するが、文字どおり修理に伴う各種の工事、作業等により受けることある機械的物理的衝撃を意味する。従つて、この両者をその予見の対象として識別し、予見することは科学的専門的知識や能力がなくても、少なくとも機械装置を取扱う者である限り、さして困難なことではない。従つて本件の具体的事案並びに公訴事実の内容に照らしてみると、その予見の対象である機械的損傷を右の区分に従つて運転中の衝撃等によつて生じるその損傷、換言すれば、装置の用法に従つた使用という正常時の損傷と修理中という異常時のそれとに明確化する程度のことは可能と思われる。これら予見に対応する結果回避の措置としても、定期的又は日常の蛇管点検と、修理時等通常の装置運転下に加わる以外の衝撃が予想される異常時の点検というように、その契機や時期において若干相違のある回避措置が要求されることとなる。そうして本件においては、後に判示のとおり、右定期的ないし日常の点検によつては本件結果回避の可能性がなく、また本件因果経過を客観的にみても、運転中に生じることある機械的損傷が、本件蛇管の欠陥生成という結果発生の原因となつたものではなく、その因果経過と直接の関連性がないのであるから、右の損傷による蛇管の欠陥生成の回避措置が問題とされる余地はなく、その前提としての右損傷の予見可能性も問題とはならないはずである。従つてこの点に関する右の所論には一部理由があると考えられる。

(2) なお本件では修理中の各種衝撃が本件蛇管の欠陥生成という結果の原因をなすものであつたこと右のとおりであるから、かかる意味合において蛇管の機械的損傷が本件蛇管の点検措置を義務づける前提たる予見可能性の対象となりうるものとみられるのである。尤も、右修理時の機械的損傷がいずれの衝撃により生じたかまで特定し難いこと前判示のとおりであるが、右のとおり固定された機械装置を取り外し、移動し、修理その他衝撃を伴う各種作業がなされれば、右修理個所以外の部分に何らかの損傷や欠陥が生ずる虞れあるということは通常の因果経過として予見可能であり、これに対応する本件結果回避の措置である装置(蛇管)の点検を義務づけるにつき、右程度の因果経過の予見で十分であるから、右衝撃の特定は本件因果経過をより具体化する現象ないしは予見可能性を基礎づける間接的事実に過ぎず、その主要部分には当らないものとし、本件における所謂予見の対象とするまでの必要はないと考える。

そうして、前判示のとおり、昭和四二年一二月中旬頃六号脱臭缶の外筒取替修理のため西村工業に外注するに際し、同缶架台からの取り外し、据付け、搬出入、外注先での修理のための諸工事や諸作業、完成時の検査等に伴つて、同缶蛇管に各種の衝撃が加わつたことが認められるところ、被告人森本は、カネミの精製工場現場の最高責任者として、右修理の要否を自ら判断して外注修理することを実質的に決定したものであり、本件脱臭缶の構造性質やその据付状態は勿論のこと、右修理及びこれに伴う各作業の内容やその経過等についても、発注先での修理経過を除いて、概ねそれらを知りうべき立場にあつたものである。そうして、被告人森本の昭和四四年一二月三〇日付、同四五年一月三日付の各検面調書、同四三年一二月一七日付、同四四年六月二四日付の司法警察員に対する各供述調書によれば、同被告人は、右修理の際、外注先の西村工業の社長高木善次郎から、修理中脱臭缶内の油かすが溶接火花により着火燃焼し、消火器二本を用いて消火したことや、同缶内の油かすが沢山溜つていたので掃除に手間がかかり、同缶を叩いたり、ヘラでこすり落したりしたことを聞いていること、修理後発見された前示のロス取出用パイプ付根付近の亀裂につき、検察官の取調段階では、その原因として同パイプを何かに衝突させたことによるものと理解していたこと等が認められ、右事実に加え、さらに右のとおり脱臭缶の構造に精通する同被告人としては、右修理がその外筒の取り替えであり、修理に際し同外筒と同内槽との間に貫通している前示七本の各種パイプが切断分離されることを当然知悉しており、従つてその切断等の際に右蛇管に衝撃が加わることを予測しえたこと、同様右各種パイプが脱臭缶をその据付場所から取り外し又据付ける際周囲の架台等に衝突する虞れあることを知つていたと推測されること等これら被告人森本が知つていた事情、そのおかれた情況等を綜合検討すると、同被告人は、右外筒修理に際し加わつた各種衝撃により、本件蛇管に何らかの欠陥を生じる可能性があることを認識し、認識しえたもので、従つて本件の因果経過を予見しえたものと考えられる。特に自己の支配下における修理ではなく、しかもカネミでは最初の外注修理によるものであつたし、そのうえ発注先に対し同脱臭缶や蛇管の取扱いについては、その内槽内は修理その他手入れは不要である旨の指示をしたのみで、その取扱いを慎重にする等の特段の注意も与えていないのであるから(工藤末治の同四三年一二月二四日付司法警察員に対する供述調書)、その外注先で同蛇管等が右修理や取り外し等に際し無神経に取り扱われ、何らかの欠陥が生じているかもしれないと考えるのが、かかる複雑な装置の管理者としては通常であつたと思われる。加えて、被告人森本は、前示のとおり三和式脱臭装置につきその安全性の確たる保障もないままこれを改造変更等をなし、その運転方式も変更しているのであるから、カネクロールの加熱条件にかなりの変化が生じ、場合によつてはその過熱分解に起因する腐食等により蛇管に欠陥が生成し、或いは不適正な装置操作への変更によつて蛇管等に無理が生じている可能性を十分認識しうる立場にあつたから、少なくとも右修理に伴う蛇管の欠陥の生成ないしは既に生成している欠陥の拡大等につき、一層これを予見することができたものと考える。

三  結果回避措置に関する所論について

1  適正な装置、適正な運転操作による結果回避措置について

(一) 本件六号脱臭缶蛇管の腐食貫通孔生成の原因は、三和油脂の設計製作上の欠陥に起因する旨の所論について

所論は、要するに、本件六号缶蛇管の腐食貫通孔の生成原因は、本件脱臭装置のプラントメーカーである三和油脂による設計及び製作上の手落ちに由来するものである。即ち、右装置の設計者で三和社員である岩田文男の設計条件に従つて、カネクロールを過熱することなく装置運転を行つても、カネクロールの分解による相当量の塩化水素ガスの発生は避け難いのみならず、その設計々算上のミスから、必然的に局部過熱を生じ、カネクロールを過熱分解させて多量の塩化水素ガスを発生させざるをえないような設計となつているうえ、同脱臭缶は、右により発生した塩化水素ガスが同缶蛇管内に滞留して塩酸となりやすい構造に設計されるなど、設計上の欠陥が存在する。これに加え、六号脱臭缶蛇管の材質は、設計者が指定したものより耐食性を欠ぐ素材が使われ、しかも腐食防止のため通常ならばそれになされるはずの加工処理が省略されるなど、粗悪な材質が使用されるという製作上の欠陥も存在し、これらが本件腐食貫通孔生成の原因となつたものである。従つて、カネミにおいてたとえ脱臭装置やその運転操作の変更等を行わなかつたとしても、本件結果の発生を回避することはできず、被告人森本には右変更等の行為による業務上の注意義務違反はない旨主張する。よつて以下に個別的に検討を加える。

(イ) 六号脱臭缶蛇管の材質の欠陥に関する所論について

所論は、本件六号脱臭缶は、三和が自ら設計し下請により製作させたものであるところ、同缶蛇管の材質はその設計上指定されたJIS規格のSUS33のステンレスパイプではなく、耐食性に劣る同SUS32が使用されているうえ、同規格上要求される所謂固溶化熱処理も施されていない同規格外品であつたため、容易にその腐食を生じる結果となつたものであるから、右蛇管製造者たる三紅製作所ならびにその製造管理上の責任ある三和油脂の落度が本件蛇管の腐食の主要な原因をなすものである。このことは同設計書の指定どおりにSUS33が用いられた三号缶蛇管や、SUS32が用いられてはいるが固溶化熱処理の施された一号缶等に腐食孔の存しない事実に照らしても明らかである旨主張する。

よつて検討するに、証人岩田文男に対する当裁判所の昭和四六年四月六日、同年一一月一五日、同月一六日、同四七年三月二一日の各尋問調書、第三三回公判調書中の証人徳永洋一の供述部分、証人菊田米男、同向井喜彦の当公判廷における各供述、木下禾大外作成の鑑定書、菊田米男外作成の鑑定書、脱臭缶設計図(証第三三号)によれば、岩田文男設計の脱臭缶蛇管の材質は、別紙図表九の2に記載のとおり、旧JIS規格SUS13のステンレスパイプ(その後の規格ナンバー改正によりSUS33とされたもの、同図表参照)が指定され、昭和三六年一月頃カネミの一号脱臭缶及び同三七年五月頃同六号(旧二号)脱臭缶の各製作を三和からその外注先である三紅製作所に対しなした際も同規格でなされていること、しかるに、本件発生後前掲木下禾大外作成の鑑定書作成時における右各蛇管の分析結果によると、同図表のとおり、いずれも旧JIS規格のSUS12に類似するSUS32該当のステンレス管が用いられており、しかもJIS規格上要求されている固溶化熱処理(ステンレス鋼の溶接加工の際、その熱によつて所謂熱影響部といわれる部分に粒界炭化物を析出するが、これがステンレスの粒界腐食の原因となる。従つて析出した右炭化物に再び所定の加熱を加え、これを再固溶させて粒界腐食を防止する目的でなす処理である。第一の五、2、(一)参照)についても、六号缶蛇管については、同蛇管中、その立ち上り部分に近い入口導管部(別紙図表6参照、以下同)及びこれに続く内巻第一段前半周部については同処理がなされているのに反し、同第一段後半周部やこれに続く第二段以下の蛇管には右処理が施されておらずかつ粒界炭化物の析出もみられ、粒界腐食を生じやすい所謂腐食環境にあつたとみられること、同じく一号缶蛇管は不完全ながらも、ほぼ全部に同熱処理が施されていたこと、右のとおり粒界腐食の生成は粒界炭化物の析出に左右されるから、炭素含有量のより少いSUS33鋼の方が、同32鋼より腐食を生じにくく、前記鑑定作業においても、SUS33で製作されている三号脱臭缶のみについては、その管肉厚が他缶のよりも特別厚く三mmもあつたという事情も併せ考えられるが、詳細な欠陥検査や分析が省略されていること、しかも右三号缶蛇管は六号缶蛇管の本件腐食貫通孔発見個所と同様、右熱処理が全く施されていないのに腐食が生じてないこと、右粒界腐食による腐食孔が多数存在するのは六号缶蛇管であるが、一号缶蛇管にも少数ながらみられること、六号缶蛇管のうちでも前示熱処理の施されている入口導管部及び内巻第一段前半周部分では腐食はみられないが、同処理のされなかつた同第一段後半周部に多数の腐食孔が発見されていること、等の事実が認められる。これらの事実に照らせば、要するに、本件脱臭缶蛇管の腐食の生成は、その蛇管材質にSUS33鋼が用いられているか否か、並びに固溶化熱処理が施されているか否かにかなりの関連性を有するものといえる。従つて本件六号缶蛇管のしかも内巻第一段後半周部分に多数の腐食孔が存在するのは、同前半周部分或いは一号缶や三号缶蛇管と対比する限りでは、同六号缶蛇管の材質がSUS32鋼であり、しかも同後半周部が固溶化熱処理がなされず、従つてその熱影響部に粒界炭化物が析出したままの管材が用いられた結果によるものと推認される。そうすると設計者岩田文男が腐食防止の点をも配慮して選択した(同証人に対する当裁判所の昭和四七年三月二一日の尋問調書)SUS33(旧規格同13)のステンレスパイプを右蛇管に用いず、これより粒界腐食に弱いSUS32(旧規格同12)で、しかも前示粒界腐食防止のためなさるべき固溶化熱処理の施されていないステンレス管が用いられたことが、本件腐食貫通孔の生成ひいてはカネクロールの米ぬか油中への漏出混入の原因の一つとなつていることは否めえないことである。証人岩田文男に対する同四六年一一月一六日の当裁判所の尋問調書、第三三回公判調書中の証人徳永洋一の供述部分によれば、本件脱臭缶を設計した岩田文男は、その蛇管材質につき、当時の旧JIS規格のSUS12鋼と同13鋼の品質に若干心配があつたので、より低カーボンの同13鋼の方を選択したこと、JIS規格で配管用ステンレス鋼には固溶化熱処理を施してオーステナイト組織(別紙図表8参照)を復元するよう規定され、常識的にもSUS32のステンレス管として市販されているものであれば、通常同熱処理が施されていると考えてよいこと等が認められ、かかる事実に照らしても、本件六号缶蛇管の材質が設計者の意図したよりも劣るものであるうえ、必要とされる固溶化熱処理も施されてないという悪条件の重なりが、本件発生の一原因となつたことが明らかである。

併しながら、材質がステンレス鋼であつても、前示のとおり、塩酸その他、ハロゲンイオンを生成する非酸性物質に対する耐食性は弱く、これらの物質にかかれば、SUSナンバーに関わりなく腐食を生じ、唯、炭素含有量の少ないステンレス鋼ほど炭素の析出も少く、粒界腐食を惹起しにくいとはいえるが、それも程度の差に過ぎないもので(証人岩田文男に対する昭和四六年四月七日の当裁判所の尋問調書により認める)、いわば相対的なものに過ぎないものである。また固溶化熱処理についても、同処理が施されている一号脱臭缶蛇管にも粒界腐食孔が存在する事実にみられるように、熱処理の技術上、溶接熱により破壊されたオーステナイト組織を完全に復元することは必ずしも容易なことではなく、たとえそれが完全になされても、腐食環境の強弱如何によつてはやはり腐食の生成は回避し難く、材質の場合と同様、同熱処理の有無は腐食生成につき程度の問題に過ぎないと考えられる。腐食等による機器の損傷は右のように欠陥の存する個所から生起するのが通常で、腐食環境下におかれた装置内でかかる弱い個所から侵食されるのは当然のことといえるのであつて、右欠陥は本件腐食孔生成につき、必ずしも不可欠の条件であつたものとは考えられない。しかも腐食生成にはひとり材質の問題のみではなく、塩酸の生成など腐食雰囲気の醸成その他腐食環境の存在も不可欠の要件となるところ、前判示または後に判示のとおり、本件腐食貫通孔の発生はカネクロールの過熱分解による塩酸の生成という強い腐食環境が主要な原因をなしているもので、これに右にみた材質上の欠陥が累積複合してかかる大きなかつ多数の腐食貫通孔を生成したものと解される。従つて右欠陥等をもつて右腐食環境形成に寄与した前判示の被告人森本の行為と本件貫通孔の生成という結果との間の原因結果の関係を否定することができないのは当然と考えられ、被告人森本において、カネクロールの過熱分解を惹起することがないような適正な装置、運転を実施していれば、右腐食雰囲気の形成ひいては本件結果の発生を回避しえたものと考えられる。よつて、所論は理由がない。

(ロ) 脱臭缶蛇管の構造設計上の欠陥に関する所論について

所論は、岩田文男の設計にかかる本件三和式脱臭装置は、カネクロールという本質的に腐食雰囲気を帯有している化学物質をその熱媒体として採用しているのであるから、その循環径路内、特に脱臭缶蛇管については、その内部に腐食雰囲気を形成する塩化水素ガス等の気体が滞留しないような構造に設計すべきであるところ、右岩田設計にかかる脱臭缶蛇管の構造は、その上段部分にカネクロールが滞留したり通過することのない空間、所謂エアポケツト(別紙図表6の2参照)が形成されやすい設計構造となつており、本件六号缶蛇管の腐食も、このポケツトに水蒸気や塩化水素ガスが滞留して腐食環境を作り、これにより生成されたものである。従つて、かかる腐食環境が出来るような装置の構造設計の欠陥に本件腐食孔生成、ひいては本件結果発生の原因が存する旨主張する。

よつて検討するに、本件蛇管の腐食貫通孔生成の機序については、所謂宗像鑑定と菊田鑑定との若干相異なる両鑑定がある。その内容、判断等については、前第一の五、2、(四)に既に判示のとおりであるが、同蛇管内にエアポケツトができ、これが腐食環境を形成したとする菊田鑑定の結果は、本件腐食孔発生の位置、範囲、塩化水素ガスの腐食への作用形態、量、時間、その濃度等に関する判断やカネミの脱臭操作の実態、六号缶蛇管のみが他缶のそれに比して、管径が大きく管容積が広い事実等を考慮すると、より合理的な鑑定内容とも考えられる。所論は右菊田鑑定の内容に準拠した立論であるところ、同鑑定書及び証人菊田米男の当公判廷における供述によれば、本件脱臭缶蛇管は、熱媒体を脱臭缶下部から入れていつたん上方に立ち上がらせたのち、コイル状に底部まで巻き降し、更に同様に巻き上がらせ、最後に再び下降させて同缶底部から排出させるという構造となつており(別紙図表5参照)、このような構造では、右の立上り部分から巻き降りの頭頂部分、即ちエルボ及び入口導管部分でいわば蛇管の頂上部に属する部分にエアポケツト(別紙図表6の2参照)が形成される可能性が強く、一般の化学工学の専門家であれば右ポケツトの形成される可能性を認識しうるものであること、かかる腐食雰囲気をもつ化学物質が熱媒体に使用されるようになつた現在においては、このようなエアポケツトがかなり専門家の間で問題とされるようになり、エアポケツト内のエアを抜く工夫がなされたり、或いはかかるポケツトが生じないよう熱媒体の流入方向(下方から入れ上方に出す等)が検討されていることが認められる。他方、所謂宗像鑑定においても、第三五回及び第五八回公判調書中の証人宗像健の供述部分、篠原久外及び木下禾大外各作成の各鑑定書によれば、蛇管腐食の機序は、運転停止中、地下タンクに落ちず脱臭缶蛇管の中に残留した塩化水素ガスが浮上して蛇管上部付近に集つて腐食環境を形成すると説明するものであること、右カネクロールが蛇管内に残留するのは、右脱臭装置は脱臭作業終了時に所謂サイフオン現象を利用してカネクロールを地下タンクに落すのであるが、カネミ装置の各脱臭缶相互のカネクロール管の配列が並列になされているため、特定の缶内のカネクロールが先に落ちてしまい、そこに空気が入つて大気と短絡する現象を生じ、かかる場合には、本件蛇管が右の様に上下している関係上、すべてのカネクロールが地下タンク内に落ちきれなくなり、蛇管内にも多く残留する現象が生じると説明していることが認められ、右鑑定の結果は菊田鑑定と同様、やはり三和式脱臭装置の構造上の欠陥が本件腐食孔生成に寄与していることを示唆するものである。従つて両鑑定ともに本件脱臭装置が腐食雰囲気を醸成させやすい蛇管構造の設計であるとする点に違いはなく、本件蛇管の腐食孔生成に無視しえない関連があることは十分認めうるところである。

しかしながら、複雑な化学機械装置が完全な欠陥のないものとして設計、製作されることは必ずしも容易なこととはいえない。安保秀雄の検面調書や検察事務官作成の昭和四四年一一月二五日付捜査報告書に照らしても、金属腐食の問題はその材質のみならず、その腐食環境も複雑に絡み合つて多様な腐食形態を示すものであることが認められ、かかる腐食形態のすべての場合を念頭において装置の設計製造を行うことは現在の装置技術をもつてしても容易ではなく、従つて化学装置工業にあつては装置の保守管理にも重点がおかれ、その研究が独立の部門となる程であり、各工場でも多くの努力がそれに払われているのが現実である。まして本件脱臭缶のように、高温下で内外差圧があり、缶全体が常時連続的な振動下におかれ、更にその蛇管内には分解を生じる化学物質を使用する等の装置環境にある化学機械装置の場合に、単に防食の面のみならずその装置の欠陥をすべて完全に回避することは容易ではないものと考えられる。特に本件脱臭装置は、旧来の水蒸気脱臭の方法からその熱媒体に化学物質を使用する方式に転換されて日も浅く、岩田設計の本件脱臭缶にも改良すべき点が諸処にあり、被告人森本においても自らこれに改造を加えているほどであつて、その装置の設計製造は未だ完成されていない時期のものであつた。それ故に、岩田文男は設計に際してカネクロールの分解防止のため、その使用温度を安全をみてかなり低く押え(前掲のカネクロールカタログによれば、その使用温度限界三二〇度とするのに対し二五〇度に、蒸留温度三四〇度とするのに対し分解温度三〇〇度に押えた)、蛇管の材質に、より高級なステンレス鋼を指定し、もつてカネクロールの過熱分解並びに蛇管腐食の各予防をはかり、予測される装置上の難点を補足しようとしたものと考えられる。従つて、カネミにおいても、設計者岩田が意図した運転条件に従つてカネクロールの過熱回避に忠実な運転操作を行つたならば、後にも判示のとおり、本件蛇管の腐食を回避しえたものと解される。

以上のとおり、三和式脱臭缶の設計構造が、本件六号脱臭缶蛇管の腐食貫通孔の生成につき一つの条件関係を形成していることは否定しがたいが、右設計構造上の欠陥のみから右貫通孔の生成をみることがないこと勿論であり、カネクロールの多量の過熱分解惹起という被告人森本の過失行為がその不可欠の要件となるもので、少なくともこれらの欠陥や過失行為が重なつて本件結果を惹起したものである。従つて右設計構造上の難点の存在をもつて右被告人森本の本件結果回避義務を否定することはできず、右所論は相当ではない。

(ハ) 岩田設計には正常運転においてもカネクロール分解を生じる設計上の欠陥が存する旨の所論について

所論は、カネクロールカタログ(弁証第一〇号、証第三八号)によると、カネクロールは摂氏一八〇度から分解を開始し、二五〇度でも一五時間連続加熱で一・四PPMの、二八〇度で一五〇時間の連続加熱では二六一PPMの塩化水素ガスを発生する(カネクロール分解により同ガスを発生することを脱塩酸と称する、以下これを用いる)から、三和式脱臭装置を岩田の設計条件のとおり運転し、その境膜温度を二八〇度に抑えたとしてみても、同加熱炉第一輻射部下段パイプの境膜のみからの脱塩酸量だけでも、一週間六日の連続運転中一九〇ccもの脱塩酸量に達し、これに主流温度部分やその他の部分における脱塩酸量をも併せ考えると、その量は本件蛇管の腐食生成に決して無視しうる量ではなく、むしろカネミにおいてカネクロールを過熱させることなく、岩田の基本設計条件に従つた運転をしていても、本件腐食を惹起しうる脱塩酸量が発生していたこととなる旨主張する。なるほど、証第三八号や弁第一〇号のカネクロールカタログにより認められる脱塩酸量、その他カネクロールの物性値並びに所論設定のカネクロール温度等によれば、所論のとおり一週間六日連続運転中で総計約一九〇ccの量が岩田設計炉第一輻射部下段パイプの境膜のみからでも脱塩酸することが認められる。しかし右所論の試算は、所謂最高境膜温度をその境膜温度にみたてて、加熱炉内加熱管の円周方向すべてが同温度であることを前提とするものであるが、最高境膜温度は前判示のとおり、同管円周方向下部にのみ現われるものであり、右計算ではむしろ円周方向に平均した境膜温度を用うべきであり、従つて所論設定の二八〇度(岩田設計のそれが正にこの程度の温度である)より一〇度以上低い温度となる(別紙計算書(1・11)式により算出できる)。そうすると必然的にその試算資料たる境膜温度が低下し脱塩酸量も減少することとなる。従つて実際の脱塩酸量よりはかなり多量の計算結果をもたらしていることとなる。右の点はさておき、右カタログ並びに証第三七号、弁証第一〇号の各カネクロールカタログによれば、加熱炉内等で脱塩酸した量の大部分は、その生成の都度カネクロールと共に循環した後、循環タンクの空気抜きパイプから装置外へ排気されることが認められ、岩田文男の設計当時の実験によつてもこのことが確かめられている(同証人に対する昭和四六年一一月一七日の当裁判所の尋問調書)。従つて排出されずなお蛇管等装置内に残留してその腐食環境の生成に寄与する量は、岩田文男の設計条件に従つた運転によれば、かなり微量なものであることが明らかである。尤もどの程度の脱塩酸量によつて蛇管が腐食するかは他の諸条件との絡み合もあつて確定することは困難であるが、岩田文男の各尋問調書に照らすと、岩田設計においては、脱塩酸を完全に回避することは困難だが、その大部分を装置内から外部へ排気することが装置設計上可能であること、従つてその脱塩酸量をある程度以下に押えることによつて、脱塩酸による装置への腐食等の弊害を除去しうるものであること等を十分考慮のうえ設計されたものであることが認められ(ちなみに、前掲各カタログ中にも装置設計上脱塩酸に対し配慮すべき事項として右同旨の記載が存する)、従つてかかる意図で設計された装置の運転条件に従う限り、本件蛇管の腐食は回避しえたものと考えるのが合理的である。

しかるに、後にも判示のとおり、カネミの三基同時運転時の加熱炉内境膜温度は、主流温度二五〇度の時には三〇七度、主流温度二六〇度の時には三一五度、主流温度三〇〇度の時で三四九度(以上別紙計算書第6表参照)となる。右のとおり、カネミ加熱炉の最高境膜温度は殆ど三〇〇度を超えており、また同計算書第8表に記載のとおり、その主流温度の最高が二六〇度を超えることはむしろ常態であり、時には三〇〇度近くにも達することがあるような運転がなされていた。そうして前掲カタログ(証第三八号)によれば、カネクロールの分解による塩化水素ガスの発生量は、カネクロール温度二八〇度の場合の発生量は二五〇度時のそれの約二四倍に、同様三〇〇度の場合は二五〇度の時の約九〇倍に、三〇〇度の時は二八〇度時の約四倍に、さらに三二〇度の時は二八〇度時の約一〇倍になることが認められ、前判示のとおり主流温度二五〇度、その際の境膜温度約二八七度となるよう設計された三和装置に対比し、カネミの脱臭装置における塩化水素ガスの発生量は桁違いに多くなることが明らかである。このように設計条件をはるかに超える多量の塩化水素ガスが発生すれば、当然すべてが外部に排出されず、装置内に残留する塩化水素ガスの量も増えることは容易に推認できる。右三和式脱臭装置は、これに前示のとおり一八〇度から痕跡ずつ分解を生じるカネクロールを熱媒体として用いている以上、設計条件のとおり運転操作しても微量の脱塩酸は避けえないものであり、しかも発生した塩化水素ガスが完全には排気されない装置構造である等の欠点が存することは否定しえないが、設計者においてこの点も配慮し、その使用温度を押えるなど前示の対応措置もとられているのであるから、右欠点がある程度補足された設計装置とみられ、微量の脱塩酸は右設計上考慮済みであつたと考えられる。そうして右設計者の配慮に反して、塩化水素ガスの排出を不完全ならしめ、同装置内に腐食を惹起するほど多量の塩化水素ガスを生じさせる程度にまでカネクロールを過熱せしめた被告人の前示過失行為が、右蛇管の腐食という結果をもたらす直接の原因となつたもので、已むを得ず微量の脱塩酸を生じる右装置の設計上の難点をもつて右過失行為と本件腐食との間の因果経過を遮断することは相当ではない。従つて被告人森本において右基本設計を遵守し、適正な装置、操作によるカネミの脱臭作業を実施し、あるいは脱臭係員を指揮監督して実施せしめる行為は、正に本件蛇管の腐食ひいては本件結果の発生を防止する有効な手段であることに変りはない。右所論も失当である。

(ニ) 局部過熱に関する岩田設計装置の欠陥に関する所論について

所論は、要するに、岩田文男設計の三和式脱臭装置は、同人の設計々算上のミスから、その設計で設定されている運転条件に従つて操作しても、装置内のカネクロールの最高(境膜)温度が、その安全限界温度として設定された三〇〇度を超えてその過熱分解を必然的に惹起するような誤つた設計及び運転条件で作られており、これに従つて製作されている変更前のカネミの脱臭装置を右運転条件に従つて運転操作しても、同装置並びにカネクロールに過熱を生じさせることは避けえなかつたものである。従つて、カネミにおいて右装置や運転操作の変更を実施しなくとも、本件腐食貫通孔の生成をもたらすほどの多量の塩化水素ガスの発生を防止しえず、本件結果の発生は回避しがたいものであつた旨主張するので検討する。

本件脱臭装置の設計者岩田文男の基本設計については、概ね同人作成の「脱臭装置設計」と題する書面(検証第二四七八号、以下岩田計算書という)にその設計々算の経過、結論が記載されている。同人に対する昭和四六年四月五日及び同年一一月一五日の当裁判所の尋問調書によれば、右岩田計算書は、同人が初めてガードラー方式による脱臭装置を設計した際に計算して作成したものを基本とし、その後三和における実際の同設計に基づく装置の運転データーやその他の実験データーにより出てきた同計算書の数値との誤差及び装置の増設変更等に伴つて、その数値が度々修正され、計算も反覆されたものであること、そうして本件発覚後同人により急きよ整理清書されて捜査官に提出されたものであることが認められる。このような経緯もあつて、同計算書は、その内容を詳細に検討すると、ある個所の修正に伴つて必然的に訂正すべき他の数値の訂正洩れや、書写の際等の誤記、誤算(例えば同計算書五頁二行目から五行目についてみても、境膜伝熱係数を八八七と計算しているのに、その総括伝熱係数試算の式への算入では一八七と誤記され、また管外汚れ係数〇・〇〇〇五となるべきところを一桁間違えて〇・〇〇五と誤記されたり、またその計算の結果(右の正しい数値による)130となるべきところを180とするなどの誤記がなされ、それ以降の各計算でもこの誤記された値が用いられている。その他詳細は別紙計算書参照)が各所に散在する。そのため計算結果の数値に若干の狂いが現われ、更には資料としてとられた数値にも多少の誤りがある部分も存することも加わり、右計算書の結論的数値にやゝ不正確な点等があることは否定できず、所論の主張もこれらを根拠に同計算書を論難するものであるが、その設計者の意図するカネクロールの過熱分解の防止、安全温度限界内での脱臭目的の達成という観点からすれば、別紙計算書第2の(二)に試算検証のとおり十分適正に設計された装置であることが明らかである。第五六回公判調書中の証人宗像健の、第九五回及び一〇一回の同栗脇美文の、各供述部分、証人田中楠弥太の当公判廷における供述、篠原久外作成の鑑定書、田中楠弥太作成の鑑定書及びその追加書、栗脇美文作成の「熱媒体の最高温度の推算」と題する書面に照らすと、右岩田計算書においては、その細部に若干の資料不足がみられて完全とまではいいえないが、伝熱計算に関する大筋の考え方は化学工学の原理に適つた概ね妥当なものであつたことが認められる。

そうして、右岩田計算書における設計々算を証拠上現われた各資料等により是正して計算した別紙計算書第一の(二)及び第三の(二)判示の計算結果によると、岩田設計装置においては、最高境膜(管壁)温度(同温度がカネクロールの分解と最も関連性があることについては既に判示したとおりである)が、前示の岩田設定にかかるカネクロール分解回避のための安全限界温度三〇〇度を超えることなく、脱臭装置に必要な所要熱量を十分に供給しうる能力ある加熱炉が設計されていることが認められる。そうして三和の加熱炉並びに改造前のカネミの加熱炉はこれに基づき製作されたものであり、特に三和の実際の操業では脱臭缶での油の加熱昇温時間を右設計条件以上に長くとつているため、炉の負荷が軽くなり、その能力に一層余裕が出ている。なお、別紙計算書第三の(二)記載のとおりカネクロール主流温度二五〇度における右岩田設計炉内加熱管の最高境膜温度は二八七度であり、これは岩田文男に対する昭和四六年四月五日の当裁判所の尋問調書における右温度に関する岩田の供述(二八〇度で治まる旨)とほぼ符合する。以上のカネクロールの過熱防止措置に加えて、岩田の設計条件及び三和における実際の操作では、前示のとおり装置運転中カネクロールの右最高境膜温度が三〇〇度を超えないようにするため、同主流温度が二五五度を超えるとバーナーを消火するという徹底した方法で温度制御がなされ、その分解防止のため一層厳格な運転方法がとられていたものである。

以上にみたとおり、岩田設計にかかる三和式脱臭装置及びその運転操作の方法は、カネクロールの過熱分解ひいては装置腐食の防止という見地からみて、いずれも適正なものであつたと解される。右所論も失当である。

(二) カネミにおける脱臭装置やその運転操作の変更等が適切であり、改良されたものであるとの所論について

所論は、昭和三九年以降のカネミにおける三基目の脱臭缶の増設及びこれに伴う関連装置の増改造、並びに三缶同時運転、バーナー燃焼方法の変更等の運転操作方法の変更によつて、結果的ではあるが、同装置内で過熱を生じさせることもなく、却つて岩田設計の三和式脱臭装置に内在したカネクロール過熱要因を除去し、より安全で合理的な装置並びに運転操作に改善されるに至つたものである。従つて右改善をなした被告人森本に、本件蛇管の腐食貫通孔生成に関する結果回避の措置をとるべき業務上の注意義務に違反した過失はない、旨主張する。よつて以下に検討する。

被告人森本は、前示のとおり、カネクロールが三〇〇度以上に過熱されると塩酸を生成し、本件装置内を腐食する危険があることを認識しながら、第一の五、3、(四)に判示のとおり、その指揮のもとに、過熱に関しては適切に設計された一炉につき脱臭缶二缶を一セツトとする三和式脱臭装置のカネミの装置を、岩田の右設計条件を顧みることなく、設計々算上の根拠も殆どないまま、右セツトに脱臭缶一基を付け加え一炉三缶を一セツトとする装置に変更し、脱臭缶を三基同時に運転するという操作方法に変更し、その熱負荷を増大せしめて加熱炉の負荷を高める結果をもたらした。更に右に止まらず、それまで使用していた岩田設計の加熱炉についても、右同様に確たる設計々算もなされないまま、カネクロールの過熱分解に対する配慮を欠いだ構造、規模の炉に変更し、或いは同様の新炉を築構するなどした。その結果カネミの右加熱炉においてカネクロールの過熱分解を多量に惹起して本件蛇管の腐食をもたらし、ひいては結果を招来したことは明らかであり、被告人森本の過失は優にこれを認めることができ、所論は失当である。これを以下に詳述する。

(イ) 三基同時運転方式への変更及びこれによる熱負荷の増大

(1) カネミにおいては、第一の五、3、(四)、(イ)に判示のとおり、その米ぬか油原料の集荷量及び同原油量の増加に伴い米ぬか油精製量の増産を図るため、その隘路となつていた脱臭工程の拡大の必要に迫られ、昭和三八年春頃から脱臭缶の一基増設を検討し、その頃右増缶を決定した。この増缶に際しては、証人岩田文男に対する昭和四六年四月六日及び同年一一月一六日の、同坂倉信雄に対する同年四月八日の、当裁判所の各尋問調書、被告人加藤三之輔の当公判廷(第一一八回)における供述、同森本の当公判廷(第一一六回、第一一九回、第一三七回)における各供述及び昭和四四年一二月三〇日付、同四五年一月二八日付、同年二月二七日付の各検面調書及び同四四年六月二五日付司法警察員に対する供述調書を綜合すると、被告人森本は、カネミの脱臭装置が一炉二缶一セツトの三和式装置であり、関連装置もこれに相応じた能力を有するものが設置されていることを認識していたこと、にも拘らず、右関連装置は略そのままとして脱臭缶のみ一基増設し、三基同時運転をすることによつて右隘路を打開し精製油の増産に応じようと考え、その旨カネミの社長加藤三之輔に進言し決定するに至らしめたこと、右方式の採用に当つては、岩田による設計がなされた基本装置に単に脱臭缶一基付設するに過ぎないから、特段の設計変更を要せず、カネミにおける二基時の運転データーや運転経験を参考に右装置の性能等の大まかな所を押さえれば十分運転できるとの安易な考えで、従来の二基分の供給熱量、水蒸気排気量及び同吹込量、燃料使用量等に一基分その各量を加えれば足りるとする単純付加計算により各装置能力を判断し、またその伝熱能力も、炉内加熱管径を拡大(呼び径一インチから一・五インチへ)したので、同管表面積即ちその受熱面積が広くなつたことにより十分確保できるという常識的な判断に止まつたこと、三基同時運転を実施してみて不都合が生じればその時点で手当をするなり、それでも駄目ならば予備缶とするという考えで増設に踏み切つたこと等が認められ、これらの事実に照らすと、岩田計算書にみるように、単に増缶であつても実際は極めて複雑な設計々算をする必要のある装置であるに拘らず、これを安易に考え、安全性の配慮を欠いだ無謀な装置の増設、運転方法の変更に踏み出していることが明らかである。さらに前掲各証拠によると、カネミでは、その油精製技術や化学機械装置の能力不足を補うため、三和式脱臭装置の導入当初から、本件設置の設計者であり化学機械装置の専門家である岩田文男をカネミの嘱託としてその技術的指導等を依嘱し、年数回カネミ本社工場において指導を受けるほか、必要に応じて電話や文書によりこれを行うなどしていたこと、従つて被告人森本は、右増缶に際し、その適否等につき同人に容易にその意見を求めたり、相談することができたのに拘らず、同人に積極的に意見を求めたり、あるいは右増缶に協力を求めることをせず、却つて関連装置を一セツト分増設しない限り、炉や真空装置の関係上岩田設計装置のままで右三基同時運転は無理である、との岩田の忠告を受けたのを無視し、関連装置はほぼそのままとして三基同時運転を継続したこと、この増缶の頃には、既に三年程の脱臭装置運転の経験を積んだ被告人森本は、市場でカネミ油の品質が三和のそれを陵駕して評価されるようになつたこともあつて、三和より優れた油精製の技術を修得するに至つたと意識するようになり、その技術や脱臭装置の運転操作等を過信するに至つたこと、之に右精製技術上のノウハウに関する三和への不信感も加わつて、三和の意見を常に聞くように指揮指導していた上司の被告人加藤三之輔社長の意向にも反して、設計者岩田文男の意見を積極的に求めたり、その忠告を聞き入れて参考とするようなこともなくなつたこと、更にまた本件装置導入当初から三和との間で技術提携、情報交換の趣旨で行なわれてきた製油関係の各種データーの交換(三和のカネミへの指導はこの機会になされることも多かつた)も、被告人森本の一存でカネミの方で一方的に中止するなどしていたこと、が認められる。そもそも、化学機械装置をそのユーザーにおいて大巾に改造したり、その基本的部分にわたる変更を加えたりする場合には、その者によほどの知識能力や技術がない限り、その設計者やメーカーに対して、その改造変更の当否や安全性につき問い合わせるなどしたうえ之をなすべきことは通常のことと思料されるところ、右認定の各事実に徴するとき、カネミでは右設計者をその技術顧問的地位に付けており、右問合わせは容易にできる体制下にあつたにも拘らず、被告人森本においては敢えてこれをなさず、自らは化学機械装置や化学工学に関する知識能力をさほど有しないのに自己の能力を過信し、本件脱臭缶の増設等装置の変更やその運転方法の変更等を独自の判断で実施するなど、その際十分慎重な態度をとらなかつたことが窺われる。この点カネミ同様三和プラントを導入して米ぬか油を精製していた全国農村工業農業協同組合連合会平場工場においては、脱臭缶二基一セツトに更に同缶一基を増設する計画を立てたが、加熱炉の関係で無理であるとの岩田文男の忠告を容れて右計画を中止している事実(証人堺一郎に対する昭和四六年四月九日の当裁判所の尋問調書、高梨三郎の検面調書によりこれを認める)に対比することができる。なお、被告人森本は当公判廷(第一一九回外)において、右三基同時運転を行う際、その循環ポンプを旧来の大東ギヤーポンプからより性能のよい六王ポンプに切替えたため、カネクロールの流量流速も十分とれるようになつたことも考慮に入えて右同時運転に踏み切つた旨主張し、所論もこれを引用するが、同被告人の捜査段階における供述(昭和四四年六月三日付、同月二四日付、同月二七日付の司法警察員に対する各供述調書、同年一二月三〇日付及び同四五年一月二八日付の各検面調書)に照らすと、同被告人は加熱炉加熱管の管径、カネクロールの流量、流速、伝熱量、カネクロールの分解等の相互の関連性等に関して殆ど知識を有せず、却つて熱媒体の流速が遅いほど伝熱量が大になるなど誤つた理解の仕方をしていたことが認められるのであるから、右ポンプの変更をもつて右増缶分の能力をカネミの装置が備えていたか否かを判断することはできなかつたはずである。しかも右ポンプの切替は三和の勧めで行つたもので、それが偶々脱臭缶増設時と一致したに過ぎず、右増缶による運転方式の変更を考慮に入れてなされたものではないし、同被告人の右知識からしてもこれを考慮して検討することはできなかつたはずである。右の主張は措信しがたい。

以上のとおり、被告人森本は、その学歴や職務経験から化学的素養は持ち合せていたものの、化学工学や化学機械装置に関してはさほどの素養もなく、化学機械装置の設計や設計計算をしてその安全性を確認できるほどの専門的能力は有していなかつた。そのためもあつて、カネミは、本件脱臭装置の設計者で右装置の専門家である岩田文男を、被告人森本の右素養、知識能力等を補足し、また導入した本件三和式脱臭装置による油精製技術やその装置の運転操作、保守管理等についての技術的指導を受ける趣旨で、右導入当初からその嘱託に依嘱していたのである。従つて、被告人森本においては機械装置に関してはいつでも同人の意見を質すことができる体勢にあつた。そうして前述のとおりかかる機械装置の改造、変更に際しては設計者やそのメーカーに問い合わせるなどしてその安全性等を確認のうえそれに踏み切るのがそのユーザーの一般的姿勢と考えられるところ、カネミの右装置の改造、変更や運転方法の変更(これも装置の基本的なものに関係がある)に際し、被告人森本において、少なくとも岩田に右変更等の適否、その安全性の有無につき問い合わせ、十分納得するまで意見を聞くなどすることによつて、化学工学上も誤りのない安全な増缶その他改造等を容易に実施しえたし、同被告人自身やカネミ従業員らの技術水準に照らしても当然そうすべきであつたと思われる。然るに、被告人森本は自ら積極的に同人の意見を求めるようなことをせず、却つてこれを知つた同人からその変更は加熱炉等に無理がくると聞かされたにも拘らず、敢て右のとおり増缶に踏み切つたのである。しかし、本件脱臭装置は決して単純なものではなく、装置内には熱媒体としてカネクロールという人体に有害とみられる化学物質が、人体の摂取を予定されている米ぬか油の直近で使用されるという危険な装置構造であるから、当然その設計者においてその安全性を考慮して設計されたものであり、同装置の構造、操作、性能等を知つている同被告人においてもこのことを認識し又は認識しえたものである。にも拘らず、被告人森本は、自己の能力を過信し、本件装置を単純安易に考えて右設計者の安全性に対する配慮を顧みることなく、後示のように本件装置増設による熱負荷の増加に対応してその加熱炉の能力を増強するなどの措置もとらず、慢然単純な計算や浅薄な経験に従つて、右増缶や運転方法の変更を実施したものであり、同被告人の右行為は正に危険な行為といわざるを得ない(なお同被告人は、前掲のとおり装置の増設、変更の適否はそれを実際に運転してみて、その結果をみれば判るとの立場で三基の脱臭缶の同時運転を開始したというのであるが、設計者岩田の同装置設計の安全性確保という基本理念に対する配慮が欠落している以上、右にいう運転結果による検討とは、単に油の昇温状態や脱臭の出来具合をみる程度を意味するに止まり、加熱炉の局部過熱やカネクロールの過熱分解までも配慮され検討されるに至らないことは容易に推認されるところであり、その装置や運転の無謀な変更を補完する手段とは考えられない)。

(2) 右のとおり、カネミでは、三基目の脱臭缶を増設し、当初暗中模索の状態で脱臭缶三基同時運転に踏切つたのであるが、これが一応の軌道にのり出すや、前示のように二缶同時運転で一脱臭サイクルを一四〇分とつていた三和の方式に対し、三缶同時運転としたにも拘らずこれを一二〇分とするサイクルで通常運転する方法をとるに至つたため、単位時間当りの脱臭処理量も一・七倍以上に増えたことや、予熱時間の短縮による予熱終末温度の低下(別紙計算書第2の(三)、(1)に計算のとおり約二〇度近くの低下がある)などによつて、その単位時間当りの必要伝熱量(熱負荷)は、同計算書第2の(三)、(4)に記載のとおり、岩田基本設計の最大熱負荷の約一・四倍、同平均熱負荷の約一・七倍、また三和の実際装置の平均熱負荷に対しては約一・九倍近くに達する毎時四六、二〇〇キロカロリーに増大し、これに相応して加熱炉の熱負担をも重くし、同炉にその余力なき限りカネクロールの過熱分解をもたらす状況を招来したものである。

(3) 以上に対し、所論は脱臭装置の増設や運転変更が如何に適切で合理的なものであつたかをるる主張し、被告人森本も当公判廷で一部これに副つた供述をするので、これらにつき検討する。

第一に、カネミの三基同時運転の脱臭サイクルにつき、被告人森本は、当公判廷(第一一一回、一一二回)において、予熱・冷却の各時間を三〇分と決めて運転していたから、理論的に計算しても一脱臭工程は一六五分となり、内三〇分ないし四〇分が加熱に、一〇五分ないし一一五分が昇温脱臭に費される、実際の操業も概ね右の理論サイクルどおりである旨供述する(所論主張のサイクルは後判示のようにこれと若干異なる)。しかし右の主張は、カネミの脱臭係員である樋口広次(同人の昭和四四年一二月一一日付、同月一四日付各検面調書、第四一回、五七回、六一回の各公判調書中の同証人の供述部分)、川野英一(同人の昭和四四年一二月二六日付検面調書、第五回、七回、一三回各公判調書中の同証人の供述部分)、三田次男(同人の同四四年一二月六日付検面調書、第六一回、六三回各公判調書中の同証人の供述部分)の、油の脱臭缶滞留時間九〇分ないし一一〇分、脱臭時間六〇分ないし九〇分とする各供述と著しく異なるうえ、同被告人自身の捜査官に対する供述(昭和四四年一二月三〇日付検面調書、同年六月五日付及び同月二五日付の司法警察員に対する各供述調書)も相異なる内容であること、また同被告人の当公判廷(第一一二回、一二七回、一三七回)における供述によれば、同被告人の右現場の脱臭係員に対してなした脱臭サイクルに関する指示も、油温が二〇〇度に達して最低一時間脱臭時間をとること及び予熱時間を三〇分程度とることの指示程度であつて、その余のことは現場の脱臭係員に委ねていた事実が認められ、更に、被告人森本の当公判廷における全供述や、捜査官に対する供述を綜合して推認されるところの同被告人の脱臭サイクルに関する理論的知識の欠如(本件捜査の段階まではその主張する理論サイクルやサイクルの組立方を具体的には知らなかつたとみられる)、その他第一の五、3、(四)、(ハ)、(2)、〈3〉に判示の諸事実等に徴すると、同被告人主張のサイクルは容易に措信し難く、むしろ公訴提起後、前後の辻つまを合せようとする自己弁護的、追補的な主張に過ぎないと解される。被告人森本は右一六五分サイクルでないと油の予熱や冷却に必要な三〇分間の操作時間がとれない旨供述するが、予熱時間や冷却時間が本件サイクル時間を規制し、その制約となるものではないことは第一の五、3、(四)、(ハ)(2)〈4〉に判示したとおりである。

第二に、予熱終末油温に関しても、被告人森本は、当公判廷(第一一九回)において、スチーム予熱に過熱水蒸気を用いていたので一六〇度ないし一七〇度まで昇温していた旨供述するが、別紙計算書第2の(三)、(1)に判示のとおり、前示一二〇分サイクルでは理論計算上約一三三度、所論主張の一三五分サイクルでも約一四〇度にしか昇温しないことが明らかである。また第三七回公判調書中の証人宗像健の供述部分、証人岩田文男に対する昭和四六年四月七日、同年一一月一六日、同四七年三月二一日の当裁判所の各尋問調書によれば、予熱缶の予熱用スチームに例え過熱水蒸気を使用しても、カネミの右予熱装置はスチームトラツプを着装したものであつたことや、水蒸気加熱は本来主として水蒸気の潜熱利用であり、昇温効果の少ない顕熱を高めるに過ぎない過熱蒸気としても、脱色油の予熱昇温にさして影響はなかつたことが認められる。そうして、被告人森本の右供述する予熱終末油温が、実は脱臭缶に予熱油を落して後の脱臭缶内での測定温度であつたことも自ら供述しており、従つて油落し後測定時までの間油温がかなり昇温していることが窺われるのである。以上の事実に照らすと被告人主張の予熱終末油温は必ずしも実際のそれとはいえず、直ちには措信し難い。この予熱終末油温の低下により加熱炉の熱負担を増大させたことについては既に判示のとおりである。

第三に、脱臭缶における油の昇温方法につき、被告人森本は、当公判廷(第一一一回、一一二回)で、前記一四五分間の油の脱臭缶滞留時間全時間をかけて、油を徐々に昇温させて終末油温まで持つて行く方法をとつたから、その熱負荷は三基同時に運転しても、急激に油を昇温させていた二基の際に比較してさほど変りはなかつた旨供述するが、他方同被告人の昭和四五年一月二八日付検面調書によれば、三基同時運転を開始した頃、脱臭缶内油の温度を早く終末油温(二三〇度)に昇温させて脱臭した方がよい品質の油が精製できることを認識するに至り(真実そうである)、その方法をとるため、油の昇温を早くする目的で油とカネクロールの各温度差を大きくする必要上(別紙計算書2・0式参照)、カネクロール主流温度を二六〇度に高めて使用した旨供述しており、この供述が理論的にも合理性があり、またカネミの装置、操作方法からみてもその実体に合致した内容であつて信用性のある供述と解されるから、これに照らし前記同被告人の当公判廷における供述は信用し難い。結局同被告人としては、三基同時運転方式の採用にあたり、却つてカネクロール主流温度を従前より高め、加熱や昇温時間を出来るだけ短縮して油の昇温を早くさせ、最低確保すべき一時間の脱臭時間を捻出するような運転方法をとつたこと、そのためその一脱臭サイクル時間を限界ぎりぎり近くまで短縮して操業させていたものと考えられる。従つてその結果熱負荷を必然的に高める結果を招来したものである。

第四に、所論は、右の昇温方法に関連するが、カネミの三基同時運転においては、一脱臭工程の時間を(三基故に)三等分し、その区分時点毎に、大中小三段階に分けてカネクロールバルブを操作して当該脱臭缶内のカネクロール流量を調節し、もつて油温をコントロールする昇温方法をとつており、これによつて急激な熱負荷の増大を回避し、カネクロール主流温度を低く維持し、ひいてはその過熱分解を起こすことなく操作できる合理的な運転方法を採つていたことを詳細な計算を用いて論断するが、右の計算経過及び結論に誤りがあることは別紙計算書第4の(三)に判示のとおりである。右計算にはその使用する公理、計算式上の誤り、使用数値の誤り(特に岩田計算書の誤記、誤算をそのまま使用するものも多い)、根拠のない仮説、装置のスケールの相違の無視、前提条件の不当性等が散在し、必ずしも相当なものとはいえず、これに基づき主張する右操作の合理性なるものも信用し難いところである。特に所論は、加熱中の脱臭缶のカネクロールバルブを半開とし、昇温脱臭中の同缶の同バルブを全開とすることによつて、急激な熱負荷の増大を抑制し、過熱を回避できる合理的操作をなしうる旨主張するが、これまた右の誤つた計算をその論処とするものであるうえ、脱臭缶中最も多くの熱負荷を要するはずの加熱中の缶が、本来それより少ない熱負荷ですむ昇温脱臭中の缶よりも少ないカネクロール流量で足りるということ自体、本件装置に照らし奇異なことであり、岩田設計でもかかる考え方はどこにもとられておらず、被告人森本やカネミ従業員もかかる事実を意識して操作していないことは関係証拠に照らし明白であるのみならず、これまでに判示のカネミの操業の実態に照らせば早く低温の油を二〇〇度に昇温させて脱臭開始する必要に迫られていたことも明らかであり、これらを勘案しても実際のカネミの操業形態からは考えられない方法と思われる。更に主張のとおり昇温脱臭中の缶の右バルブを全開し、加熱中の缶のそれを半開として三基同時運転が合理的に操作できるとするためには、前認定の一二〇分サイクル、予熱終末油温一三五度前後の条件での計算(別紙計算書2・7式により各時間帯の熱負荷の比を求め、同2・0式、2・2式、2・4式等を用いることにより、各缶の流量比を算定することができる)からは、加熱時間帯に相当する第一区分における終末油温を所定の二〇〇度以下(一八〇度程度)に押えざるをえなくなると考えられ、かかる方法では前認定の一二〇分サイクルをとるカネミの脱臭方法では、その最低一時間の脱臭時間の確保すら覚つかなく、現実に合致しないものといわなければならない。またそもそも三和式脱臭装置は前判示のとおり回分(バツチ)式といわれ、脱色油が周期的に送られてくるもので、それぞれの脱臭缶内の油温が異なるため各缶での熱負荷が当然異なつてくる。そのため、これに対応してその熱供給(即ち各缶のカネクロール流量)にも違いをもたせることを要し、右流量調整用バルブの操作も、三缶同時運転ならば三サイクルで一脱臭工程全体が組み立てられることとなる関係上、三缶ともに同一条件下にあれば必然的に三段階の加熱操作即ち右バルブ操作がとられるのは至極当然のことであり、二基同時運転の三和方式であれば、加熱中の缶のバルブ全開、他缶は恒温保持程度に少し開くという二段階操作が当然とられることになるし、別紙図表一二の1、2等にみられるように、そのバルブ切替時点は二缶同時になされる必要も生じ、その脱臭工程のサイクル時間は二つに均等分されることとなる。三和式でもかかる方法がとられていたことは証人岩田文男に対する昭和四六年四月七日及び同年一一月一六日の当裁判所の尋問調書によつても明らかである。所論は三和方式では二基運転でも三段階にわたる複雑なバルブ操作を要すると主張するが、右に照らし失当である。前にも判示のようにカネミでは三基同時運転時三段階バルブ操作方式がとられているけれども、以上に述べた事実に照らすと、それがカネミのみがとつた合理的操作方法というにあたらない。(なお、カネミの実際の装置は各缶の加熱管径や加熱炉から各缶の距離が相異なり三缶同じ条件下になく、所論のように同様の三段階バルブ操作が可能であつたかは疑問があり、右操作の程度にかなりの差異があつたものと考えられる)。

(ロ) 岩田設計加熱炉の構造変更及び加熱炉燃焼方法の変更

(1) 加熱炉の構造変更についての被告人森本の態度

前判示のとおり、岩田設計の加熱炉はカネクロールの過熱分解回避という観点を重視し、その回避ができるように設計々算され、しかもカネクロールの主流温度を加熱炉出口温度で二五〇度プラスマイナス五度で制御する使用条件を設定したもので、適正な装置であり、適正な運転条件も兼ね備えていたものである。然るに、カネミにおいては、被告人森本の指導のもとに、三基同時運転開始の頃から、カネクロール主流温度を二六〇度ないしそれ以上の温度で使用することとした(同被告人の当公判廷(第一一二回)における供述、昭和四四年一二月三〇日付検面調書、別紙計算書第3の(三))ほか、カネクロールの過熱分解防止に対する考慮を欠いだまま、十分な設計々算によりその安全性を確保することもしないで、前示のとおり岩田設計の加熱炉の改造を敢行したものである。

本来、本件加熱炉の設計々算は、別紙計算書第1や第3にみるとおり、決して単純なものでなく、炉内設置の加熱管の管径、管間隔、管段数、火焔やガス温度、熱到達率、有効面積率等々の諸要因が複雑に絡み合つているものである。このような計算の知識能力を被告人森本は持ち合せていないことは関係証拠に照らして明らかである。特に、証人岩田文男に対する昭和四六年一一月一七日の当裁判所の尋問調書、第五六回公判調書中の証人宗像健の供述部分、証人田中楠弥太の当公判廷における供述、被告人森本の当公判廷(第一一一回)における供述、同被告人の同四四年六月二五日付司法警察員に対する供述調書によれば次のとおり認定できる。即ち、本件加熱炉は通常のボイラー等と異なつて、被加熱物質として通常分解を生じる化学物質(カネクロール)を使用しているのであるから、その設計製作や改造にあたつては、被加熱物質の物性の調査、加熱管の境膜温度等につき調査研究し、その分解に十分な配慮をしたうえでなお所要熱量を供給しうる炉として設計、改造等がなさるべきであり、岩田の設計々算書では十分これがなされている。然るに被告人森本は、岩田設計炉の改造及び新設炉の構築に際し、右炉を通常のボイラー同様に単純に考え、前述のように加熱管表面積等の単純な計算をしたのみで被加熱物質たるカネクロールの分解等の検討を怠たり、またこれを築炉屋に検討させることもせず、同改造を請負つた築炉屋には単に加熱管径を太くし、蒸気用加熱管を設置することの注文をしたのみで、その他は右設置、変更によつて炉の態様やスケールが変つてもなお完全燃焼をするか否かを確めただけであとはすべて築炉屋に委ねて右改造ないし炉の新設を実施したものである。勿論その際設計図の作成もなさず、その他は一切築炉屋に委ねた。その結果、本来機械装置の設計や設計々算は、化学工学等の公理を用いて簡単に説明がつくように、判り易い形でなされ、これにより装置が製作さるべきに拘らず、その改造ないし新設されたカネミ炉は、非常にアブノーマルな、その設計々算書を追跡しにくい条件に変更されてしまつている(第五六回公判調書中の証人宗像健の供述部分により認める)。

(2) 加熱炉構造変更の内容について

カネミにおける岩田設計加熱炉の改造ならびに改造同様の構造に築構された新設炉の構造内容、変更による問題点に関しては前示第一の五、3、(五)に記載のとおりである。その要点は次のとおりである。

〈1〉 岩田設計の加熱炉は小型の箱型炉で、バーナー燃焼室の上が第一輻射部となつており、バーナー火焔からの輻射伝燃を主体(炉全体の七割近くを占める)とする伝熱形態がとられているから、被加熱物質の分解の問題を別個とすれば、その炉の能力は、別紙計算書第1の(二)(2)の各計算理論から明らかなように、炉内加熱管の表面積(受熱能力)、第一輻射部の天井面積(輻射伝熱は同面積の広さに比例)、周囲壁面積(輻射熱の反射面積を構成し、その到達率に関連)、同部容積(輻射熱量に影響を与える燃焼ガスの有効厚みを左右する。容積大なるほど同熱量も大きくなる。然るに、被告人森本の昭和四五年一月二八日付検面調書によると、同被告人は同容積が拡大すると火焔が拡散し却つて供給熱量が低下するものと認識していたことが認められ、加熱と燃焼の原理を混同していることが明らかである)等により左右されるところ、加熱管径は一・五倍にされたが、その管長が短縮されたため加熱管表面積は却つて若干(五%)縮少され、第一輻射部の天井面積(改造炉で三二%、新設炉で一二%)、反射壁面積(同三八%と二五%)、同部容積(同四三%と三二%)もいずれも縮少され、同部の伝熱能力を著しく低下させていること。

〈2〉 しかも、別紙計算書第5の(1)ないし(4)及び第9表に記載のとおり、カネミの加熱炉の燃料であるA重油の使用量は、岩田設計装置における加熱炉の二倍前後にも達しているのに対し、右〈1〉記載のとおり、炉内第一輻射部即ち燃焼室容積が縮少したため、同室内の単位面積当りのバーナー燃焼量ひいてはその発熱量は、岩田設計炉の三倍にも達している。このことは同第一輻射部内が高温の火焔や燃焼ガスに充満され、同部加熱管を過熱する虞れを強めていることを意味するものと推測される。

〈3〉 その反面熱供給がさほど期待できない(せいぜい炉全体の二割程度)はずの対流部を拡大した(第一輻射部縮少に伴ない、その分を対流部で回収、補促する必要を生じたが、拡大された同部で右補促すべき熱量を回収するためには燃焼ガス温度を高めること即ちバーナーを強く焚くことになり局部過熱の原因となる)。併し、同部における加熱パイプの配管配列等は対流伝熱における熱吸収原理に背反し、燃焼ガスを無駄に通過させやすい配置構造(空間や間隙が多くなり同ガスの加熱パイプに接触する割合が少なくなり、伝熱低下熱ロス増大という結果となる)とするなど、対流伝熱の原理に逆つた炉に変更し、これまた炉の能力を低下させていること。

〈4〉 就中、局部過熱回避のために輻射部ではバーナー火焔が加熱管に直接接触することを避ける必要があり、岩田設計炉もその予測される火焔長に照らしてこの点炉の設計上十分配慮されその間隔がとられているところ、カネミではバーナー焚き口から第一輻射部加熱管底部までの間隔(一・一mのを改造炉及び新設炉とも約六八cmに)及び同焚口から橋壁までの間隔(一・二mを改造炉で八六cm、新設炉で九五cmに)をそれぞれ短縮し、バーナー火焔のカネクロールパイプへの接触ひいてはそのカネクロールの過熱分解の危険性を高める改造をしたこと(別紙図表10の1乃至4参照)。

〈5〉 第一輻射部内加熱管の上部に更に二段の水蒸気加熱用のパイプを右加熱管と碁盤目状に設置し、およそ化学機械装置における加熱炉では存在をみない、また専門家の研究例もない四段配列(証人岩田文男に対する昭和四六年一一月一六日の当裁判所の尋問調書により認める)に変更した結果、炉天井からの反射伝熱が右スチーム用パイプに吸収されてなくなり、加熱管裏側からの入熱がなく管円周方向における入熱の偏りが大きくなつて、いわゆる最高熱分布度の値が大きくなつて局部過熱を生じやすい構造となつたこと(別紙計算書第1の(二)、(1)参照)。

〈6〉 尤も右最高熱分布度の値の増加に対応して、別紙計算書第3の(一)、〈10〉に記載のとおり炉加熱管内を流れるカネクロールの流量が一六〇乃至二二〇l/分程度に確保できれば、局部過熱を回避できたのであるが、カネミのカネクロール循環ポンプではかかる流量をとるだけの能力はなく、結局過熱を回避しながらカネクロールに熱供給を行うためにはバーナーの燃焼を落し、火焔温度を低下させる以外にはなく、従つて時間を伸ばして操作せざるをえないこと。

〈7〉 結局以上からカネミの加熱炉はカネクロールを過熱することなく伝熱しうる許容(安全)伝熱量は、別紙計算書第一表に記載のとおり岩田設計炉のそれに比し、新設炉で約一〇%(改造炉では二五%にもなる)の低下をみている。

以上のように、カネミではその能力を低下させた加熱炉によつて、前段(イ)に記載のように、従前より増大した熱負荷に相応する熱供給を余儀無くされたため、必然的に同加熱炉の安全許容伝熱限界を超えて燃焼させ、局部過熱、過熱分解という経過を追わざるを得ない状況を作り出したものである。

(3) 加熱炉の運転―バーナー制御―方法の変更

岩田の設計条件や三和の実際操作では、前判示のとおり、加熱炉バーナーは炉出口付近のカネクロール主流温度を二五〇度プラスマイナス五度にオンオフし、それが二五五度を超えるとバーナーを消火するという温度制御方式をとつていたため、バーナー操作の遅れや温度計への現れ方の遅れを考慮しても同温度が二六〇度を超えないよう十分行き届いたカネクロール温度の管理がなされていたのに対し、カネミは三基同時運転に前後し、右温度管理の行き届かない危険のあるいわゆる連続燃焼方式(第一の五、3、(六)(イ)参照)による運転に変更したものであり、しかもその頃と相前後して被告人森本の指示によりカネクロール主流温度を二六〇度に上げ、油の昇温が悪い時は更にバーナーを強く焚いてそれ以上に温度を上げるという方法がとられていたことも加わつて、カネミにおけるカネクロールの主流温度は二六〇度を超えることがほぼ常態的となり、その過熱分解を惹起しやすい運転操作がとられるようになつたものである。

所論は、カネミのバーナー連続燃焼方式の合理性を縷々主張するが、カネクロールの温度制御の見地からは、右方式ではどうしても油の昇温中心の操作となり、カネクロールの温度制御が疎かになりやすいものであることは第一の五、3、(六)、(イ)、(1)に判示のとおりであり、決して合理的な方法といえないのみか、却つてカネクロールの過熱分解を助成するものと考えられる。

(4) 被告人森本の現場脱臭係員への指示指導

以上のカネミ脱臭装置の運転操作方法の変更及びその実践指導は、被告人森本によつてなされたものであるが、その指示指導の具体的内容も、例えば熱負荷に関連する脱臭サイクルについて述べると、その時々のとるべき予熱時間を指示するほか、脱臭缶が三基となつても、一、二基時代と同様、脱臭時間(水蒸気吹込時間)を最低一時間とることを指示したのみで、あとは現場作業員に委ね、特段基本となるような脱臭サイクル表を作成し同係員に十分理解させるような適切な指導をなさず、却つてその時の脱臭状態の良し悪しによつて冷却時間や脱臭時間等の変更をその都度決定して実施させる(樋口広次の昭和四四年一二月二四日付検面調書により認める)など、現場係員が個々別々の不確実な操作に陥りやすい指示指導をなしたことは否定しえない。カネクロールの加熱限界も単に過熱しないようにとの抽象的な指示で具体的温度を示してのものではないことも前に判示した。しかも、却つて同被告人は、三基同時運転を始めた当初の頃は、熱負荷の増大等により当然油の昇温が従前より悪化しているのに、これを加熱管径の拡大によるカネクロール流量の増加等によるものと考え、昇温が悪い時はバーナーを強く焚くよう、或いはカネクロール主流温度を二七〇度まで上げてみるよう係員に指示していたのである。同被告人は、右指示は一時的、試験的なものであつた旨供述するが、例え試運転であつても、本件装置ではカネクロール分解回避のためにはカネクロール温度を分解限界温度以下に保持する必要があり、そのことを同被告人においても十分知つていたのであるから、かかる実際に使用できない温度での試み自体無意味な試みであるのみならず、現場係員に右温度制御に対する態度を安易にし、誤つた操作をとらせる危険性を伴う行為であつたといわざるをえない。いずれにしてもかかる指示はおよそカネクロールの過熱分解につき配慮する者においては全く考えられない運転操作の指示といわざるをえない。しかもその後現実にも同主流温度が常時二六〇度を超える状態で運転されていたことは前判示のとおりである。

(ハ) 以上のとおり、カネミの変更後の脱臭装置及び運転方法がいづれも適正なものでなく、本件腐食孔生成の原因となつたことは明らかであり、その所論が採用しがたいこと本項冒頭に判示のとおりである。

(三) 結び

前にみたとおり、カネミの六号脱臭缶にはその蛇管の材質上や同蛇管内で腐食環境となりやすいエアポケツトの発生という設計構造上の欠陥が存し、これらが本件腐食貫通孔の生成に寄与したものであることは明らかである。併し右貫通孔生成のためには、同装置内で同孔を生成するに足りる程度のカネクロールの過熱分解を必要不可欠とするところ、同過熱に関する岩田文男の基本設計及びこれに基づく三和式脱臭装置は、同加熱炉内カネクロールの最高境膜温度をその分解の少い三〇〇度以下に押えて過熱分解を防止し、かつ必要熱量を供給するに足る適正な設計であり装置であつたことは右に検討を加えたとおりである。従つてカネミにおける製油装置の技術的責任者であり、その運転、保守管理に従事する被告人森本としては、右装置や設計条件、運転条件を遵守し、万一その改造や変更を要する場合には右岩田やメーカーの三和に問い合わせるなどして、右条件に適つた改造変更をしていれば、カネクロールを過熱分解させて本件蛇管に腐食をもたらすようなこともなく、本件結果を回避できたものである。然るに、機械装置や化学工学につきさして知識能力ないにも拘らず、被告人森本は、右設計者の危険防止の措置に思いを致さず、また岩田らに問い合わせるなどして十分慎重に検討を加えることもなく、右設計条件等に反した脱臭装置の組合せ、加熱炉の構造変更、バーナーの運転方法の変更等その装置並びに運転操作の変更等をなし、よつて、カネミの加熱炉におけるカネクロール最高境膜温度を、より緩やかな新設炉についてみても、右三〇〇度を常時超えて最高で三五〇度近くに達するほどの過熱状態に至らしめた(前示第一の五、3、(七)、(ハ)、別紙計算書第3の(一)、第6表、第8表参照。なお、カネクロール四〇〇の蒸留〔気化〕温度は常圧下で三四〇度乃至三七五度であるため、右三五〇度における液相使用の可否が問題となる。併しながら、〈イ〉証人岩田文男に対する昭和四六年一一月一五日の当裁判所の尋問調書によれば、炉内加熱管には一・五kg/cm2以上のポンプ吐出圧からくる圧力がかかつているので実際の蒸留温度は右常圧下よりも高くなること、従つて、三四〇度程度では沸騰して気化しないと考えられること、〈ロ〉蒸留のためには気化熱を要するため、蒸留温度に昇温しても直ちに気化するものではないこと、〈ハ〉最高境膜温度の加熱管々内に現われる部分は限られたもので、炉内を貫流し外部配管を経て脱臭缶内に入る頃には他の液相部分のカネクロールにより冷却されたり、またこれと混合する等により、蒸留するまでに至らないか、蒸留しても直ちに冷却されて大部分が液相に還元されるものと推測される。従つて、その主流温度が三〇〇度近くとなり、最高境膜温度が三五〇度程度までになることが時にはあつたとしても、その際、カネクロールの大部分が気化して本来液相使用のカネクロールの効用を消失して脱臭装置運転に支障を来たすとは必ずしも考えられない)。従つて、カネミ加熱炉では岩田から遵守するよう指導を受けた限界温度三〇〇度を常時超過する状態でカネクロールが加熱され、多量の過熱分解を惹起したものである。

そうして被告人森本は、前示のようにカネクロールの過熱分解によつて生じた塩化水素ガスから生成した塩酸により本件蛇管内に腐食を惹起する虞れあることを予見しえたのであるから、カネミの製油工場における右脱臭装置の運転、保守管理、改造修理等について技術的、実質的に最高責任者であり、これらの職務に従事する者として、右のようなカネクロールの過熱分解を生じさせるような装置の増設や改造変更或いは運転操作方法の変更を極力避け、その設計条件に適つた適正な装置で安全性を十分考慮した運転操作をすることにより、本件結果の発生を回避すべき業務上の注意義務があつたものと解される。

よつて、この点に関する所論も理由がない。

2  脱臭缶蛇管の点検による結果回避措置について

所論は、まず第一に、検察官は被告人森本の本件蛇管点検義務の一内容として、米ぬか油業界一般に実施されていた蛇管の各種定期的点検を実施する義務があつた旨主張するが、その所謂定期点検の内容はいずれも米ぬか油の品質保持や伝熱効率低下防止を目的とする単なる掃除に過ぎず、蛇管からのカネクロールの漏出を予測しての点検ではないし、かかる点検方法によつては本件蛇管の腐食貫通孔を発見できる可能性はなく、本件結果発生の回避可能な措置には当らない旨主張し、更に第二に、六号脱臭缶修理後の蛇管点検義務についても、もともとその当時本件腐食貫通孔は充填物により閉塞されていて開孔してはいなかつたから、各種の蛇管点検方法を用いて点検を実施したとしてもその実効性がないことは右第一の場合と同様である。しかも被告人森本の指導するカネミの脱臭現場では、脱臭缶の修理後や増設時等には同缶全体の所謂真空テストを実施しており、同被告人の考案にかかる真空パイプの各缶毎のストツプバルブの備え付けとも相俟つて、右真空テストによる蛇管その他脱臭缶内の亀裂、開孔等の欠陥発見が十分可能であり、却つて前述の方法により優れた方法というべきところ、本件六号脱臭缶修理後も被告人森本の指導のもとに同缶の右真空テストを実施し、真空の漏れなきことを確認のうえ同缶の試運転に入つたのであるから、同被告人には右修理後の点検義務にも違反するところはない旨主張する。

よつて、以下に検討する。

(一) 脱臭缶蛇管の定期的日常的点検について

(イ) 定期的点検の必要性について

(1) 複雑な化学機械装置の運転、保守管理等に従事する者には、その継続使用によつて装置に消耗、疲労等による欠陥が生じやすくなることは一般に認識可能なことといえる。それ故に前述のように工場現場等においても右欠陥によつて生じることある事故の防止のため、右保守管理に努力が払われているし、その管理義務も生じることとなる。本件は特に食品製造用の化学機械装置であり、その管理の手落により消費者一般に不測の事態を惹起する虞れの大きい装置を取扱うものであるから、これを管理する被告人森本としては、右事態回避のため一層厳格な態度で管理に努め、不測の事態も起こることあるを十分認識すべき立場にあつたものである。そうして同被告人には、本件蛇管に腐食による欠陥が生じることについての予見可能性が存し、特に右装置、操作の変更後は一層その予見が可能となつたことについては前述したとおりである。これに加えて、本件脱臭缶は前記二、2、(二)に述べたように、高温、内外差圧の存在化学物質の使用、薄い蛇管肉厚、スチーム吹込みによる激しい振動等々や、これらにより蛇管に加わる所謂繰返し応力、膨張伸縮、疲労衰弱等により、蛇管管壁や突き合わせ溶接部分等に亀裂、腐食等の欠陥を生じ、或いは、振動に伴う摩擦によつて穿孔を生じることが十分予測されたのである。

右の点に関するカネミと同種の油脂製造業務に従事する者や油脂業界一般の認識及びその対応措置についてみるに、証人岩田文男に対する昭和四六年四月六日、同月七日、同四七年三月二一日の、同坂倉信雄に対する同四六年一一月一七日、同四九年五月一六日の、同堺一郎及び同森谷英夫に対する同年四月九日の、同佐藤源助、同入口外與作、同岡田金雄に対する当裁判所の各尋問調書、第三三回公判調書中の証人徳永洋一の供述部分、証人榊原寅雄の当公判廷における供述、樋口広次の同四四年一二月一五日付検面調書、被告人森本の当公判廷(第一一五回、一一六回、一二二回、一二九回)における供述並びに同四四年一〇月九日付、同年一二月三〇日付、同四五年二月二一日付各検面調書を綜合すれば、次の事実が認定できる。

〈1〉 本件同様の脱臭装置の運転や管理に従事する者においては、本件のような蛇管の場合には、蛇管パイプ相互の突き合わせ溶接をした溶接部付近及び蛇管を内槽に固定するための支え金具(ステイ)との接着部分がいわゆる機械的損傷を起こしやすい個所として認識されていた。右溶接部分の損傷は、もともと溶接加工時の溶接技術のまずさから生じる所謂「す」(溶着金属部に空気が残るもの)等が原因となるもので、これは一部は蛇管完成時の点検により発見されるが、未発見の分はそれを中核としてその周囲の部分が装置運転中の振動や流体摩擦により損傷摩耗されて「す」に達し、ついに貫通孔にまで生長するに至たる。また溶接加工時の加熱によりもともと右溶接部分は衰弱を起こしているところに運転時の振動によつて更に応力が加わつて疲労を強め、亀裂等の欠陥を生じやすい状態となる。そうして同所に欠陥を生ずる事例も往々にして存在したことなどから、前述の同業者らは経験上からも、右突き合わせ溶接部分が最も弱く欠損を生じやすい所であることを認識しており、装置点検に際しては、特に同部分は念入りに点検していたものである。

〈2〉 また本件の具体的装置に鑑みるとき、前述の支え金具との接触による蛇管損傷も留意されており、前述のとおり脱臭缶全体が振動して蛇管と支え金具を固定するボルト等が緩み、両者が接触摩擦して亀裂、擦り傷を生じ、蛇管を穿孔する可能性が予測された。そのため三和等においては装置点検時に同所を特に重点的に点検していた。そうして右点検の際同金具の取付不備もあつて同所に擦り傷を発見し、その事実をカネミの被告人森本にも連絡し、注意を喚起している(本件後製油会社で起こつた所謂千葉ニツコー事件も熱交換器内のパイプ支え金具の締付けが緩み、同パイプが接触による摩耗により開孔し、熱媒体を漏出したという事例であつた)。

〈3〉 本件事件に鑑み、その後油脂業者や油脂研究者等により構成される日本油脂協会から発行された小冊子「熱媒体と管理」でも、脱臭装置の重点的点検個所として右溶接部と支え金具接触部分の各蛇管を掲記している。

〈4〉 更にまた同様の油脂製造に従事する者においては、本件脱臭装置ないしこれに類似のものにつき、機械装置である以上機械的損傷によつて生じる蛇管等の欠陥により事故が発生する可能性は万一であれ予測できたもので、いかに蛇管等の材質を信頼してもその溶接部分やフランジ等からの熱媒体の漏出は起こりうるものと認識していた。工場における機械装置の点検は腐食等化学的なものよりも機械的なものによる欠陥の発見に努める方がむしろ通常で、このような機械的損傷による心配は装置管理者として常に持つていた。

以上の認定によれば、被告人森本と同様に油の精製装置の管理等に関与する者らにおいては、蛇管等の機械的損傷による熱媒体の漏出を万一であれ予測し、その点検検査を実施していたことが認められる。従つて右の人達と同様の立場や状況下にあり、かつカネミの現場責任者として本社工場内にある製油装置の配管、その改修等に関与してきた被告人森本においても、右のように蛇管溶接部の欠陥生成を日常の経験から知つていたものと推測されること及び支え金具に関しては特に岩田から連絡を受けていた事実など同被告人の知つていた事情やそのおかれた状況に照らしても、これらによる蛇管の機械的損傷の発生を、同被告人は予測し、または予測しえたものと解される。

(2) 右にみたとおり、被告人森本は、本来機械装置には機械的損傷その他の欠陥等が生ずるものであるとの一般的抽象的な認識に止まらず、本件蛇管の機械的損傷の具体的事例や経験から、より具体的にその機械的損傷の発生を予測し又は予測しえたものである。唯、その欠陥の種類、態様、発生原因等は複雑かつ多様であるため、その欠陥の具体的因果経過等まで予測することは困難で、見透し難い経過により欠陥が生ずることも往々にしてありうるから、その欠陥の生成原因等をすべて事前に確実に予測してその対応措置をとることを期待するのは困難である。従つてかかる機械装置には各種の機械的損傷等による欠陥生成の可能性が常に存在していることを予測し、これを前提として、その欠陥或いは欠陥生成の徴候の発見に絶えず努めることが肝要となる。その措置としては当該装置を定期的に、或いは他の故障等による手入れ時など日常絶えず点検を行うことが有効適切な方法と考えられるし、その必要あることは装置工業の一般通念に照らしても明らかであり、その基本的な行為ともいえる。特に本件の場合の装置は食品製造工程の一環をなすもので、右欠陥の生成が人体に有害な物質を製造食品に混入させる原因となるから、そのような危険な装置の運転、管理に従事する被告人森本としては、その構造に徴し、少なくともその管理上日常欠くべからざるものとして、本件蛇管の点検検査をなすべきことは当然であるし、右点検こそその欠陥を発見しカネクロールの漏出を未然に防止しうる容易かつ合理的な手段であることを知るにさして困難はないと思われる。しかも前述のとおり、被告人森本はカネミの脱臭装置やその運転方法を理論的裏付けもないまま行つたのであるから、場合によつては装置に無理が生じて何らかの欠陥を生ずるとか、或いはカネクロールの過熱分解による塩酸の生成によつて蛇管を腐食することが十分予見しえたはずである。従つて複雑多様な形態を示す金属腐食についての専門的知識を有せず、腐食それ自体を防止する有効適切な手段をとることを期待できない被告人森本においては、右腐食による欠陥生成に対応する手段としても、その腐食自体の存在やその徴候の発見によるカネクロールの漏出混入回避という措置のみが残された最適の手段と考えられるから、右蛇管の点検を一層全うすべき立場にあつたものと解される。

(3) そうして第三三回公判調書中の証人徳永洋一の、第三四回公判調書中の同宗像健の各供述部分、中山智の検面調書によれば、本件蛇管がステンレスパイプで製造されたものであつても年一、二回の定期的点検は必要であつたことが認められ、カネミ同様の装置により米ぬか油の製造を行つていた各社も、蛇管からの漏出を予測して年一、二回程度の蛇管の点検を実施していたことは前示及び後述のとおりである。カネミ装置の導入先である三和の各社員の供述、即ち証人岩田文男に対する昭和四六年四月七日、同四七年三月二一日の、同坂倉信雄に対する同四六年四月八日及び同年一一月一七日の、佐藤源助及び居鶴庄三郎に対する、当裁判所の各尋問調書、居鶴庄三郎の検面調書及び司法警察員に対する供述調書によれば、三和においては、蛇管からのカネクロールの漏出の心配はさほどないにしても、その装置の構造上、振動、ボルトの緩み、パイプが薄肉化すること等により生じる機械的損傷によつて右漏出が全くないものとは限らないし、本来あらゆる化学的装置においては手入れ点検はその保守管理の基本であり、管の漏れ点検等の実施は常識的なことである、たとえ蛇管製作時その点検が実施ずみであろうとも、その必要なことには変りはない、との基本理念のもとに、装置のいつせい手入れや掃除をした際には必ず本件蛇管の点検や漏れテストを実施していたことが認められる。また、証人岡田金雄及び同入口外與作に対する当裁判所の各尋問調書、第一〇二回公判調書中の証人今津順一の供述部分によれば、他の同種装置による製油業者においても、右同様の考えで、その蛇管の点検を実施していたことが認められる。右認定に反する証人花輪久夫及び同榊原寅雄の当公判廷における各供述、第八六回公判調書中の証人竹下安日児の供述部分は、前掲各証拠に照らし措信し難いのみならず、食品製造装置の管理者或いはその装置の研究者として妥当な見解とは考えられない。

(4) 所論は、同業者ら実施の右定期的点検等は装置の定期的清掃や手入れと同時に行われるもので、それは装置の伝熱効率の低下や油の品質保持の立場から、装置に付着した油あかを落すなど、右清掃を主たる目的としており、点検は付随的になされるに過ぎない旨述べる。なるほど関係各証拠に照らすと、所論のとおりの目的で掃除が実施されていることを認定できる。しかし、他方証人岩田文男に対する昭和四六年一一月一六日の、同坂倉信雄に対する同年四月八日、同年一一月一七日の、同佐藤源助、同岡田金雄、同入口外與作に対する、各尋問調書、証人中山貞雄の当公判廷における供述によれば、本件脱臭缶内は米ぬか油が重合して粘着状の油かすとなつて同缶内の装置に付着しやすく、そのため蛇管等の点検のためにはその油かす等を除去する掃除が必ず前提となること、掃除をすれば装置がきれいになり、汚れで隠れた部分が現われて欠陥も発見しやすくなるので、掃除後は必ず点検するのが装置管理者として常識であるしその心構えないしはその習性といつてもよいことが認められ、装置の掃除、手入れには点検が不可分のものであることが明らかである。特に清掃後蛇管からの漏れテスト等蛇管の点検を実施する者は、万一の蛇管からのカネクロールの漏れを予測してその漏れの有無という確たる目的でこれを実施しているのであり、掃除に随伴する副次的なものとしてなしている行為とは解されない。また右点検が異物混入防止というむしろ食品の品質保持の立場からなされていたとしても、右点検の重要性には変りはない。何故なら、異物混入防止は、当然消費者に摂取されることを予定しない物質の混入防止であるから、食品添加物でない有害物質の混入防止も当然内在するからである。

(ロ) 同業者ら実施の掃除点検方法

証人岩田文男に対する昭和四六年四月七日、同年一一月一六日及び同月一七日の、同坂倉信雄に対する同年四月八日及び同年一一月一七日の、同佐藤源助、同居鶴庄三郎、同入口外與作、同岡田金雄に対する、当裁判所の各尋問調書、第一〇二回公判調書中の証人今津順一の供述部分、証人花輪久夫及び同榊原寅雄の当公判廷における各供述、居鶴庄三郎及び高梨三郎の検面調書、同居鶴及び萩生田徳四郎(同四四年五月二六日付)の司法警察員に対する各供述調書等を綜合すると、次のとおり認められる。即ち三和や他の製油業者の場合、年一、二回、原油の少い時期や年一回の定期点検を義務付けられているボイラーの検査時等に合わせ、油精製装置全体を定期的に掃除、点検を行い、更にそのほか、時々起こる水蒸気吹込パイプの孔詰りの補修時などを利用して右点検を実施していた。特に三和では、工場全体の操業を一日停止して総点検を徹底して行つていたこと、また三和ほか同業者の大部分は脱臭缶の点検は必ずその上蓋を開け、陣傘、飛沫防止板を取外し、内槽内の蛇管が上から見えるようにし、或いは内槽内に入ることができる状態で実施するのが通常であつた。続いて苛性ソーダ水溶液を内槽内に入れて煮沸させ一昼夜放置し、付着している油かすを膨潤させて除去し、更に作業員が内槽に入つて金属製ヘラ、ワイヤーブラシ、荒紙、ペーパーナイフ等を用いて蛇管等に付着の油の重合物等の汚れを落していた。その結果蛇管の油かすは完全には落ちないが、蛇管の生地が見える程度位にはなつていた。掃除後金槌で蛇管を叩いてその肉厚の減少程度をみたり、一応の外観検査をするほか、カネクロール、水蒸気、空気等を圧力をかけて蛇管内に押し込んでその漏れをみる検査やカネクロールのから炊きテスト等のいずれかを実施していた。以上認定のように、同業者らは概ね脱臭装置及び蛇管の定期的点検を実施しており、その殆どが少なくとも脱臭缶外蓋を開け、蛇管等に付着の油かすを単に苛性ソーダ液で除去するだけでなく、ヘラ等を用いて直接蛇管から削り落す作業(このように蛇管から丹念に油かすを取除く行為は即ち蛇管等の外観検査をも兼ねることとなるし、伝熱効率回復のためにも不可欠である)を行い、最後に右蛇管の漏れテストを実施していたことが認められる。

(ハ) カネミにおける脱臭缶及び蛇管の掃除、点検

証人岩田文男に対する昭和四六年四月七日及び同年一一月一七日の、同坂倉信雄に対する同年四月八日の、同岡田金雄及び同徳永洋一に対する、当裁判所の各尋問調書、第三四回及び五六回公判調書中の証人宗像健の、第七回及び一二回公判調書中の証人川野英一の、第四三回、四四回及び五七回公判調書中の証人樋口広次の、各供述部分、被告人森本の当公判廷(第一一五回、一一六回)における供述、川野英一(昭和四四年一二月二六日付)、樋口広次(同年一一月四日付、同年一二月一一日付、同月一五日付)及び被告人森本(同年一〇月九日付、同年一二月三〇日付及び同四五年二月二一日付)の各検面調書、同被告人(同四四年六月三日付、同月三〇日付)及び萩生田徳四郎(同年五月二六日付)の司法警察員に対する各供述調書、篠原久外作成の鑑定書を綜合すると、カネミの脱臭缶及び蛇管の掃除点検につき、次のような事実が認められる。

〈1〉カネミでは、昭和三六年四月に三和から導入した第一号の脱臭缶の運転を開始してから約三年間は、その後に設置した二号缶ともに脱臭缶や蛇管の点検は勿論、その掃除や手入れすら実施していない。導入三年後の同三九年春頃、三和において前述の支え金具付近蛇管の損傷を発見するという事があり、これに関して三和からカネミへも脱臭缶を点検するよう忠告がなされた際、一号及び二号脱臭缶を運転開始以来初めて開蓋して内部を点検した。その際二号缶につき三和同様その支え金具の取付ミスを発見して直ちに必要な措置をとり、そのボルトナツト等の締め付けも行つたが、被告人森本はその際万一に備えて、ある程度の期間経過後再びこれを開蓋して同所付近を点検する必要があることを認識した。またその際同缶内の外筒と内槽との間に油の重合物がかなり沢山溜つており、そのことを三和の岩田に連絡したところ、同人から半年に一回程度開蓋して掃除を実施すべきことを指示された。それで同被告人はその際だけはぼろ切れ等で同缶内の油かす等を拭き取つたりして一応の手入れをしている。なおその時将来も同様の掃除をする必要を認識したが、その時みた缶内の油かすの付着状態からみて二、三年は大丈夫と思つた。〈2〉併しながら、カネミでは、その後四年間、即ち本件発覚時まで合計六缶の脱臭缶のうち三号缶を一度開蓋して掃除した以外は、脱臭缶上蓋を開蓋しての同缶内の掃除並びに点検は一切行つていない。これに代り脱臭缶の油入れ口から苛性ソーダ水溶液を内槽内に注入し、水蒸気を吹き込んで煮沸し一昼夜放置するという方法をとり、水蒸気吹込口の孔詰り等で手入れを要する時に合わせて右のような方法による脱臭缶の掃除を実施していた。しかしこの方法では、脱臭缶内部はせいぜい覗き窓を通してしか内部が見えないし、これも油の飛沫状態を見る目的で付けられたものでバツフル付近のみしか見透しえず蛇管その他の脱臭缶内を逐一見ることは困難な構造となつている(別紙図表5参照)ため、蛇管等の汚れの取り除き具合等をみることは出来なかつた。特に被告人森本は、三和の社長坂倉信雄から、右のような方法では三和の場合は脱臭缶内の油かすの付着は落ちないので、鉄片等で一々削り落している旨聞かされていた。〈3〉しかしこの簡易な掃除方法さえ、カネミでは定期的に実施していたわけではなく、事件発生までの間各缶につき各一回ないし三回程度であり、本件六号缶にいたつては前述の開蓋時の手入れ以外に右方法での掃除でさえ実施された形跡がない(カネミの脱臭係々長代理川野英一に至つては、カネミの全脱臭缶についても右簡易な掃除方法さえ自らこれを行つたことは一度もなく、他の係員が四号缶につき一度行つたことを聞いたことがあつたに過ぎず、まして脱臭装置の点検検査等は昭和三六年入社以来一度も行つたことはなく、指示されたこともない旨供述している)。従つて、カネミでは脱臭缶内部や蛇管の点検は前述の支え金具事件の時以外は操業七年間一切行つていないこととなる。〈4〉右のように開蓋による缶の掃除点検を実施しなかつたのは、それを行うと上蓋の多数のボルトを外したり上蓋を吊り上げるためのチエンブロツク等の準備を要するなど、極めて手間や経費を要する大作業となるし、脱臭作業も休止しなければならず経済的損失も生じること、更には当時カネミでは増産に追われて脱臭装置もフル運転していたため、一缶でも休止させる余裕がなかつたこと等によるものであつた。〈5〉その結果、本来脱臭缶内や蛇管には油かすが付着しやすいものであるうえ右のようにその手入れを怠つたため、その外筒修理時や本件発覚後開蓋された時にみられた六号脱臭缶内の汚れ状態は、内槽と外筒との間(ここには二、三cmの厚さの油かすがみられた)は勿論、油パイプや本件蛇管等に油かすがカーボン様に焦げて付着し、到底ステンレスの生地とは考えられないような汚れ方を呈して、例え蛇管に欠陥があつたとしても、これを丹念に点検してもその欠陥を発見し難い状態にあつた。

以上のとおり認められる。なお被告人森本の当公判廷(第一一五回)における供述や第七回及び第一二回公判調書中の証人川野英一の供述部分は、カネミでは脱臭缶の運転を開始する際、先ず真空操作により同缶全体の漏れ等の点検をしているから、別に蛇管の点検をする必要はなかつた旨述べるが、本項一、1、(一)や後の真空テストの項で判示するとおり、真空操作による蛇管等の欠陥発見がすべての場合に必ずしも可能というわけのものではなく、しかも右はあくまでも運転開始の一準備としてなされる真空作業であり、欠陥発見に重点が置かれていないから、偶々大きな欠陥を発見することはあつても、装置の点検としては必ずしも十分とはいえず、現に本件腐食貫通孔の発見も逃しており、カネミの前示脱臭缶の掃除方法同様便宜的手段たる感を免れえない。

以上認定の事実によれば、カネミにおいて脱臭缶内部や蛇管の点検は殆ど実施せず、その掃除も、水蒸気吹込口の孔詰りその他運転に支障を生じた際、極めてまれにこれを行つていたに過ぎない。しかも前述のように、手間の省ける簡便な方法で一応形どおりなしていたに過ぎず、掃除に伴つて欠陥を発見する機会や可能性の伴わない姑息で便宜的手段であつた。更に考えるに、これまでにみたカネミや被告人森本の脱臭装置の掃除点検に対する姿勢や、右の便宜的掃除の方法が本来水蒸気吹込口の孔詰り解消の方法でもあつたことに照らすと、この掃除方法は本来右孔詰り解消を主目的とした掃除手入れに過ぎず、蛇管等の汚れや油かすを落す等の意図はこれに偶々随伴した程度に過ぎなかつたものとも考えられる。

度々述べるように、被告人森本は清潔や衛生を重視する食品製造に従事し、その製造装置の保守管理にも携わる者であるから、脱臭缶内の状況を常に掌握し、日常から、せめて蛇管の外観検査を行いうる程度に蛇管に付着した油かすの汚れを落す等の掃除を実施するだけの慎重な態度をもつてその職務に臨むべきことが必要であつたと思われる。そうして、他の同業者が実施していた前示(ロ)記載の掃除方法であれば、少なくともその際、肉眼によつて蛇管、フランジ、ボルト、油かす付着の程度などを必然的に点検(外観検査)しえたものである。然るに同被告人は右方法をとらず、またそれに代る有効な点検方法もとつていないのであるから、その蛇管自体の点検を一層必要としたものと考えられる。その点検方法も同業者が実施していた(ロ)記載の各方法で足り、これらの実施に決して高度な技術や能力を要するものではなく、またその立場にある者において容易に考案しうる方法であるし、その実施もさして困難を伴うことはないはずである。ただ、いずれの方法でも脱臭缶の上蓋を開けバツフルを取外したり、或いは蛇管に盲フランジを取付けたり等の多少の手間がかかる。この点から被告人森本は、生産優先のため脱臭缶の開蓋の手間を省略し、開蓋せずに行いうる掃除を実施させたり、運転作業の一環であり、特段の点検準備を要しない真空作業をもつて脱臭缶やその蛇管の点検に代えうるという感覚でその点検を省略させたりしたものである。従つて、カネミの精製装置の保守管理責任者として被告人森本がなした脱臭缶の右管理方法は、それが危険を伴う食品製造用の化学機械装置であることからみて、その手数を省略した安易な方法であり、生産優先に立脚しその安全管理を懈怠した危険な行為であつたと考えられる。この点の被告人森本の行為は同様の立場にある者の一般にとつていた管理基準から若干ずれたものであり、その立場にある者の最低なすべき安全確保の遂行を怠つたものといわざるをえない。

(ニ) 定期的ないし日常の蛇管点検による本件腐食孔発見の可能性

ところで、所論は、カネミで同業者らが実施していた前述の各点検方法で蛇管を点検してみても、本件腐食貫通孔の発見は不可能であつた旨主張するので、この点を検討する。

(1) 蛇管の加圧テスト及びから炊きテストによる点検について

前記第一の五、5、(二)に判示のとおり、本件腐食貫通孔は、その腐食の侵食、孔内壁の拡張等に応じて、その都度油の重合物等によつて充填閉塞され、たとえ腐食孔自体が蛇管々壁を貫通するに至つても開孔状態とはならず、同所からのカネクロールの漏出はなかつたものである。しかも蛇管内部(ポンプ圧がある)から蛇管外面(真空圧下にある)に向け一kg/cm2以上の圧力が常に加わつているにも拘らず、右充填物が蛇管外面に押し出されて開孔することもなかつたものである。加えて、第三五回及び五六回公判調書中の証人宗像健の、第九七回公判調書中の同伊東新吾の、各供述部分、被告人森本の当公判廷(第一一六回、一二二回)における供述及び昭和四三年一二月二六日付、同四四年六月二四日付の司法警察員に対する各供述調書、篠原久外作成の鑑定書及び同添付の鑑定作業実施結果によれば、本件事件が発覚し、カネミが操業停止して一月後の昭和四三年一一月一六日、前示の宗像健外で構成する九州大学のカネミ事件調査班によつて、本件六号脱臭缶の第一回目(北九州市長依頼による)の蛇管の漏れテストが実施されたこと、そこでは先ず水蒸気圧によるテストを行つたが、その漏れはなく孔発見に至らなかつたこと、続いて行われた空気圧によるテストは、同缶内槽に水張りし、蛇管内に五kg/cm2圧の空気を送り込む方法で二回行われたが、最初の分はそれまで二時間にもわたる蛇管内外の苛性ソーダ液による洗滌を実施した後のテストであるに拘らず、空気漏れは発見されず、更に二時間同様の洗滌を続けた後に再度のテストを行つたところ、やつと三個所に空気漏れ孔(最大で五分間に一一四ccの漏れ量)を発見するに至つたこと、その後更に同年一二月二六日、右調査班により第二回目(小倉警察署長嘱託による)の同缶蛇管の漏れテストが実施され、前回同様三個の空気漏れ孔の存在を確認したが、その空気漏れ量は前回測定の量とそれぞれの孔とも異なつていたのみならず、三個の孔の漏れ量の大小の順位まで変わつていたこと、その後四ヶ月たつた同四四年三月一九日頃同調査班によりカネクロールのから炊きテスト(内槽内に油を入れず、蛇管に高温のカネクロールを循環させ、開孔した貫通孔から漏れ出るであろう液状の、ないしは白煙状のガス化したカネクロールをみるもの)が実施されたこと、その際煙草の煙様のものが前記三個所の漏れ孔中の二孔から漏れているのが確認されたが、他の一孔からの漏れは発見されなかつたこと、しかも右煙もそう容易に発見されるようなものではなく、前のテストにより孔の所在が判明していたという事実が前提となつて確認しえたこと、が認められる。これらに照らせば、右調査班による本件蛇管の欠陥の発見は、蛇管に欠陥があり、そこからカネクロールが漏出しているとの一応の見通しの下に、機械工学の専門家等多数の学者により丹念に準備され、カネミの現場従業員らの協力も得て、時間をかけて点検、検査が実施された結果やつと発見するに至つたもので、決して容易なものではなかつたし、また、貫通孔の充填物の状態自体が流動的で変動しやすいものであつたことが判明する。そうして前掲同業者らの関係各証拠によると、前述の各加圧テスト等を実施していた同業者らにおいても、それにより蛇管の欠陥を発見した事もいまだなかつたことが認められる。従つて、右加圧テスト等による蛇管の点検は、その実施の時点で偶々その貫通孔が開孔しているか、或いは、その加圧により簡単に開孔しうるような状態(前掲の鑑定書によれば、同孔付近の蛇管素材であつた金属粒子が孔壁から完全に遊離して油の重合物等の中に埋没した状態となつた場合が想定される)となつた場合には有効適切な点検方法ということにはなりえても、それ以外の場合にまで蛇管の欠陥を発見するのに容易な方法とはいえず、必ずしも常に欠陥を発見しうる方法とは解されない。そうして関係証拠を精査しても、カネミの六号脱臭缶蛇管の右貫通孔が、かかる発見可能な状態となつた事実は、同缶外筒修理時以外は認められない。

(2) 外観検査による点検について

本件腐食貫通孔が六号脱臭缶の内巻第一段蛇管下側(底部)に存在したことは前に判示したとおりである。同業者らが実施していたように脱臭缶を開蓋してその掃除点検を行い、蛇管にこびりついた油かす等を丹念に削り落す等の作業をすれば、蛇管の欠陥が肉眼でみうるような位置にある限り、その発見は容易であつたものとみられる。特に、第三三回及び五五回公判調書中の証人徳永洋一の、第五六回公判調書中の同宗像健の、各供述部分、証人徳永洋一及び同入口外與作に対する当裁判所の各尋問調書、証人花輪久夫の当公判廷における供述によれば、脱臭装置の掃除点検をなす時に脱臭缶を開蓋して蛇管付着の油かす等をきれいに除去して外観検査を行なえば、腐食により管壁が貫通状態にあるとか、これに近い腐食の末期的状態にある時には、蛇管の欠陥の発見は容易にできること、右のような点検をせめて半年に一回の割合で定期的に実施すれば、貫通までに至らなくても蛇管表面に腐食特有の徴候が現われるから、腐食を早期に発見できること、特に外観検査に際し虫眼鏡等の器具を用いれば一層容易に右欠陥の発見ができたこと、本件蛇管にはオーステナイト系ステンレスの電縫管が用いられているのであるから粒界腐食が当然問題とされるもので、蛇管の突き合わせ溶接部のみならず、縫合部分(管長手方向)の溶接線に沿つて存在する、溶接加工時の熱影響部に生じる粒界腐食の有無も右点検の主たる内容となること、従つて本件で発見されたような多数の腐食孔が右熱影響部にあれば、当然その徴候が早くから現われていたはずであるから、右熱影響部付近もよく掃除し、同部に沿つて虫眼鏡等を用いて丁寧に見てゆくような点検を行つていれば、腐食貫通孔はその生成過程で発見できた可能性があること、以上の事実が認められ、本件の場合にも右の外観検査によつて、その蛇管の腐食貫通孔の発見が可能であつたものと思われる。

併しながら、先ず第一に、被告人森本には右のような粒界腐食に関する知識能力がなく、この点につき三和社員や岩田から特段の指示指導を受けていないため、本件蛇管の粒界腐食に留意すべきことまで思い至らず、ましてその熱影響部に沿つて粒界腐食の有無を丹念に点検する必要あることを知るだけの能力は存しなかつたこと、次に、カネクロールを漏出した本件腐食貫通孔は、右のとおり内巻第一段蛇管底部に存していたところ、証第七号及び第三二号の各脱臭缶設計図その他関係証拠によれば、本件六号脱臭缶蛇管の内巻と外巻との間隔及び各段の間隔はいずれも約三cm、外巻蛇管と内槽側面との間は約四cm(最も狭い部分)にすぎず、しかも内槽の蛇管内巻部分内側の空間は人一人やつとかがめる程度の広さしかなかつたことが認められること、第三に、証人岩田文男に対する昭和四六年一一月一六日の、同入口外與作に対する、当裁判所の各尋問調書、証人花輪久夫の当公判廷における供述によれば、蛇管上部や内巻蛇管の内側等は鉄片等を用いてその油かす等を取り除くことは可能で、外観検査も容易であるが、外巻蛇管や内巻蛇管の外側部分等は油カスを容易に落とすことはできず、検査も手ざわり程度で出来るだけで(鏡等を使用すれば別として)肉眼検査をすることは困難を伴うこと、かかる部分が蛇管全体の半分近くを占めていることまた最後に、本件装置はその蛇管のみを随時取り出せる構造ではなく、それを予定したものではないこと、が認められること、以上の諸事実を勘案するとき、カネミにおいて、たとえ脱臭缶を開蓋し蛇管付着の油かす等の除去作業を実施し、一応の外観検査をしても、その除去しうる範囲が全体にわたらないことも考慮すると、粒界腐食その他の腐食に関しさほどの知識を有しない被告人森本らにとつて、本件のように内巻蛇管ではあるがその底部の位置にある腐食貫通孔の発見が常に可能であるとは解されない。むしろ本件に照らし検討してみると、被告人森本の指揮のもとにカネミにおいて右のような検査がなされたとしても、本件貫通孔の発見の可能性は殆ど存しなかつたものと解される。(尤も、証人岩田文男に対する昭和四六年四月七日、同年一一月一六日及び同月一七日の当裁判所の尋問調書によれば、三和において、その脱臭缶の手入れ中蛇管の支え金具と接触する部分に、〇・一ないし〇・二mm程度の損傷を、手ざわりにより発見している事実が認められるが、この損傷は右接触によつて生じたものであるうえ、本件腐食貫通孔のように充填物で閉塞されてはおらず、常時凹状態を呈しているものと推認される損傷であり、従つて右のような手ざわりによる発見も容易であつたとみられるが、これを損傷の態様の異なる本件腐食貫通孔の場合にも同様に論ずるのは相当ではないものと解される)。

(3) 結び

以上の諸事実並びに前示認定の掃除点検の必要性やその方法等を綜合するとき、次のとおり判断される。

「脱臭缶蛇管からのカネクロールの漏出」という予見ないし予見の可能性が存する場合に、これに対応して要求される結果回避の措置としては、その蛇管の定期ないし臨時の点検による欠陥の発見措置が当然考えられる。そうして本件脱臭缶の構造、操作方法等に徴すると、その装置の管理者たる立場にある者ならば、当然前述の同業者や九州大学の調査班のとつた蛇管検査方法を考案し、これを履行するのが通常であつたと思われる。この点このような点検を実施しなかつたカネミの同装置の管理者である被告人森本には、その管理上の手抜かりや落度があつたことは否定し難いものと解される。併しながら、本件においては偶々その腐食貫通孔がある程度粘着性ある物質により強固に閉塞されていた事実や、右孔の位置が発見困難な場所にあつた事実等被告人森本自身にとつては勿論同被告人と同じ立場にある装置管理者においても容易に予測し難い偶然ともいえる事情の重なりがあり、そのため、カネミにおいて定期的に或いは水蒸気吹込口の孔詰りなど日常の装置故障時等に他の同業者ら実施の右蛇管の点検を実施していたとしても、本件腐食貫通孔が必ず発見できたものとは断定できないし、むしろ発見できなかつた可能性が強いと思われる。同貫通孔は常に充填が続けられるのであるから、同貫通孔が開孔していることは特段の事情がない限り存せず、偶々それがあつたとしても、点検時点との重なりを要するし、その装置の構造や操作方法から常時右点検を実施することは不可能だから、点検時以前に開孔していることも当然ありうるし、その時は既にカネクロールの漏出を生じてしまつており、本件の如き結果の発生を回避することは必ずしもできない筋合となる。これに対処するためには半年に一回程度の日常の点検では覚つかないこととなる。つまり右のことはカネクロールの漏出混入という危険発生の時期が客観的にも確定できないため、その対応措置をとるのに困難を伴うことを意味し、このような場合にもなお危険を回避するためその発生の予測される全期間に対応して右点検義務を課することは困難を強いるに近いと思われる。さらに、本件の客観的事実や因果経過に照らすと、後述のとおり、六号脱臭缶の再開試運転時に右同様の点検をしてその回避の義務を尽していれば、本件結果の発生を完全に回避できたという事情も存し、これら本件の具体的客観的事情を併せ考えると、定期的ないし日常の本件蛇管の点検措置が、本件結果回避に有効適切な措置とは考えられない。従つて、右回避措置をとらなかつた被告人森本の所為が、本件装置管理者としての一般の行動基準を逸脱する行動であり、後示のとおり、かかる姿勢が六号缶修理後の点検を怠たり、本件結果発生の遠因となつたものとして倫理的非難を加えることはできても、右定期的点検等を行うことが同被告人の本件結果回避のためにとるべき措置であつたとはいえず、この点同被告人の過失とすることはできない。よつて、所論中定期的点検等に関する部分に限つては理由があるものといえる。

(二) 六号脱臭缶修理後の点検について

(1) カネミの六号(旧二号)脱臭缶は、昭和四二年一二月初め、その外筒に腐食が生じたためその外筒取替えその他の改造修理を西村工業に依頼し、その持出等のため据付場所から取外して搬出し、修理後の同月中旬頃再びカネミ本社工場内に搬入据付けられたもので、この修理及び修理に随伴する各種作業によつて脱臭缶及びその蛇管に各種の衝撃等が加わつた結果、本件で発見された腐食貫通孔のうちのいずれかの孔において、それを閉塞していた孔充填物が欠落するか、亀裂を生じるか、或いは多孔質化するかのいずれかによつて開孔し、その運転を再開した同四三年一月三一日から同年二月一四日までの間、同貫通孔からカネクロールが米ぬか油中に漏出して混入したものであることはこれまで(前記第一の五、5、及び第三の一、1)に判示したとおりである。従つて、右修理後の運転再開に先立つて行つた同缶の試運転時には同缶蛇管の本件腐食貫通孔のいずれかは右のとおり開孔してカネクロールを漏出しうる状態にあつたものであるから、この機会に同缶蛇管の各種点検を実施していれば右貫通孔を容易に発見でき、本件結果を回避する有効適切な措置をとりえたものである。

そうして、被告人森本には、右の機会にこそ本件結果回避のため、右点検措置をとるべき業務上の注意義務が存したものであり、これは次の各事実に照らし優に肯認しうるところである。即ち、被告人森本は、第三の二、2ならびに本項(一)、(イ)で判示のとおり、カネクロールの分解によつて生じた塩酸による腐食或いは所謂機械的損傷によつて、本件蛇管に欠陥が生じることを予見しえたものであり、食品製造業に従事し、かつその脱臭缶内で製品となる米ぬか油に直近して有害な物質を使用するという仕組になつている装置の管理者として、日常、定期的に或いは何らかの機会をとらえて、右蛇管の点検を行うべき立場に本来あつたものであるうえ、右修理時には前示のように修理作業等に伴う蛇管の欠陥生成の可能性を一層予見しえたものであるから、遅くともこの機会に右点検を実施する必要があつた。

しこうして、被告人森本は、カネミの脱臭缶につき日常の右定期的点検等を実施せず、殊に本件六号脱臭缶については昭和三七年五月頃据付け同年一〇月頃運転開始して以来、同三九年に前示支え金具の件で一度開蓋した際若干手入れをしたのみでそれ以外、一切点検等を実施せずこれを懈怠し続けてきたものであるから、早晩それを実施する必要に追られた立場にあつたものである(この点新設缶の場合と相違がある)。そうして被告人森本が本件蛇管の点検や、開蓋しての脱臭缶の掃除等を実施しなかつたのは、前示のとおり、その開蓋による繁雑さや、その間の休業による生産量の低下にあつたところ、右六号缶の修理時においてはその外筒を取替えるのであるから必ず開蓋するし、運転も休止されるので、蛇管の点検手入れに支障となるものは何もなく、容易にこれを実施しうる状態にあつたものである。従つて、この際は同缶内及び蛇管の点検、掃除を実施すべき格好の機会であつた(被告人加藤三之輔の昭和四五年二月二五日付検面調書によつても認められる)。しかも被告人森本は、右修理先に対し、同脱臭缶内の掃除点検をも合わせ依頼できたのに、これを一切扱わないよう、手入れもしないよう敢えて指示したのであるから、自らこの機会に右点検をなすべき必要性が一層存在したものといえる。そうして同被告人はカネミの脱臭装置である冷却水用パイプのフランジ修理の際、同缶内槽内も点検し、その蛇管に欠陥を発見しているなど、過去に装置修理の機会を利用して関連部分の点検を行い装置の欠陥を発見した経験をも有する(被告人森本の当公判廷における供述によりこれを認めうる)から、本件脱臭缶の修理に際しても、より慎重な態度で装置の保守管理に臨めば、右点検を実施するのにさして困難はなかつたものである。特に、本来機械装置の大がかりな修理後の運転再開に当たつては、これを新規に将来に向つて継続運転するものといえるから、点検や手入れを十分行い、その安全や整備不良のないことを確認して使用開始すべきことは、装置工業における装置の運転や管理に携わる者の常識とも考えられるところ、カネミで脱臭缶をその工場外に持ち出し、その外筒を取替えるという大がかりな修理を行つたのは初めてのことであるから、その試運転時には右点検が一層必要であつたと思われる。

以上のとおり、被告人森本には、六号脱臭缶修理後に、本件蛇管を点検し、もつて本件結果を回避すべき業務上の注意義務が存し、しかも右点検の実施は極めて容易になしうる機会でもあつたのである。

(2) 然るに、被告人森本は右の注意義務に反して本件結果回避の措置を採らなかつたものであるが、その弁解とするところは次のとおりである。即ち、被告人森本の当公判廷(第一一六回)における供述及び昭和四五年二月二七日付検面調書によれば、被告人森本は、〈1〉六号脱臭缶の外筒修理後、西村工業において修理の完否をみるため外筒の漏れ検査を実施したのであるが、その際本件蛇管等の点検をも実施すればなお半日位余分に時間を費やす必要があること、〈2〉右〈1〉のとおり修理完成後同被告人立会のもとに右外筒の漏れテストを実施しておりこれで十分と思つたこと、〈3〉修理後カネミの本社工場に同缶を据付け、試運転開始時に右蛇管や同缶内槽の点検を実施しなかつたのは、右修理先で同脱臭缶の上蓋のパツキングを新品に取替えたり、ボルト、ナツトの締付けもなされるなど完全にセツトされており、これを再び開蓋して右点検等をなすとすれば、西村工業におけると同様の手数を繰り返すのみならず、右パツキング等を更に別の部品に替えねばならない等不経済であつたこと等のため、同被告人自ら右点検のいい機会と認めつつも、これを実施しなかつたことが認められる。之に反し被告人森本は当公判廷(第一二九回)において、同脱臭缶内部は苛性ソーダ液で洗つているので、右修理時が掃除等するいい機会とは思わなかつたと供述するが、他方同証拠によれば、同被告人が右修理前に同缶内の汚れ状態を全然みていないことや、前示のとおり苛性ソーダ液による缶内洗滌も極めて希にしか実施していなかつた事実に徴しても、単なる弁解に過ぎないものと解される。

右認定によれば、右修理に際し、被告人森本において、手数や経済的側面のみに気を奪われ、本件装置の安全管理の手間を省略したことは明らかである。同被告人が同缶の保守管理に配慮し、その職務を誠実に尽す姿勢があるならば、同缶の修理発注時本件蛇管等の点検も依頼するか、或いは右依頼をしなかつたため右点検が発注先でなされないまま修理終了し、同缶が完全にセツトされて納入されたとしても、加圧テスト等による蛇管の点検は必ずしも同缶を開蓋することなく、圧力ゲージや覗き窓を利用することにより右セツトされたまま実施することが可能であるから、カネミ自ら右点検を実施すべきものであり、そうすることによつて、本件腐食貫通孔を発見することが容易であつたと推認される。本件脱臭缶の装置構造に鑑みると、その試運転時、点検すべき個所はさして多く存するわけではなく、せいぜい真空漏れをみるための全体の真空テストや、ボルトナツトの締付け具合のほかはその蛇管を含めたカネクロールパイプからのカネクロールの漏れの有無をみる程度のことで十分であり、同装置に精通する被告人森本において、右程度のことは容易に気付きえたはずである(なお、第三五回公判調書中の証人宗像健の供述部分、高木善次郎の検面調書、工藤末治の昭和四四年七月二九日付司法警察員に対する供述調書及び被告人森本の当公判廷(第一一四回)における供述によれば、西村工業における外筒修理完了後の外筒からの漏れテストによつても、そのテスト目的が異なるため、本件蛇管から少々の空気漏れがあつてもこれを発見できなかつたことが認められる)。

(3) 真空テストによる点検について

更にカネミが日常作業開始時或いは脱臭缶増設時等に実施していた「真空テスト」こそ本件蛇管の点検に優れた方法であり、これを行わせていた被告人森本に、検察官主張のような点検義務の懈怠はないとの所論につき検討するに、右にいう真空テストは、前述の同業者らが実施していた蛇管に限つて直接空気圧等の圧力をかけてその漏れをみる所謂加圧法による点検とは異なつて、脱臭缶全体がテストの対象となり蛇管自体の欠陥発見を直接その目的とするものではない(第三四回公判調書中の証人宗像健の供述部分によれば、右にいう真空テストは漏れテストの一方法である真空法に類似するが、同法の場合は特定の目印になるガスを限られた部分に直接当ててそこからの漏れをみるという方法で、本来コイル状の管のテストには不適当な方法であることが認められる)。副次的には、蛇管の欠陥の大きさ程度によつてはその欠陥発見の機能を具備しないわけではないが、本質的には、脱臭装置の通常の運転操作の一環にすぎず、運転そのものであり、脱臭工程に不可欠の一作業である。右蛇管等から大量の空気漏れがあれば真空が効かず脱臭運転を開始し又は継続し難いことの反面として右装置欠陥の点検的効用があることは否定しえないけれども、右真空作業の目的が必ずしもその点検に重点を置いていないため、欠陥発見という立場からその真空の引き具合や変化を注視するという視点を欠ぐこととなること、更には前述(第三の一、1、(一))のとおり、蛇管からの少々の真空漏れがあつても、その真空装置の排気能力の範囲内に止まる限り、それが真空ゲージに明瞭に現われることがないという本件装置の特質に照らすとき、直接的限定的な方法であり欠陥の発見という明確な意図でなされる空気圧テスト等前示加圧法その他による点検方法に比し、いかにも間接的で大まかであり隔靴掻痒の感を免かれず、確かで精密な検査が行なわれる可能性は少ないと思われる。特に日常の作業開始時の真空作業(第一三回公判調書中の証人川野英一の、第四三回公判調書中の証人樋口広次の、各供述部分によれば、現場の脱臭係員は右を単に真空作業といい、別に真空テストとは称していなかつたことが明らかである)や連続運転中の真空装置による蛇管からの真空漏れを発見することは、右に照らすとよほど多量の漏れでない限り困難であつたものと推認される。

また増缶(新設)時の脱臭缶の右真空テストに関しても、右の作業と、方法において変りはなく、缶内の真空が所定の水銀柱三乃至五mmに引きさえすれば、別段後述の真空バルブを止めて真空の戻り具合をみるわけではなく、それに引続き脱臭缶の試運転に入つていたものである。そうして本件六号脱臭缶修理後の試運転に際してもほぼ右と同様のやり方をしており、とりたてて真空の保持状況をみるなど丹念な点検がなされたわけではなく、従つて本件腐食貫通孔からの真空漏れを発見できなかつたことは前記第三の一、1、(一)において判示したと同様である。

なるほど所論のとおり、カネミの脱臭装置には被告人森本が考案した真空パイプのストツプバルブが各脱臭缶毎に取付けられており、これを操作することによつて欠陥のある缶の特定や各缶毎に真空維持状況をみるのに便利である。しかし、右バルブが真空テストの目的のために設置されたものと認めうる証拠はない。むしろ第一の五、3及び第三の一、1に判示のとおり、もともと一真空装置に対し脱臭缶二基でセツトされていた三和式脱臭装置を、カネミでは脱臭缶数のみ逐次増し、最後には二缶時とほぼ同じ真空装置一式で最大六缶もの脱臭缶を運転するに至つたものであるから、その真空装置の能力は右六缶全部の真空を引かせかつ三缶ないし四缶に同時に吹き込まれる水蒸気を排気しなければならなかつた事実に照らすと、右能力は限界を超えており、若干たりともこれを浪費できない状態にあつたこと、従つて運転休止中の缶まで真空を効かせる無駄を避ける必要に迫られた結果、右バルブを各缶毎に設置するに至つたものと推認される。カネミの過去の事例に照らしても、右真空バルブを操作して各缶別の真空状態をみたのは希有のことであり(例えば証拠上現われたのは、六号脱臭缶の外筒腐食時及び同缶修理後試運転前のみ)、それも到達真空度まで達しないとか運転中真空が戻つたとか、真空状態にまず何らかの異常が存在した場合にのみ操作されるに過ぎず、そもそもこれにより真空漏れ等の異常の存在自体を発見する目的の器具ではなかつたものである。増缶時の試運転の際も右と同様で、所定の真空度に達すれば、とりたてて右バルブを締めて真空維持状況をみるようなことはしなかつたことは前述のとおりである。

以上に照らすと、六号脱臭缶の修理後の運転再開に先立ち、所謂真空テスト(正確には真空作業と称すべきである)を実施したこと、或いは運転再開後も脱臭作業の開始時常にこれを行つていたことをもつて、右六号缶修理後の結果回避措置である蛇管点検に相当する措置をなし、もつてその注意義務を尽していたものとは考えられない。

(4) 結び

以上に判示のとおり、六号脱臭缶の外筒修理後運転再開に当つて同缶蛇管の適切な点検を実施していれば、本件腐食貫通孔を発見し本件結果の発生を未然に防止しうる客観的状況下にあつたものである。従つて前述のとおりカネミ本社工場における製油装置の保守管理の責任者であり、その職務に従事する被告人森本としては、前述の本件蛇管の欠陥生成を予見し、右に際して同蛇管の点検を十分行うことによつて本件結果を回避すべき業務上の注意義務があつたことは十分認めうるところである。然るに同被告人は、右点検をなさず、或いは点検方法としては不十分でかつ便宜的ともいえる手段方法によつて点検を尽したというのであり、その結果右蛇管の欠陥を発見しえず、本件結果を惹起したもので、このような同被告人の行為は、右義務に違反する過失ある行為というほかはない。

よつて、右所論も理由がない。

3  カネクロール管理による結果回避措置について

所論は要するに、検察官は被告人森本には、毎週月曜日朝脱臭作業を開始する際に、自ら、或いはその脱臭係員をして地下タンク内のカネクロール量を計量するよう指示監督し、それによつて知りえたカネクロールの異常減量等によつてその米ぬか油中への漏出混入を早期に発見し、もつて本件結果の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があつたと主張するが、右計量の機会は一週間の連続運転であるため週に一回しかなく、右方法によつてカネクロールの米ぬか油への混入を早期に発見することは困難であるから、これによる本件結果の回避は不可能であり、同被告人にはかかる結果回避義務の違反はない。また被告人森本は、部下従業員をしてカネクロールの購入、使用、残量等を「精製日報」に記帳させていた、また地下タンク内のカネクロール量も現場脱臭係員が目測により常時掌握し、特に本件漏出当時の昭和四三年二月頃は、被告人森本自ら循環タンク内のカネクロール量も調査しており、その結果異常な減量はなかつたことが判明したものであり、被告人森本がカネクロールの管理を怠つた事実はない旨主張するので検討する。

(1) 食品製造というその製品を購入使用する者の健康に影響を与えることの大きい業務に従事する者にとつて、その製造食品中に有害物質その他食品添加物にあらざる異物の混入等の虞れある場合に、その混入を早期に発見して事故の発生を未然に防止する最も有効適切でしかも通常用いられる方法は、所謂製品検査の実施であると考えられる。そうして混入が予見される物質が人体に有害なものであれば、右のような食品業者としての立場上当然、必ずこれを実施すべきものと解される。しかし、本件については、第二に掲記の関係各証拠により認められる本件発生当時のカネクロールの検出分析に関する一般的な技術的水準やカネミ程度の企業に要求される検査設備及びその検査水準等に照らすと、当時のカネミにおいて右製品検査による米ぬか油へのカネクロール混入の発見は、その量にも左右されることではあるが、一般的には困難であつて本件に適切な回避措置ではなかつたと解される。ところで第一で判示のとおりカネミにおける製品管理の職務に従事し、その製品検査についても職責のあつた被告人森本においては、カネミで実施していた米ぬか油の製品検査によつてはカネクロールの混入を遺漏なく発見できないことを認識していたとみられるから、右有害物質のカネクロールに関し当然右製品検査に代わる次善の回避措置を検討すべきであつたものである。そうして本件の具体的装置や作業方法に照らして考えれば、それに使用のカネクロール自体の不必要な減量の有無をマークし、それが生じた場合にはその減量の原因を究明するなどの迅速適宜な措置をとることによつて、米ぬか油中のカネクロールの混入を早期に発見するという方法が考えられる(証人坂倉信雄に対する当裁判所の昭和四六年一一月一七日の尋問調書、第八六回公判調書中の証人竹下安日児の供述部分に照らして認める)。右は極めて初歩的でしかもさほど困難を伴うことのない適切な方法であり、これによりカネクロール混入油の出荷、販売を停止し、或いは既に出荷した分については速かにこれを回収する等の迅速な対応措置がとられれば、本件結果の発生を十分回避することができたものと解される。従つて、カネミにおける米ぬか油の精製、製造並びにこれに用いられるカネクロール等の副資材の購入管理に関し当時最高責任者であり、自ら或いは部下従業員をして右職務を行わせる業務にも従事していた被告人森本としては、前判示のように、本件脱臭缶内で米ぬか油に直近して有害なカネクロールが循環使用されており、その装置構造にも精通していて、その缶内蛇管に腐食や機械的損傷による欠陥が生じ、カネクロールが油中に漏出混入することについても予見できたのであるから、蛇管自体の点検によつて右欠陥を発見する措置をとらず、或いはそれによる発見漏れを慮り、万一右蛇管からカネクロールが漏出し米ぬか油中に混入しても、この事態を早期に発見して同油が出荷販売されるのを防止するために、右のようにカネクロール量を十分管理し、減量等の異常事態を容易に掌握できる措置をとるべきであつたと考えられる。

(2) 右のようなカネクロール量の管理はカネミと同様の製油業者においても実施されていた。即ち、証人佐藤源助に対する当裁判所の尋問調書、証人花輪久夫の当公判廷における供述、居鶴庄三郎の検面調書、同人及び萩生田徳四郎(昭和四四年五月二六日付)の司法警察員に対する各供述調書によれば、三和においては、毎週月曜日朝の運転開始前、現場の脱臭係員によつて、同地下タンク内のカネクロール量を五乃至一〇l(約七乃至一四kg)単位目盛のステンレス製計量尺で計量されていたこと、右計量の主目的は装置の正常運転に必要なカネクロール量の確保やその購入量の目安とするものであつたが、右により異常減量の発見も可能であり、関係者らにはかかる認識もあつて右計量を実施していたこと、係員がカネクロールを新たに使用する時はその都度工場長に報告する制度となつており、一回に一缶(一斗缶、二五kg、一八l)に限り使用を許され、二缶以上の同時使用は事実上ありえないシステムとなつていたこと、が認められ、右認定のような三和のカネクロール管理の方法であれば、本件で生じたような多量のカネクロールの漏出を発見することは、容易であつたと考えられる。証人入口外與作に対する当裁判所の尋問調書、高梨三郎の検面調書によれば、カネミと同様に三和のプラントの使用者である前掲全国農村工業農業協同組合連合会平塚工場や石川油糧品工業株式会社においては、特段その方法を三和から教わつたり指示されたわけではないが、前者は毎週一回の作業開始前、後者は毎朝一回(昼間のみ運転のため)作業開始前、それぞれ地下タンクに計量尺を差し入れてカネクロール量を測定していたことが認められる。その他右以外の一般製油業者についても、証人岡田金雄に対する当裁判所の尋問調書、第一〇二回公判調書中の証人今津順一の供述部分、証人榊原寅雄、同中山貞雄の当公判廷における各供述によれば、日本精米製油株式会社では、毎朝の作業開始時又は毎夕の作業終了時に棒製の計量尺でストレージタンク(地下タンク類似のもの)のカネクロールを検量し、その他ダウサムオイル等の気相使用(但し貯留時は液相)の熱媒体を用いる製油業者にあつても、液面計(レベルゲージ)等により、その熱媒体の量の把握管理に努めていたこと、が認められる。以上のような他の製油業者が実施していた熱媒体等の管理方法をカネミにおいても採用していれば、本件のような多量のカネクロールの漏出を発見することは極めて容易であつたと思われる。

(3) 然るにカネミにおけるカネクロール量の管理は、第五回公判調書中の証人川野英一の、第四一回公判調書中の同樋口広次の、第六一回公判調書中の同三田次雄の、第九回公判調書中の同二摩初の、各供述部分、樋口広次の昭和四四年一一月五日、同月六日、同年一二月一五日各付の検面調書、被告人森本の当公判廷(第一一六回)における供述及び検察官(同四五年一月三日付)、司法警察員(同四四年六月四日付、同月二七日付)に対する各供述調書、精製日報(証第八号の一乃至七)によれば、次のとおり認められる。即ち、カネミではその地下タンクに落されているカネクロールを計量したことはなかつたため、脱臭装置内のカネクロール量は殆ど把握されていなかつた。そのためカネクロールの補給は計量によつて判明した減量に応じてなされるのではなく、油の昇温の悪化や循環ポンプのゲージ圧の低下などその装置の運転に支障をきたすような事態が生じた場合に初めてなされた。日常カネクロールの使用状況が記帳されて記録に残されるようになつたのは、昭和四二年二月以降になつてのことで、被告人森本の指揮下に精製課試験室長二摩初によつて、同精製工場備え付けの精製日報に「購入」「使用」「残」の各欄を設けて記帳されるようになつた。なお、同月以前は同被告人自ら右日報の記帳を担当していたが、右のカネクロールの記帳は全くしてなかつた。右日報に記入のカネクロール使用量は、右二摩において、脱臭係の責任者(主として樋口広次)から使用の都度口頭報告を受けてこれを記入する建前となつていた。併し、本件発生当時頃は、右の報告や記帳も月末の棚卸しや月に何度かある右日報の集計日にまとめてなされるようになつた。脱臭係員がなす右使用量や残量の報告も、同係員がカネクロール用ドラム容器をゆすつてみてその手応えで、或いは同ドラム缶や一斗缶内をのぞいてその目分量で計量するという極めて大まかな方法での計量結果に基づいてなされていたものであつた。収支残が合わないときは随時勝手に使用に計上して辻褄を合せていた。右日報は試験室に置かれ、脱臭作業現場にはカネクロールの使用状況を把握すべき記録は何も置かれず、脱臭係員においてカネクロール補給の当否や異常減量などについて判断すべき資料はなかつた。被告人森本は前記昭和四二年二月以前は自ら右日報の記帳を担当し、同月以降はこれを閲覧点検するのを日課としその職務内容としていた。以上の認定に反し所論は目測によつて地下タンクでカネクロールを検量していた旨主張し、これに副う証人三田次雄の供述(第六一回公判調書)もあるが、前掲各証拠に照らすと、カネミの作業開始時の手順として、先ず地下タンクから循環タンクに手押ポンプでカネクロールを汲み上げるのであるが、そのポンプ汲み上げの誘い液となるカネクロールを地下タンクからすくうため同タンク蓋を開ける必要があり、その機会に必ず同タンク内のカネクロールが目につくもので、その際見えたという程度に過ぎず、別段検量の意図でなされたり、その減少をみて不足分を補給するといつたこともなかつたものであつて、これがカネクロール量の管理行為とは考えられず、右供述も措信できないし、後に判示のように同タンク内で深さ一cmの差があればそれが一四kgものカネクロール量に相当することを考えると、目測程度では相当多量の減量でないと発見は困難であるうえ、目測による量の記録も残されないのであるから比較すべき対象もなく、その効果にも疑問が存する。また所論ならびに被告人森本の当公判廷での供述では、同被告人において六号缶運転再開後循環タンクにおけるカネクロールの異常減量有無の調査の実施を主張するが、右は保温材を付ける以前の未完成の循環タンクに耳を近か付けてそのカネクロールの落下音により同タンク貯留のカネクロール量を知るという方法での確認をいうのであるところ、同被告人の第一一五回、一一六回、一二一回、一二二回、一二九回の当公判廷における供述、証第一八号の鉄工係日誌等を精査すると、右タンク工事やその保温工事の時期と必ずしも一致せず、相矛盾し、またその供述内容自体からも信用性なきことが窺われ措信しがたいのみならず、それでは減量については極めて大ざつぱな判断となるし、日常同タンク内の量を事前に確認したこともないというのであるから極端に大量の漏出以外発見困難な方法であり、その実効性からも疑問あるものであつて採用の限りでない。

以上認定の事実に照らしてみると、カネミにおいても、少なくとも脱臭作業開始時(毎月曜日朝)地下タンク内のカネクロール量を検量してその現在量を掌握し、またカネクロールの使用状況を克明に記帳した帳簿や日誌を現場その他に備え付けてその推移に注意を払うなどしていれば、その異常な補給使用や不必要な減量などその異常事態を速かにかつ容易に発見することができ、本件のような結果の発生を未然に防止できたものと考えられる。然るに、被告人森本は、右カネクロール等副資材の使用、管理の職務に従事していたにも拘らず、右判示のとおり、地下タンクでの検量を実施するよう部下従業員に指示指導することなく、またその唯一の管理帳簿であつた精製日報のカネクロールに関する記帳が極めて大まかに、また杜撰になされていることを十分知つていながらこれを黙認許容して正確な記帳をするよう担当者に指示することもなく、また脱臭装置運転に必要なカネクロール量やその自然消耗量等をデーターなどによつて割り出すなどしてこれを十分掌握することもせず、その補給は運転上支障あれば補給するというその場合わせ的な方法をとるよう指導し、定量性や明確な基準のないしかもその使用状況の掌握や管理のしにくい方法によりこれを行なわせていたものと解される。

(4) 以上にみたとおり、被告人森本の指揮監督下になされたカネミのカネクロールの管理状況は、人体に危険性のある物質の取扱いとしてはかなり杜撰な方法であり、これによりその異常減量を発見して本件結果を回避しうる措置とは到底考えられない。少くとも右カネクロールの使用、管理の職責ある被告人森本においては、現場の脱臭係員らに対してカネクロールが地下タンクに落される都度(最低毎週月曜日朝その機会がある)これを計量し現場作業日誌様のものに逐次記帳してその現在量を常に把握させ、不足分を補給するよう指示指導し、同係員らにおいてもその減量による異常事態を判断できるように体制を整え、或いは自己のもとに右計量結果や使用量等が正確に、その都度報告されるような制度を整えるなどしていれば本件結果の発生を回避しえたのは明らかであり、前述の職務に従事する被告人森本には、かかる回避措置をとるべき業務上の注意義務があつたものといえる。

(5) 所論は、カネミの脱臭作業は六日間昼夜連続で行われるから、たとえ地下タンクのカネクロールを計量するという管理方法をとつたとしても、右計量は週に一回しかできず、その間に既にカネクロールが油中に混入するという事態が生じれば、もはやこれを早期に発見して本件結果を回避することは困難である旨主張するが、前判示のとおり、米ぬか油の製品詰は脱臭作業後最低三日以上を要し、これに更に出荷、販売等に要する日数を考慮すれば、一般の購入者がこれを摂取使用するまでには、右脱臭操作後一週間程度は優にかかると解されるうえ、関係証拠に照らすと、前判示のようにPCBの毒性は所謂蓄積毒性であり、一、二回程度の事故油の摂取により油症の発症をみることは殆どないものと推測されることを併せ考えると、一週間に一度の計量でも、その購入者がカネクロール混入油を摂取し、或いは油症に罹患するという結果の発生の殆どは回避できるものと考えられる。翻つて考えてみても、当該措置により回避しえない万一の場合が考えられるからといつて、その大部分の回避可能である措置義務まで否定するのが相当でないことは当然である。右は単に万一の場合として発症した油症患者に対してのみ、右の措置による結果の回避が客観的に不可能となり、その回避義務が存しなくなるというに止まるに過ぎず、その余に対する右義務までを否定するものではなく、右措置により回避しうべかりし被害者に対する犯罪の成立をも妨げるものとは考えられない。特にこれを本件の具体的事実に当てはめて検討すると、本件は右の措置によつてその結果の発生をすべて未然に防止できたものである。即ち、前判示のとおり六号脱臭缶外筒修理時においてはその蛇管に欠陥が生じている危険性あることが一層予見できたものであるから日常の右カネクロールの管理以上に慎重にその管理がなさるべき状態にあつたうえ、被告人森本の当公判廷(第一一四回)における供述、出勤表(証第三九号)によれば、昭和四三年一月二八日(日曜日)、同月二九日、同年二月一日、同月三日(土曜日、翌四日は日曜日なのに脱臭作業がなされていることその他前後の操業状況からすると、右日曜の休日と入れ替わつたものとみられる)は、いずれもカネミの脱臭係員に夜勤者がなく、同日夜間の脱臭作業が停止されていることが認められ、これにその脱臭作業の形態も併せ考えると、右各日の夜に、その脱臭装置内のカネクロールはすべて地下タンクに落とされていること、従つて、右各日に対応するそれぞれの翌朝の作業開始時に地下タンク内のカネクロールの計量が可能であつたこと、カネミにおいて、少なくとも週一回毎週月曜日朝の作業開始時にその計量を実施するという方法がとられてさえいれば、六号脱臭缶運転再開日即ちカネクロールの漏出混入の開始日以前である同四三年一月二九日朝の計量により、右漏出以前の地下タンク内のカネクロール量を、同年二月四日朝に右漏出開始後の同カネクロール量をそれぞれ確認できたことが推認される。そうして右各計量した数値差をみて、それが有意差となる程度のものであれば、その間のカネクロールの異常減量を知ることができる(尤も、同年一月三一日に一〇〇kgの補給がなされているが、この補給による量は右差引計算上考慮すれば足りることである)。そこでまず右の漏出開始(一月三一日)から右計量ができた日(二月四日)までの間の四日間における漏出カネクロール量をみるに、前(第一の四、2及び同五の4、5)判示の各事実に照らすと、事故油中へのPCBの混入割合(PPM値)は、事故油を製品詰して出荷を開始した日から日を追つて加速度的に激減し、その開始日と終了日との間の右PPM値には二桁もの違いが出てきており、しかも右開始日の値が極端に高いことが認められ、これらによれば前認定の全漏出量約一五〇kg前後のうちの大部分が当初の右四日間のうちに漏出していると推認されること、第八回乃至一〇回公判調書中の証人二摩初の、第六回及び第七回公判調書中の証人川野英一の、第四三回公判調書中の証人樋口広次の、各供述部分、川野英一(昭和四四年一二月二五日付、同月二六日付)、樋口広次(同年一二月一五日付、同月三〇日付)の各検面調書、被告人森本の当公判廷(第一一一回及び一一五回)における供述、試験日報(証第一四号、一五号)等によれば、右四日間のうちに六号脱臭缶は最低一〇バツチ以上の脱臭運転がなされていることが認められ、その他篠原久外作成の鑑定書における一バツチ当りのカネクロール漏出量の試算結果等に照らすと、右四日間で少なく見積つても、全漏出量の1/3乃至1/2即ち五〇乃至七五kg前後の漏出があつたと考えられる。そうして司法警察員作成の昭和四四年四月二八日付検証調書、設計図綴(証第三五号)によれば、カネミの地下タンク内径は約一一〇cmであることが認められるから、同タンクにおける深さ一cmのカネクロール量は約九・五l、重量にして約一四kg(常温二〇度でカネクロール密度一・四六kg/lで換算)であることが計算上明らかであるから、右四日間の漏出量五〇ないし七五kgは、同タンクの深さに換算すると三ないし五cmに相当(因に一斗缶換算で二缶ないし三缶分相当)するので、一目盛一cm程度の計算尺(前示三和の同尺も証拠上この程度の目盛単位と推認される)を用いて計量していれば、右の程度もある計量差であれば容易に確認できたものとみられ、そうすれば特段の事情なき限り、その減量が異常であることに気付いたものと考えられる。従つて本件においては、右カネクロールの管理を十分実施することによつてもカネクロールの米ぬか油中への混入を早期に発見しえたものであり、これによつて本件結果を回避することが可能であつたものといわなければならない。よつて右所論も理由がない。

第四量刑事由

本件は、食用油に混入した化学合成物質PCBによる過去に例をみない、しかも大規模な有機塩素中毒事件であつた。その罹患者は本件起訴にかかる者のみでも西日本八県にまたがる八九一名の多数に及んだほか、実際の患者数は昭和五〇年一二月末現在で厚生省が確認した一、五三一名をはるかに超えるものと推測される。

本来食品が人の生活に不可欠のもので、日常的に摂取され生命、健康維持の根源であることから、その安全性が十分保障されねばならないことは疑う余地のないところであり、食品公害をめぐり数多く言及されてきたことである。この点身体の健康の快復や生命維持という異質の目的のため、多少の副作用を許容する薬物の服用等とは若干趣を異にするもので、その安全性は絶対の要請であり、これにより僅かでも人の健康に障害をもたらすことがあつてはならない筈のものである。他方食品製造技術の向上は多種多様な食品添加物や化学合成物質がその大量製造過程において使用され、かかる化学物質等による中毒の危険性は増大したといえるものの、一般消費者においては右製造業者の一方的な情報の提供や売込み宣伝に従つて食品を選択する以外になく、自らその安全性を判断して選択購入する手段を全く有していない。従つて食品製造業者においてはその安全性の保障が強く要請されるところ、本件はかかる食品の中毒事件であり、しかもその製造工程における装置欠陥によつて工業用薬品たる熱媒体が食品中に混入したという特異な事例であつた。しかもその混入物質は開発後歴史もさして古くなく、人の健康に対しては未知の物質であつたこともあり、当初から右中毒症状は原因不明の奇病視され、早期診断や医療対策、被害拡大防止等が後手に廻つただけでなく、その有効な治療方法も未だ発見されないでいる状況にあり、まさに人類の科学進歩に随伴して生じた病理現象というにふさわしい特色を有する事件であつた。

被害者らは、健康食品、自然食品という宣伝文句で売り込まれたカネミライスオイルを、若干高価にも拘らず、それを信じて購入し摂取したものであり、その過程に何らの落度はないのみか、右信頼に反し却つて非自然物たる化学物質による中毒に罹患するという不運な結果を蒙ることとなつた。

油症の症状は、発症当初は皮膚や眼症状を主体とする顕在的全身症状であつたが、その後内臓や神経系の症状も確認され、全身に多種多様な症状を呈するに至つた。元来PCBは化学的安定性が強く水溶性に乏しいという物性のため、体外排泄作用や内臓諸器官による酵素等の解毒作用を受け難い物性がある一方、親油性があるため、いつたん人の体内に摂取されたPCBは容易に排泄されないのみか、解毒作用も受けることが少なく、体内の脂肪組織に蓄積されて頑固に諸症状を呈する原因となる。このようにPCBの毒性は蓄積毒性の特性をもち、その症状は所謂難治性のものであり、その具体的症状については前に判示のとおりである。油症の原因究明はなされたものの、その影響物資がPCBであり体内蓄積に伴う異物作用であることは判明しても、事件発生後一〇年近く経過する今日でもその原因療法、根治療法というものはいまだ手掛りさえない状態にあり、その自然排泄を待つ以外に確かな方法はなく、僅かに温泉療法や断食療法が効果があると一部にいわれている程度に過ぎない。その大部分はなお対症療法を主体とする治療体制にあるに止まり、しかもその専門医も少なく貧弱な医療環境におかれている。

被害者らは油症罹患により日常生活その他に多大の被害を蒙つており、かかる場面での物心両面の被害もまた極めて重大である。顔面を中心とする身体諸所に多量に吹き出したニキビ様湿疹により肉体的醜状を呈することとなり、被害者らは人目を避け、他人と没交渉になるなど対人関係に消極的となり、社会的に疎外された日常生活を余儀なくされた。しかも本件被害者の大部分は家族発症であるため、唯一の逃避場所ともいえる家庭においてもまた家族員相互が苦悩に満ちた暗い不安な状況におかれているため、必ずしも心身を安定させる場所とはなりえないジレンマに陥つている。油症による影響によつて夫婦生活にも支障をきたし、離婚の話しも持ち上がつた事例もあつた。油症の胎児性罹患により皮膚が黒変した新生児の発生によつて、妊婦に対し出産の恐怖を与え、流産を願うなどの苦慮をもたらし、或いは子供を儲けることを断念する事例も生じている。幼児や児童にあつては運動や勉学意欲への障害となつたことはもとより、その醜状や学校生活に完全に適応しきれないこと等のため、その心身の健全な発達を阻害している。思春期や婚姻適令期を迎える女性の心痛も察してあまりある。その就職や職業上にも障害をもたらしていることも証拠上明らかである。その他吹出物や内臓障害等による日常座臥や肉体的動作への支障のみならず倦怠感、疲労感、気力喪失等による影響も無視できない。

このように被害者らは単にその病による苦痛のほか日常生活上も諸々の障害の受忍を強要され、生活破壊をもたらされているうえ、油症ゆえに失職、転職し、或いは勤労意欲を失うなどして経済的にも苦境に立ち至つている者も多く、物心両面からの苦難に直面させられている。発症後かなりの年月を経過して外見症状においては大部分軽快に向つているものの、顔面等にはなお後遺症による醜状を残し、内臓や神経系特に頭痛を訴える者はなお多く、また頑固な症状を未だに残している被害者もあるなど、完治した状態に至つていない(いずれの段階で完治したといえるかの基準も不明のままである)。このように本件被害者らは事件後相当の年月を経るもなお、その健康のみならず日常生活、社会生活においても不安定な状態におかれており、これらを勘案するとき、その結果が重大であることは論をまたないところである。

右のような重大な結果をもたらした被告人森本の過失行為もまた決して軽視しうべきものではなかつた。本件事故は、カネミひいては被告人森本の工程、装置、資材に対する各管理の落度に起因するものであつたが、このような落度を誘発したのはなによりも同森本のカネクロールの物性及び有害性に関する認識や理解の不足、特に人の健康に対する影響に思いを至さなかつたことが大きな原因をなしている。このことは同森本の情報収集努力の不足もさることながら、彼にもたらされたカネクロールに関する各情報にもその根源を見出すことができる。即ち、被告人森本は、設計者岩田文男からは、それが殆ど人蓄無害であると教えられたり、入手したカネクロールカタログには、若干の毒性があるけれども殆ど問題とならず取扱も特段の配慮は不要であり、金属腐食性がなく素材の選択は自由である、脱塩酸する傾向にあるが発生した塩化水素ガスは殆ど排気され、水分も装置内に存在しないので装置は安全であるなどその安全性を強調した記載がなされているなど、いずれも現実に生起した事態に対比するときかなり実体と相違し、カネクロールやその過熱について安易に取組まれる虞ある内容の情報提供を受けていたため、カネクロールや脱臭装置の安全性に対する配慮が当初から欠落し軽視される結果をもたらしたと考えられる。右カタログにおいて、その有害性に関し真実に合致した、より詳しい情報の提供がなされていれば、被告人森本においてさえも、本件装置や工程、カネクロール等の管理への取組み方を転換させることが出来た可能性もあつた。

然るに、カネクロールのメーカー鐘淵化学においては、万一その漏出混入という事態が生ずれば重大な結果へと発展する虞のある食品工業に対しても、それが人体に経口摂取された場合の有害性に関する十分な情報提供をしないまま、同工業における熱媒体として推奨宣伝して販売した。その結果、そのユーザーに使用上、警戒心や特段の注意をもつてこれを取扱い、また装置管理を行うことへの関心を若干疎かにし、装置の腐食その他による欠陥生成やカネクロールの製品混入に対する配慮を希薄にさせ、安易にその取扱いに取組む姿勢を助長したことは、被告人森本に関する限りにおいて否定し難いことである。また多様な使用の仕方をされ、すべてのユーザーが高度の化学的素養を有するとは限らないのであるから、前述のカタログ記載程度の情報の提供によつては他に右森本のような軽率な理解や取組み方をする者も必ずしも皆無とはいえないと考えられる。

本件装置メーカーである三和油脂においても、カネミへその装置導入後運転操作等の指導はしたものの、三和式を初めて使用し、しかもさほど装置技術陣の整つていなかつたカネミに対し、その装置管理やカネクロールの安全性、過熱防止等につきより懇切丁寧な指導や配慮がなされるべきではなかつたかの疑念も存するし、また食品製造用として自ら開発した装置に不可分のものとしてカネクロールを使用するものであるから、三和もまた食品業者としてカネクロールの職場環境に与える影響は当然として、さらに食品や人の健康に与える影響や過熱による弊害等につきより多くの情報を収集し、危険の発生を予測し、その回避のための対策を十分考慮し、ユーザーに対しても適切な指導をなすのが相当であつたと考えられる。

以上のように、カネクロールに関する中途半端な情報の提供やその不足が、カネミにおける本件装置やカネクロール或いは製品油の安全性に対する配慮を欠く結果をもたらし、被告人森本の本件過失行為の一縁由となつたことは否定し難く思われる。加えて、特に腐食による本件蛇管の欠陥の生成に関しては、腐食環境を作り易い六号脱臭缶の構造設計上の欠陥や、同蛇管の素材並びにその加工上の手抜きによる蛇管材質自体の欠陥等の存在が、右の欠陥生成に大きく寄与し、本件結果を誘発した原因ともなつていることは前に判示のとおりであり、本件結果は、被告人森本の過失行為はもとよりのこと、右欠陥等の諸要因の偶然的重なりやカネクロールに関する情報不足等がこれに寄与して惹起されたものと認めうるのであつて、そのすべてをひとり被告人森本の責任に帰することは必ずしも妥当とはいえない面がある。

併しながら、カネミは米ぬか油製造販売業者として業界大手の会社であり、カネミライスオイルと称する食用油を一日平均一三・二トン、一升ビン換算で八、〇〇〇本にも達する大量生産をし、西日本一円に販売していたものであり、被告人森本は、このような製造業務に従事して前述のように本件発生当時は右製造油の全精製を行うカネミ本社工場の工場長としてその最高責任者の地位にあつたし、カネミの米ぬか油精製業務を開始以来、同精製の現場業務及び同工程すべてを自ら担当してきたという実質的に最高責任者として右業務に携わつてきたものである。従つて前述のように安全性の十分な保障を要する食品の大量の生産業務にその責任者として従事するものとして、万一これに有害物質が混入すれば一時に多数の被害を生む状況が予測されるから、特に慎重に高度の注意をもつて右業務遂行に当ることが要請される立場にあつたものといえる。そうしてカネクロールが僅か二mm前後の管壁を隔てて食用油と接し、使用される装置構造にあつたのであるから、その万一の混合ひいては人に経口摂取される場合を慮り、その要請される注意深い慎重な態度をもつて前述のカネクロールカタログを読めば、それが経口摂取された場合の有害性を認識しうるに至つたであろうことは前判示のとおりである。しこうしてその取扱や管理に十分配慮し、それが米ぬか油に混入して若干たりとも人の健康に障害をもたらすような事態を回避できる立場にあつたものである。しかるに、被告人森本にはカネクロールの有害性を認識しなかつた落度は重大である。

本件脱臭装置は熱交換器の一種であり、その装置構造はそれにどんな熱媒体を使用するかということと密接に関連づけられており、従つて被告人森本としても本件装置がその設計上カネクロールの物性等につき十分考慮されたうえ製作されたものであることを容易に判断できたはずである。故に本件装置のカネクロールにつき、その過熱を回避すべきことを予め忠告された被告人森本としては、その装置を変更改造し、或いはその運転方法を大幅に変更するような場合には、当然カネクロールの加熱条件にも変化が生じ、その過熱ひいては安全性に危惧を生じる可能性があつたのであるから、その危険性に思いをいたし、それを改造変更等するに際しては当然メーカーの三和やカネミの技術嘱託者で右装置の設計者であつた岩田文男にその当否の相談や問い合わせをするなどしてこれを実施すべきであり、また容易にこれができる状況にあつたにも拘らず、自己の能力過信と三和頼むに足らずとの気持から、右岩田らの言に耳を貸すこともなく、同装置設計を安易に考えて右改造変更等に踏み切つたすえ、同装置内でカネクロールを常時過熱する状況下におき、本件蛇管の欠陥生成をもたらしたものである。右のように、被告人森本の本件装置やその安全性に対する安易な取組みや装置設計者への軽視、自己の能力過信、費用節約等の姿勢から惹起されたものといえる本件結果について、同被告人の過失行為は決して軽視しうるものではない。

更にカネミの本社工場における装置管理の体勢が極めて杜撰であつたことがまた本件結果をもたらした一つの原因となつていることも指摘されねばならない。機械装置が日常十分手入れされ定期的に一斉に点検掃除等がなさるべきことは装置工業ならずとも常識的なことと思われる。まして本件は清潔衛生を宗とする食品製造工業であるから、その必要性は一層強いものといえる。然るにカネミ本社工場においては、脱臭装置のみを取り上げても、それが一斉に掃除手入れされた形跡が認められない。カネミの組織全体が油の生産拡大に追われて生産第一の雰囲気に満たされ、装置管理等が軽視省略されるような状況下に常にあつた。そのことが本件発生の基盤を醸成し、被告人森本の姿勢にも反映したことも否定し難い。従つて右杜撰な管理の状況は会社や工場全体の管理体制の影響でもあり、その統轄者たる被告人加藤も含めて会社上層部の統轄責任でもあつて、ひとり被告人森本のみ指弾されるべき筋合とも断じ難いが、本件脱臭装置に関する限り、その日常の手入れや点検、定期的掃除点検等の実施はカネミ本社工場の機械装置の保守管理の最高責任者であり、右実施の決定権限を実際上有していた被告人森本の決断に依存するものであつて、その不実施は正に同被告人に帰責される事柄であつた。従つて、その製造食品の安全性を考えて万全を期すべき立場にあつた被告人森本としては、前述のように同業の油脂製造業に従事する装置管理責任者らが万一を考慮して実施していたように、カネミにおいても日常から脱臭装置全体の定期的な手入れ、掃除等や点検検査を実施するほか、その蛇管自体の点検をも実施する体制をとつておくべきであつた。そうすれば、六号脱臭缶修理の際も本件蛇管の十分な点検検査がその慣行上実施され、それにより同蛇管の欠陥が発見され、結局本件結果の発生も回避されていたであろうし、既に実施していた装置の変更改造等の自らの過失行為も十分補正しうる恰好の機会でもあつた。然るに同装置の管理に関する被告人森本の前示杜撰な姿勢は、その際も右点検等に慎重を欠く結果をもたらし、蛇管自体の点検を行なわなかつたのみか、それに代るものとして実施していた簡易な検査方法についてさえ十分慎重に行なわれることがなかつたため、本件結果の発生を回避しえなかつたものであり、被告人森本のこの点に関する過失も重大である。加えて資材管理特にカネクロールの使用管理もまたその使用方法の無方針さに対応して杜撰になされた。担当係員らのなすその計量管理や記帳管理等も殆どなされていないに等しい大ざつぱなもので、被告人森本はその監督者の立場にあつたにも拘らずこれを認容放置して本件カネクロールの漏出を看過したものであつた。右管理の実行は僅かな手間と僅かな配慮で可能であつたものである。

以上のとおり、本件結果の発生には、被告人森本の預り知らない装置の構造や蛇管の材質上の各欠陥や、カネクロールに関する情報或いは取扱に関する指導の不足等その装置メーカー(三和)やカネクロールメーカー(鐘淵化学)等の落度ともみるべき諸事情が輻輳し、本件結果の発生に寄与しているとみられるものの、前示のとおり被告人森本自体の過失が本件結果発生の要因をなしており、これらが決して軽視さるべきでなく、重大であることは右にみたとおりである。

被害者らは前示のとおり十分な医療体制下におかれず、またその救済対策も乏しい状態にある。カネミでは油症患者に対し、その治療費や治療に伴う諸経費を負担し、その総額は年間四、五千万円に達しており(昭和四九年九月三〇日当時)、証拠上でみる限りカネミの事業規模からは決して少なくない金額の出捐を続けていることが窺われるし、厚生省の要請もあつて右治療費その他油症患者救済費用捻出のため、会社全体が会社存続のため努力している状況も証拠上窺われる。一部示談が成立(二六一名)し、一人二〇万から四〇万円、総計六〇〇〇万円余りの出捐をしている(尤も、現在は右示談額が極端に低いことを争われており、示談被害者らも民事訴訟等で係争する姿勢も窺える)。このようにカネミにおいてはその資力の限度において一応の救済努力や慰藉の手段を講じており、民事裁判における敗訴判決の結果を甘受する態度を表明するなど決してその誠意を否定することは出来ないけれども、前記のように症状が長びきその快復が遅れている状況や示談その他現在までの紛争解決や慰藉の手段等についてのカネミ側の姿勢や方法に対する不満等によつて、なお感情的なしこりを被害者らに残しており、また被害者らに与えた過去の或いは現在も続いている肉体的、精神的等の苦痛、苦悩の重大さのため、その大部分を未だ慰藉するに至らず、被害感情はなお強く残つている。

以上のとおりであるから、本件事件の発生には、本件脱臭装置のメーカーの設計上製作上の欠陥やそれに用いられた熱媒体のメーカーの不十分な情報提供、さらにはカネミ全体の生産優先による装置の保守管理軽視の体制が、その背景的要因として介在するのであり、本件結果の総てをひとり被告人森本の責任に帰することはできない状況にあつた等同森本に有利な事情をも十分考慮しても、同森本の過失行為自体、本件結果発生に不可欠の要因となつており、その過失は重大であり、その結果も極めて重く、その他被告人森本においては、本件裁判を通して自らの落度を容認しようとせず、すべてを三和やカネクロールメーカーの責任に転嫁することに終始している事情や、本件が与えた社会的影響等諸般の事情をも勘案するとき、被告人森本の刑責は重いものがある。

第五法令の適用

被告人森本の判示所為は、その行為時においては昭和四三年法律第六一号刑法の一部を改正する法律(同年六月一〇日施行)による改正前の刑法二一一条前段並びに昭和四七年法律第六一号罰金等臨時措置法の一部を改正する法律(同年七月一日施行)による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては右改正後の刑法二一一条前段並びに同じく改正後の罰金等臨時措置法三条一項一号に、それぞれ該当するが、犯罪後の法律により刑の変更があつたときに当たるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、右所為は事故油製造行為としては複数存在したけれども、同一製油工場における同一の製油業務の一連の活動行為として存在したものであり、自然的観察においても一個の行為と評価しうべく、他方被害者は複数であるが、右一個の行為によつて生じた場合に該当するから、結局右は一個の行為により数個の罪名に触れる場合として刑法五四条一項前段、一〇条により水俣由紀子に対する業務上過失致傷罪の刑に従つて処断することとし、前第四判示の被告人森本に有利不利の各量刑事情をそれぞれ参酌して所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人森本を禁錮一年六月に処することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して主文記載のとおり被告人森本に負担させることとする。

第六被告人加藤三之輔の無罪理由

一  被告人加藤に対する公訴事実

被告人加藤に対する公訴事実は、被告人森本義人の前認定の過失行為と競合して、「被告人加藤三之輔は、食用に供する米ぬか油の製造販売等を業とする北九州市小倉区東港町六番地所在カネミ倉庫株式会社の代表取締役として同会社の業務一切を統轄掌理するとともに、昭和三六年四月頃から同四〇年一一月二〇日までの間は同会社製油部担当取締役兼同部工場長、それ以降は同部担当取締役として、前同所所在の同会社本社工場における前記米ぬか油の製造およびこれに要する機械装置、副資材等の保守管理等の業務に従事していたものであるが、右製造工程中の脱臭工程については同三六年四月から三和油脂株式会社の技術指導により右三和油脂の設計考案にかかる方式を採用実施していたものであるところ、右方式による脱臭操作の骨子は脱臭缶内に脱色工程を経た米ぬか油を張り込み缶内に設置してあるステンレス製蛇管内に熱媒体として加熱炉により高温に加熱された四塩化ジフエニール(商品名カネクロール四〇〇)を循環させて油温を一定時間内に一定温度にまで上げ水蒸気を吹き込み油中の有臭成分を除去することにあり、右四塩化ジフエニールが人体に摂取されるようなことがあれば極めて有害な影響を及ぼすものであることは明らかであるうえ、右蛇管は、機械装置ならびにその操作方法やこれに与えられる各種の衝撃の如何によつては、四塩化ジフエニールの過熱分解に起因する塩酸による腐蝕孔の発生その他の損傷を生ずるおそれがあり、とくに六基の脱臭缶のうち同三七年一〇月より継続作動させていた六号脱臭缶(旧二号脱臭缶)については、同四二年一〇月頃その外筒に腐蝕孔を発見して外注改造をなし同年一二月下旬頃再び据付けられたものであつて、その間に各種衝撃が加えられていたばかりか蛇管に欠陥を生じている疑いもあつたのであるから、多数人の食用に供すべき右米ぬか油の製造にたずさわつていた被告人としては、各機械装置の構造、能力ならびに四塩化ジフエニールの加温限度等を的確に把握して適正な機械装置による加熱操作を行ない、また少なくとも年一回は脱臭缶を開缶して蛇管の漏出箇所の有無を点検するほか前記改造等により脱臭缶内部の異常を生ずべき事態のあつたときはその都度同様の点検を行ない、さらに脱臭担当作業員において使用中の右四塩化ジフエニールの量ならびにその減量および補給量の推移を常時的確に把握し得るような計量、記帳を行う等し、もしくは従業員をしてこれらを励行させるよう指導監督し、もつて脱臭缶内蛇管から四塩化ジフエニールが漏出し、これが混入した米ぬか油が製造販売されるが如き事態の発生を抑止しなければならない業務上の注意業務があるにもかかわらず、これらをいずれも怠り、右工場において、同三九年一月頃以降、前記三和油脂が四塩化ジフエニールの過熱分解防止の見地から脱臭缶二基用として設計してあつた脱臭装置に対し設計計算上の確たる根拠もないのに脱臭缶のみを一基増設してこれを三基同時に作動させたほか、伝熱量の減少と炉内パイプの管壁の過熱に対する配慮を欠いた加熱炉を製作使用するなどの変更を加えるとともに作業員に対し加熱操作方法につき適切な指示をしないまま三年余の長期にわたつて脱臭作業を継続し、また、同三九年六月頃以降脱臭缶内蛇管の点検を全く行なわず、さらに右脱臭作業開始以来同作業現場において、使用中の四塩化ジフエニールの量ならびにその減量および補給量の推移を把握しないまま放置し、その間において、前記六号脱臭缶内蛇管に四塩化ジフエニールの過熱分解に起因して発生した塩酸の作用による腐蝕貫通孔が生じ、その生成拡大の過程で逐次脱臭缶中の油、蛇管内の四塩化ジフエニールあるいはこれに含まれる不純物粒子により充填されていたものが、前記改造据付の際における各種の衝撃により右充填物の全部又は一部が欠落した状態となつていたところ、右腐蝕貫通孔の存在に全く気づかないまま同四三年一月三一日右脱臭缶を始動させるに至つたため、その際および以後短時日の間、同脱臭缶を作動させた過程において右腐蝕貫通孔より脱臭缶内の油中に多量の四塩化ジフエニールを漏出せしめながら、右漏出による四塩化ジフエニールの減量を的確に把握することなく、工程を続けた結果、同年二月五日以降数日ないし一〇数日の間において人体に有害な程度の量の四塩化ジフエニールの混入した米ぬか油製品を製造して逐次これを販売し、よつて別紙被害者一覧表記載のとおり、福岡県内その他において右米ぬか油製品を食用した水俣由紀子外八九〇名をいわゆる油症(四塩化ジフエニールに起因する有機塩素中毒症)に罹らせ、もつて同人らに対し各傷害を与えたものである。」というのである。

二  当裁判所の判断

1  序

右公訴事実中のカネミ倉庫株式会社の概要、被告人森本の職歴等、同社の製油精製工程、製品出荷状況、本件発生発覚の経緯、米ぬか油中へのカネクロールの混入、その原因、時期、被害状況、本件結果との因果関係、被告人森本の過失行為等に関しては、前第二、第三に各掲記の証拠(但し各公判期日中被告人加藤不出頭の期日における証人又は被告人森本に対する各尋問は、いずれもこれらに対する当裁判所の尋問調書と読み替える)により、前判示第一及び第三のとおり認めることができる。

2  被告人加藤の経歴、職歴

被告人加藤の当公判廷(第一一七回)における供述及び検面調書(昭和四五年二月二二日付)、司法警察員に対する供述調書(同四四年一月一〇日付、同年六月二五日付)、同被告人の身上調査照会書によれば、次のとおり認められる。

被告人加藤三之輔は、大正三年一月三一日朝鮮平安南道鎮南浦三和通で、当時朝鮮において精米業を手広く行い、また米ぬかから食用油を製造する事業の先駆者的立場にあつて、本件発覚当時はカネミの取締役会長の地位にあつた亡加藤平太郎の二男として生まれた。昭和八年三月東京都内にあつた私立の旧制普通中学である正則中学校を卒業し、再び朝鮮に渡つて右平太郎経営の精米所、農場等において主としてその人事管理等に従事し、これを手伝つていたものである。その間、平太郎が行なつていた米ぬかからの搾油(カネミが行つていた抽出法とは異なる圧搾法)業にも一年間位従事した経験があるが、これは主として現場作業にのみ従事していたものである。昭和一五年に、当時の北支那の精米配給などを業務とする軍糧城精穀株式会社を中国北京特別市に設立し、その代表取締役に就任し、精米、精粉、米ぬかの搾油(右同圧搾法)等の事業を経営し、その傍ら旧日本軍の経済軍嘱託として従事し、終戦を迎えた。同二二年から同二七年八月五日までは右軍嘱としての活動により戦犯として受刑し、右同日巣鴨刑務所を出所して後の同年一二月、米ぬか油の抽出精製をもその業務内容としていた九州精米株式会社をその設立者右平太郎から引継ぎ、社名をカネミ糧穀工業株式会社に変更してその代表取締役に就任し、主として精麦、倉庫業等を中心として事業(米ぬか搾油業は廃止)を経営していたが、更に同三三年五月同じ加藤一族の経営する東邦倉庫(倉庫業)と合併し、カネミ倉庫株式会社(以下カネミと略称する)に社名変更し引続き代表取締役として現在に至つているものである。同社の主たる事業内容は第一に判示のとおり倉庫業及び米ぬか油の製造であつたが、そのほか運送、通運、沿岸荷役、飼料雑穀の問屋営業等も行つていた。右事業のうち当初は倉庫業にウエイトがかかつていたが、次第に製油業に中心が移行し、特に事件発生当時は売上高比較では倉庫業の二倍にも成長していたものである。

3  被告人加藤の地位、職務内容

被告人加藤の当公判廷(前同)における供述及び昭和四五年二月二六日付検面調書、司法警察員に対する同四四年六月二五日付及び同年七月一日付各供述調書、被告人森本の当公判廷(第一一一回、一一六回)における供述、第九七回公判調書中の証人福西良藏の、第九八回公判調書中の同梅田新藏の各供述部分、水野俊次の司法警察員に対する供述調書二通によれば、被告人加藤のカネミにおける地位、権限、職務内容につき次のとおり認められる。

〈1〉 被告人加藤は、カネミの代表取締役社長として同社の対外的対内的業務一切を統轄掌理すると共に、同社の米ぬか油製造に関しては、昭和四〇年一一月被告人森本がその地位に就任するまで本社工場の工場長をも兼任していた。

〈2〉 同社では製油のほか前示のように倉庫その他の事業も経営しており、その事業規模も拡大するにつれ、取締役相互間においてもそれぞれの特性や能力に応じ或いはその他諸条件によつて各部門への関与の仕方に自ずから違いが出てきて、自然同社の各事業部門毎に各取締役の分担範囲が定まるようになり、被告人加藤は前述のように工場長を兼務していた関係もあつて製油部をその担当部門の一つとし、その他事業部、企画管理室を担当していた(別紙図表一参照)。但し、右は自然発生的に担当部門が定着したに過ぎず、別段取締役会の決議を経たりするなどの正式な手続をとつて決められたものではなく、文書化もされていない。従つて、その権限や職務内容も代表取締役との関連では必ずしも截然と区別されておらず、例えば製油部担当取締役についてみると、代表取締役の指揮命令を受けて本社製油工場の施設の管理、米ぬか油の製造出荷の管理、同従業員の指揮監督等その職制上、指揮系統から出てくる常識的な範囲内の職務及び権限であつたとみられる。

〈3〉 右同様に代表取締役や工場長の地位についても、その製油部に関する職務権限や職務内容が明確化された分掌規定様のものが存在するわけではなく、日常業務の遂行上慣行的に定まつてきたに過ぎず、右両者間も截然区別することは容易ではない。

以上の事実が認定できる。右の担当重役制の存在を否定する弁護人の所論や、これに副つた被告人加藤(第一一七回)及び同森本(第一一六回)の当公判廷における各供述は、前掲各証拠に照らし措信し難い。右認定事実によれば、被告人加藤はカネミの代表取締役と製油部担当の取締役を終始兼務し、更に一時は本社工場長までも兼務していたため、同被告人が慣行上或いは事実上執つていた本社製油工場における具体的業務が、そのいずれの地位に則つて行われていたかをすべて明確にすることは必ずしも容易なことではない。従つて、同被告人の具体的職務権限や職務内容については、同被告人が具体的に関与してきた形態から推認することが最も実態に合致した結論を生むと思料される。

4  被告人加藤の米ぬか油製造業務への関与の実態

(一) 製油装置の新設、増設、改造等への関与

(イ) 三和式精製装置の導入とその操作技術等への関与

被告人加藤(第一一七回、一一八回)及び同森本(第一一一回、一一六回、一一九回、一二一回)の当公判廷における各供述、被告人加藤(昭和四五年二月二二日付、同月二五日付、同月二六日付)及び同森本(同年一月三日付)の各検面調書、被告人加藤の同四四年一月一三日付司法警察員に対する供述調書、証人坂倉信雄(同四六年四月八日)及び同岩田文男(同月六日)に対する当裁判所の各尋問調書によれば、次のとおり認められる。

〈1〉 カネミにおいては、前述のとおり被告人加藤の決裁事項を明確に規定したものはなく慣行的にそれが定つていたに過ぎない。それによれば、製油工場に関しては相当多額の予算を伴う装置の新設、増設、改造等は代表取締役社長としての被告人加藤の、それ以外は工場長の決裁事項となつていた。従つて昭和三六年四月米ぬか油の精製を開始するに当つて最終的に三和方式の精製装置を選定し、これを導入することに決定したのは被告人加藤であつた。

〈2〉 被告人加藤の三和式装置の右選択動機、理由は次のとおりであつた。まず第一に、カネミでは既に昭和三四年一一月米ぬか油の抽出装置についても右三和から導入していたこと、第二に、同被告人の実兄で当時既に三和式以外の精製方法で米ぬか油の精製事業を実施していた日本精米製油株式会社の社長山内松平や、当時カネミの会長で実質的な権限も有し且つ同精製に精通していた前記加藤平太郎らから、三和式装置は中小規模の製油業務に適切であるとして推奨されたこと、第三に、三和の製品油の市場における評価も比較的良かつたこと、更に第四に、三和の社長坂倉信雄も同被告人同様中国大陸からの引揚者であり右導入交渉経緯において肝胆相照らす仲となり同被告人は同人に信頼感を有するに至つたこと、以上によるものであつた。このように、右装置の選定に当つては、同被告人は三和式装置の性能その他の特色等技術的な側面についてこれを十分検討し、他の方式と比較するなどして選定したわけではなく、その際右三和式装置の機械的、技術的な知識を特段習得したわけでもない。

〈3〉 被告人加藤が三和式脱臭装置、特に脱臭缶について知つていたことは、それが一種の熱交換装置で、同缶内では熱媒体カネクロールが貫流している油加熱用パイプが同缶内に張られる米ぬか油を加熱すべくこれと接するよう設置され、真空圧下の同缶内で高温に加熱された油の有臭成分を取除く装置であるという程度の認識を有していたに過ぎない。右以上に同缶内部の構造その他は知らず、本件発生後まで同内部を見たこともなかつた。唯右加熱用パイプの油に接する部分にはすべて最高級のステンレス鋼管が用いられていることを右坂倉から聞かされて知つていた。

〈4〉 熱媒体として使用するカネクロールに関しては、同被告人は右坂倉から、従来の水蒸気加熱の代りに用いるものであり、油脂工場の災害で最も配慮すべき火災や爆発を起こす危険がないため労働基準法上の取締や規制を受けることもなく、その検査のため操業を中止する必要もなくて極めて有利である旨の説明を受けている。唯それ以上にカネクロールの組成、物性等については同人等から聞かされてもいないし、自ら問いただしてもいない。その有害性については右坂倉を信頼しており、同人が推撰してくれるので全般的に心配ないものと安易に受け取り特段意識して考えたこともなかつた。右装置導入後被告人森本において、その物性や毒性、使用方法等の記載のあるカネクロールカタログ(証第三七号、弁証第一〇号)を取り寄せてカネミの本社工場にこれを備え付けていたが、被告人加藤はその存在さえ知らなかつた。

〈5〉 ところで、カネミでは三和式装置の導入に際し、工場現場において、その装置の運転や管理を実際に担当するいわば現場の最高責任者の選定に迫られたところ、被告人森本が旧制工業学校で応用化学を修め若干の化学的知識もあり、その後食用油の精製やその他石油等油脂関係の仕事に従事した経歴を有していたこと、三和の坂倉社長も右経歴をみて賛同したこと、当時カネミには他に人材もなかつたこと等により、被告人加藤は、当時カネミ製油部の工場課長補佐兼実験室長であつた被告人森本を同部精製工場主任に任じ、その現場責任者とした。そうして右導入後三和から岩田文男外数名の社員が右装置の運転操作等の技術指導にカネミに来た際、同森本を右技術習得の責任者とし、三和式精製装置全体の運転、管理等の技術的指導を受けさせ、その後はカネミの精製業務全般に関しその技術面一切を委ねかつ現場従業員らの指揮指導に当らせた。

〈6〉 唯、当初から未経験の被告人森本の精製技術に信頼を置けない関係から、この技術的側面におけるカネミの能力不足を補うため、カネミでは三和の社長坂倉信雄をその顧問とし、同社技術部長で三和式脱臭装置の設計者岩田文男をその嘱託としてそれぞれ依嘱し、製油工程全般の技術的指導を受けることとした(右坂倉の関係では製油業の経営一般の指導も兼ねる)。右同人らは年一、二回カネミの本社工場に出張指導に来たり、電話、文書、データー交換等を通じて、技術面に関しては主として被告人森本に対し直接その指導を行つていた。

〈7〉 その後被告人森本は三和式装置の運転操作等を一応習得してこれを使いこなし、比較的良品質の米ぬか油製品を製造するようになり、カネミ社内における製油技術の最も専門家的立場を確立していつた。

〈8〉 なお、被告人森本は右のとおり当初からカネミの精製工場における実質的責任者の立場にあつたにも拘らず、名実ともにその工場長ないし精製課長に任じなかつたのは、他の従業員との均衡、当時の精製部門の本社工場全体に占めるウエイト、同人の当時までの社内経歴、地位、精製技術の習得程度やその能力が未知であること等々を考慮してのことであり、そのため空席となつていた工場長は依然本社工場担当の取締役であり、被告人森本の直属の上司(両被告人の間に存在すべき製油部長、工場長、精製課長等のポストはすべて空席であつた)であつた被告人加藤がこれを兼務する形がとられた。従つて同森本が工場長に就任するまでの間の昭和四〇年一一月迄の間は、米ぬか油精製業務中その技術的な職務や具体的な製油作業即ち油の精製、装置の運転、その管理等の現場的業務一切を被告人森本において、その余の人事管理、資材購入、対外交渉等工場の運営管理の職務は同加藤において、それぞれ分担従事するという体勢にあつたものである。

以上認定の事実に照らすと、被告人加藤は、前述のその経歴、職歴等からみても米ぬか油精製に関する技術的、専門的知識能力を特段有しているわけではなく、三和式脱臭装置の導入決定も、その技術的な見地から装置構造、性能や運転方法等を十分検討しそれらを理解したうえでもないこと、また、カネミにおいては右装置の導入後その具体的運転操作や性能、内部構造等の理解習得も、当初から被告人森本をその責任者に任じて同被告人に行わせ、三和の岩田らの技術的指導を受けることを前提に、右装置の運転、管理及びそれらの従業員に対する指導を全面的に委ねてこれに従事させる体勢が作られたこと、右装置導入後被告人森本が本社工場長に任じられるまでの間、即ち被告人加藤が欠員となつていた工場長の地位を兼務していた時代は、右工場長の職務を両被告人がそれぞれ職制上の上下の系統から、或いは工場運営の面と製油技術の面とから、それぞれ補足、代行する形がとられたこと、以上のとおり推認される。従つて、被告人加藤においては、カネミの油精製工程の一工程に使われる脱臭装置に関して、これを選定し導入決定するという形で関与したものの、これをもつて、同被告人において右装置の構造、性能や操作運転の技術、その管理等の具体的技術的問題にまで関与したものとはいえず、その知識までも習得し、これらの職務に従事したものとは解されない。

右に反し証人坂倉信雄に対する昭和四六年四月八日の当裁判所の尋問調書中には、三和の社長坂倉がカネミ本社に出張指導に来た時などに被告人加藤との間で話しをする際、米ぬか油精製の技術的な問題にもわたることがあつた旨の供述部分が存するけれども、同調書中のその余の部分、証人岩田文男の前掲尋問調書、被告人加藤の当公判廷(第一一七回)における供述及び昭和四五年二月二三日付検面調書等に照らすと、右話合の内容も主として経営面の指導や情報交換であつて、技術的な話しが出たとしても精製装置の運転操作に関する概括的な問題に止まり、被告人加藤の発言も同森本の上申に基づく内容を受け売り的に話す程度に過ぎず、技術的により詳細な具体的内容になつてくると被告人森本がこれに代つて直接話しをしたり、三和側でも岩田文男が相手となつて被告人森本に指導説明するなどしていたのが実情であつたことが認められ、右供述部分をもつて前記の被告人加藤の技術的関与に関する前記認定を覆すことはできない。

(ロ) 製油装置の増設、改造並びに運転操作等への関与

カネミの本社工場における装置の増設改造等につき相当の費用を要する場合には被告人加藤の決裁を要するが、それ以外については工場長の権限でなしえたことは前述のとおりである。そうして、被告人加藤(第一一八回)及び同森本(第一一二回、一一六回、一二〇回)の当公判廷における各供述、被告人加藤(昭和四五年二月二二日付、同月二三日付、同月二六日付)及び同森本(同年一月二八日付、同年二月二七日付)の各検面調書、被告人加藤(同四四年七月一日付、同月二日付)及び同森本(同年六月二五日付)の司法警察員に対する各供述調書、証人岩田文男に対する同四六年四月六日の当裁判所の尋問調書を綜合すれば、次のとおり認められる。

(1) 脱臭缶三基目の増設について

カネミでは当初脱臭缶一基で脱臭工程を始めたが、その後二基目を増設、更に米ぬか油の原油処理量の増大に伴い右工程が隘路となつたためもう一缶の増設を迫られた。そこで被告人加藤は三基目の増設が技術的に可能であるかを被告人森本に検討させ、同被告人の可能であるとの具申を受けて同装置のメーカーである三和の了解を得たうえ(但しこの了解は脱臭缶一基を増設することに限られ、三和としては必要な関連装置も当然随伴して増設するものとしての了解であつたと解される)、二基目までと異なりカネミ自ら製作発注し、かつ設置することとした。しかし、前示のとおり岩田設計の三和式脱臭装置は加熱炉一基に対し脱臭缶二基その他関連装置をもつて一セツトとして設計されたものであつたが、被告人加藤は、右一炉二缶を一セツトとする設計の基本やカネミに設置した脱臭関連装置が現実には脱臭缶二基用のもので、その能力しかないことに関して全然認識なく、唯脱臭缶二基目増設時の経緯からその真空装置の能力が同缶二基用のものであることのみは知つていたので、三基目増缶に際しては右真空能力が十分か否かについてのみ被告人森本に問い質しているが、その余の加熱炉その他の関連装置については全然考慮しなかつたし、同被告人からも何の具申もなかつた。その後被告人加藤は、三基目増設実施時点で、被告人森本から、右岩田が脱臭関連装置、特に加熱炉と真空装置につき、これを現状のままにして三基運転するのは無理であると連絡してきた旨の報告を受けたが、更に同森本からそれでも三基運転可能であることを種々理由をあげて説明され、また一応三基運転を実施してみて運転に支障あれば更に関連装置を補強したり、場合によつては三基目の脱臭缶を予備に廻せばよいとの意見を具申されてこれに納得し、右三基目の増缶に踏み切るに至つた。その後被告人加藤は同森本から三基運転に成功した旨の報告を受けており、関連装置の増設要求等の申出もなかつたため、従前どおりで運転継続しえたものと受けとつた。なお、実際には右岩田と被告人森本の間には、脱臭缶三基を一セツトとするにつきその当否や能力の有無技術的な問題も意見が交され、その加熱炉の能力等につき岩田から疑問が出されているが、その技術的詳細については被告人森本からは聞かされていない。

(2) 加熱炉の改造、増設について

本件脱臭装置の一つである加熱炉は、昭和三九年脱臭缶三基同時運転開始に相前後してその加熱管に二度の焼付け事故を起こしている。被告人森本は、右事故はいずれも炉内加熱管がカーボン様のもので閉塞される形で生じていたため、同パイプ内が狭くてカネクロールの流れが悪化したのが原因で生じた事故と判断し、同管パイプを岩田設計の呼び径一インチ(内径二七・六mm)から同一・二ないし一・五インチ(内径四八・六mm)に拡大変更すること、その機会に脱臭用及び予熱用に使用の水蒸気を過熱スチーム(飽和温度以上の高温にまで加熱したもの)にするために同炉内に右スチームパイプをも設置することを被告人加藤に具申した。同被告人は右焼付事故が詰つて生じたものであれば、そのパイプ径を拡大するのはカネクロールも流れやすくなるので適切であり、またスチームパイプの設置についてもその効用があるのであればと常識的に考え、特段それによる弊害等を配慮することなく、いずれもその具申どおり同意し改造設置を許可した。更にその頃、予備炉として、又将来には脱臭缶増缶時に使用する目的で右改造した旧い炉とほぼ同構造の加熱炉の増設も決定実施している。

(3) 運転操作方法の変更について

三和から導入後の精製装置に関する技術的な指導は、前示のとおり被告人森本に対して直接なされ、これらにつき同被告人から被告人加藤がいちいち相談や報告を受けることはなかつた。ただ被告人加藤は、同森本と異なつて、終始三和への信頼を持続し、精製装置の改造、増設その他技術的な問題については被告人森本に常に三和の意見を聞きその指導を受けるよう、そうしてそれに従うよう指示していた。例えば被告人森本が独断で中止していた三和との間の製油に関するデーター交換(技術提携やその指導をも包含する情報交換である)を再開続行するよう再三同被告人に指示している。しかし、カネミにおいて、精製装置やその運転上の技術的な問題につき三和と異なる方法をとるような場合は、被告人森本において、カネミの研究室員や現場係員らの意見等も聴したうえその方針を決め、被告人加藤においてその具申を受けていたが、それが技術的なものである限り特段異論もはさみえず、同森本の言を信頼して殆ど採用していた。尤も被告人森本としてはこのような意見のすべてを被告人加藤に話すと、同被告人を通じて三和に筒抜けとなり、せつかく自ら開発した企業秘密としておくべき事柄も三和に漏れてしまう結果となるため、すべてが被告人加藤に報告されるわけではなかつた。

以上の認定事実に照らすと、被告人加藤は、カネミ本社工場における製油装置の新設や新たな製油技術の採用等のほか、その増設、改造等の決裁権限を有していたが、その技術的な面からの当否を自ら判断し決裁しうるだけの専門的知識や能力を備えていたわけではないこと、従つてこれらに関する被告人森本の提案や具申につき適宜意見や批判を行いえたわけではなく、せいぜい三和の意見を参考とせよと指示するのみでその提案等を受入れていたこと、ただその決定事項の経理的、営業政策的側面に鑑みて、カネミの会社全体の統轄者としての立場から、或いは製油部担当の取締役として、その職務に位置付けられた事項を右の観点から決裁していたに過ぎないこと、以上の事実を推認することができる。これらによれば、結局被告人加藤は、一応三和の意見を尊重する立場はとつているものの、カネミにおける製油経験を積み重ねるにつれて被告人森本の技術的能力を信頼するようになり、右製油装置やその運転の技術的問題に関する限り、それに対する判断は、カネミにおける製油技術の実質上の専門家であり最高責任者であつた被告人森本に全面的に委ねて自ら関与することなく、同森本の意見にすべて従つて、その業務を執行し所管事項を決裁していたものと解される。換言すれば、カネミにおける製油業務の技術的専門的分野は、被告人森本によつて分担、一任され、ほぼその一存で実質上決定される状況下にあり、事実上被告人加藤の職責になかつたものと考えられる。

(二) 製油装置の保守管理、修理等への関与

(イ) 製油装置の保守管理への関与について

被告人加藤は、カネミの代表取締役或いは製油部担当の取締役として本社工場の機械装置の保守管理の最終的責任者の地位にあり、直接の部下である被告人森本を指揮監督してこれに従事せしめる立場にあつたことは、これまでに判示した各事実や被告人加藤の司法警察員に対する昭和四四年六月二五日付供述調書に照らし明らかである(なお、本項は後述の脱臭缶蛇管の点検義務に対応するものとしての装置の保守管理に関する関与を判示するものであり、従つて六号脱臭缶修理の前後、即ち被告人加藤が既に工場長の肩書を同森本に譲つて以降の時期における同加藤のその関与に限つてこれを判断すれば足りる)。

被告人加藤の当公判廷(第一一七回、一一八回)における供述、昭和四五年二月二五日付及び同三月一日付の検面調書、同四四年六月三〇日付の司法警察員に対する供述調書、被告人森本の同四五年二月二七日付、同年三月一日付検面調書によれば、次のとおり認められる。

カネミの本社工場における機械装置の保守点検や掃除手入れ等に関しては、被告人加藤は、現場従業員らに対し「装置は可愛がれ」とか「日常の手入れが肝心である」とか或いは寿命がくる前に取替えろ等の抽象的一般的な指示をするのが通常であつて、その具体的指示としては工場内巡回中偶々気付く素人目にも判るような装置の汚れ、各種パイプやフランジからの蒸気漏れ等につき、これを指摘して現場係員に注意や指示を与え、或いはまたその上司に忠告するという程度のことに限られていた。その反面脱臭缶等の装置内部の構造等に関する知識がさほどないこともあつて、特に脱臭装置の保守管理等に関しては具体的個別的な指示を与えることはなかつたし、その能力も有していなかつた、被告人加藤としては、これらの保守管理等は工場長である同森本に全面的に委ね、同森本において各部署毎に当該装置の保守点検や維持管理の方針をそれぞれ立てさせて実施しているものと考えていた。従つて本件脱臭装置につき同森本が何時、如何なる方法で同装置を手入れ点検していたかなどは本件発生まで全く知らない状態であつたし、その実施の報告を受けたこともなく、また何らの指示も与えていない。カネミでは本社工場の機械装置その他設備の掃除点検の実施につき、その時期方法等を具体的に定めていなかつた。被告人森本の指示で時たま脱臭缶等の内部の掃除が実施されていたが、これも半日ないし一日程度で終了する小規模のもので、別段被告人加藤にまで相談してその指示を仰いで行うようなこともなかつた。右掃除等に数日を要する場合(例えば脱臭缶を開蓋しての手入れ等)には同加藤にその必要性が報告され、その了解を得て実施される建前となつていたが、これとても製油作業の停止による生産量や出荷量の調整等、会社全体の営業に影響を及ぼすためであつて、その実施の技術的当否につき被告人加藤が判断して決裁するために履践していた手続ではない。このような数日間の作業の中止を伴う装置の手入れも実質上被告人森本の判断で実施されており、同加藤への右報告も実際は事後報告の形でなされるのが実情であつた。以上認定の事実によると、被告人加藤は本社工場の機械装置等につき、その職制上一般的にその保守管理等をもその統轄的職務の一内容としてはいるけれども、その具体的関与は、これを直接具体的に担当していた被告人森本その他の現場係員に対する一般的抽象的指示監督を行つたに止まるもので、通常は工場長(同森本)や製油部の各担当課長に責任をもたせてそれぞれの判断で各部署の機械装置の保守管理に当らせていたものと考えられる。右のような管理方法は被告人加藤と同森本ないし各課長の機械装置に関する知識能力等に照らすとき妥当な職務配分であつたものと解される。他の同種油脂製造業者らの同種装置の保守管理状態をみても、三和の従業員(証人花輪久夫の当公判廷における供述、同佐藤源助及び同居鶴庄三郎に対する当裁判所の尋問調書、同居鶴の検面調書、同居鶴及び萩生田徳四郎の昭和四四年五月二六日付の司法警察員に対する各供述調書)やその他食用油製造の管理者的立場にある者(証人岡田金雄、同入口外與作に対する当裁判所の尋問調書、証人中山貞雄の当公判廷における供述、高梨三郎の検面調書)の各供述に照らしても、製油工場における機械装置等の点検、検査やその手入れ等については各工場長ないしは現場の責任者の判断や方法で実施されている実情にあつたことが明らかであり、カネミの前認定の保守管理方法もこれらと同様であつたとみられる。

(ロ) 装置の修理、事故処理等への関与について

被告人加藤(第一一七回、一一八回)及び同森本(第一一五回、一一六回)の当公判廷における各供述、被告人加藤(昭和四五年二月二三日付、同月二五日付、同月二六日付)及び同森本(同年一月三日付、同年二月二七日付)の各検面調書、被告人加藤の同四四年七月一日付及び同月二日付の司法警察員に対する各供述調書、第四三回公判調書中の証人樋口広次の供述部分、証第一七、一八、一九号の各帳簿によれば、カネミ本社工場における機械装置の修理等に関して次のとおり認められる。

〈1〉 日常一般的なものや現状維持に止まる程度の修理でありしかも関連装置等の運転を停止して修理する必要があるものは、被告人森本(工場長の肩書がなかつた時代も含め)の許可を経ることを要し、同被告人の一存で判断し実施を許可していたもので、別段被告人加藤に報告したりその判断や決裁を求めたりするようなことはなかつた。右条件にもかからない細かな修理は各担当者において実施し、被告人森本に事後報告がなされる程度であつた。カネミの本社工場における修理関係については各課製作修理要求票綴(証第一九号)(工場末端の修理伝票を添付し綴つたもの)、事業部営繕課各係作成の鉄工係日誌(証第一七号、一八号)(同各係の作業日報である)の各帳簿が作成されており、これらを閲覧すれば、本社工場内の装置の故障とその修理状況を大略知ることができるところ、これら帳簿にはところどころに被告人加藤の署名があり、同被告人がこれらを時には閲覧していることが判る。唯右署名はいずれも修理後事後的になされており、同被告人が右署名をなす趣旨も、その修理をする事業部の担当取締役であつた関係から、担当係員らの作業遂行の態度、方針等を知り、その職務が合理的に遂行されているかどうかを知るためになされていたに過ぎず、これにより故障個所や修理の当否を知るためのものではなかつたし、同被告人はこのような具体的職務を有してもいなかつた。同被告人としては時たま右署名をすることによつて右係員らの職務の精励を暗に示唆する意図を含めてこれをなしていたものであつた。なお一定金額以上の経費を要する修理等に関しては同被告人の決裁を要したから、本件六号脱臭缶の外筒腐食に伴うその取替修理についても右決裁を経て外注修理に出されていた。

〈2〉 被告人加藤は、本社工場内の右機械装置に事故が発生した場合に、いちいちその報告を受けるわけではなかつたが、重要な事故、例えば本件六号脱臭缶の外筒腐食や加熱炉の焼付事故等については、当然同工場の統轄者としてその都度報告を受けた。しかし同被告人は右外筒腐食については、通常機械装置につきものの故障であるという程度以上にはこれを受け止めていないし、その原因追求を指示してもいない。偶々上京の際被告人森本に依頼されメーカーの三和にその原因を尋ねたところ、材質の粗悪が原因である旨教えられ納得している。また右焼付事故についても、加熱管の曲り部分(エルボ)にカーボン様のものが詰つて焼付いたという報告を受けたが、操作の誤り程度に単純に受け取つて、その原因等は現場の責任者である被告人森本において当然調査究明しているものと考え、自らは右につき指示その他をなしていない。

〈3〉 右機械装置の修理個所の点検は被告人森本や修理担当の事業部営繕課係員らが立会つて行い、その試運転や運転再開の実施及びその時期等の決定は被告人森本ないしは現場の担当係員の判断によつて行われ、別段被告人加藤の決裁まで求めることがないのが通常であつた。従つて六号脱臭缶修理後の試運転及び運転再開についても右同様で、被告人加藤は全く関与しておらず、すべて同森本の指揮監督の下に脱臭係川野英一等によつて実施された。

以上認定の事実によれば、カネミの本社工場における機械装置等の修理、故障等に関しては、実質的に被告人森本の判断に委ねられ、末端の些細な補修についても修理要求伝票等によりすべて同被告人が掌握できる制度がとられていたこと、唯、多大の経費を要する修理や事故については、経理上や生産出荷の調整等の営業上の観点から、被告人加藤にも報告されその決裁を要する場合もあるが、これも右の関連に限られてのことであり、その修理の技術的な面や実際面から同被告人の決裁を求められるものではなかつたこと、右修理後の点検や試運転、運転再開等に関しては専ら被告人森本の判断で実施され、いわばその専権に属する事柄であり、同加藤がこれに関与することはなかつたこと、以上のとおり推測される。

(三) 副資材(カネクロール)の管理への関与について

被告人加藤(第一一八回)及び同森本(第一一六回、一二一回)の当公判廷における各供述、被告人加藤(昭和四五年二月二五日付)及び同森本(同年一月三日付)の各検面調書、被告人加藤(同四四年六月三〇日付、同年七月二日付)及び同森本(同年五月六日付、同年六月四日付)の司法警察員に対する各供述調書、第四一回及び四三回公判調書中の証人樋口広次の各供述部分及び同四四年一一月四日、同月五日、同年一二月一五日各日付の検面調書、証第八号の一及至七の精製日報によれば、次のとおり認められる。

カネミでは脱臭装置に使用の熱媒体カネクロールは同社内での資材の取扱いや帳簿の分類項目上副資材として取扱われていた。その購入手続は、原則として脱臭係長がその購入伝票を作成して精製課長に提出し、同課長において必要と判断すればこれに許可(決裁的なもの)のサインをして資材担当の係に廻され発注されるという手続がとられ、右購入は精製課長止まりのその専決事項であつた。その納入は、本社工場の精製工場現場まで直接なされ、脱臭係長樋口広次をその責任者として同所に保管され、各脱臭係員の判断で必要に応じ使用された。従つて被告人加藤は他の副資材同様右の購入使用等に一切関与していなかつた。唯、被告人森本の指示監督下に作成される製油工場の各データーを掲記した「精製日報」副資材欄にカネクロールの購入使用を数値で記載される欄が設けられ、不十分ながらもその記帳がなされており、被告人加藤は右日報も時たま閲覧していることがその署名あることから判明する。しかし右署名も事後的に閲覧したことの表示であり同被告人の決裁を示すものではなかつた。同被告人が右日報上のデーターで関心があつたのは、油の処理量、収率(原油に対する製品油の割合)、製品出来高、酸価等油の品質に関する事項などであり、これらについては右閲覧後被告人森本外担当者に質問することもままあつたが、カネクロールについて特段の意識もなく一般の資材や消耗品同様に考えそのデーターに留意することもなかつた。

以上認定の事実によれば、被告人加藤にはカネクロールを管理する直接の職責がないことは勿論であり、その直接の保管責任者の脱臭係長に対して、これを直接指揮監督する精製課長や工場長らをとおして間接的に指揮監督するという一般的統轄的職務を通じ、副資材の一つであるカネクロールの管理に間接的に関与していたというに過ぎず、これ以上に具体的に右に関与したことはなく、その関心も全くなかつたことが窺われる。なるほど被告人加藤においても精製日報閲覧の際カネクロールの購入使用状況等をチエツクすることが形式的には可能であつたが、危険物質との認識もなく製油工場全体からみれば、その末端の一工程に使用される副資材に過ぎない物質にまで関心を持ちこれに配慮しつつ右日報を閲覧することを、会社ないし右工場全体の統轄者の地位にある同被告人に期待することは困難であり、またそのデーターをみても使用の当否等を判断するだけの能力も存しなかつたものと解されるから、右日報に基づきカネクロールの使用管理状況を規制することも期待できなかつたと考えられる。

(四) その他の製油業務への関与

被告人加藤(第一一七回)及び同森本(第一一一回、一一六回、一二一回)の当公判廷における供述、第七回公判調書中の証人川野英一の、第六一回公判調書中の証人三田次男の各供述部分、被告人森本(昭和四五年一月三日付)、樋口広次(同四四年一二月一一日付)、三田次男(同年一二月六日付)の各検面調書によれば、次の事実が認められる。

〈1〉 被告人加藤は週に一、二回程度脱臭工程その他製油工程現場を巡回し、製油や装置の状態、調子等を係員に尋ねたり、サンプルとして採取されている精製油を口に含んで風味をみるなどしていた。その行動の意図するところは、人事や職場環境等の管理の面から現場の作業状況をみたり、係員を督励して注意力を喚起したりするためであり、更に作業能率の向上や環境衛生の面から装置その他の整理清掃の行き届き具合をみることであつた。そうしてこれらで気付いた点はその都度注意したり、その後に当該担当係員の上司に指示や注意を与えたりしていた。

〈2〉 また、カネミでは「朝会議」というものが設けられ、週に一回朝の作業開始前頃に、各課単位にその関係者が出席して開かれており、製油部精製部門でも精製課長主催で被告人森本以下精製担当者が出席して同部門に関連ある議題を持ち寄り話し合いをしていたが、被告人加藤もこの際出勤していればできる限りこれに出席していた。右会議では酸価等油の品質、収率等に関する前週の成果に対する反省や、その週に気付いたこと、修理、故障、装置や作業方法に関する改良点、疑問点等を持ち寄つて報告や検討がなされた。従つてそこで脱臭作業その他精製業務の技術的な問題も課題となることもあつた。被告人加藤は、そこで出来高、品質、収率につき注文をつけたり改善を求めるなどの発言をし、時には製油の技術的問題についても立ち入り、その理由説明を求めることもあつたが、せいぜい油の酸価や脱色の程度に関する内容程度に止まり、さして深い技術的な質問等に亘ることはなかつた。

以上認定の事実に照らすと、被告人加藤の右巡回時や朝会議における指示監督の実施も、人事管理、環境衛生、生産性高揚、製品油の品質確保等に関して会社の総括的責任者として一般的抽象的になされたに止まるものであり、装置管理上の或いは製油技術上の専門的具体的指示に及んだものとは考えられない。

(五) 結び

以上被告人加藤の本社工場における製油業務への関与の実態や職務内容をみてきたのであるが、これらによれば、同被告人はカネミの代表取締役又は製油部担当の取締役として、カネミにおける米ぬか油の精製技術の採用、同装置の新設、増設やその一部の改造及び修理等の決定業務に関与し、更には右装置の保守管理等に関して被告人森本を指揮監督する等の業務を担当していたこととなる。右各業務は、被告人加藤がカネミの代表取締役で同社の業務執行全般の統括者であり、その業務運営や同社の全施設及び装置の安全管理に関する最終責任者の立場にあつたうえ、製油部担当の取締役でもあつたところから、製油業務全体を管理統轄し、その部下従業員全員に対して全般的に指揮監督すべき職制上の地位にあつたことに当然に随伴する職務であつた。そうして同被告人は程度の差こそあれ、或いは直接間接の違いはあれ、右の各業務に関与してきたことは以上に判示のとおり明らかである。そうして被告人加藤は、製油工程やその装置に関する技術的な事柄につき、その一〇年近い製油業経営の経験や職歴から、その基本的なものに関してはある程度の知識や能力を持つに至つたであろうことは予想するに難くないが、カネミにおける製油業務、特に精製工程における装置の運転や管理に関しては、その開始当初からその技術的作業的部門の担当者であり且つ最高責任者として被告人森本を選任し、その後同被告人の精製技術や化学的知識に全服の信頼をおき、その助言や意見に従つてその精製装置の増設、改造等を実施し、また同被告人をしてその運転管理、更には現場従業員に対する指揮監督に従事させていたことや、自らは会社の代表者として会社の業務全般を管理統轄すべき広範囲の職責を有して多忙な立場にあつたこと等からも、被告人加藤が油精製やその装置の管理等につき専門的技術的知識を取得し、その能力を保有するに至つたものとは到底考えられないし、現実にかかる技術面に関与した事実も存しない。結局カネミにおける製油、就中精製技術やその装置の管理等の技術的機械的側面については、被告人森本が、その肩書の如何やその変遷に関係なく、実質上その分担者であり最終責任者たる立場にあつたものと考えられる。唯、被告人加藤は常時同森本の直接の上司であつたものであり、同森本の右製油業務の運営、管理に関しても職制上これを指揮監督すべき立場にあつたものであるが、それも正に職制上その上司ないし統轄責任者として要求される一般的抽象的な指示指導に止まり、製油技術や機械装置の管理等につき具体的な指示を与え、或いはその落度をチエツクする等の能力を有していなかつたと解されることは再々述べたとおりである。

5  被告人加藤の注意義務の存否について

前段にみた被告人加藤の職歴、経歴、職務内容、精製装置や工程に対する関与の実態等に照らし、同被告人に本件公訴事実にいう業務上の各注意義務が存在したか否かにつき、以下に検討する。

(一) 適正な装置、適正な運転操作義務について

(イ) カネミの本件脱臭装置につき、カネクロールを過熱して分解を生じさせることのない適正な装置を配置し、これに適正な運転操作を実施し或いはその妥当な方法を選択することに関して、被告人加藤は、実質上直接にはその職責になかつたことは、前記4の(一)に判示の同被告人の製油業務への関与の程度やその職務内容に照らし明らかであるから、同被告人自ら直接右の適正な装置、操作により本件結果を回避すべき業務上の注意義務は存しなかつたものといえる。

(ロ) 次に被告人加藤は、製油部担当の取締役ないしは本社工場長というカネミ製油工場の最高責任者である立場から、右装置やその運転操作に関する直接の担当者ないしは現場の担当係員らを直接指揮監督する立場にあつた被告人森本に対し、その直接の上司として、右製油業務全般に対する指揮監督者としての職責上、所謂監督者としての注意義務が問題とされる。

併し、企業や組織全体の統轄的責任者として、その従業員らに一般的に指示監督をすべき職責があることから直ちにその従業員らの過失行為によつて生じた結果についても監督者としての過失責任があると解しえないことは勿論である。企業組織体における直接の過失行為を監督すべき立場にある者の過失責任を問いうるためには、当然のことながら一般の直接的過失責任の場合と同様、その監督者に結果発生やその因果経過についての予見ないし予見可能性があり、従つてその予見義務を尽したか否か、それによつてとられるべき結果回避のための具体的で有効適切な措置をとりうる立場にあつたか、即ち単なる企業や組織全体の統轄責任者としてその責任に随伴する以上の具体的個別的な注意義務が存したか否かが問われなければならない。従つて監督者の過失もその者の現実の個別的監督行為を対象とし、当該行為につきその過失の有無を判断せざるを得ないことは個人責任を原則とする刑事責任原理の建前上已むを得ないことである。その結果、事故と直接的個別的具体的な関連を通常有する現場に近い従業員ほど刑事責任を問われるという一見不都合とみえる結果を招来することとなるけれども、過失犯の成立に心理的要素より築構される予見義務ないし予見可能性をもその要件とする以上、全く機械的な単純作業に従事する者は格別として、より現場に近く従つて危険に近接する者ほど具体的直接的にその危険を予見しうる立場にあるといえるから、その予見義務を尽す度合も当然強くなるという状況下におかれている以上已むを得ないものと考えられるし、その結果回避義務に関する状況も右と同様である。若干不合理ともみえる右の結果も刑事責任法理の限界に制約されるものとして忍従せざるをえない。一般的抽象的な監督者の責任或いは統轄責任を、個々の事故における監督上の過失としてとらえ、これを処罰の根拠とするときには、却つて刑事責任の中に結果責任を持ち込み、企業その他の有機的組織体においてその統轄者的地位にある者は、事故の度毎に監督上の過失責任を問われ、或いはまた過失犯罪の成立要件をかなり抽象化する結果ともなり罪刑法定主義の原理にももとるものといわなければならない。

これを本件についてみるに、前段4の(一)に判示したとおり、被告人加藤の本件脱臭缶の構造及び同缶内蛇管の材質に関する知識、並びにカネクロールに関する認識、即ちそれが火災や爆発の危険のない熱媒体という程度のこと以外その組成や物性、化学的特性、就中過熱による脱塩酸傾向のある性質等に関する知識は皆無であつた事実等、同被告人が認識していた事情、更にはカネミの業務全般や四五〇名もの従業員らを統轄すべき広範囲で且つ多忙な職務、本件脱臭缶がその業務末端の工程の一装置に過ぎず、その運転操作も決して単純でなく、このような機械操作まで右立場にある者が悉く関知することは通常困難を伴うものである事実、それ故その運転や保守管理を含めた右装置に関する実際面の一切を被告人森本が分担してきた実情等、被告人加藤が置かれていた状況等に照らすとき、同加藤には、本件脱臭装置が如何なる設計条件で製作され、どの様な操作方法が右設計条件に適合したものであるか、或いはカネクロールの加熱条件如何等についての知識は殆どなく、それらを認識しうる能力もなかつた(またカネミの前示組織体制からみても、それを知悉し、その能力を習得すべき立場にもなかつた)といえるから、右脱臭装置につき、その装置の状況や運転操作の方法次第では、カネクロールの過熱されることも生じ、そのような装置に変更し、また同様の運転操作を行えば、同装置の加熱管内で塩酸を生成し、同管を腐食により開孔させる虞れがあるということについて全く認識がなく、従つてその予見も予見の可能性もなかつたものというべきである。しかも、被告人加藤の前述のような職務や立場、脱臭工程への具体的関与の実態、その脱臭業務に関する知識能力の程度、更には本件脱臭装置導入に関与した経緯等をも勘案して考えると、被告人加藤が、カネミにおける精製装置の運転、管理、その性能等に関する最も専門家でありかつ製油業務の技術的現場的業務の全部を分担しその事実上の最高責任者であつた被告人森本に対し、その精製装置中の一装置である脱臭装置の増設、改造や運転操作の変更に当たりなしうべき指示監督としては、その装置の設計者でありカネミの製油装置全般の技術顧問的立場にあつた岩田文男やそのメーカーの三和に問い合わせるなどして、その意見を聴取させ、それを十分に尊重するよう指示したり、また右変更の当否を十分検討したうえで実施するよう指示するという程度の一般的抽象的な指示監督に止まるものと考えられる。そうして、この点に関しては、前判示のように被告人加藤は、三基目の脱臭缶増設時の装置、操作の変更に際し、その当否についての三和の意見を聞くよう被告人森本に指示しており、その結果同人から真空装置や加熱炉に問題があることを指摘されることとなつたが、被告人森本から、前示のようにこの点はさして問題となるものではなく、関連装置の手当や操作方法の変更等により十分処理できる問題である旨の同被告人の検討結果の説明を受けて納得し、右変更等を特段チエツクしなかつたという事情にあり、その監督者としての一般的指示や監督の責務は一応尽しているものと解される。なるほど被告人加藤は、本件脱臭装置の様な油脂関係化学機械装置についての専門的知識や能力において、被告人森本が本件脱臭装置の設計者である岩田文男に劣るものであることを十分知悉してはいたものの、同森本がそれまでの二年間余り右装置を使いこなし、三和以上の良品質の米ぬか油を製造してきたことによるその製油技術への信頼感も加わつて、右岩田の意見にも拘らず被告人森本の具申に従い脱臭装置の増設や運転方法の変更に踏み切つたもので、被告人加藤の統轄者としての右行為に落度を発見することは可能ではあるけれども、右のとおり、同被告人は同森本に右装置の変更等につき三和や設計者の岩田への問い合わせを指示し、その回答も合わせて検討をさせており、その上でなおかつ右変更による装置運転が十分可能であるとの同森本の説明を受けて右増設等に許可を与えたという一応慎重な態度をとつており、また両被告人の右装置に関する知識能力差や更には被告人加藤にはカネクロールの有害性やその過熱による装置腐食についての認識が全くなかつた事情等に照らすと、右落度をもつてその監督上の注意義務に違反する過失と解するのは相当ではない。更にまた、被告人加藤には、同森本に化学工学や機械装置に関する高度の知識能力がないことを十分知りながら、同被告人にカネミ本社工場の精製装置の運転やその管理等の技術的な側面を一切委ねかつこれに信頼を置いたという企業の組織体制ないしは人事管理面での落度があつたことも一応考えられるが、前判示のとおり被告人森本の能力不足を補い、右装置の正常な運転や管理等を維持するために、その装置設計者岩田文男を嘱託に据えたほか、右装置メーカーの三和の指導協力を得られる技術体制を整えており、これを活用すべきことを常に同森本に再三指示していた事情に照らすと、被告人加藤の本件回避措置としてなしうべき一応の監督行為を実施しており、右に所謂落度をもつて同加藤の監督者としての過失とするに当たらないといえる。

右のとおり、被告人加藤には、カネクロールの有害性の認識はなく、またその過熱による開孔についての予見もその可能性もないうえ、前述したその職務内容や脱臭業務への関与の実態、その機械装置に関する知識等に照らすとき、被告人加藤において、同森本や脱臭係員らに対し、本件装置、運転の変更による右加熱防止等に関し具体的な指示監督を行い、或いはその装置の適正な運転操作の遂行を監視し督励するなどは到底不可能であつて、これにより本件結果を回避しうべき立場にもなかつたと考えられる。

以上によつて、被告人加藤には本件注意義務に関し、その監督上のそれをも負担させることはできないと解する。

(ハ) 検察官の所論について

検察官は、被告人加藤は同森本から、加熱炉を焚き過ぎるとカネクロールが分解を起こす旨の岩田の注意を聞かされているし、ステンレスパイプであつても腐食することを体験的に知つているのであるから、カネミが入手していた前掲のカネクロールカタログや三和から受領していた精製装置の操作方法などが記載されている作業標準(証第五二号)等を検討することによつて、カネクロールを過熱するような脱臭装置ないしはその運転操作により、カネクロールの過熱分解から本件蛇管の腐食による開孔に至る機序を認識することが可能であり、これによつて本件結果の発生を容易に予見しえた旨主張する。

被告人加藤(第一一八回)及び同森本(第一一二回、一二〇回)の当公判廷における各供述、被告人加藤(昭和四五年二月二三日付)及び同森本(同年二月二七日付、同四四年一二月三〇日付)の各検面調書によれば、被告人加藤は、三基目の脱臭缶増設の際、被告人森本から、岩田は「カネミの加熱炉は二基用なので三基にすると強く焚くようになり、カネクロールの温度が上がり過ぎる。」と話している旨聞かされたことが認められる。但しそれ以上に、被告人加藤が右過熱によりカネクロールが分解するとか腐食に至る機序などの説明を受けたことを認めうる証拠は存在しない(従つてこの点を前提とする右主張部分は当らない)。なるほど被告人加藤において、加熱炉を焚き過ぎるとカネクロールが過熱される旨を聞かされれば、それが脱臭装置ないし脱臭作業にどんな影響を与え、何故それを回避しなければならないかを問い返すことによつて、被告人森本ないし右岩田の説明次第ではカネクロールの分解及び腐食に至る右の機序を容易に認識しえたものと考えられる。併しこのような炉の焚き過ぎや温度の上がり過ぎが正常な運転状態でなく回避さるべき事態であるということは脱臭装置の専門家でなくとも常識的に判断しうる事柄であり、被告人加藤もそのように解釈したもので、右のように本件脱臭装置の構造や性能、その運転等に関する技術的知識をさして有しない、またカネクロールの物性や有害性についての知識やその危険性の認識もない同被告人が、炉の過熱等につき右の常識程度の解釈に止まり、それ以上の詮索をしてその影響や効果等を解明するなどの慎重な行為に出なかつたとしても、已むを得ないものと思われ、同被告人の右態度をもつて慎重さを欠ぐものとの批判は当らないと解される。また被告人加藤の当公判廷(第一一八回)における供述及び同四五年二月二五日付検面調書によれば、同被告人は、本社工場抽出工程にある抽出コンデンサーの冷却用ステンレス鋼管が腐食した事例を知つており、ステンレス鋼でも腐食することあるを知つていたことが認められる。右コンデンサーでは冷却用に海水を使用し同鋼管内を循環させていたことにより海水中の塩分の作用によつたものであり、右の事実から同被告人もステンレス鋼であつても海水には耐食性がないことを認識したものと推認される。併しカネクロールの物性その他の知識を有せず従つてそれが海水と同じ塩素系物質であることを知らない同被告人が、海水を用いない本件脱臭缶内蛇管の腐食にまで思いを致すことは、その能力からしても困難であつたと考えられる。

更にまた、ある程度の化学的素養のある者が、前掲各カネクロールカタログ等を慎重に閲読すれば、蛇管腐食の可能性を認識しうるものであることは所論のとおりであるが、前述のとおり同被告人は右カタログがカネミに存在することすら知らず、またこれまでに判示した同被告人のカネミ全体の総括者的地位や職務内容、製油業務の技術的責任を一切被告人森本に委ねた事情等に照らすと、同加藤において製油部門の一工程に過ぎない脱臭工程の運転操作や、そこで使用される一化学薬品につき、それが劇毒物に指定されて人体に有害であることが明白である物質その他特段にその注意を引くものであれば格別として、その化学的性質その他の物性等まで十分掌握することまでその職務内容としていたとは考えられず、従つて、右カタログの存在を知つていても、必ずしもこれを読まなかつたからと批難はできないと思われる。仮に右カタログを閲読していたとしても、被告人加藤は、その化学的機械工学的知識能力からして、本件腐食の機序を理解できたかはなお疑問が残るところである。右の脱臭装置の過熱を生じないような適正な装置や適切な運転、さらにはここで使用される工業薬品の物性を掌握し、それに対応した適切な使用、管理をすることは、カネミでは正に被告人森本の直接の職務範囲に含まれるものであり、被告人加藤としては、特段その危険性を認識している事情も存しない以上、その直属の上司として同森本に対する前示一般的指示監督以上のことを求めることはできず、自らカネクロールの物性等につきカタログを読むなどして検討しなかつたことをもつて予見義務を尽さなかつたものと解するのは正当とは思われない。

(ニ) 以上要するに、被告人加藤には、カネクロールの過熱分解による本件蛇管の腐食孔生成及びこれによるカネクロールの米ぬか油への混入につき、これを予見しておらずその予見可能性も存しなかつたし、カネミ本社工場における製油業務の技術的側面一切を被告人森本に全面的に委ね、自らは殆どこれに関与せず、その職務にもなかつたものであり、従つて、その製油工程中の一つに過ぎない脱臭装置につき、何が適正な装置であり適切な操作方法であるかの知識や能力も有せず、また必ずしもそれを有する必要もない立場にあつたから、これが適正な装置、操作を維持するにつき自ら直接これを実行することは勿論、その直接の担当者である被告人森本ないしは現場係員らに対して具体的指揮監督をなしうる状況にもなかつたものといえる。

従つて、蛇管腐食に関する予見可能性も、それを回避しうべき立場にもなかつた被告人加藤には、カネクロールを過熱しその分解を生じさせないよう適正な脱臭装置により、適切な運転操作を行ない、もつて、本件結果の発生を回避すべき直接の或いは監督者としての業務上の注意義務があつたものとは考えられない。

(二) 脱臭缶蛇管の点検義務について

第一及び第三に判示のとおり、右点検義務を生じる予見の対象は、カネクロールの過熱分解による本件蛇管の腐食とその開孔であり、更に六号脱臭缶修理時に加わつた各種衝撃による右蛇管の欠陥発生であつた。そうして被告人加藤に右蛇管の腐食に関する予見ないし予見可能性が認め難いことは前段に判示したとおりである。

そこで右修理時における本件蛇管損傷に関する被告人加藤の予見可能性について検討する。勿論この時点においては同被告人はカネミ本社工場の工場長たる地位にはなかつたことにも留意すべきこととなる。そうして、前に判示したとおり、右工場内の機械装置の保守管理に関しては形式的にも実質的にもすべて被告人森本に委ねられ、またこれらの修理補修に関しても、多額の経費を伴うもので同加藤の決裁を要するものに限つてはかかる経理的な面からのチエツクがなされることはあつても、修理の実際面即ちその要否、修理個所、時期、方法等はすべて被告人森本(小さな補修はその他の現場の担当係員)の判断に原則として委ねられ、工場長である同森本の職務範囲に属していたものであつた。従つてこれら修理に随伴する各種の具体的作業、即ち装置の取り外し、据付け、修理内容、修理範囲、修理後の点検、試運転等々に関しては同森本ないしは現場担当者の責任において実施されていたものである。これを本件の六号脱臭缶修理時についてみるに(この修理は右の趣旨で被告人加藤の決裁を要する場合に該当するが、これを別とすれば)、実際の修理関係はすべて被告人森本の職責に属するものであり、その修理内容の具体的決定や修理先への指示、修理に伴う脱臭缶の取り外しや据付作業についての担当者への指示、修理後の点検検査又はその立会、試運転や運転再開の決定及びこれに先立つ各種点検の指示等々すべてが同森本においてその自らの判断により実行されたものである。この際の被告人加藤の関与は、右の外注修理をすることの決裁のみであつた。同被告人においては、右修理及びこれに随伴する各種作業が具体的に如何なる方法態様で実施されるか、その際内槽内部に如何なる影響を与えるか、同内部まで手入れや補修がなされるのかどうか等について全く関知しておらず、その報告や説明も受けていなかつたこともあり、その間如何なる衝撃が本件蛇管に加わつたかを知るよしもなかつた。従つて、被告人加藤には、その本件脱臭装置に関する知識や機械装置に関する素養に照らしても、右修理時に本件蛇管に各種の衝撃等が加わるであろうことは、一般的抽象的に漠然と予測しうるとはいえても(過失犯に要求される予見可能性を充足するものとしてかかる漠然とした危惧感程度の危険の予測ないしその可能性では不十分と解する。)、これをある程度の具体性をもつて認識しうるわけではなく(この点被告人森本の場合の前述の具体的認識の可能性と対比できる)、その結果右蛇管に何らかの欠陥を生じて米ぬか油にカネクロールを混入させるであろうことまでを予見することは不可能であつたと考える。

勿論被告人加藤には、本件機械装置の保守管理を直接に担当する被告人森本の上司としてこれを指揮監督すべき立場にあつたけれども、その本件装置に関する知識や機械工学的素養や本件蛇管の点検方法につきどのような方法が考えられ、或いはカネミではどんな方法がとられていたかにつき全く知識がなかつた(これらは被告人森本の判断でなすべき範囲の職務であつた)ことに照らしても装置一般に関する前段(二)、(イ)に判示するような一般的抽象的な或いは精神訓話的な指示以上のことを期待することは困難と思われる。しかも、右修理後の運転再開に関する決定やその実施の権限は被告人森本の権限に属し、それらにつき同加藤に上申ないし報告等をなす必要も制度上具体的には存するわけではなく、同被告人にとつてはその職務上各種帳簿や日報の閲覧の過程や前記朝会議等の機会に事後的に知りうる程度であり、本件点検を必要とする右修理後の運転再開時にこれらを関知しえたわけでもなかつたし、その再開時にこれを知つていた事実もない。従つてかかる運転再開時に被告人森本の行為を適宜掌握しこれに対して適切な指揮監督を為すことも事実上できない状態にあつたものである。

以上のとおり、被告人加藤には、本件蛇管の腐食貫通孔の生成並びに六号脱臭缶修理に伴う各種衝撃等による蛇管の開孔に関する予見ないし予見可能性は全くなかつたし、右修理時に本件蛇管を点検する具体的職責にもなく、また事実上その機会もなかつたことに徴すると、右蛇管点検の注意義務も存在しなかつたものと解するのが相当である。なお、カネミにおいては、本社工場や精製工場全体或いは脱臭工程の装置関係のみについても、同業の脂油製造業者らが実施していたように、その装置全般を年一、二回程度定期的に、或いは日常の種々の機会をとらえるなどして一斉に掃除点検を行なうというような装置の保守管理方針が決められておらず、また実施されることも殆どなかつたもので、このような装置管理の実態は、同工場全体の統轄者である被告人加藤の一般的指揮監督上の落度として捉えることもできる。併し、前段第三の三、2、(一)に判示のとおり右管理点検の直接の担当者であつた被告人森本にも右のような定期的あるいは日常的蛇管点検による結果回避の義務が本件の場合認められないのであるから、被告人加藤においても同様の理由により右の落度をその点検義務に違反する過失行為と解することはできない。

(三) カネクロール管理義務について

カネミにおいては、前述のとおりカネクロールはA重油や苛性ソーダと同様副資材とされ、その購入は製油部精製課長(本件漏出時は被告人森本であつた)の決裁事項であり、その現品の保管管理は同課脱臭係長樋口広次の職務であり、その使用も右係長並びに同係長代理川野英一の各判断において行なわれ、被告人加藤にカネクロールの管理責任者としての直接的な注意義務は存しなかつたものである。

そうして右購入使用等の適否の判断をし、右各担当者を直接指揮監督すべき立場にあつた者は工場長兼精製課長であつた被告人森本であり、被告人加藤は本件工場全体の統轄者としての立場から、右被告人森本を更に指揮監督するという間接的な監督責任を負担していたに過ぎない。そうして被告人加藤の前記の地位や職務内容からして、同被告人において、カネミ本社工場において多数使用される溶剤等の工業用薬品の一つに過ぎないカネクロールについて、それが劇毒物に指定されていたり、人の健康に有害という認識がある物質ならば格別として、一般通常の工業用品としての認識を有するに過ぎないものにつき、資材一般の管理に関する一般的指示としてなすことはともかく、特にカネクロールを特定しその地下タンクにおける検量の実施や、或いはその管理のために特段の配慮をするよう具体的個別的に指示監督しうる立場にはなかつたものと認めるのが相当である。

なるほど、前述のとおり被告人加藤は、カネクロールの購入使用状況が記帳されていた精製日報(証第八号の六、七)を時たま閲覧していたのであるから、その際カネクロールの右使用状況等にも十分配慮し注意深くこれを閲覧していれば、本件カネクロールが現実に漏出した前後におけるその異常な使用状況に気付き、その原因を追及する過程で、その油中への混入を発見し、万一の危険を考え適切な措置をとることによつて本件結果の発生を未然に防止しえた可能性もあつた。併しながら、右日報作成の監督責任者は被告人森本であり、同人の指示指導下に製油部精製課実験室長二摩初により作成されていたもので、被告人加藤はその職制上、右日報の作成や閲覧を特にその業務としているわけでもなく、会社全般または製油業務の統轄者としての立場から、他の備付帳簿や日誌同様、その現状、生産状況等を全体的に掌握する意味合いでの事後的、概略的閲覧であつたと考えられるし、同日報には各種別の製品油出来高、酸価、冷却水温度等五〇項目近くの各種データーが月別日別等に記載されており、カネクロールの項目もその一項目に過ぎず、しかも、被告人加藤としてはその経営者としての立場から主として生産量、品質、収率等の経済効率、利益や販売等の営業関連事項に専ら関心を持つてこれらを中心に右閲覧を行なつていたことに照らしても、前述のようにとりたてて関心をひくものでもないカネクロールにつき、特段の配慮をしないのが自然であり、またそのデーターをみてもその使用量の当否を判断しうるだけの能力もなかつたと考えられるから、被告人加藤に右日報により被告人森本らのカネクロール管理状況を是正する機会があり、これによつて右管理につき同被告人らに対し具体的指示監督ないしは適正な管理の督励を行うことが可能であつたと解することは困難である。

以上のとおり、被告人加藤としては、カネクロールの危険性に関する特段の認識もなく、また前判示のとおり、それが米ぬか油に混入することについての予見も予見可能性もなかつたのであり、更に実際上右管理につき具体的個別的な指示や監督をなしうる立場、職責にもなく、せいぜい本社工場の統轄者として、被告人森本をはじめその従業員らに対し、工場関係帳簿の正確な記帳、それによる資材副資材の使用状況の掌握、それらの十分な管理の遂行督励等の一般的抽象的な指示をなしうるに止まるものと認められるから、被告人加藤にカネクロール管理に関する直接の注意義務は勿論、その監督者としての注意義務も存しなかつたものと認めるのが相当である。なお六号脱臭缶修理時のカネクロール管理に関しても、同被告人には前記(二)で判示のとおり右修理に関与せずその職責もなかつた事情やカネクロールの有害性、蛇管の欠陥生成に関する認識等に照らして、その際特段にその管理上の注意義務が生じたものとは解されない。

6  結び

右に判示のとおり、被告人加藤三之輔においては検察官の主張するような業務上の各注意義務の存在を認めることができないので、結局犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条後段に則り、被告人加藤は無罪である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺坂博 川本隆 永田誠一)

(別紙)

被害者一覧表(略)

図表1 カネミ倉庫株式会社組織図〈省略〉

図表2 脱臭、ウィンター工程略図〈省略〉

図表3の1 脱臭工程略図〈省略〉

図表3の2 カネクロール循環径路図(1)〈省略〉

図表3の3 カネクロール循環径路図(2)(6缶当時)〈省略〉

図表3の4 カネクロール循環径路図(3)(3缶当時)〈省略〉

図表4 ウィンター工程及び製品詰工程略図〈省略〉

図表5 脱臭缶構造図〈省略〉

図表6の1

六号脱臭缶蛇管内巻第一段図〈省略〉

同第二段図〈省略〉

図表6の2 蛇管内エアポケット図〈省略〉

図表7 腐食貫通孔略図〈省略〉

図表8 蛇管孔食発生状況図〈省略〉

図表9の1 脱臭缶蛇管サイズ等表

部分

1号缶

旧2号缶

6号缶

3号缶

5号缶

新2号缶

岩田設計

パイプ外径(平均)mm

31.90

37.50

33.95

33.95

34.05

38.0

〃肉厚 〃

2.0

2.0

3.0

2.0

2.0

1.5

〃内径(平均)mm

27.90

33.50

27.95

29.95

30.05

35.0

コイル径(外巻)〃

800

800

800

800

800

800

〃 (内巻)〃

660

660

660

660

660

660

パイプ総長 m

27.5

27.5

27.5

27.5

27.5

27.45

伝熱面積(表面)m2

2.755

3.238

2.932

2.932

2.940

3.275

〃 (内面)〃

2.409

2.893

2.413

2.586

2.595

3.017

パイプ内容積(l)

16.8

24.2

16.9

19.3

19.4

26.4

同250℃カネクロール

重量換算(kg)

20.7

29.8

20.8

23.7

23.9

39.9

図表9の2 ステンレスパイプのJIS規格及び各脱臭缶のステンレスパイプの組成表

C(炭素)

Ni(ニッケル)

Cr(クロム)

Mo(モリブテン)

該当JIS

備考

SUS32

0.08以下

10.0~14.0

16.0~18.0

2.0~3.0

JIS規格

〃33

0.03以下

12.0~16.0

16.0~18.0

2.0~3.0

1号缶

0.07~0.08

10.71

17.26

2.24

SUS32

2号缶

0.05~0.07

11.75

18.05

2.46

3号缶

0.01~0.02

13.58

17.34

2.54

SUS33

5号缶

0.05~0.06

11.82

17.89

2.50

SUS32

6号缶

0.07~0.08

11.20

17.66

2.46

JIS規格 JIS G3459(1962)

※ JIS記号の変遷について

(1955年)  (1959年)  (1972年)

SUS12 ―→ SUS32 ―→ SUS316

SUS13 ―→ SUS33 ―→ SUS316L

証拠 第二次九大鑑定書末尾添付図

図表10の1 カネミ加熱炉略図〈省略〉

図表10の2 三和(岩田設計)炉略図〈省略〉

図表10の4 カネミ炉における火焔の伸び

図表11の1 脱臭油量A重油使用量関係表(昭和45年押第120号符号8の1~8の7 精製日報抜粋)〈省略〉

図表11の2 脱臭油量A重油使用量関係表(昭和45年押第120号符号8の1~8の7 精製日報抜粋)〈省略〉

図表11の3 脱臭油量A重油使用量関係表(昭和45年押第120号符号8の1~8の7 精製日報抜粋)〈省略〉

図表11の4 脱臭油量A重油使用量関係表(昭和45年押第120号符号8の1~8の7 精製日報抜粋)〈省略〉

図表11の5 脱臭油量A重油使用量関係表(昭和45年押第120号符号8の1~8の7 精製日報抜粋)〈省略〉

図表11の6 脱臭油量A重油使用量関係表(昭和45年押第120号符号8の1~8の7 精製日報抜粋)〈省略〉

図表12の1 三和の作業標準サイクル表―脱臭缶2基―〈省略〉

図表12の2 カネミの脱臭缶2基100分サイクル表〈省略〉

図表12の3 カネミの脱臭缶3基165分サイクル表〈省略〉

図表12の4 カネミの脱臭缶3基120分サイクル表〈省略〉

図表13 コロナバーナー燃焼実験による火焔の長さ

油量l/h

(目盛)

空調目盛

炎安定度

炎温度(℃)

炎長(cm)

24l

(12)

4

安定

1220

170

22l

(10)

3

安定

1270

150

4

1260

18l

(8)

2

安定

1310

140

3

1320

4

完全に安定

1290

16l

(7)

3

安定

1350

140

4

完全に安定

1290

14l

(6)

2

安定

1380

130

3

1390

4

完全に安定

120

12l

(5)

1

安定

1360

100

2

完全に安定

1310

3

1410

4

1420

90

10l

(4)

1

安定

1340

90

2

1400

3

1420

4

やや不安定

1360

50

8l

(3)

1

安定

1360

50

2

3

非常に不安定

1250

4

消える

――

――

空調目盛――RPM(モーター回転数)

1――4,000

2――5,000

3――6,000

4――7,000

図表14 昭和42年2月におけるカネミ油製造、出荷一覧表〈省略〉

図表15 結晶タンクの受入払出状況図〈省略〉

図表16 弁護人主張のカネクロール流出量〈省略〉

図表17 検察官主張の推算カネクロール漏出量〈省略〉

別紙 計算書

《目次》

※資料――証拠関係――…616

※記号表…617

※カネクロール400物性値表…621

第1 加熱炉における伝熱…622

(一) 伝熱理論…622

(二) 岩田設計加熱炉における伝熱量…624

(三) カネミ加熱炉(新築炉)における伝熱能力…632

(四) 岩田設計炉とカネミ(新)炉の対比表…638

第2 脱臭装置における熱負荷(必要伝熱量)…639

(一) 熱交換における伝熱理論…639

(二) 岩田設計装置における熱負荷…644

(三) カネミ脱臭装置における熱負荷――1炉3基時――…664

第3 最高境膜(管壁)温度の推算…675

(一) カネミ炉における最高境膜(管壁)温度…675

(二) 岩田設計炉における最高境膜温度…681

(三) カネミにおける主流温度の推算…683

第4 他の計算書、鑑定書について…689

(一) 栗脇計算書について…689

(二) 田中鑑定書について…693

(三) 弁護人主張の試算について…696

第5 加熱炉における燃料消費量等の試算…702

第6 余剰補給されたカネクロール量試算…704

※資料――証拠関係――

本計算書において使用した証拠は、計算書中個別的に引用した証拠のほか、次の各証拠であり、これらにより認定したものである。

(1) 岩田文男作成の「脱臭装置設計」と題する書面(以下、岩田計算書又は岩田設計書と略称する。)

(2) 栗脇美文作成の「熱媒体の最高温度の推算」と題する書面(以下、栗脇計算書と略称する。)

(3) 田中楠弥太作成の鑑定書、及び鑑定追加書(以下、田中鑑定書と略称する。)

(4) 宗像健作成の鑑定書(昭和45年3月20日付、以下宗像鑑定書と略称する。)

(5) 岩田文男に対する当裁判所の尋問調書(同46年4月5日、同月6日、同月7日、同年11月15日、同月16日、同月17日、同47年3月21日の各日付。)

(6) 第95回、101回各公判調書中の証人栗脇美文の各供述部分。

(7) 第35回、37回、56回、59回各公判調書中の証人宗像健の各供述部分。

(8) 証人田中楠弥太の当公判廷における供述。

(9) 「作業標準」と題する書面。

(10) 「不燃性熱媒体カネクロール・エンジニアリングデーター表」と題するカタログ(証54号。)

(11) 「不燃性熱媒体カネクロール」と題するカタログ(証37号。)

(12) 「不燃性熱媒体カネクロール」と題するカタログ(証451号。)

(13) 宗像健作成の昭和46年12月2日付、六王ポンプ圧力損失関係図表。

◎尚、証○○号の表示は、昭和45年押第120号の符号番号を表示するものである。

以上のほか、次の各文献を参考資料とした。

1. 化学大辞典(化学大辞典編集委員会編)

2. 化学工学便覧(化学工学協会編)

※記号表

A 伝熱面積 m2

Ai  管内側伝熱面積 m2

Ao  管外側伝熱面積 m2

a 管ピッチ(管中心間隔) m

b 保温材または管壁厚み m

C 熱媒体比熱 Kcal/kg℃

c 被熱媒体比熱 Kcal/kg℃

D 直径 m

Di  管内径 m

Do  管外径 m

e loge 自然対数=1/2.3

f 流体摩擦係数

fE  輻射伝熱を受ける有効面積率

fE1  第1輻射部のfE

Gr グラスホフ数

G 質量速度 kg/m2,hr

gc  重量換算係数 1.27×108m/kg・hr2=9.8m/kg・sec2

h 伝熱係数(特に管内側伝熱係数) Kcal/m2,hr,℃

hi  管内側境膜伝熱係数 Kcal/m2,hr,℃

ho  管外側境膜伝熱係数 〃

°K 絶対温度=℃+273

Kr Rrに対する最高受熱個所の輻射伝熱比(最高熱分布度)または第1輻射部の同比

Kr1  第1輻射部下段パイプにおける同上比

L パイプ長 m

ln 自然対数 lnA=2.3logA

ΔP 圧力損失、圧力降下 kg/cm2

Pr プラントル数

Q or q 伝熱量、熱負荷 Kcal/hr

Re レイノルズ数

Rr 管内周方向平均、単位面積当り輻射伝熱量又は、第1輻射部における同伝熱量 Kcal/m2,hr

Rri  管内側伝熱面積(管内径)を基準とするRr

Rro  管外側伝熱面積(管外径)を基準とするRr

ri  管内側汚れ係数

ro  管外側汚れ係数

T 熱媒体温度 ℃,°K

Ti  熱媒体入口温度 ℃,°K

To  熱媒体出口温度 ℃,°K

t 油側温度 ℃,°K

ti  油初温度 ℃,°K

to  油終末温度 ℃,°K

ts  スチーム温度 ℃,°K

U 総括伝熱係数 Kcal/m2,hr,℃

u 流体流速 m/hr,m/sec

V 流量 m3/hr

W 熱媒体流量 kg/hr

ω 被熱側(油)重量 kg

y 熱効率

β 膨張係数

ε 放射黒度

θ 時間 hr

λ 熱伝導度 Kcal/m,hr,℃

ρ 密度 kg/m3

φ 総括到達率

μ 流体粘度 kg/m,hr

μω 管壁におけるμ kg/m,hr

数値

(1) 加熱缶サイズ…別紙図表10の3、加熱炉対比表参照

(2) 脱臭缶サイズ…別紙図表9の1、脱臭缶蛇管サイズ等表

※カネクロール400物性値表

温度

密度ρ

粘度μ

比熱C

Kcal/kg℃

熱伝導率λ

Kcal/m,hr,℃

g/c.c.

kg/m2

C・P

kg/m,hr

30

1.45

1450

139

500

0.275

0.0850

100

1.38

1380

4.7

17

0.297

0.0827

200

1.28

1280

1.03

3.7

0.326

0.0793

220

1.26

1260

0.83

3.0

0.332

0.0786

230

1.25

1250

0.76

2.75

0.335

0.0783

240

1.24

1240

0.69

2.5

0.338

0.0780

250

1.23

1230

0.64

2.3

0.341

0.0776

260

1.22

1220

0.58

2.1

0.343

0.0773

270

1.21

1210

0.53

1.9

0.346

0.0770

280

1.20

1200

0.49

1.75

0.349

0.0767

300

1.18

1180

0.41

1.5

0.355

0.0760

310

1.17

1170

0.39

1.4

0.358

0.0757

証拠資料、前掲証第37号、54号による。

第1加熱炉における伝熱

(一) 伝熱理論

加熱炉内のバーナー火焔から、加熱管内流体(カネクロール)への伝熱形態、その理論は次のとおりである。

第1図 炉内伝熱図〈省略〉

(イ) T1→T2間 輻射伝熱である。理論式は、

Q=4.88φ・fE・A・[(T1/100)4-(T2/100)4] (1.1)

但し、T1,T2は°K(絶対温度)

(ロ) T2→T3間 伝導(管壁)伝熱である。理論式は対流伝熱の場合と同様、

Q=h・AΔT (1.2)

の基本伝熱式によるもので、(ハ)にまとめる。

(ハ) T1→T5間 対流伝熱による。基本式は上記の(1.2)の式である。これを各段階毎に伝熱式を求めると、h(伝熱係数)の逆数が伝熱抵抗となり、上図のrp,ri,1/hiという各伝熱抵抗に相当する。

T2・T3間 dQ=λ/b(T2-T3)dAav  (1.3)

rp=λ/b

T3・T4間 dQ=1/ri(T3-T4)dAi  (1.4)

T4・T5間 dQ=hi(T4-T5)dAi  (1.5)

以上の式を総合し、T2・T5間の関係式を求めると、各逆数をとり、

Q=(T2-T5)/(b/λ・1/Aav+ri・1/Ai+1/hi・1/Ai) (岩田計算書P.5参照)

これを(1.2)の伝熱基本式に整えると、管外伝熱面積Aoを基準とすると(分母、分子にAoを掛けることによる)

Q=(Ao(T2-T5)/(b/λ・Ao/Aav+ri・Ao/Ai+1/hi・Ao/Ai) (1.6)

∴1/h=b/λ・Ao/Aav+ri・Ao/Ai+1/hi・Ao/Ai  (1.7)

ここにAo/Ai=Do/Di  Aav=Ao-b=Ai+b

∴1/h=b/λ・Do/(Do-b)+ri・Do/Di+1/hi・Do/Di  (1.8)

管内側伝熱面積Aiを基準とした場合は、

1/h′=b/λ・Di/(Di+b)+ri+1/hi  (1.8.2)

尚、管内外伝熱面積別に基準を求めるのは、伝熱管がパイプ状であるため、管内と管外の伝熱面積が異るため(Ai≠Ao)伝熱抵抗も、内外では相異が現われるためである。

(二) 岩田設計加熱炉における伝熱量

加熱炉における伝熱は、炉側からみた燃焼能力(供給能力)が十分であることは勿論のことであるが、加熱管側の受熱能力あることも当然必要となる。

栗脇計算書P.2及び同人の証言によれば、本件炉の如き箱型炉の加熱管受熱能力は、常識的経験値として10,000Kcal/m2・hrであることが認められるところ、これを岩田炉についてみると、

q=10,000×Ao=10,000×πDoL (パイプ表面積)

=10,000×π×0.034×65≒69,400Kcal/hr

となり、後記第2の(二)、(3)に照し十分余裕があり、かかる面からの能力不足はない。

しかしながら、本件の場合加熱炉における被加熱物質が化学物質であり、過熱分解を生ずるものであることから、その分解温度に達しない限界内で必要且つ十分な受熱を得て脱臭缶へ伝熱することが要求される。従つて許容されるべき最高温度、即ち前図にみた、カネクロールの分解に直接関連する管内管壁温度ないしは、最高境膜温度以下の熱媒体温度で伝熱が可能なように設計された装置であるか否かが問題とされる。以下、岩田設計書の手順に従つて計算する。

(1) 許容輻射熱率について

(イ) 前段の立場から過熱分解を惹起しない範囲で許容される熱量を得れば、安全ということとなる。いわゆる安全伝熱量ともいうべきものが問題となる。

これが試算の前提として、岩田計算書の方法に従つて許容輻射熱率というものを求める。

加熱炉第1輻射部(ここが加熱管が最高温度に達する個所となる)における、加熱管への伝熱は、管円周方向において、火焔側に面しているか、直角に輻射熱を受けるか等によつて、その入熱量に相異が現われる。その結果、生ずる管周囲の熱分布を円周平均にした単位時間、単位面積当りの伝熱量をRrとする。

他方最高入熱個所は左図A点、即ち火焔側で且つ火焔に直角に接する部分となる。そうして、この最高熱分布個所における入熱量と、上記円周平均の入熱量の比を表わすものが、Krである。

Kr=最高熱分布度/円周平均熱分布度 (1.9)

第2図〈省略〉

このKrの値は、宗像鑑定書末尾添付の、宗像鑑定人作成にかかる図2・2最高熱分布度図によつて求めることができる。(以下Krにつき、単に最高熱分布度とも称する)

円周平均の入熱量は、(1.2)の式により、

Rr=Q/A=hΔT (1.10)

最高入熱個所におけるそれは、(1.9)(1.10)式より、

KrRr=h・ΔT(=Rrmax) (1.11)

∴Rr=1/Kr・h・ΔT (1.12)

となる。

そうして、カネクロールの過熱分解が問題となるのは、それが最高に熱せられる場所におけるそれであるから、上記最高熱分布個所におけるRrを、所定の値以内に押えることを要することとなる。これを岩田の言葉に従い許容輻射熱率と称する。

(ロ) よつて、岩田設計炉の第1輻射部における許容輻射熱率Rrを計算する。(1.12)の式による。

Kr:前記宗像作成の熱分布度図により求める。

岩田設計の管間隔比 a/Do=76.2/34=2.24

2.24の管間隔比におけるKrの値は、本件炉に該当する2列管群の場合、

輻射面側(第1列) 2.22……Kr1とする

反射面側(第2列) 1.80……Kr2とする

平均        2.89……Krとする

尚、第1列管群(下段パイプ)への入熱量=Rr1、2列平均入熱量=Rrとすると、

Kr1・Rr1=Kr・Rr (1.12.2)の関係式が成立する(後記1.23式参照)

ΔT:この温度差は、被加熱物質カネクロールの分解を問題とする関係上、どの場所のそれをとるかが問題となる。

ΔT=T-T′とすると、T′=カネクロール主流温度であるから論外として、Tに関してはカネクロールの過熱分解に直接影響を与える個所における温度ということになる。これは、前記図T3の管内側管壁温度ということになる。但し、汚れ層のない清浄な管の場合はT3=T4となり、境膜温度で妥当するが、以下一応汚れ層あることを前提として計算する。

∴ΔT=T3-T5ということになる。尚、岩田の設計条件T3=300℃、T5=250℃であるので以下これに従つて計算する。

h:これは正確には境膜伝熱係数のみでなく、汚れ係数、管壁抵抗も考慮に入れたものとする。

これも清浄管の場合と汚れ管の場合とでは異る。即ち、単純化すると、管外伝熱面積基準で、

清浄管の場合 1/h=1/hi・Ao/Ai

汚れ管の場合 1/h=(1/hi+ri)・Ao/Ai  (1.13)

となる。以下は汚れ管につき計算する。尚、1/hは伝熱抵抗を意味する。

hi:乱流(Re=104以上の場合)における境膜伝熱係数の理論式は次のとおりである。(栗脇計算書P.10参)

但し、直管状におけるものである。

hi=0.027・λ/Di・Ro0.8・Pr1/3(μ/μω)0.14  (1.14)

この式は、主流温度と管壁温度との差ΔTが大でその粘度の変化を考慮に入れねばならない場合である。後の(2.3)式と対比。

G=V・ρ/A (1.15)

Re=Diū・ρ/μ=DiG/μ=4Vρ/πDiμ (1.16)

Pr=Cμ/λ (1.17)

尚、Re,Ro0.8,Pr,Pr0.4の各値は、エンジニアリング・データー表(証54号)にグラフ化され、ここから読みとることもできる。

上記の各式より、岩田炉におけるhiを計算する。物性値はカネクローク温度、250℃の場合の値を用いる。流量50l/分=3m3/時、加熱管サイズ等は別紙図表10の3岩田設計加熱炉サイズ表参照。

G=(3×1230)/(π/4×0.02762)=6.17×106

Re=0.0276×6.17×106/2.3=7.4×104  (十分に乱流)

Pr=0.341×2.3/0.0776=10.1

流体管壁粘度、μωは管壁温度300℃として、その場合の粘度をとる。

∴hi=0.027×0.0776/0.0276×(7.4×104)0.8×(10.1)1/×(2.3/1.5)0.14

=0.027×0.0776/0.0276×7.86×103×2.161×1.061

≒1368Kcal/m2・hr・℃

(尚、260℃における物性値をとると、hi≒1400となる)

ri:前掲各証拠に照しカネクロールの如き有機液体の場合の汚れ係数は、0.0002が相当である。

(ハ) 岩田設計炉におけるRr(許容輻射熱率)

カネクロール主流温度250℃、管内管壁温度300℃、即ち安全に、カネクロール分解起さず、炉の運転可能限度の条件設定である。

第1図T3・T5間の温度差300―250℃とするものであるから、伝熱抵抗につき(1.8.2)の式の管内側伝熱面積を基準として、

1/h=1/1368+0.0002=0.9310×10-3  (管内側伝熱面積基準)

(1.12)(1.12.2)の式より、第1輻射部下段におけるRrを求めると、

Rri=1/2.22×1/0.931×10-3×(300-250)≒24,200Kcal/m2・hr

尚、Q=RriAi=RroAoの関係が成立つので、管外側では、

Rro=Rri・Ai/Ao=24,200×27.6/34≒19,600Kcal/m2・hr

(ニ) 岩田計算書による計算の誤りについて。

岩田計算書P.7においては、

50=2.22Rr/1.130×34/27.6+2.22Rr×0.0002×34/27.6+2.22Rr/37×3.4/3.08×0.0032と計算しており、

これを(1.12)式に当てはめてみると、

ΔT=Kr1Rr1(1/hi・Do/Di+ri・Do/Di+b/λ・Do/Do-b)

∴1/h=1/hi・Do/Di+ri・Do/Di+b/λ・Do/Do-bとなり、

これは、前第1図におけるT2~T5間の伝熱抵抗をとり、同間のΔTによつてRr1を求めようとしたものである。即ち、主流温度と管外側管壁温度との差を問題としているが、前記のとおりカネクロールの分解は管内側管壁温度に左右されるものであるから、厳格にいえば妥当な計算方法とはいえず、管壁抵抗の分は除外すべきである。唯、安全ないし余裕をみた計算とも考えられる。

(2) 岩田設計炉における安全伝熱量

(イ) 第1輻射部第1列(下段)管群における安全伝熱量

以下の輻射伝熱関係の計算式は、岩田計算書P.6以下の手順に、田中鑑定書P.21以下の方法を加味して試算する。

T1:管外管壁温度 T2:輻射熱温度

Q=4.88φ・fE・A[(T2/100)4-(T1/100)4] (1.1)

Rr=4.88φ・fE′[(T2/100)4-(T1/100)4] (1.18)

(T2/100)4-(T1/100)4=yとすると、

(1.18)式から、y=Rr/4.88φ・fE′

(1.1)式に代入すると、Q=A・Rr・fE/fE′ (1.19)

fE:有効面積率。即ち、輻射伝熱の基本形態は平面間でのそれであるが、熱吸収面が管状である場合には、管表面に到達する熱量は平面の場合より減少するので、その分だけの修正値を知ることを要する。これが、

fE′=管面に有効に到達する輻射熱量/平面に到達する輻射熱量 である。

fE′:証拠上必ずしも明確ではないが、岩田計算書P.7における、

C(管中心間隔比)=a/Do  (1.20)

fE′=c/π・fE(=a/πDo・fE) (1.21)

ならびに、Rrという円周方向平均単位面積、単位時間当り伝熱量を算出するにつき、fE′を使用――(1.18)の式――していること、以上に照すとき、管円周方向の管面において輻射熱が有効に到達する割合を表わすものと推測される。

ところで、有効輻射伝熱面積に関しては、上記理論より、

fE・A(天井面積)=fE′・A′(管表面積) (1.21.2)

∴fE/fE′=A′/A (1.21.3)

(1.21)式より fE/fE′=πDo/a

∴πDo/a=A′/A

管長Lとすれば

A′/A=πsL/aL となる。

つまり、A′=πDoL A=aL ということになる。

(1.21.3)を(1.19)式に代入すると、

Q=A・Rr・A′/A=A′Rr (1.22)

然るに、第1列(下段)管群のQを求めるのであるからA′=A1として、

Q=A1Rr (1.22.2)

A1=(1.8×8+0.12×7.5)1200/1800×π×0.034≒1.09m2

∵輻射部第1列パイプ直管部分の長さ1.8mが8列。曲管部分(エルボ)は0.12mのものが7個半。

第1輻射部と輻射部全体の長さの比はおよそ、1.2m/1.8m。

∴Q1=1.09×19600≒21,360Kcal/hr

(ロ) 第1輻射部全体の安全伝熱量

(1.11)の式より、

Kr1・Rr1=h・ΔT

Kr・Rr=h・ΔT

∴Rr=Kr1/Kr×Rr1  (1.23)

(1.22)式より、上式をこれに代入

Q=A′Rr=A′・Rr1×Kr1/Kr (1.24)

Krの値は前記(1)の(ロ)に求めた。

A′=(1.8×15+0.12×14)1200/1800×π×0.034≒2.04m2(分紙図表10の3参照)

∵第1輻射部管列合計管数15本、エルボ14個。

(1.24)式より、

∴Q2=2.04×2.22/2.89×19600≒30,700Kcal/hr(260℃の場合 Q2=29,150)

(ハ) 加熱炉全体の安全伝熱量の推算

岩田計算書P.6~11によると、岩田設計炉の、第1輻射部伝熱量/加熱炉全伝熱量=69% (=19500/28350)

∴ΣQ=30,700×100/69≒44,500Kcal/hr

(三) カネミ加熱炉(新築炉)における伝熱能力

※カネクロール主流温度250℃の条件設定である。

(1) 許容輻射熱率

(1.12)式

Rr=1/Kr・h・ΔT の各数値をまず確定する。

〈1〉 Kr

管中心間隔(管ピツチ)a≒第1輻射部炉幅/1段の管列数、とほぼ考えていいので、

∴a=0.78/7≒0.11m (分紙図表 10の1、3参照)

∴管間隔比C=a/Do=0.110/0.0416≒2.26

よつて、宗像鑑定書添付図2.2によつて、C=2.26におけるE線(2列管群片側輻射面、片側反射面なしの場合に該当する。カネミ炉は、加熱管上部に蒸気管を設置しているため、反射面側からの輻射伝熱が殆んど期待できないためである。一証人宗像健の第37回公判廷における供述、及び次のA、B図参照)の値を読みとることによつてKrが判明する。

∴Kr(2列平均)≒3.42

尚、Kr1(第1列のKr)の値は、同図2.2上からは読みとれないが、概数としてKr1=Kr×fE1/fEにより求めると、Kr1≒2.49である。(後記第4、(二)、(ロ)、〈4〉参照)

放(輻)射伝熱反射面側入熱態様図〈省略〉

〈2〉 hiを求める。

(1.14)式における未知数V(炉内流量)試算。

f=0.0791Re-1/4  (1.25)

ΔP=4f・L/Di・ρū2/2gc (1.26)

Re=Dū1.16)

以上の三式より、

ΔP=4×0.0791×(Diρ/μ)-1/4×L/Di×ρ/2gc×ū7/4  (1.27)

ΔP:然るに炉内ΔPは、証人川野英一の証言(第5、第7回公判)、同人の昭和44年10月8日付検面調書、証人樋口広次の証言(第41回公判)、被告人森本義人の供述(第112回公判)、証人栗脇美文の証言(第95、101回公判)、同人作成の前記計算書、宗像鑑定書、前記検証2506のポンプ関係図表を総合し、特に現場担当係員として、脱臭缶圧力ゲージの値を常に読みとつていた川野英一の上記証言によれば、カネミ炉における加熱炉内圧力損失≒1kg/cm2=104kg/m2と認めるのが相当である。この値は、宗像健作成にかかる上記検証2506の図表上に、プロツトしたポンプ出口圧2.35と、加熱炉出口圧1.35との差1kg/cm2とも一致する。尚この値は、カネミポンプの性能表(弁証5、六王ポンプ試験成績表)と必ずしも一致していない。これはポンプが性能どおりの能力を現実の操業段階では出していなかつたものと考えられる(同旨、宗像鑑定書)。また加熱炉出口の圧力ゲージの値が関係者間(証拠上表われたもの)において、それぞれ異なる供述がなされているが、これは3基の脱臭缶の規模に相異があるため、どの缶が加熱段階にあるか、或は、サイクルの時間的変化等各運転段階によつて、また或は、カネクロールの主流温度によつて、圧力ゲージに現われる値が異つてくるためであつたと考えられる。

ところで、炉内における圧力損失は、流体たるカネクロールのパイプ壁面との摩擦による、いわば真圧力損失というべきもののほか、別紙図表10の1「カネミ加熱炉略図」に明らかなように、カネミ炉における加熱管は床上20cmの所から炉内に入り、巻き上つて床上136cmの高さから炉外に出ているため、これによる、所謂、頭(ヘツド)損失も存在する。炉出口の圧力ゲージの設置位置も、上記加熱管の炉出口付近にあるものと考えられるので、これを無視すべきではない。(栗脇計算書はこれを考慮外としている)

∴ΔP=104-(1.36-0.2)×1230≒8573kg/m2

カネクロール主流温度250℃とした。

L:直管部=(1.8×13+0.08×2)+(0.34×6×6+0.08×2)≒36m

∥           ∥

輻射部         対流部

曲管部は輻射部12個、対流部35個の各リタンエルボが存し、栗脇計算書に従つて1個のエルボの直管相当長さを2.2mとして算出すると、

(12+35)×2.2≒103m

∴L≒36+103≒140m

V:

(1.27)に以上の数値を入れてVを算出すると、

8573=4×0.0791(0.0416×1230/6.4×10-4)-1/4×140/0.0416×1230/2×9.8ū7/4

ū7/4=8573/3976=2.156

logū4/7log2.156 ∴ū=5580m/hr

∴V=ū80×π/4×0.04162=7.58m3/hr

∴V=7.58m3/hr≒126l/min

hi:(1.14)~(1.17)の式より、

Re=4Vρ/πDiμ=4×7.58×1230/π×0.0416×2.3=1.241×105

Pr=0.341×2.3/0.0776=10.1

∴hi=0.027×0.0776/0.0416×(1.241×105)0.8×(10.0)1/3×(2.3/1.5)0.14

≒1372Kcal/m2,hr,℃

ū1.55m/secにおけるhiの上記値は、エンジニアリングデーター表(証54号)P.21の図表上の1.55m/sec、250℃の場合の値とも、ほぼ一致するもので、正しい数値であることが判る。

∴第1輻射部全体の、許容輻射熱率Rrを求める。条件は、岩田炉の場合と同様である。

(1.11)式より、

Rr=1/Kr・h・ΔT

=1/3.42×1/(1/1372+0.0002)×416/486×50≒13,470Kcal/m2・hr (管外側基準)

(2) カネミ炉における安全伝熱量

〈1〉 第1輻射部

(1.22)式と同様に、

Q=A′Rrを用いる。

L=1.8×13+0.25×12+0.08×2≒26.6m

∴A′=26.6×0.0486×π×95/198≒1.948m

∴Q=1.948×13,470≒26,240Kcal/hr

(尚、旧炉の場合Q=21,540)

〈2〉 加熱炉全体

第1輻射部の伝熱量の加熱炉全体に対する割合をまず検討するに、

i)第1輻射部受熱面面積/加熱炉全体の同面積、についてみるに、岩田炉≒68%、カネミ炉≒54%となつていること。

ii)岩田炉における上記伝熱量比は設計計算上69%とられていること。

iii)箱型炉であるため、第1輻射部での熱吸収が主体となるもので、ここでの伝熱が大部分を占めるようにすべきである。

iv)加うるに、対流伝熱は本件炉の場合、被加熱物質がかなりの高温流体(カネクロール)であるため、さして期待できないこと。

v)そのため、対流部の伝熱量は岩田炉でも全体の20%程度に止つていること。

vi)しかも、カネミ炉は対流部の容積は岩田炉より拡大改造されているものの、本文の弁護人の主張に対する判断三の1D185(編注 498頁)及びB150(編注 389頁)に記載のとおり、対流伝熱を得にくい構造に築炉されているため、同容積の拡大に応じた能力を期待できなかつたこと。

vii)第2輻射部の受熱面積は、若干岩田炉より広いこと。

以上の諸事実に照すと、岩田炉の第1輻射部/炉全体の伝熱量比率69%と、さして変りなきものとも考えられるが、以下はこれより低く見積り65%により試算する。

∴カネミ炉の安全伝熱総量 Q=26,240×100/65=40,370

尚、カネミにおいて、岩田設計炉を改造したいわゆる旧炉の場合には、その全安全伝熱量は同様試算すると33,200Kcal/hrと一層減少する。唯問題とすべき、昭和39年1月~同42年8月までの間に旧炉が使用された期間は数ヶ月の短期間に過ぎないので、本件への影響はさしてなかつたものと考えられる。

(四) 岩田設計炉とカネミ(新)炉の対比表

第1表

岩田設計炉A

カネミ炉B

B/A%

炉内流量V

50L/分=3m3/時

126L3=7.58m3/時

250

管内境膜hi

1368

1372

100

伝熱係数

許容輻射熱率

(第1列管群)Rr1

19600

※18500

94

(平均)Rr

15085

13470

89

最高熱分布度

(第1列管群)Kr1

2.22

※2.49

112

(平均)Kr

2.89

3.42

118

安全伝熱量

(第1輻射部)

30700

26240

86

(全体)

44500

40370

91

○ 同表はカネクロール400の250℃における物性値に基づく。

○ ※印の値については第4、(二)、(ロ)、〈4〉参照

Rr1=13470×3.42/2.49=18500

同表に明らかなように、カネミ炉における安全伝熱能力は、岩田炉の91%に減少している。この主たる原因は、カネミ炉の流量は増大しているものの、管径が大きくなつたため、境膜伝熱係数が流量の増大に伴つて大きくならず、他方最高熱分布度の値が高くなつた結果によるものであることが、同表から判明する。

※ 岩田炉とカネミ炉の各伝熱係数hの試算

λ=37とする(岩田計算書採用値)。

岩田炉

1/h=(1/1368+0.0002)×340/276+0.0032/37×340/308=1.242×10-3

∴h≒805

カネミ炉

1/h′=(1/1372+0.0002)×486/416+0.0035/37×486/451=1.187×10-3

∴h′≒843

第2脱臭装置における熱負荷(必要伝熱量)

(一) 熱交換における伝熱理論

基本式は(1.2)式類似の、Q=Ū2.0)

〈1〉 総括伝熱係数U

基本的には、第1の(一)の加熱炉内対流伝熱と同様であるが、熱交換器、即ち本件における脱臭缶内の伝熱の場合には、管内外に異る2流体が流れてともに対流伝熱による伝熱形態を生ずることとなる。2流体間の対流伝熱形態は、第3図のとおりで、その伝熱理論は第1の(一)と同様である。

第3図 対流伝熱形態(管壁断面図)〈省略〉

(1.3)~(1.5)式に、

T4・T5間 dQ=1/ro(T4-T5)dAo

T5・T6間 dQ=ho(T5-T6)dAo

を加え、(1.6)式同様にこれらを総合して、管外側面積を基準とした式を求めると、

(T1-T6)Ao

Q=

―――――――――――――――――――――――――

Ao

+ri

Ao

Ao

+ro

――

――

――

――

――

――

hi

Ai

Ai

λ

Aav

ho

(2.1)

(1.8)式と同様にして、

Do

Do

Do

――

――

――

ri

――

――

―――

ro

――

Ū

hi

Di

Di

λ

Do-b

hi

(2.2)

岩田計算書P.5のU1の計算式も(2.2)式によつていること明らかである。

尚、hiに関しては、炉内加熱管内境膜伝熱係数の場合の(1.14)式と異つて、本項の場合は管内側主流温度と同管壁温度との差がさしてなく、流体粘度の温度に伴う変化を考慮する必要がない。

即ち(1.14)式のμ/μωが不要となり、その計算式は、

hi=0.023×λ/Di×Re0.8×Pr0.4  (2.3)

が妥当である。(岩田計算書P.5の1行目。証54号P.18参照)

しかも、本件熱交換は脱臭缶蛇管によるが、これは曲管(コイル状)であり、かかる場合にはその修正値として、1.2倍するを要する。(栗脇計算書P.16参照)

∴hi=1.2×0.023×λ/Di×Re0.8×Pr0.4  (2.4)

岩田計算書P.5第1行目の式は、上式によること明らかである。(但し、Pr0.4→Pr0.3等の誤記がある)栗脇計算書は、上式と(1.14)式の使い分けをしていない。(2.4)式により求められるhiは、証54号P.18のデーター表から読みとれるhiの値とほぼ一致する。

〈2〉 熱交換器における二流体相互間の温度、伝熱量の相関関係式

岩田計算書、栗脇計算書、田中鑑定書の関係式に数学一般公理の適用によつて、推論するものである。

伝熱面からみた基本式      Q=UA(T-t) (2.5)

熱媒体側の熱供給面からの基本式 Q=WCΔT ΔT=Ti-To  (2.6)

被熱媒体の受給面からの基本式  Q=ωcΔt・1/θ Δt=toti  (2.7)

(2.5)(2.6)の式から、

ŪT-t)dA=WCdT

積分して、

(Ti-t)/(To-t)=eŪA/WC(=Kとする) (2.8)

eŪA/WC=Kとすると ……岩田計算書P.7、6行目の式参照

Ti-o=(K-1)/K・(Ti-t) (2.9)

(2.6)と(2.7)の式から、

ωcdt=WC(Ti-To)dθ

(2.8)式を代入し、

ωcdt=WC・(K-1)/K・(Ti-t)dθ

積分して、(dθ=θ-θiにおけるθi=0とする)

(Ti-ti)/(Ti-to)=eŪA/WC・K-1/K・θ (2.10.1)

又は、

ln・(Ti-ti)/(Ti-to)=WC/ωc・(K-1)/K・θ (2.10.2)

又は、

log(Ti-ti)/(Ti-to)=WC/ωc・(K-1)/K・θloge (2.10.3)

※岩田計算書P.7の7行目の式は(2.10.3)を使用。

(2.10.2)式における、WC/ωc・K~1/K・θ=αとすると、

(Ti-ti)/(Ti-to)=α (2.11)

∴to=Ti-(Ti-ti)1/α (2.12)

岩田計算書P.5の温度変化表は上式に従つたものと推測される。尚、弁護人の所論P.108は、岩田のこの温度変化批判に際し、

ln(T-t1)/(T-t2)=U・A・θ/ωc

という公式(2.13)を使用して、独自の温度変化表を作成しているが、この式は後記のとおり、熱媒体側温度一定の場合の温度変化に関するものであり、岩田計算書の温度変化表批判としては相当ではない。

即ち、熱媒体側温度が一定(例えば、予熱缶におけるスチーム加熱)の場合には、(2.5)と(2.7)の式より、

ŪT-t)dA=ωc・1/θ・dt

∴dt/d(T-t)=Ū

積分して、

∴ln(Ti-ti)/(Ti-to)=Ū/ωc (2.13)

又は、

(Ti-ti)/(Ti-to)=eŪAθ/WC  (=K′とする (2.14)

∴to-ti=(K′-1)/K′・(T-ti) (2.15)

又は、

to=T-(T-ti)・1/K′ (2.16)

岩田計算書の、予熱缶(P.2の9行目)における計算、田中鑑定書P.35の予熱温度試算における計算は、いずれも上式の(2.14)又は(2.16)を使用している。

(二) 岩田設計装置における熱負荷

脱臭装置における熱負荷は、

1.被加熱体たる油自体に伝熱される分(以下真伝熱分と称する)。

2.脱臭缶内に、油攪拌用等に吹込まれる水蒸気の加熱に要する分。

3.脱臭缶本体からの放熱(缶本体放熱と称する)。

4.加熱炉から、加熱炉までの循環用配管からの放熱(外部配管放熱と称する)。(2~4を総称して熱損失という)

が、考えられる。

(1) 真伝熱分について

(イ) Uの試算

岩田の設計条件

Do=0.038 Di=0.035 b=0.0015 L=27.45

A(管表面積)=3.27

ho(油側)=200 ……水蒸気吹込による強制攪拌を前提

V=3m3/hr=50l/分 内加熱用=2.5m3/hr

(加熱缶用)

hi(2.4)式より、

hi=2.2×0.023×0.0776/0.0276×4.87×104×10.10.4≒867

∵G=4×2.5×1230/π×0.0352≒3.2×106

Re=0.035×3.2×106/2.3=4.87×104

Pr=0.341×2.3/0.0776=10.1

hi=867は、岩田計算書P.15の1行目hi=887とほぼ一致する。尚、栗脇計算書P.15は、前記のとおりこの試算にて(2.4)式の代りに(1.14)式を用いた誤りによつて、hi=1673という過大値を算出する結果となつている。

ro  岩田計算書使用値0.0005(0.005は誤記である)を用いる。

λ 同書採用の15を用いる。

ri  同書は安全をみて0.0008というかなり大きい数値を使用しているがこれを用いる。

以上、概ね妥当な数値である。

(2.2)式より、

∴1/Ū=1/867×38/35+0.0008×38/35+0.0005+1/200+0.0015/15×38/36.5=7.725×10-3

∴Ū30Kcal/m2,hr,℃

riにつき通常値0.0002――第1の(二)、(1)、(ロ)参照――を用いた場合

Ū140Kcal/m2,hr,℃となり、より伝熱効果が良くなる。

尚、岩田計算書P.5の3行目でhi=187を用いているが、これは887の、同4行目の Ū1=180は130の各誤記とみられる。

(ロ) ti(予熱終末温度、または脱臭缶加熱初温度)を求める。

岩田の設計条件(予熱缶)

水蒸気到達圧力=6.5kg/cm2、この飽和温度=167℃

予熱時間=50′ 予熱管Do=0.034、Di=0.031、b=0.0015

A=2.68m2  予熱缶入脱色油温度=70℃

Ū熱缶内は 自然対流であり、この場合のhoに関しては

Gr=Do3・ρ・gc・β・Δt/μ2

Nu(ヌツセルト数)=ho・Do/λ=0.53(Pr・Gr)1/4

∴ho=0.53Do1λ(Pr・Gr)1/4  (2.17)

により求めることができる(田中鑑定書P.31以下はこれにより試算)。そうして、(2.2)式によりŪ

しかし、上記(2.17)式に入れるべき米ぬか油の物性値を認定するに十分な資料がなく、ここでの試算不可能である。

ところで、この予熱缶におけるŪは149を、作業標準(証52号)P.70は140を、田中鑑定書は155を、栗脇計算書は150をそれぞれ用いていることに照し、ここでは以上を平均的にみて、

Ū150Kcal/m2,hr,℃を用いることとする。

尚、予熱缶に挿入するメタポリリン酸ナトリユウムの攪拌効果は、ないものと認める。

ところで、水蒸気加熱の場合は潜熱(液化により放出される)に大部分依存するので、ts(水蒸気温度)は予熱缶出入口でさして温度差はなくほぼ同じとみてよい。何故なら、多少温度があり、これが顕熱として熱供給が行われるとしても、わずかな熱量であり、近似値を求める式にあてはめる場合、無視しうる程度と考えられる。

そこで、予熱缶における温度変化の関係式は、熱媒体温度一定の場合に使われる(2.13)~(2.16)の式を用いて求める。

∴(2.16)の式より

ω(油仕込量)=363kg c(油温70°~150°における比熱)=0.55

to=ts-(ts-t1)e-UAθ/WC  (2.16.2)

e-UAθ/WC=K′ とすると、

logK′=UAθ/ωcloge

=(150×2.68×50/60)/(363×0.55)×1/2.3=0.7295

∴K′=5.364

to=167-(167-70)×1/5.364=148.9℃≒150℃

(148.9℃≒150℃としうるのは、実際には予熱缶での脱色油の出入の間も予熱されており、予熱時間は、60′>θ>50′と考えられるので、148.9℃を超え、150℃すら超えると考えられるためである。)

尚、Ū5を用いた場合、to=150℃である。

(ハ) 岩田設計装置の加熱中の脱臭缶における真伝熱分熱負荷の最高値 Qmax

〈1〉 岩田計算書における、温度変化表作成に用いられたとみられる(2.12)の式を同様利用して5分毎の温度変化を表化してQmaxをみることとする。

Kの値―(2.8)式より、

K=(Ti-t)/(To-t)=eŪA/WC

logK=Ūoge=(130×3.27)/(2.5×1230×0.341)×1/2.3≒log1.5

∴K≒1.5

αの値―(2.10.3)及び(2.11)の式より、5分毎のシユミレーシヨンを求めるため、θ=5′/60′とする。

logα=log=(Ti-ti)/(Ti-to)=WC/ωc・K-1/K・θ・loge

∴logα=(2.5×1230×0.341×(1.5-1))/(363×0.58×(1.5))×5/60×1/2.3

=0.06015=log1.148

∴α=(Ti-ti)/(Ti-to)=1.148 (2.18)

∴to=Ti-(Ti-ti)/1.148 (2.18.2)

岩田計算書では、K=1.72、α=1.18と誤算している。

以上の関係数値を用いて、次項の温度変化表により、Qmaxを求める。

〈2〉 温度変化表―岩田設計分―

計算方法並びに条件

Ti:岩田計算書において設定した温度による。最高250℃とする。

To:(2.8)式より、 (K=1.5は上記参照)

To=(Ti+(K-1)to)/K=(Ti+0.5to)/1.5 による。

to:前記(2.18.2)の、to=Ti-(Ti-ti)/1.148による。最高230℃とする。

ti:初温度は脱臭缶入り温度(≒予熱終末温度)150℃を用い、以後は5分前の、toの値が相当する。

Q:(2.7)の式、Q=ωcΔt・1/θによる。

但し、ω=363

cは 150℃~200℃ 0.57 ∴Q=2483Δt

200℃~230℃ 0.59 ∴Q=2570Δt

全平均値   0.58

とする。これは岩田、栗脇の各計算書、田中鑑定書にとられた値より採るものである。(以下の計算にもこれを全て用いる)。

以上により、温度変化表を後記のとおり作成した。これによれば、

Qmax=22098Kcal/hr<23000Kcal/hr(岩田の設定条件)

となり、かつtoの最終終末温度=228.1℃≒230℃となり、条件を満すこととなる。

以上は、岩田計算において安全をみて、ri=0.0008という数値がとられた場合であるが、ri=0.0002という標準値によつても、

Qmax=22347Kcal/hr<23000Kcal/hr

toの最終値=230.1℃≒230℃

となり、岩田設定の条件を超えることなく、安全が十分に確保されている。

しかも、実際の三和における運転では、後記のとおりQmaxをより小さくする諸要因が存在するためより少い熱供給で足りる。

岩田設計書におけるP.7の温度変化表の作成意図は、真伝熱分におけるQmaxを知ることによつて、加熱炉設計に資するためであつた。即ち真伝熱分の収支の概略を知ることであり、自ら仮定した、Qmax=23000で治るかの試算であつたとみられる。唯同表によると、WCΔT〓ωc〓t・1/θとなるため若干疑問は残る。

尚、岩田計算はα=1.18を用いているに対し、本表では1.148を用いていること、toの最終値が228.3℃に止つていることのため、なを若干の微調整(Tiの初温度等につき)を要すると考えられるが、概ね岩田設定の条件(Qmax=23000、to最終温度=230℃)を充足しており、之に反する弁護人の所論は相当ではない。

尚、この表に関し留意すべきことは上記のとおり、当然のことながらこの表に現われている熱量Qは、脱臭缶における真伝熱分として必要な熱量であり、これによつて熱量の供給方式を云々しているのではない。つまりQの値に対応して、加熱炉における熱量供給、即ちバーナーの燃焼の仕方を求めようとするのではないということである。

第2表 カネクロール及び油の各温度変化表(1)

時間(分)

5′

10′

15′

20′

25′

30′

35′

40′

45′

50′

55′

60′

Tiカネクロール脱臭缶入口温度(℃)

215

225

235

245

250

250

250

250

250

250

250

250

To同出口温度(℃)

196

205.7

215.3

224.9

231.0

233.5

235.6

237.5

239.0

240.5

241.7

242.8

ΔT=Ti-To(℃)

19

19.3

19.7

20.1

19

16.5

14.4

12.5

11

9.5

8.3

7.2

ti油の初温度(℃)

150

158.4

167.0

175.8

184.7

193.1

200.4

206.8

212.4

217.2

221.4

225.1

to同終末温度(℃)

158.4

167.0

175.8

184.7

193.1

200.4

206.8

212.4

217.2

221.4

225.1

228.3

158.8

167.8

176.9

186.1

194.8

202.3

208.8

214.4

219.2

223.4

227.0

230.1

Δt=to-ti(℃)

8.4

8.6

8.8

8.9

8.4

7.3

6.4

5.7

4.8

4.2

3.7

3.2

8.8

9.0

9.1

9.2

8.7

7.5

6.5

5.6

4.8

4.2

3.6

3.1

Q必要熱量(KcaI/hr)

20,857

21,353

21,850

22,098

20,857

18,126

16,448

14,649

12,330

10,794

9,509

8,224

21,850

22,347

22,595

22,843

21,602

18,623

16,705

9,252

7,967

※ 下段の数値はri=0.0002(標準値)をとつた場合、即U=140の場合である。

(ニ) 実際の運転状況を考慮しての温度変化表

岩田設計条件と異る実際運転上の諸条件は次のとおりである。

Ti:連続運転中においては、脱臭時間の終末時(この時点では必要熱量が最も減少しており、従つてカネクロール温度も高まつている)から継続して加熱時間に入るため、Tiの最初の温度は設計時の215℃よりかなり高く、最高温度の250℃近くになつているものとみるのが合理的である。いくら低く見積つても最終油温の230℃を下廻ることはないはずである。

∴ Tiの初温度=250℃ とみる。

ti:加熱開始時温度は概ね予熱終末温度と同じである。しかし実際には、脱臭缶に油入中も油は加熱され続けているため、後者を上廻る温度となるはずである。しかしここでは一応予熱終末温度の150℃による。

Q′:(供給熱量)即ち岩田設計の熱量の供給の仕方は、まず第1にカネクロールの炉出口(≒脱臭缶入口)温度を一定に保つ、いわゆる厳格な定温度維持方式では決してない。同温度は後記のとおり250℃±10℃の間で変動する。この点前段の岩田設計書における温度変化表にて25′以後250℃の定温度維持されているのは、実際に合致していないこととなる。

第2に脱臭缶に必要な伝熱量に直に対応してバーナーを調節し必要熱量を供給する所謂必要熱量供給方式を採用するものでもない。即ち三和の作業標準(証52)p77の11で採られているように、連続運転中は〈1〉240℃~255℃の間はバーナー油量調整目盛を10にして燃焼させ、〈2〉255℃以上になるとバーナー消火という2段階のバーナー燃焼方式を採つており、これは熱量供給が2段階に区分されることを意味する。

以上から考えると岩田炉における熱量供給の方式は、いわば断続的定熱量供給方式ともいえる。即ちカネクロール温度に従つて上記〈1〉又は〈2〉の操作によつて、供給熱量を必要熱量に対応し、調整しようという方式である。従つて〈2〉のバーナー消火時点においては、〈1〉においてカネクロールに蓄積された熱量を放熱する形で熱供給がなされる。

〈1〉におけるQ′は岩田の設計条件どおり23,000Kcal/hrとする。

第3表 カネクロール及び油の各温度変化表(2) ℃、Kcal/hr

時間(分)

5′

10′

15′

20′

25′

30′

35′

40′

45′

50′

55′

60′

Tiカネクロール脱臭缶入口温度

250.0

241.4

239.4

241.4

244.8

250.0

256.0

239.4

252.1

262.0

248.4

240.9

to油終末温度

162.9

173.0

181.5

189.2

196.4

203.3

210.1

213.9

218.8

224.4

227.4

229.2

Δt=to-ti

12.9

10.1

8.5

7.7

7.2

6.9

6.8

3.8

4.9

5.6

3.0

1.8

Q所要熱量

32,000

25,100

21,200

19,200

17,800

17,200

17,500

9,700

12,600

14,300

7,800

4,500

Q′供給熱量

23,000

23,000

23,000

23,000

23,000

23,000

0

23,000

23,000

0

0

23,000

ΔQ=Q′-Q

-9,000

-2,100

1,800

3,800

5,200

5,800

-17,500

13,300

10,400

-14,300

-7,800

18,500

±Tカネクロール温度の昇降

-8.6

-2.0

+1.7

+3.7

+5.0

+5.7

-16.4

+12.7

+9.9

-13.6

-7.5

+17.6

Q(必要熱量)=ωc△t・1/θ より

150~200℃=0.57×363×60/5・Δt=2,483Δt

200℃~ =0.59×363×60/5・Δt=2,570Δt

to:前記(2、18、2)の式による。

ΔQ=Q′-Q

±T:ΔQに対応してカネクロール温度の昇降温度

±T=Q/WC=Q/2.5×1,230×0.341=Q/1,049

以上の条件により、実際に近い温度変化表作成を試みる。

この第3表によると、Q′=23,000Kcal/hr、60分間で最終終末油温=230℃とすること、カネクロール温度=250℃±10℃の範囲内に止めること、の各条件を充足することができることが判明する。尤も50分の時にTi=262℃となり岩田の設定した主流温度限界260℃を超える場合があるかの如きであるが、実際にはTi=255℃でバーナー消火という条件があるので260℃を超えることはない。前図は表を単純計算により作成したため260℃を超えるが如き数値が出ているが、この点は時間区分を更に微分化することにより回避できる。また仮に同表どおりとしても260℃を超えるのは1~2分程度の瞬時に過ぎず、カネクロール分解にさして影響はないと考えてよい。

尚同表上バーナー消火時点は30′~35′の間の5分間と45′~55′の間の10分間の2回である。しかし実際はバーナー消火しても加熱炉に余熱があるためQ′=0とはならず、かなりの熱量供給が存続する。従つて実際は同消火時間はより延長される。これを考慮すると概ね岩田証言や作業標準p83の温度変化表からみられるとおりの1サイクル(正確にはカネクロール流量調整バルブを操作する間隔、即ち70分間の意と解される)に、2回前後、1回につき10分~15分の間バーナーを消火していたとする操作方法と一致する。

そうして、第1(二)(2)(ハ)にて試算したとおり、岩田設計炉における安全伝熱供給量は44,500Kcal/hrであり、後に計算のとおりの熱損失等真伝熱分以外の所要熱量が約10,340Kcal/hrであるから差引約34,000Kcal/hrを岩田設計炉は真伝熱分として供給しうるのであるから、第2、第3表におけるQmax=23,000Kcal/hrと設定した条件よりもかなりの余裕があり、その伝熱能力は十分ということとなる。

(ホ) 以上により加熱中の脱臭缶の真伝熱分q1は

最大熱負荷時で q1=22,000~23,000Kcal/hr

平均値 q1′=0.58×363×(230-150)×60/60≒17,000Kcal/hr

となる。

(2) 真伝熱分以外の所要熱量について

(イ) 吹込水蒸気加熱分q2

条件等 加熱中の缶吹込量=10/3kg/hr 脱臭中の缶の同量=10kg/hr

水蒸気比熱=0.46Kcal/kg,℃ 水蒸気飽和温度=167℃

∴加熱中の缶q2=10/3×0.46(200-167)=50.6

脱臭中の缶q2=10×0.46(230-167)=290

∴ 2缶合計 q2≒340Kcal/hr

尚、岩田設計書p5は「熱損失は生スチーム加熱、放熱によるが…」としてその熱損失を1,580Kcal/hr(1基につき)とする。弁護人の所論(弁論要旨p102~)は上記「  」内の趣旨を生スチームのみに関する熱損失と誤解してその試算の前提とする過ちを犯している。生スチーム吹込による熱損失は、これを内槽内の油温と同じ温度まで加熱することによるロスである。そうしてその量は上記のとおり340Kcal/hrにしか過ぎない。従つて「…放熱…」とは脱臭缶本体等からの放熱による熱ロスを指すものと解すべきである。

唯1,580が加熱、放熱による全熱損失の値とすると極めて過少であることは以下の試算に照し明らかであり、修正の必要がある。

(ロ) 脱臭缶本体からの放熱分q3

〈1〉 栗脇計算書の方式(p1)

脱臭缶放熱面積=15m2/基 脱臭缶外筒表面の伝熱係数=10Kcal/m2,hr,℃

外気温度=15℃ 同缶外筒保温表面の温度=50℃

(1.2)の対流伝熱基本式による。

∴q3=15×2(基)×10×(50-15)=10,500Kcal/hr

〈2〉 田中鑑定書の方式(p17~)

内槽から外筒への放熱式

q31=4.88A2[(Ti/100)4-(T2/100)]/A2/A1・1/ε+1/ε-1 (2.19)

外筒から外気への放熱式―対流伝熱基本式(1.2)の変式である。

q32=A2(T2-T3/1/ho+b/λ (2.20)

※ 記号

A1:内槽放熱面積 ε:内槽と外筒両面間の放射黒度

A2:外筒放熱面積 ho:外筒の熱伝達率

T1:内槽内温度°K λ:保温材熱伝導率

T2:外筒内温度°K b:保温材肉厚

T3:外気〃〃

ところで放熱量q31=q32であるから(2.19)、(2.20)式より

4.88[(T1/100)4-(T2/100)4/A2/A1・1/ε+1/ε-1=(T2-T3/1/ho+b/λ (2.21)

ここにA1=6m2,A2=15m2,ε=0.7,ho=10(以上田中採用の数値による。概ね妥当値)

T1=(150+230)/2+273=463°K(加熱中の缶)

=(220+230)/2+273=498°K(恒温中の缶)

加熱缶150~230℃、恒温中の缶220~230℃は岩田の設計条件に従つたもの。田中のとる値と異る。

T3=15+273=288°K

尚 λについては、田中鑑定書は0.06を用いているが、保温材規格品につき標準値(70℃±5℃)で0.083~0.097である(化学工学便覧p304)ため、0.09を採る。

またbについては、カネミ炉の脱臭缶本体のそれが5cmであること(検証2,299の検証調書p64)に照し、0.05を採用する。

∴(加熱缶の場合)

(2.21)の式に各数値を入れ

4.88[4.634-(T2/100)4]/15/6×1/0.7+1/0.7-1=(T2-288)/1/10+0.05/0/09

∴T2=416°K=143℃

(2.20)式より

q32=15(416-288)/1/10+0.05/0.09≒2,300Kcal/hr

(恒温缶の場合)同様にして

T2=450°K=177℃

q32≒3,700Kcal/hr

∴ 脱臭缶本体からの放熱量は、保温材なき箇所を考慮した修正値を1.2(田中鑑定書参照)とすると

q3=1.2(2,3000+3,700)=7,200Kcal/hr

(ハ) 外部配管からの放熱分q4

〈1〉 栗脇計算書の方式(p1~)

外部配管長(1インチパイプ)=14m(後記〈2〉参照)

同保温材肉厚=0.02m

保温材表面伝熱係数=10Kcal/m2,hr,℃

外気温度=15℃

保温材表面温度=50℃

放熱面積A=14×π×(0.034+0.02×2)=3.253m2

(1.2)式より

∴ q4=3.253×10×(50-15)≒1,140Kcal/hr

〈2〉 田中鑑定書方式(p13~)

保温材ある部分からの配管放熱は(2.20)式の変式による。

(2.2)の式によるhの求め方を用いれば

1/h=1/ho+b/λ・Ao/Aav

Ao/Aav=(D+2b)/(D+b)

∴ q=1/(1/h+b/λ・(D+2b)/(D+b))・π(D+2b)L(T1-T2) (2.22)

然るに田中の計算は、上記のAavにつき対数平均を用いて

Aav=[(D+2b)-D]/ln(D+2b)/D=2b/ln(D+2b)/Dを用い

q=1/1/ho+b/λ・(D+2b)/2b・ln(D+2b)/Dπ(D+2b)L(T1-T2)

変形して

q=2πL(T1-T2)/1/ho×2/(D+2b)+1/λ・ln(D+2b)/D (2.22.2)

を用いている。

保温材なき部分の配管からの放射伝熱による放熱は

q=4.88・ε・A[(T1/100)4-(T2/100)4] (2.23)

ところで、岩田設計書における外部配管長はp.11(H)〈2〉によれば、総長20mとして設計試算している。しかし岩田の作成した精製工場配置図(検証2,479号)に基き脱臭装置を配置したものとみられるカネミの脱臭缶3基時の配置状況を示す改造前旧配置図(検証9号、検証調書添付No.4図)によれば、炉⇔脱臭缶=5.46m、同缶⇔炉=6.36mとなる。これには配管の昇降分(高低差)が含まれていないと考えられるのでこれを加えた概数として前者を6.5m、後者を7.5mとみる。全て1インチパイプである。

i)加熱炉⇔脱臭缶の間の配管放熱

(保温有部分からの放熱)

配管長L=6.5-1=5.5m

配管内カネクロール温度T1=250℃ 外気温度T2=15℃

保温材厚=0.02m その他は前段と同条件

(2.22.2)の式より

q41=2π×5.5×(250-15)/1/10×2/(0.034+0.02×2)×1/0.09ln0.074/0.034

≒720Kcal/hr

(保温無部分からの放熱)

放射伝熱による放熱

L=1mとする。 ε=0.8(田中鑑定書参照)

(2.23)式より

q42=4.88×1×π×0.34(5.234-2.884)≒280Kcal/hr

(対流伝熱による放熱)

配管外部の伝熱係数=9.9Kcal/m2、hr、℃(田中鑑定書試算採用の数値)

(1.2)の対流伝熱基本式による。

q43=9.9×1×π×0.034×(250-15)≒250Kcal/hr

ii)脱臭缶⇔加熱炉間の配管放熱

(保温有部分)

L=7.5-1=6.5m T1=230℃

(2.22)式より

q44=2π×6.5×(230-15)/1/10×2/0/074+1/0.09ln0.074/0.034≒770Kcal/hr

(保温無部分)L=1m

放射伝熱による放熱

(2.23)式より

q45=4.88×0.8×1×π×0.034×(5.034-2.884)≒240Kcal/hr

対流伝熱による放熱

(1.2)式より

∴q46=9.9×1×π×0.034×(230-15)≒230Kcal/hr

∴外部配管からの全放熱量

Σq4=q41+q42+q43+q44+q45+q46

=720+280+250+770+240+230

=2,500Kcal/hr

〈3〉 以上の両方式の外部配管からの放熱に相異が存する。

栗脇方式=1,140Kcal/hr

田中方式=2,500Kcal/hr

(ニ) 放熱に関する田中鑑定書の方式と栗脇計算書の方式について以上に計算したとおり

脱臭缶本体放熱 外部配管放熱  合計

田中方式    7,200     2,500   9,700

栗脇方式   10,500     1,140   11,540

となり、若干相異がある。

栗脇方式は、缶本体や配管パイプ表面の保温材表面からの放熱という考え方で、簡易な方式によつているものである。唯これは保温材表面温度を50℃としているがこの値が適当にとられた曖昧さがある。これに対し田中方式は、缶内ないし配管内から保温材抵抗及び保温材表面からの放熱抵抗をも考慮しての放熱計算をなし、缶又は管内側温度の採り方も正確に試算されている。但し、ε、λ、b、等の値に全く問題ないわけではない。

以上の諸点を考慮して岩田設計装置における放熱合計

q3+q4≒10,000Kcal/hrとして以下に試算する。

(3) 岩田設計装置における総熱負荷及び結論

(イ) 最大熱負荷 Σq=q1+q2+q3+q4

=23,000+340+10,000≒33,300Kcal/hr

(ロ) 平均熱負荷 Σq′=17,000+10,300=27,300Kcal/hr

尚、作業標準(証52号)にみられる実際の三和の脱臭方法、加熱昇温(150℃~230℃)を70分でやる方法によれば、

Σq′=14,440+10,340≒24,800Kcal/hr

となり、総熱負荷は一層減少する。

(ハ) 同総熱負荷と岩田設計炉の伝熱能力

〈1〉 岩田設計炉の能力は

炉の安全伝熱量/最大熱負荷=44,500/33,300=1.336

となり、必要熱量よりなお34%程度の余裕を有し、十分な能力ありといえる。即ち、岩田設計装置においては、カネクロール分解温度として設定した300℃を超えることはなく、その設計条件である同主流温度250℃で安全に熱供給をなすことが34%の余裕をもつて可能であることが明らかとなつた。

〈2〉 最大熱負荷時における管内側管壁温度(最高境膜温度)試算

(1.12)の式

Δt=Rr・Kr・1/hより試算してみると、

ここでは、第1輻射部平均につき試算するとして

Δt=33,000×0.69/2.04×2.89×(1/1,368+0.0002)×0.034/0.0276(外径基準)≒37.4℃

主流温度=250℃であるから

∴管内側管壁温度=250+37.4=287.4℃

従つて、カネクロール主流温度を250℃として運転しても、最高境膜(管壁)温度は287.4℃にしか達しないこととなり、300℃になお余裕が存する。この温度は証人岩田文男(昭和46年4月5日付尋問調書)の主流温度250℃で管壁温度280℃である旨の供述とほぼ合致する。

〈3〉 カネクロール主流温度=260℃の場合の検討も加える。

hi=1,400

最大熱負荷:田中方式では若干相異が出るが、栗脇方式では殆んど変らない。従つて前記値をそのままとる。

∴Δt=33,000×0.69/2.04×2.89×(1/1,400+0.0002)×0.034/0.0276≒36.7℃

∴管壁温度=260+36.7=296.7℃

従つて、岩田設計装置において主流温度が最大となる260℃においてもなお管壁温度は300℃を超えないこととなる。なお前記岩田の同証言は主流温度260℃のとき管壁温度300℃となる旨の内容であり、これも上記試算にほぼ一致する。

(三) カネミ脱臭装置における熱負荷 ―1炉3基時―

1炉3基時代の脱臭缶運転サイクルは、本文第1の五B100(編注 368頁)で認定のとおり、1脱臭サイクル120分であるので、まずこのサイクルにおける熱負荷を、加えて弁護人主張の135分サイクルにおけるそれを、それぞれ試算する。

(1) 予熱終末油温 t

(2.16)式を用いる。

to=ts-(ts-ti)・1/eUAθ/wc

ts:7kg/cm2の水蒸気圧としてその飽和温度169.6℃

尚、カネミの過熱蒸気の使用が水蒸気飽和温度以上の油加熱の効果なきことは本文に認定のとおりである。

〈1〉 120分サイクルの場合

ti:脱色油温 70℃

θ:予熱時間 30分(本文認定のとおり)

その他の各数値は、前段(1)の(ロ)のとおり。

eUAθ/ωc=Kとすると

logK=UAθ/ωc・loge=(150×2.68)/(363×0.55)×1/2.3=log2.74

∴ to=169.5-(169.6-70)×1/2.74≒133℃

この値は証人川野英一(第6回公判)、同樋口広次(第41回公判)の過熱蒸気使用前の予熱終末油温は大体120℃~230℃であつた旨の供述とほぼ一致する。

〈2〉 135分サイクルの場合

予熱正味時間 35分

logK=(150×2.68)/(363×0.55)×35/60×1/2.3=log3.24

∴to=169.6-(169.6-70)×1/3.24≒139℃

〈3〉 尚、弁護人は、予熱された油が脱臭缶に落されている間も、当該缶にはなおカネクロールが循環しているため、ここで更に加熱され昇温することとなるから、脱臭缶における加熱操作開始の時点では予熱終末油温より高温となり、いわば「加熱開始時油温」をもつて熱負荷計算上の油の初温度とすべき旨主張し、これを前提として試算している。しかしながら弁護人自らも主張のとおりの本文第1の五、3、(四)に認定のサイクル三分割方式(1サイクルを三等分割し、各区分点毎にカネクロールバルブを調整して、各缶のカネクロール流量、伝熱量の調整を行う方法)によると、油の出し入れの時間帯も各分割部分に組入れられ、3缶全体を斉合的に、ある時間帯について(左図の0~40分の間)みるとき即ち左図を縦割りにみるとき、その時間内での脱臭缶における加熱昇温は、予熱缶から落された時の油温即ち予熱終末油温を初温度(左図〈イ〉)として、脱臭缶における所定の終末油温(左図〈ロ〉)まで昇温加熱することに変わりはなく、単に油温の変化をみるためだけであれば格別、一定時間当りの伝熱量をみる熱負荷の計算のためならば、所論のような油落とし中の油の昇温は特段考慮すべき必要はないものである。ここでは3缶全体の必要熱量の計算であるから、前示133℃の予熱終末油温を以下の熱負荷計算に用いる。

〈図 省略〉

(2) 120分サイクルにおける熱負荷

カネミの熱量供給の方法は、弁護人主張の定熱量供給方式、即ちバーナーの燃焼を一定とし、炉内カネクロールに対し常に一定の熱量を供給し続けるという方法で以下試算する。現実のカネミ装置の運転が一定熱量を供給し続けたとは限らないが、定熱量供給とした場合熱負荷が平均化され、熱負荷の値がより小さく計算される結果となるので、過熱の見地からするとカネミ装置に有利となるためである。この場合、全時間帯にて同一熱量供給されるから、前段の温度変化の解析は不要となる。

(イ) 真伝熱分 (2.7)式より

q1=0.58×363×(230-133)×60/40≒30.600Kcal/hr

(ロ) 水蒸気加熱分

q2=10×0.46(230-169.6)×2≒560Kcal/hr

蒸気吹込は2缶のみである。加熱缶への吹込はなし。

(ハ) 脱臭缶本体からの放熱

〈1〉 栗脇方式

q3=15×3×10×(50-15)=15,750Kcal/hr

〈2〉 田中方式

(2.20)式より

q3=15(T2-288)/1/10+0.05/0.09=22.88(T2-288)…………〈a〉

(2.21)の式に前段(2)、(ロ)の岩田装置の品合と同様の値を入れて〈a〉式と等置すると、

T2-0.8[(T1/100)4-(T2/100)4]=288…………〈b〉

i)樋口サイクルの場合(別表図11参照)

(加熱缶) T1=(133+200)/2+273≒440°K

〈b〉式より T2+0.8(T2/100)4=288+0.8×4.44

∴T2=395°K

〈a〉式より q31=22.88(395-288)≒2,450Kcal/hr

(昇温缶1)脱臭サイクルの中間部分である。

T1=(200+220)/2+273=483°K

T2+0.8(T2/100)4=288+435

∴ T2=435°K

∴q32=22.88(435-288)≒3,360Kcal/hr

(昇温缶2)―油出入時間帯含む―

この缶は脱臭の最終部分で、第4図に明らかなように、この部分は脱臭油落しと同油入れの時間帯を含むので、最終的にはT1は予熱終末油温に近い温度となる。

∴ T1=(220+230)+(230+133)/(2×2)+273≒476°K

T2+0.8(T2/100)4=288+411

∴T2≒428°K

q33=22.88(428-288)≒3,200Kcal/hr

∴ Σq3=2,450+3,360+3,200≒9,000Kcal/hr

ii)川野サイクルの品合―別表図11参照

(加熱缶)

T1=(133+220)/2+273=450°K

∴T2=403°K

q31≒2,630Kcal/hr

(恒温缶1)

T1=(220+230)/2+273=498°K

∴T2=450°K

∴q32≒3,700Kcal/hr

(恒温缶2) 油出入時間帯含む

樋口方式と同様にして T1=476°K

∴T2=428°K

∴q23=3,200Kcal/hr

∴Σq3=2,630+3,700+3,200=9,530Kcal/hr

(ニ) 外部配管からの放熱

配管径は、カネミの場合、1インチ部分と1.5インチ部分と両方存するが、試算の単純化のため全て1インチとして計算する。従つてその放熱面積縮少し、放熱量も実際値より小さくなる。

カネミ配管図―検証9号、検証調書No.4図、他による。

(第5図)〈省略〉

〈1〉 栗脇方式

q4=π×(0.034+0.02×2)×31.6×10×(50-15)

≒2,570Kcal/hr

保温材厚 0.02m

〈2〉 田中方式

i)炉⇔脱臭缶の間の放熱

L=10.2m≒10m 内1mを保温無部分とする。

T1=250℃

(保温有部分の放熱)

(2.22.2)の式より

q41=2π×9×(250-15)/1/10×2/0.074+1/0.09ln0.074/0.034

≒1,170Kcal/hr

(保温無部分の放熱)

放射放熱 …数値は前段(2)、(ハ)、〈2〉参照

(2.23)式より

q42=4.88×0.8×1×π×0.034(5.234-2.884)

=280Kcal/hr

対流放熱

(1.12)式より

q43=9.9×1×π×0.034×(250-15)=250Kcal/hr

ii)脱臭缶⇔炉間の放熱

L=21.4m 内保温無部分1m、他20mとする。

T1=230℃

(保温有部分)

(2.22.2)式より、前段i)のそれと同様にして

q44≒2,860Kcal/hr

(保温無部分)

放射放熱

(2.23)式より

q45≒240Kcal/hr

対流放熱

(1.12)式より

q46≒230Kcal/hr

iii)田中方式による配管放熱

Σq4=1,170+280+250+2,860+240+230

=5,030Kcal/hr

(ホ) 放熱量の検討

缶本体放熱 外部配管放熱    合計

田中方式 9,000~9,500   5,030   14,040~14,540

栗脇方式   15,750    2,570     18,320

両方式の各批判は前段(2)、(ニ)のとおりである。

∴q3+q4≒15,000Kcal/hr相当値とみられる。

(ヘ) カネミ装置120分サイクルにおける総熱負荷

Σq=q1+q2+q3+q4

=30,600+560+15,000=46,160Kcal/hr

∴Σq≒46,000Kcal/hrとする。

(3) 135分サイクルにおける熱負荷

(2.7)式より

q1=0.58×363×(230-139)×60/45≒25,500Kcal/hr

q2~q4は120分サイクルと同様とする。

∴ Σq=25,500+560+15,000=41,060Kcal/hr

(4) 各試算対比表

第4表 カネミ装置熱負荷各試算比較表〈省略〉

以上によると、岩田設計装置の熱負荷に対比し、

120分サイクルにおける

〈1〉 カネミ装置の熱負荷/岩田設計の最大熱負荷

=46200/33340=1.39倍 ∴39%増

〈2〉 カネミ装置の熱負荷/岩田設計の平均熱負荷

=46200/27340=1.69倍  69%増

135分サイクルの場合

同様にして 〈1〉 41060/33340=1.23倍 23%増

〈2〉 41060/27340=1.50倍 50%増

またカネミ炉の安全伝熱量との対比でみると

120分サイクル 熱負荷/安全伝熱量=46200/40370=1.14

135分  〃  熱負荷/安全伝熱量=41060/40370=1.02

即ち120分サイクルでは14%の供給熱量の不足を生ずる結果となる。しかもカネミ装置の熱負荷に関してはこれまで、比較的小さい値となる条件や数値を採用して試算してきたほか、カネミ炉はカネクロール加熱管上部に更に蒸気パイプを設置しているため、その必要熱量は増大することとなり、熱負荷に対する安全伝熱量は増々不足し、過熱結果をもたらすこととなる。

第3最高境膜(管壁)温度の推算

(一) カネミ炉における最高境膜(管壁)温度

本件脱臭装置におけるカネクロールの循環径路上、カネクロール温度が最高値となる箇所は、加熱炉内カネクロール加熱管の第1輻射部パイプ内の管内側管壁に接する部分である。しかも、同パイプ円周方向最下(低)部のバーナー火焔に直面する箇所となる(第2図参照)。よつて、以下に同箇所におけるカネクロール温度を求める。

※計算条件 120分サイクル

総熱負荷 q=46,200Kcal/hr(第4表参照)

第1輻射部同q′=46,200×0.65≒30,000Kcal/hr

(第1の(三)、(2)、〈2〉参照)

〈1〉 第1輻射部における必要入熱量

Rr=Q/A より

Ao=1.95m2(別図表10の3参照)

q′=30,000Kcal/hr

∴Rr=20,000/1.95≒15,400Kcal/m2,hr(外径基準、Ao=1.95)

RroAo=RriAiの関係があるので

Rri=Ao/Ai×Rro=15400×486/416≒18000(内径基準)

〈2〉 Kr=3.42 第1表参照

〈3〉 管内境膜伝熱係数hi  第1の(三)、(1)、〈2〉と同様に求む。

第5表 管内境膜伝熱系数表

主流温度

流速m/sec

流量m3/hr l/分

hi

240℃

1.53

7.48 125

1280

250

1.55

7.58 126

1372

260

1.58

7.72 129

1427

270

1.60

7.85 131

1512

300

1.68

8.23 137

1695

310

1.70

8.32 139

1735

※ 同表は、炉吐出圧を同一とするもの。

〈4〉 伝熱抵抗1/h――外径(管外面積)基準によつて出す。

(数値、スケールは物性値表、別表図No.10の3参照)

ΔT1=1/h・Do/Di=486/416hi=1,168/hi

第1図より〈省略〉

ΔT2=(1/h+ri)Do/Di

=486/416(1/h+0,002)=1,168/hi+0,234×10-3

ΔT3=(1/h+ri)Do/Di+b/λ・Do/Do-b

=1,168/hi+0,336×10-3

λ=37は岩田設計書P.7で採る数値で鉄パイプの熱伝導度Kcal/m,hr,℃である。

以上の各式を用いて各基準温度別に伝熱抵抗を計算したのが次表である。但し1/hの値である。

第5表の2 伝熱抵抗1/h表

×10-3

240℃

250℃

260℃

270℃

300℃

310℃

ΔT1

0,913

0,851

0,819

0,773

0,689

0,673

ΔT2

1,147

1,086

1,053

1,007

0,923

0,907

ΔT3

1,249

1,188

1,155

1,109

1,025

1,009

※ 外径基準値である。

〈5〉 温度差ΔT

(1.12)式より

ΔT=Kr・Rr×1/hの式に以上の数値を当はめて求める。

i)主流温度250℃の場合

T4・T5間 ΔT1=3.42×15400×0.851×10-3=44.8℃

T3・T5間 ΔT2=〃×〃×1.086×10-3=57.2℃

T2・T5間 ΔT3=〃×〃×1.188×10-3=62.6℃

同様にして240℃、250℃の各場合を求めた値が次のとおりである。

ii)同240℃の場合

ΔT1=3.42×15400×0.913×10-3=48.1℃

ΔT2=〃×〃×1.147×10-3=60.4℃

ΔT3=〃×〃×1.249×10-3=65.8℃

iii)同260℃の場合

ΔT1=3.42×15400×0.819×10-3=43.1℃

ΔT2=〃×〃×1.053×10-3=55.4℃

ΔT3=〃×〃×1.155×10-3=60.8℃

〈6〉 管壁温度等

T4=T5+ΔT1…汚れ層なき清浄な管の管内管壁温度

T3=T5+ΔT2… 〃 ある管内側管壁温度

T2=T5+ΔT3…汚れ層ある管外側管壁温度をそれぞれ表わす。

〈7〉 135分サイクルの場合も同様として試算

Rr=41060×0.65/1.95=13,690Kcal/hr

ΔT=3.42×13690×1/hにより

240℃の時 ΔT2=53.7℃ ΔT3=58.5℃

250℃の時 ΔT2=50.8℃ ΔT3=55.6℃

260℃の時 ΔT2=49.3℃ ΔT3=54.1℃

〈8〉

第6表 管壁温度表 ℃

主流温度

T2.管外側管壁温度

T3.管内側管壁温度

120分サイクル

135分サイクル

120分サイクル

135分サイクル

240℃

305.8

298.5

300.4

293.7

250℃

312.6

305.6

307.2

300.8

260℃

320.8

314.1

315.4

309.3

270℃

328.4

321.9

323.0

317.1

300℃

354.0

348.0

348.6

343.2

310℃

361.8

357.2

356.5

352.5

※ 270℃のとき

ΔT2=3.42×15400×1.046×10-3=55.1

ΔT3=〃×〃×1.148×10-3=60.5

ΔT′2=3.42×13690×1.046×10-3=49.0

ΔT′3=〃×〃×1.148×10-3=53.7

310℃のとき

ΔT2=3.42×15400×0.939×10-3=49.5

ΔT3=〃×〃×1.041×10-3=54.8

ΔT′2=3.42×13690×0.939×10-3=44.0

ΔT′3=〃×〃×1.041×10-3=48.7

同表によると、120分サイクルにおいては主流温度240℃にて既に最高境膜(管壁)温度は300℃を超えていることとなる。主流温度260℃では300℃をはるかに超える。

〈9〉 結論

カネミにおける加熱炉内の加熱管内管壁温度すなわち、いわゆる最高境膜温度は、前表、第6表及び後に示す第8表を併せ考えると、樋口サイクルで最高主流温度265℃のときに約320℃に、川野サイクルで、最高主流温度300℃のときに、約349℃に達し、かかる高温で運転されていたことが判明する。

〈10〉 主流温度250℃で管壁温度が300℃を超えないための流量試算 ―( )内は260℃の場合

(1.12)式より

h=KrRr/ΔT

Rr=46200×0.65/1.95=15400(第1輻射部伝熱量)

第1、(三)、(2)、〈2〉、第4表各参照

第1輻射部加熱管表面積A=1.95m2

Kr=3.42 ΔT=50(40)

∴h=3.42×15400/50=1053.4(1317)

前示〈4〉と同様

1/h=(1/hi+ri)Do/Diより

1/hi=1/h・Di/Do-ri  ri=0.0002

=1/1053.4×416/486-0.2×10-3=0.6126×10-3(0.4499×10-3)

∴hi≒1632(2223)

(1.14)式より

1632=0.027×776/416×Re0.8×2.16×1.061

∴Re0.8=1.414×104(2.002×104)

logRe=1/0.8log1.414×104=4.1504/0.8=5.188=log1.542×105

∴Re=Diuρ/μ=0.0416×1230u/2.3=1.542×105

∴u=6931.3m/hr=1.925m/sec(9852m/hr=2.737m/sec)

V=uA=6931.3×π/4×0.04162≒9.42m3/hr≒157l/分(223l/分)

結局カネクロール主流温度250℃で運転するとき、その炉内流速1.925m/sec、流量157l/分だけとれれば、カネクロールの管壁温度が300℃を超えることなく安全運転できることを意味する。

同様主流温度260℃の場合についてみると、流速2.737m/sec、流量223l/分を確保することを要した。

(二) 岩田設計炉における最高境膜温度

前示第2の(二)に推算の岩田装置における必要熱量(熱負荷)から、岩田炉における最高境膜温度(管内側管壁温度)を逆算する。

〈1〉 熱負荷Q=33,300Kcal/hr

〈2〉 第1輻射部伝熱量/炉全伝熱量Q′=69%

(第1、(二)、(2)、(ハ)参照)

〈3〉 輻射熱率 (1.24)式より

Rr1=Kr/Kr1×Q′/A′

∴Rr1=2.89/2.22×(33300×0.69)/2.04≒14660Kcal/m2,hr

〈4〉 管内側管壁温度と主流温度差ΔTは

(1.12)式より

ΔT=Kr・Rr・1/h 1/h=(1/hi+ri)×Do/Di

hi:第1の(二)、(1)、(ロ)参照

∴主流温度250℃のとき

ΔT=2.22×14660×1/(1/1368+0.0002)×27.6/34≒37.6℃

主流温度260℃のとき

ΔT=2.22×14660×1/(1/1400+0.0002)×27.6/34≒36.6℃

〈5〉 管内側管壁温度

主流温度250℃のとき 250+37.3=287.3℃

〃 260℃ 〃  260+36.6=296.6℃

以上のとおり岩田設計炉においてその所要熱量を伝熱するとき、カネクロール主流温度250℃で伝熱する場合はその最高境膜温度は287℃、260℃で伝熱する場合は297℃にしか達しないこととなる。

(三) カネミにおける主流温度の推算

第2、(一)、〈2〉の伝熱理論に栗脇計算書の手法(後記(四))を加味することによつて、カネミ装置における主流温度、特に脱臭缶入口の主流温度の最高値を知ることができる。

(1) 理論式

熱交換の行われる2流体間の温度変化の関係式によつて求める。

(2.9)式

Ti-To=(K-1)/K(Ti-t) を変形して

Ti=(K-1)/K(Ti-To)+t ――〈1〉

(2.8)式

K=eUA/WC=(Ti-t)/(To-t) ――〈2〉

∴logK=UA/WC loge ――〈2〉′

(2.6)式

Q=WC(Ti-To) ――〈3〉

∴Ti-To=Q/WC ――〈3〉′

以上のとおり〈1〉式を基本として、K,Ti-Toを算出して〈1〉式に算入することによつて、Tiが求められる。tはTiが最高値となる脱臭又は加熱終了時付近の終末温度で一定である(栗脇計算では230℃を採用している)。

尚ここでは特定の脱臭缶における値を試算するものである。

(2) カネクロールの脱臭缶出入口温度差ΔT

〈3〉′より

ΔT=Ti-To=Q/WC=Q/VρC

Q:樋口サイクル 第2、(三)参照

加熱缶(40分で140℃→200℃に加熱)

Q=0.57×363×(200-140)×60/40+3000≒21620

脱臭缶(20分で220℃→230℃に昇温)

Q=0.59×363×(230-220)×60/20+280+3500≒10200

川野サイクル

加熱缶(40分で140℃→220℃に加熱)

Q=0.58×313×(220-140)×60/40+3000≒28260

尚加熱開始油温は、脱臭缶への油落し中にも加熱が続くので、この間の昇温を考慮して140℃としたもの。(予熱終末油温=133℃)

カネクロール物性値は全て250℃の値をとる。これを260℃~280℃の値をとつてもΔTの値にて小数第2位以下の相異しかないためである。

∴ΔT=Q/1230×0.341V=Q/419.4V

樋口サイクル加熱缶 ΔT=21620/419.4V=51.55/V

脱臭缶       〃=10200/ 〃 =24.3/V

川野サイクル加熱缶 〃=28260/ 〃 =67.4/V

(3) K

〈2〉′よりlogK=UA/WC loge

=3/(1230×0.341)・U/V・1/2.3=1/321.6・U/V

A=3m2は別表図9の1より1~3号缶の平均値である。

(1)~(3)及び次の(4)の各計算式及び第7表によつて主流温度を算出し、第8表を作成する。

(4) 総括伝熱係数U―脱臭缶内―

(2.2)式

1/U=1/hi・Do/Di+ri・Do/Di+b/λ・Do/Do-b+ro+1/ho

※ 栗脇計算書は(P.16)、管の内径、外径の相異、正確には管外伝熱面積と管内伝熱面積の相異あるを無視し、1/U=1/hi+ri+1/hoなる簡略式を使用している。同様の誤つた方式は弁論P.218でも採られている。特に弁論では、岩田設計装置とカネミ装置との管内径の違いあるを考慮に入れていない(2.4)。即ちhiはDiに逆比例する関係にあり無視できない。

ri=0.0002(標準値)ro,λは岩田採用値

ho=150(自然対流)、250(強制攪拌)

Do=(0.0319+0.0375+0.03395)/3≒0.035

Di=(0.0279+0.0335+0.02795)/3≒0.03

b=(0.002+0.002+0.003)/3≒0.0023

※Do,Di,bは別表図第9の1参照

∴1/U=1/hi×35/30+0.0002×35/30+0.0023/15×35/32.7+0.0005+1/ho

ho=150のとき 1/U=1,167/hi+7,564×10-3

ho=250のとき 1/U=1,167/hi+4,897×10-3

hi:管壁温度と主流温度差のさしてない場合であるから(2.3)式を基本とした(2.4)式による。

栗脇計算書は上記温度差ある場合の(1.14)式を用いている。

hi=1.2×0.023×λ/Di×Re0.8×Pr0.4

(1.16)式

Re=(4×1230×V)/(π×2.3×0.03)=2.271×104V

k=(2,271×104)0.8とすると

logK=0.8log2,271×104=0.8×4.3562=3.4850=log3,055×103

∴Re0.8=3,055×103V0.8

Pr=10.1(第1、(一)、ロ参)

∴Pr0.4=2.52

以上にカネクロール400の250℃における物性値により

∴hi=1.2×0.023×0.0776/0.03×3,055×103・V0.8×2.52

=5.50×102V0.8

∴ho=150のとき

1/V=1,167/(5.50×102×V0.8)+7,564×10-3=2.12×10-3/V0.8+7,564×10-3

ho=250のとき

1/V=2.12×10-3/V0.8+4,897×10-3

以上により次の第7表のとおりVを求める。

第7表 総括伝熱係数表(カネミ装置)

logV

0.8logV

V0.8

hi

l/分

m3/hr

ho=150

ho=250

10

0.6

-.2218

-.1774

0.664

93.0

123.6

365

20

1.2

.0792

.0634

1.156

106.4

148.6

636

30

1.8

.2553

.2042

1.600

112.5

160.7

880

40

2.4

.3802

.3042

2.015

116.1

168.1

1108

50

3.0

.4771

.3817

2.408

118.4

173.1

1324

60

3.6

.5563

.4450

2.786

120.1

176.7

1532

70

4.2

.6232

.4987

3.153

121.4

179.6

1734

80

4.8

.6812

.5450

3.507

122.4

181.8

1929

90

5.4

.7324

.5895

3.886

123.3

183.7

2137

100

6.0

.7782

.6226

4.194

123.9

185.1

2307

110

6.6

.8195

.6556

4.525

124.5

186.4

2489

120

7.2

.8573

.6858

4.851

125.0

187.5

2668

130

7.8

.8921

.7137

5.172

124.8

188.4

2845

以上カネクロール250℃の物性値による。

(5) 結論

第8表 主流温度推算表

logK

ΔT=Ti-To

Ti主流温度

l/分

m3/hr

樋口

川野

樋口

川野

10

0.6

(123.6)

(0.6405)

(4,370)

(40.5)

(282.5)

20

1.2

(148.6)

(0.3851)

(2,427)

(20.3)

(264.5)

30

1.8

(160.7)

(0.2776)

(1,895)

(13.5)

(258.6)

40

2.4

(168.1)

(0.2178)

(1,651)

(10.2)

(255.9)

60

3.6

120.1

0.1037

1,270

14.4

267.7

70

4.2

121.4

0.0899

1,230

12.3

265.8

80

4.8

122.4

0.0793

1,200

10.8

264.8

90

5.4

123.3

0.0710

1,177

12.5

303.1

278.0

100

6.0

123.9

0.0642

1,159

11.3

302.4

277.0

110

6.6

124.5

0.0587

1,145

10.2

300.5

275.7

120

7.2

125.0

0.0540

1,132

9.4

300.6

275.3

○( )内はho=250の場合及び樋口サイクル脱臭中の缶の場合で他は全て自然対流時のho=150による加熱時の場合である。

○樋口、川野はそれぞれのサイクル方式を示す。

○logK=UA/WCloge=U/321.6V

○Ti=1/(K-1)(Ti-To)+t

○t:樋口サイクル加熱缶200℃、脱臭缶230℃、川野サイクル加熱缶220℃とする。

○ダツシユ(―)部分は、各サイクルにて存在しえない流量部分である。

○※印欄は、川野サイクル加熱中の缶で、蒸気吹込あり強制攪拌ある場合、即ちho=250の場合を付記したもの。

同表によると、樋口サイクルでは加熱缶内流量が60~80l/分程度と考えられるので、その脱臭缶入口のカネクロール主流温度は265℃前後となる。他方川野サイクルは加熱缶内の流量は全流量約140l/分(第5表参照)であること、及びサイクル構成を考慮すると、90~120l/分の範囲内とみるのが相当であるから、同主流温度は300℃前後にまで達するものと推算される。

尚川野サイクルは加熱時途中で既に脱臭開始可能の200℃を超えるから、この200℃になつた時点で脱臭用蒸気吹込を行つていたと仮定した場合、或は、加熱時間帯にも攪拌用蒸気吹込を実施していた場合には、同表Tiの※印欄のとおり、その主流温度の最高は275~278℃とかなりの落着きを示す。

第4他の計算書、鑑定書について

(一) 栗脇計算書について

(1) 栗脇計算書の最高境膜温度推算の理論的骨子

〈図面 省略〉

Q:脱臭装置1セツト全ての熱負荷

A:全脱臭缶の蛇管の伝熱面積

T2:脱臭缶出口カネクロール温度

T1: 〃 入口 〃 〃

te:脱臭缶内油温、

栗脇計算はT1の最高値算出のため

t=230°(終末油温)を用いる。

T:脱臭缶内カネクロール平均温度

T3:最高境膜温度

i) Q=UAΔt ――〈1〉

∴Δt=Q/UA ――〈2〉

Δt=T-t ――〈2〉′

ii) Q=WCΔT ――〈3〉

∴ΔT=Q/WC ――〈4〉

ΔT=T1-T2  ――〈4〉′

iii) 最高主流温度T1

上記〈2〉、〈2〉′、〈4〉、〈4〉′より、

T1=Δt+ΔT+te ――〈5〉

従つて〈5〉の式はT2≒T t≒teとして計算されている。

iv) 最高境膜温度T3

Q=hA′ΔT′ ――〈6〉 h:炉加熱管の伝熱係数

ΔT′=Q/hA′ ――〈7〉 A′:同管内伝熱面積

ΔT′=T3-T1  ――〈7〉′

∴T3=T1+ΔT′

T3=Δt+ΔT+ΔT′+t ――〈8〉

(2) 同計算書に対する判断

(イ) 先ず〈1〉式についてみるに、3基同時運転しているカネミ装置においては、当該缶がどの時間帯――加熱、脱臭、昇温等――に属するかによつて脱臭缶出口温度T2、ひいては缶内滞留中のカネクロールの平均温度が異ってくるはずである。脱臭終末に近い缶ほどT2が高い値を示すことが一応考えられる。要するに、同計算が最高温度を求める目的から終末油温の出る場合で試算しているのであるが、これは3缶同時に出るわけではなく、ある特定缶に限られる。故に〈1〉式にてΔtを算定するうえでは、特定缶におけるQ,A,Uの各値により算定すべきところ、同計算は3缶全体のQ,Aの各値を用いているうえ、Uについては、いずれの缶内流量を基礎として算出されたか不明であるが、これも3缶共通の値と考えられるので、結局3缶平均のΔtを算出する結果となり、平均化された値を出している。

従つて、必然的に、最高温度を求めえないこととなる。更にサイクルや昇温速度の相異等によつてQの値が若干過少となつている(栗脇Q≒39000)。またA=3,275×3は、実際のそれがA=3×3であることに比し、若干広い。これらQの過少、Aの過大、Uの過大によつて〓tが低い値に推算される結果となつている。

(ロ) 〈7〉式について――炉内関係――

Qは前同様、炉内全伝熱量、A′は炉内加熱管全伝熱面積を用いて試算している。即ち加熱炉内では第1輻射部が直接に輻射伝熱を受けるため同部のパイプが最も大量に受熱するし、高温に熱せられる。従つて前示のとおり最高境膜温度は同部のパイプ、しかも管円周方向にてその最下部、バーナー火焔に直面した部分に現われるところ、栗脇計算ではこれらを一切考慮に入れることなく、より低温の対流部や、パイプ反射面側等一切を含めた平均温度差ΔT′を算出している。当然のことながら最高入熱箇所のそれよりはるかに低い温度差を試算している。

(ハ) h,Uの値について、

これらの計算方法やこれに用いられた数値等にも若干疑問が存する。

〈1〉 脱臭缶内における伝熱係数試算につき、その計算式が相当でない(第2、(一)参照)。hiは(2.4)式によるべきであるところ(1.14)式に1.2の補正値を乗じた式を利用している。また具体的計算上

Di=0.035→0.03

μ=0.5 →0.58

μω≒0.52→0.59

に各訂正されるべきである。

またUの計算式

1/U=1/hi+ri+1/ho

を用いているが、正確には(2.2)式の内径基準で求めた

1/U=1/hi+ri+b/λ・Di/(Di-b)+(+ro1/ho)・Di/Do

の式を用うべきである。これに明らかなように管外汚れ係数や、管壁抵抗を考慮に入れてない。

以上を綜合すると栗脇計算の用いたhi,Uの実際はより小さな値となる。

〈2〉 炉加熱管内の伝熱係数試算については、その計算式は妥当であるが、前同様カネクロール物性値の選択を誤つている。

以上のとおり、これらを考慮すると、栗脇計算の思考は、最高箇所における最高温度の推算という視点を持たず、平準化した最高温度の推算にとどまつているものであり、問題となる、即ちカネクロールの過熱分解の防止という見地からの最高境膜温度の推算には符合しないものとして、採用し難い。

(二) 田中鑑定書について

(イ) 同書における最高境膜温度Tの推算方法

〈1〉 第1輻射部下段パイプの輻(放)射伝熱量Q

(1.1)式類似の

Q=4.88・ε・Ao[(T2/100)4-(T1/100)4] ――〈a〉

ε:綜合放射黒度(形態係数)

(1.1)式のf・fEに相当か。

最高放射の方向

〈図 省略〉

Ao=DoL、即ちパイプの射影(投影)面積を用いている。

左図P点における方射が最高に伝熱をもたらすからである。

L:第1輻射部下段パイプの長さ

T1:管外壁温度

T2:火焔温度

T3:管内壁温度

〈2〉 管内管壁温度T2と主流温度T4との差ΔT

(1.2)式と同様

Q=hi・Ai・ΔT Ai=DiL

∴ΔT=Q/Ai・1/hi  ――〈b〉

〈3〉 管内管壁温度(最高境膜温度)

T=T4+ΔT

ここにT4≒260℃として推算するもの。

(ロ) 同方法に対する判断

〈1〉 最高入熱箇所における最高境膜温度を算出しようとする方法論は、本件カネクロールの過熱分解の防止という見地からは妥当といえる。

〈2〉 併しながら、前記〈a〉式において、第1にε及びT2の値が確定しがたく、同人の当公判廷における証言によつても極めてあいまいである。

〈3〉 〈b〉式における伝熱係数につき、hi即ち管内境膜伝熱係数のみを用いているが、正確には、

(1.8.2)の式より

1/h=1/hi+ri

を用うべきであり、田中方式では管内側汚れ係数を無視し伝熱抵抗1/hが過少値となり、温度差ΔTが小さく出る。

〈4〉 更に〈a〉、〈b〉各式にてAo+DoL,Ai=DiLといずれもその伝熱面積にパイプの射影面積を用いている。これは(1.11)、(1.12)式に対比するとき、

(1.11)、(1.12)式によると、

ΔT′=Kr・Rr・1/h=Kr・Q/A・1/h A=πDiL

∴ΔT′=Kr・Q/πDiL・1/h ――〈イ〉

然るに〈b〉式は

Ai=DiL

∴ΔT=Q/DiL・1/h ――〈ロ〉

〈イ〉/〈ロ〉=Kr/πとなる。

つまり、岩田計算や本計算書でとつた加熱管円周方向の最高熱分布度比Krを用いての計算に対し、Krに相当する値として常にπを用いている。これは、左図のように本来平列配管のパイプへの放射伝熱は、A点では全ての方向からの直接輻射熱を受けるのに対し、B点、C点等においては1、3の各パイプに妨げられてその一部の直接輻射熱しか受けないこととなる。この量は管中心間隔a、正確には管中心間隔比a/Doによつて定まり、その管円周方向各部の受ける直射伝熱量に応じて、管円周平均熱分布度に対する最高伝熱を受ける箇所の熱分布度Krが変動することとなる(第1の(二)、(1)参照)。然るに田中方式ではa/Doと無関係にKr1=πと常に不変数が用いられる結果、個々の装置における正確なΔTを求めることが出来なくなる。因に岩田設計炉におけるKr1(下段パイプ)=2.22、カネミ炉ではKr1値不明であるが、(1.1)(1.23)の各式等によつて概算式を求めることができる。即ち、宗像鑑定書添付図2.1によると、

〈図 省略〉

fE:第1輻射部全体の有効面積率=0.81

fE1:同   部下段パイプの 〃 =0.59

Kr1≒Kr×fE1/fE=3.42×0.59/0.81≒2.49 (4.1)

となる。故に田中方式のKr1=π(3.14)は実際の値よりも高い数値を用いている結果ΔTも高い値を算出する結果となつている。

〈5〉 以上の諸点を考慮すると、田中鑑定書で求められた最高境膜温度は、その手法に疑問があるのみならず、いずれの値を選択すべきか不明確である。従つて、同書によつてカネミの最高境膜温度を認定しえない。

(三) 弁護人主張の試算について

弁護人の弁論における試算(P.296~)は、その骨子において田中鑑定書の手法に従つてなされており、故に前段(2)の同鑑定書に対すると同様の批判が該当する。

(1) 最高境膜温度について

〈1〉 同試算は田中鑑定書で曖昧であつた輻射伝熱量の計算は採用せず、脱臭缶の熱負荷から算定しようとするのであるが、その脱臭サイクルが相当なサイクルでなく、従つて熱負荷Qが若干小さい値となつていること。

〈2〉 炉内流量140l/分とし、そのhi=1450とするが、(1.14)式により計算すると、主流温度250℃として

u=1.72m/sec hi=1488Kcal/m2,hr,℃

260℃のとき、

hi=1513Kcal/m2,hr,℃となること、

〈3〉 ΔT=Q/Ai・1/h(前段(二)の〈b〉式)につき

h=hiを用いて管内汚れ係数を無視していること。1/h=1/hi+riの値を用うべきであつた。これによると1/h=1/1488+0.2×10-3  ∴h=1147とかなり小さくなる。(260℃で1162)

〈4〉 また田中批判におけると同様Kr1=πを用いたこと、

〈5〉 第1輻射部下段の輻射受熱量の同部全体、従つて炉全体の受熱量に対する割合が過少となつていること、即ち所論は上記比率を43%としているが、

(1.1)、(1.18)、(1.21)式より

第1輻射部下段パイプの受熱量/同部全体の受熱量 Q′/Q=fE1/fE

∴Q′の炉全体の受熱量ΣQに対する比率は

Q′/ΣQ=Q/ΣQ×fE1/fE

Q/ΣQ=0.65(第1、(三)、(2)、〈2〉参照)

fE=0.81 fE1=0.59(同第1、(三)、(1)、〈1〉、及び宗像鑑定書添付図2.1参照、

a/Do=2.26における同図D,Fの各線から読みとる)

∴Q1/ΣQ=0.65×59/81≒47.3% となる。

〈6〉 以上の諸点を考慮して、135分脱臭サイクル炉内カネクロール主流温度250℃及び260℃における各最高境膜を、所論の手順に従つて計算すると、

250℃の場合

ΔT=(40187×0.473)/0.285×1/1147=58.1℃

A=0.285m2

∵輻射部下段パイプ長Lは別表図10の1、

3によると L≒14.3m、第1、第2各輻射部比率=95/198

∴A=14.3×95/198×0.0416

=0.285m2

∴管壁温度T=248+58=306℃

260℃の場合

同様にして ΔT=(40187×0.473)/0.285×1/1162=57.4℃

∴T=258+57.4=315.4℃

といずれも300℃を超える値となり、所論の試算値とかなり相異する。尤もKrを用いる方法(本計算でなした手法)によれば(上記ΔTの値にKr/πを剰ずればよい――本項(2)、(ロ)、〈4〉参照)

250℃で 58.1×2.5/π+248=294℃

260℃で 57.4×2.5/π+258=303.7℃

となる。

(2) 脱臭缶内総括伝熱係数Uの算定について(弁論要旨P.216~)

〈1〉 所謂全開缶(最大流量ある脱臭缶)のU算定

同缶内流量は、3缶全流量を140l/分、その2/3が同缶内流量と仮定し、93l/分を採つている。概ね妥当な数値と考えられる。

そうして上記Vを用いてhiを、hiからUをという推算をなすのであるが、

i)hi算定について、

岩田設計における流量V′及びhi′との対比からhiを推算する方法をとつている。即ち、

(1.14)~(1.17)式より

hi=k・V0.8  ――〈1〉 k・定数

の関係式が成立する前提で、

hi/hi′=(V/V′)0.8

∴hi=hi′×(V/V′)0.8  ――〈2〉

として〈2〉式によりhi=564と推算している。併しながら、hi′は岩田装置では887(岩田設計書P.5―1行目、尚前示第2、(二)、(1)参照)にも拘らず、誤解により300という低値を用いている誤りがあるほか、〈1〉の関係式は、

岩田設計のDi′=0.035、カネミ装置はDi=0.0279~

0.0335、平均約0.03となり、Diに相異があることをも考慮すると、

hi=k′・V0.8/Di1.8≒k′×V/Di2  ――〈3〉

の関係式に訂正されるべきである。このDiによるhiの誤差は

hi/hi′=(Di′/Di)2=(0.035/0.030)2=1.36

36%も存し決して無視しえない。

以上を修正すると所論の手法でカネミ全開缶のhi=1780(2号缶)~2450(他缶)にも達し、所論の試算の3~4倍にもなる。

ii)U試算について

まず第1に上記誤つたhiを前提とするほか、第2に、

1/U=1/hi+1/ho  ――〈4〉 を用いるが、

1/hoは管内側境膜の伝熱抵抗以外の全ての伝熱抵抗値を意味するところ、前同様岩田設計々算への誤解のためho=1523となるべきを230と極めて異つた値を算出している。

∵1/ho=1/130-1/887=1/1523

しかも〈4〉式においては、後の所論の計算が管外伝熱面積を基準として計算しているから、

1/U=1/hi×Do/Di+1/ho  ――〈5〉

の関係式を用うべきであつた。

〈2〉 所謂1/3開缶(最少流量缶)のU算定

i)U算定の関係式につき、所論採用の

ln(T-t1)/(T-t2)=UAθ/ωc (2.13)式

を用いていることが相当でないことは、第2、(一)、〈2〉に記載のとおりである。

ii)上記より求めたUより、前〈1〉の場合と同様方法で、hi,Vを各推算する方法によるのであるが、その欠陥は〈1〉の場合に述べたと同様である。

しかもVの計算中誤算が存する(弁論P.230―4行目、log0.085=0.00929とするは―1.0706が正解)ためV=12としているが、正しくはV=4.3l/分にしかならないはずである。

(3) 所論作成の脱臭缶内温度、伝熱の相関々係表(第19表)について、

所論は前記で求めたUを前提に、油温の変化とカネクロール温度変化の相互関係を表化し、カネクロールの主流温度250℃以下にて、カネミ装置の脱臭運転可能たることを主張する。しかし、

〈1〉 (2)に判示の誤算に基くU,V値を前提とすること。

〈2〉 温度変化関係式につき、前(2)、〈2〉、i)記載のとおり、不相当な関係式を使用していること。仮に所論使用の関係式(2.13)式の

ln(T-t2)/(T-t1)=UAθ/WC

を用いるならば、このTは温度変化なきカネクロール温度を意味するから(第2、(一)、〈2〉参照)、せめて脱臭缶滞留中のカネクロール温度の平均値を採用すべきこととなる。しかるに所論は(2.13)の変式、

t2=T-(T-t1)1/K′ (2.16)式

を用い計算しているに拘らず、その作成にかかる第19表ではT=Ti即ちカネクロールの脱臭缶入口温度とする矛盾を犯している。Ti,Toと熱媒体側の温度の変化を前提とするならば、前示第2、(一)、〈2〉に記載のとおり(2.12)式で計算されるべきであつた。

〈3〉 所論主張の熱負荷が相当でないことは第2、(三)で試算ずみのとおりである。

以上の諸点のみを考慮しても、弁論第19表の数値は疑わしく、措信しがたい。故にカネミ装置においてカネクロール主流温度250℃以下で運転可能との所論も採用しがたい。

第5加熱炉における燃料消費量等の試算

(1) カネミにおける燃料消費量

カネミでの加熱炉におけるA重油の消費量は別紙図表11の1乃至6に記載のとおりで、1炉3基の時代たる昭和39年から同42年にかけてはA重油の標準的使用量は300l/日で12.5l/hrである。

これを熱量に換算すると、ボイラー便覧P.88によると(弁論要旨P.355)

A重油発熱量≒10500~10980Kcal/kg

〃 比重≒0.85(20℃にて)

∴リツター当りの発熱量≒10500~10980×0.85≒8900~9300Kcal/l

故にカネミにおける時間当りの発熱量(A重油燃焼量)は、上記発熱量を9000Kcal/lとみて、

300/24×9000=112500Kcal/hr

となる。

(2) カネミ炉における熱効率

〈1〉 カネミにおける総熱負荷は第4表に算定のとおり46200Kcal/hrであるから、カネミ炉における総発熱量(燃料消費量)の総熱負荷に対する割合、即ち熱効率は、

y=46200/112500×100≒41%

〈2〉 岩田設計書の試算した熱効率(同書P.11)はカネクロール主流温度250℃で56.5%、同260℃で64%である。

尚通常、本件炉の如き管式加熱炉における重油の熱効率は58~81%とされる(化学工学便覧P.1158参照)

(3) 岩田設計炉における燃料消費量、発熱量

熱負荷については前示第2の(二)、(3)参照。熱効率は上記。

(最大熱負荷時)

燃料消費量=33300×100/56.5×1/9000≒6.55l/hr

発熱量=6.55×9000≒59000Kcal/hr

(平均熱負荷)

燃料消費量=27300×100/56.5×1/9000≒5.37l/hr

発熱量=5.37×9000≒48000Kcal/hr

(4) カネミ炉と岩田炉との比較

第9表 加熱炉比較表

カネミ炉A

岩田炉B

A/B

熱効率%

41.0

56.5

0.73

A重油消費量

l/hr

12.5

5.37

(6.55)

2.3

(1.9)

発熱量

Kcal/hr

112500

48500

(59000)

2.3

(1.9)

※単位容積当り発熱量Kcal/hr

1.8×105

5.2×104

(6.4×104)

3.5

(2.8)

○下印(    )内は最大熱負荷時の、他は平均熱負荷における値

○※印:第1輻射部(燃焼室)容積に対する比率である。

第6余剰補給されたカネクロール量試算

昭和43年1月初~同年10月15日までの間に補給されたカネクロールの必要量に対する余剰分を試算する。これによつてその間カネクロールの漏出量を推認するものである。

〈1〉 運転した脱臭缶数

昭和43年1月、同月15日5号缶運転開始により……4.5缶

〃  2月、1号缶運休、6号缶開始につき……5缶

〃  3月、同月9日頃加熱炉焼付事故により

減缶、3缶運転10日、6缶運転13日……平均4.7缶

昭和43年4月~9月            ……6缶

〃  10月 同月15日迄につき        6/2缶

〈2〉 カネクロール自然消耗量 6kg/月、基とする。

∵昭和42年2月~12月の間の使用量合計 405kg

内増缶、故障(ポンプ)等による特殊使用分として180kg

内訳は、

9月4日、4号缶運転開始に伴う60kg

10月10日~18日、ポンプグランド故障漏れに伴う120kg

運転延缶数 3缶×8月+4缶×3月=36缶

∴自然消耗量=(405-180)/36=6.25kg/月、基

〈3〉 加熱炉増加等による運転に要するカネクロール量

昭和43年1月の2炉運転に伴う1炉増加及び同3月の焼付事故による消失量の補充である。これらはいずれも旧い方の加熱炉に関するものである。

故に旧炉内加熱管容積相当の量に配管分を若干加えた量が補充必要量となる。

容積=π/4×Di2×L×ρ

∴π/4×0.04162×45×1280≒80kg

Di=0.0416

L=22.5+19.7=42.2 これに外部配管加え約45m

ρ:200℃の密度を採用

(以上物性値表及び別表図10の3による)

〈4〉 脱臭缶増缶に伴つて要する量

〈3〉と同様の方法による。サイズは別図表10の3、及び検証第9号No.3図参照。

5号缶(1月増缶分)

外部配管 16.08m Di=0.0276m

∴π/4×(0.032×27.5+16.1×0.02762)×1280=37.2kg

6号缶( 〃 )

外部配管 12.92m

∴π/4(0.03352×27.5+12.9×0.02762)×1280=40.9kg

〈5〉 ポンプ取替に基く補充必要量

宮城朝雄(2通)、白石薫の司法警察職員に対する各供述調書、川野英一の証言(第5回公判期日)、被告人森本義人の供述(第114回、115回公判期日)、証8号の7、6精製日報によれば、昭和43年2月末~3月初の間、六王ポンプを横田ポンプに切替えたこと、同42年10月2回にわたるポンプ切替時の補給量が40~50kgであること(但しこれには、故障漏れ分の補充も当然ある)ポンプ内カネクロール残留量は10~20kgであること、等が認められ、これらから推認すると故障による取替前の漏れを考慮外として純粋にポンプ取替に要する量は大きくみても30kgを超えることはない。故に30kgとして試算する。

〈6〉 昭和43年8月末使用量欄(30)について

被告人森本はこの30kgの使用は虚偽記入である旨供述する(第115回公判期日)が、牟田朴作成の昭和43年12月3日付捜索差押調書、検察事務官作成の同50年9月4日午後1時受付の電話聴取書に照らすと、現実に補給されたものと認められる。

〈7〉 以上の諸点を前提として、昭和43年1月~10月15日の間のカネクロールの余剰補給量を試算したのが次表である。

同表によると余剰補給量は200kg弱となるが、同年2月に故障したポンプからのカネクロール漏れが激しかつたこと(但し大部分回収されているが)からみれば、その漏れ分も含まれており、これらを控除した数値が蛇管から漏出し、米ぬか油に混入したこととなる。併し、ポンプからの漏れ量不明のため、正確な漏出、混入量は算定できない。

第10表 カネクロール余剰補給量

kg

運転缶数

自然消耗量

増設等必要量

補給量

過剰補給

同累計

1

4.5

4.5×6.25

加熱炉1基 80

250

62

62

=28.1

脱臭缶2基 80

2

5

31.3

ポンプ切替 30

250

189

251

3

4.7

29.4

加熱炉1基 80

170

60

311

4

6

37.5

80

42

353

5

0

-37.5

315

6

0

278

7

0

240

8

30

-7.5

233

9

20

-17.5

215

10

3

18.8

0

-18.8

197

333

270

800

197

197

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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